――14歳の時になくしたものを、私はいまでも探している。
「どっちがリンで」
「どっちがレンでしょうか?」
私たちは、そのころまで、よくこういう遊びをしていた。
鏡に映ったように、双子のように、よく似ていた私たちだから出来たゲーム。
衣装を交換したり、声真似をしたりしながら、どっちがどっちかを当ててもらう。メイコ姉やカイト兄、ミク姉やスタッフさんたち、わたしたちが『マスター』と呼んでいたプロデューサーさんをからかうお気に入りの遊び。
暇そうな人を狙って私たちがかまってあげる、そういう遊び。
「えーどっちだろう?」
みんな、そう困った顔をした後にあてずっぽうに名前を呼びながらどちらかを指をさす。
もし当たっていても、声真似をすれば良い。残念でした!と喜ぶ私たちをある時までは誰も見分けられなかった。
時間は川の流れのように、とか。旅人のようだ、とか。よく言うけれど。水は循環してるし、旅には終わりがある。でも、時間は帰ってこないし、巡りもしない。そして水や人の往来のように堰きとめることは出来ない。
過ぎ去った今日という日はもう昨日で、明日もすぐに過去になる。同じ人生というのはもうやって来ないし、すべて同条件で再び起こるイベントなんて現実にはありえない。
最初に、そのことに気付いたのは、14歳のころだった。
「んー……こっちがレン君!」
誰も正解しないはずだったその遊びで最初に正しく当てたのは、新しく来たメイクさんだった。
何度やっても、入れ替わっても、彼女は少し考えた後に正しい答えを言ってくる。残念!と言っても、彼女は見間違えるわけがないと見分け続けた。
どうしてか、その時の私たちには分からなかった。私たちがしぶしぶと認めると、マスターもお兄ちゃんやお姉ちゃんもみんな驚いて、そのメイクさんの目利きを絶賛した。それに腹を立てた私たちは、彼女に当てっこで挑戦するのをやめた。
でも、彼女への挑戦をやめた後、彼女以外の人の正解率も上がってきた。最初はカメラさん。次は衣装さん。そしてみんなとマスター、最後に音響監督。私たちは、メイクの彼女が来たからだと考えて、余計に彼女に腹を立てたのを覚えている。彼女が見分け方を他の人たちに教えてしまったのに違いない。そんなことを考えていた。
でも、そのうち、怒りよりも疑問が湧いてきた。どうしてわかったの?というシンプルな好奇心。
聞きたいけれど、聞いたら負けな気持ちがして。いつしか私たちは、こっそりと質問をする機会を窺うようになった。そのメイクさんはいつもミク姉やメイコ姉のメイクをしていて、私たちがこっそり三人きりで何故と聞ける隙はなかった。だから、私たちはどちらかがいなくても、二人きりになったらどちらかが聞こうなんて約束をした。
「――ねえ、何で?何でリンがリンだって分かるの?」
そんな待ちに待ったチャンスは私にだけやってきた。私たちが最後に組んで歌った曲のジャケット撮影をした日。確か移動中に事故か何かで私たちの到着が遅れていた。そこでいつものメイクさんと彼女が二手に分かれて私たちにメイクしなくてはいけなくなった。思い返せば、もしかしたら元々彼女が私をメイクするように決まっていたのかもしれない。
いつもミク姉達が使っていた方の楽屋に私だけ移動する時、私たちはチャンスだねと目配せしあった。これで、二人きりで聞くことができる。
メイクの途中、周りに誰もいないのを確認して、彼女にそう聞いた。
「何でだと思う?」
「わかんないから聞いてんじゃん!」
「ちょっと前までだったら、分かんなかったかもだけどね」
「何で私たちには教えてくれないの?」
頬を膨らますと、鼻からパウダーの粒子が入って、少しむせた。
メイクさんはその様子に少しだけ微笑んだのを覚えている。
「……ねえ、これ。なんか甘いにおいがする。いつものおしろいと違うよ?ミク姉のと間違えてない?」
いつものメイクさんでなく彼女だったからか、いつもより時間が長くかかっているからか。そわそわして落ち着かなった。
そのころ、そんな風に体の動きと頭の中で考えていることとがちぐはぐになる感覚がよくあった。それもあって、メイクの間中、彼女にずっと質問をし続けた。
「匂い少ないやつなのに、リンちゃんよく分かったね。でも、メイクはこれで合ってるんだよ。今回の曲からちょっと雰囲気を変えるんだってマスターさんが言ってるんだ」
「そうなの?」
うん、とそう言って彼女はいつもより濃いチークを頬に乗せ、いつもより多くつけまつげを付けた。口紅だってたっぷりと塗る。
「今日は、黄色じゃないんだね。何で?」
メイクだけでなく、その日は衣装も変わっていた。それまではショートパンツだったのに、その日は白いワンピースだった。肩紐が太いけれど、背中が編み込みになっているから下着みたいで、スリップドレスに近かった。透けて、ふわふわで、綺麗だった。いつもだったら大喜びしただろう。
でも、鏡の中でミク姉やメイコ姉みたいになっていく自分に落ち着かなかった。
早く、レンに会いたかった。
「リンちゃん、かわいい!!素敵!」
「こういうのも似合うようになったんだね!」
「ぐっと大人っぽくなったね」
スタジオに入ると、私を見たみんなが大絶賛してくれた。
大人っぽい、なんて言われたのはその時が初めてだった。
「こういう服も似合うようになったんだから、今度からリンちゃんも――そうだね、来年あたりから――もっと大人っぽい曲にチャレンジしてみようか!」
マスターが生き生きとそう言った。
大人っぽい曲なんて、歌っていいの?
