「アレは……スタースクリームは、馬鹿ダ」
「また馬鹿、か。お前にかかればデストロン軍団はみな馬鹿ばかりのようだな」
ふっと笑った拍子にずれた老眼鏡を直しつつ、少し呆れたように、そして大いに面白がるようにこちらをそのレンズの奥から赤いアイセンサーが覗いてきた。
愚か者と言う割に、このお方はあいつを何故だか気に入っている。黙っていれば、しげしげオレの握るペンの先がどう動くかをじっと見守り始める。
五段階評価で4をつけてやると、ほうとメガトロン様はまた笑った。
「あやつは馬鹿だと言ったばかりではないか」
癪ではあるが、こいつが、スタースクリームが高得点になるのは否めない。
「……優秀だと認めなくてはならナイところもある。形勢が崩れてメガトロン様が攻撃を受けている時などは、退却のタイミングを逃さなナイ」
「突かれれば逃げる臆病者のスタースクリームとは言わないのだな」
ほら、結局はやはりお気に入りなのだ。
俺は手元の書類に貼り付けられた鼻持ちならないニヤリ笑い顔の写真を、バイザーの下から睨みつけた。
「――との声もアルが。あいつはメガトロン様を良く見ているカラ、引き際を知っていると評価スル」
形は何であれ、同類ども以外の、他の部隊や機体を率いることが出来るのは才能だ。
そのモチベーションが下克上精神だとしても。
天才というよりは秀才型だからこそ努力すれば結果を出せると知っている。だから諦めないし、向上心が強い。昔、科学者をしていたとは思えない気の短さをしているくせ、そういうマインドだけは申し分なく持っている。
自分より上がいるのが気にくわない、と上へ上へとどんな手を使っても達成しようとする。尽きない探究心が誤って金属の塊になったような奴だ。そして、秀才は後天的なものであるから、これだけ俺は努力したのだそうやってやり遂げたのだと自分が得たもの持っているものを激しく自己主張する。しかしあの傲慢さは元々のスペックが非常に高いからこそか……と、そこまでの賛辞はこれ以上は言ってはやらない。
メガトロン様も面倒な奴に捕まったものだ。
「だが――」
「『だが、』どうした?」
天才は超えられない。
どんな努力をした秀才も、磨かれきった天才の前では道化か狂言回しだ。
「モット相手を見て挑むベキだ」
皮肉を込めて言ったつもりの言葉だったが、驚いた顔をされる。
よく考えれば、メガトロン様を絶対者としておいている。なるほどごますりめいた台詞だ。そういえば、最近は一部の者にごますり参謀などと軽口を叩かれたばかりだ。
「それは、お前の素か?サウンドウェーブ」
このお方は俺がどれだけ心酔しているか知らないはずがないのに……
事実は事実でしかないので訂正するのも、また質問を肯定するのも面倒くさい俺は、疲れたらしい目元をグリグリと押しながら笑うメガトロン様をぼうっと見る。
デストロン軍団の内部の再編成のために、適正に能力を判断しようという試みを始めてからもう何メガサイクルも経っている。
俺は冷めてしまったコーヒーを淹れ直すのに席を立った。
にしても。
やはり天才は超えられないのだ、と俺は電子ケトルの前で改めて思った。
メガトロン様こそは大帝の名にふさわしい絶対者なのだ。
その前に立つと、自分のスペックが思考が能力がいかに矮小かを気づかされる。あるものはその力ゆえに畏れ従い、あるものは嫉妬に駆られて視野を狭める。常に周りの者に勝利する。……認めたくはないが、コンボイもその類ではあるのだろう。
サイバトロンどもはコンボイのそのあるがままに、あるものは勇気づけられ、あるものは一緒に事を成したいと熱望する。そういうコンボイであるからこそ、メガトロン様はあいつに執着し、是が非にでもいつかは叩き潰さなくてはならないと決めているのだ。
しかし、決着がついた時に万が一でもコンボイが生き残ることがあれば、あいつも独裁者になり他から畏れられ嫉妬されて弾劾される運命にある。与える物が違うとはいえ、他人に影響を嫌にでも与えてしまう存在というものはそういう理にあるのだ。
均衡を保つかのように拮抗させる宇宙の意志とやらに俺は辟易とする。
同じ最後ならば、俺はメガトロン様の目指す独裁の方が良い。友愛などという曖昧さを多く残す支配における利益の再分配は難しい。ならば、優秀で強大な力によって完全に管理すればいいのだ。そこまでやらねば、平等などという言葉は空気よりも軽い。だからこそ、天才が、強力な救世主のような存在が必要なのだ。
沸き立つ俺の内側に呼応するかのように、セットしていたケトルが沸騰を知らせた。
コーヒーを二つ手にメガトロン様の元へ戻ると、その手元には評価書がまとめられてあった。俺が席を外す間に、残りの調書――俺とレーザーウェーブの評価を終えてしまったらしい。
しまった、俺とあいつの分を逃したか。
「ご苦労だった、サウンドウェーブ」
口惜しく立つ俺の手からコーヒーを取ると、メガトロン様は労いながらかけていた老眼鏡をデスクの上に滑らせた。
「やっと次の作戦が決まったからな。これを飲んだら作戦開始とするぞ」
不服はあるが、抗えない。老獪に笑ってみせる大帝に、俺は従うしかない。だが、
「了解シタ、メガトロン様」
――この人の絶対性でなら、真の平和と平等が成る。
どこかで、目の前のどんな評価でも最高点をつけねばならぬ絶対者、理想を叶える救世主という存在に無比の喜びを感じずにはいられなかった。