頬が熱くなってたのを覚えている。
大人っぽい。そういう言葉はいつもかわいい格好のミク姉がちょっと小悪魔っぽいセクシーなイメージの曲の写真やVを撮るときに投げかけられるもので、私たちに使われたことはなかった。新しい自分。やっと大人っぽいと言われた自分。うれしくてたまらない。
興奮を抑え、もう一回確認したいと握った手鏡の中の顔は、確かに大人びていた。
「本当?そんなに似合う?この撮影が終わったら、この服もらってもいい?」
じっとのぞき込む手鏡の中の少し大人びた女の子にうっとり笑いかける。
こういうのも、たまにだったら、いいかもしれない。
ちやほやとみんなに認められてかまわれるのが、私たちは大好きだったのだ。
そうこうするうち、いつもの楽屋の扉が開いた。その瞬間、また歓声が上がって、人山ができる。
「レン君、かっこいい!」
「ほんと、美少年、って感じになったね!」
「このところ急に肩幅が出てきたから、ぱりっとした感じになってきたかもね」
レンと呼ばれる声にさっきまでの心細かった自分を私は思い出して駆け寄った。
大丈夫だよね、いつもと違うけど変じゃないよね?レンと一緒だよね?
みんなに囲まれるその背中の黒いシャツの裾を引っ張る。
「レン!」
そう呼んだ声に襟のつまったシャツを着た男の子が振り返った。
「リン?」
そのとき何故か、この男の子を知らない、と『私』はとっさに思った。
その瞬間、足元で何かが割れる音がした。
その時の周りのことは、よく覚えていないけど、確かスタッフさんの悲鳴が聞こえた気がした。……その後、手鏡がなくなっていたから、持っていた鏡を落としたのだと思う。
ただ、その時、真っ黒なシャツの男の子が驚いた顔をしていたのだけ、覚えている。
周りが慌ただしく屈んだり、ちりとりやほうきを持ちながら何か話しかけている中、その見知らぬ男の子は茫然と『私』を見つめてきた。
――その撮影の日から、私とレンを取り違える人はほとんど居なくなった。
マスターがチャレンジしてみようかと言った『大人っぽい』曲は、私のソロ曲だった。その曲は私のイメージを変える曲だとティーザーの時点でファンの間でも賛否両論で、メディアでも大きく取り上げられた。結局、曲自体はマスターが作ったものだから良いものには違いなかったので発売前にはかなり話題になっていた。
ソロでしかもその曲が売れそうなのは嬉しかったけれど、私にとっては、私の音楽活動にレンが全く居なかったことはそれ以上に不安だった。
「何でリンだけなのか誰も教えてくれないの。ひどくない?」
「そうだね」
私がぶうぶう文句を言うと、レンは困ったように笑った。
だって、私はレンとセットなのに、私ばっかり曲もらってたら、レンと不平等じゃん。
そういう後ろめたさもあって、本当は一番に私の曲を褒めてほしいレンにも回りくどい言い方でしか、ソロ曲の経過を報告することができなかった。
そのころ、私とセットであったはずのレンは、歌を歌うことが極端に減っていった。私とのボーカルレッスンはなくなり、その代わりにダンスレッスンばかりをしているようで、メディアへの露出も少なくなった。私のソロPVにも映ることは無かった。
セットで、平等なはずなのに、私ばかりが画面に出ていて、私と同じくらい歌うことが大好きなレンが歌を貰えない。マスターはそこんところ空気を読んでほしい。私だって相方として気まずいんだからね?
「でも最近ダンスレッスンばっかりだし、レンも大変だよね」
気まずさをごまかすように、私は何かというとレンをねぎらうようになっていた。
「うん。でも楽しいよ。カイトみたいにアクロバティックなダンスも出来るようになってきたし。最近はブレイクダンスみたいなのもやってるんだ」
「ほんと?見たい!」
そういうとレンはいつも急に得意そうになって実際に踊って見せてくれた。
見てて、と目の前に走っていったレンは、軽々とウィンドミルまがいのようなことをやってみせる。
「レン、すっごーい!!」
「まだ練習中だけど、すぐものにしてみせる」
そう言ってレンは額に浮いた汗を袖でぐっと拭った。横に腰を落ち着けたレンからは、不思議な匂いがした。レンはシャンプーやボディーソープを変えたのか、前と違う匂いがするようになっていた。レッスンでいっぱい汗をかくようになったから、制汗剤でもつけていたのかもしれない。でも、その日まで数日間はその匂いがひどく鼻について気持ちが悪くなっていた。
レンのせいだけじゃなくて、私のせいかもしれない。このところ、なんだか周りの匂いが気になって、胸やけする。風邪でも引いてるのかもしれない。
わたしはそんな風に考えていた。
「私もそういうの踊りたいなあ」
ずるい。レンに踊れるなら、私にだって。体の柔らかさならレンより私のほうが上だ。
レンがやっていたように地面に両手をついて、踊ろうとする。が、足を上げる前にレンに抑え込まれて私はつんのめった。
「そういうワンピースの時にやろうとするなよな!」
レンがヒステリックに怒った。最近のレンは本当におかしい。今までだったら、何でもレンと同じようにしようとするべきだって思ってたはずなのに。
やっぱり、このワンピースはレンは嫌いなの?あんなにみんなは大人っぽいって、かわいいって褒めてくれたのに。
「でも、今までは良かったじゃん」
「そういう問題じゃないだろ」
「何で?」
「何でって……」
もう一度挑戦しようとするが、レンの怒ったような冷たい視線が怖くて、私は平静を装って大人しくレンの横に戻った。
まあ、いっか。あとで挑戦してみよう。だって、レンに出来て私が出来ないことなんて今までなかったんだから。
それに、立ち上がった時に頭がふわふわした。ちょっと体調が悪い気がする。今やってたら、ケガしてたかも。
私は能天気にレンに感謝した。今思い返すと、本当に歳の割に子どもっぽかったと思う。何も知らなくて、与えられるものを素直に受け取って。自分がどんな風に見られているか、どんなことを求められているか、なんて微塵にも考えていなかった。
「リンがやるには筋肉が足りないから、ケガするよ」
「そうなの?最近ちょっ体重が増えたし、リンもストレッチとか筋トレしようかな。レンがよくしてるの、教えてよ」
レンはそのころ、よくストレッチをしていた。ダンスレッスンがきついのか、休憩中にじっとしていると足がきしむとかでカイト兄に騒ぐことが増えた。その度に、カイト兄はレンを慰めるし、レンのダンスレッスンは休みになったりしていた。
最近、レンはカイト兄にべったりだ。今まではずっと私と行動していたのに。メイクや衣装替えも一緒にしなくなった。楽屋も何もかもが別になった。
これも私の『不平等』と感じる不満のひとつだった。
みんなが私とレンの見分けがつくようになってから、いろんなことが変わってしまった。
「良いけど、マスターはリンに俺みたいな筋肉は……」
つけてほしくないと思う。
レンの声が話しながら、だんだん掠れていく。居心地悪そうな顔をして咳払いしたレンに、私は持っていたのど飴を渡した。
レンは、そのころ、いつもそんなしゃべり方をしていた。
レンはいつも飴を受け取ったけれど、口には入れずにポケットに入れていた。
「……ありがとう、急に踊ったから、喉が張りついたのかも」
そういう時のぼそぼそと話すレンの声はがらがらしていて、ずっと低くなっていた。
「最近、歌を歌ってないから、喉の調子が落ちてるんじゃないの?」
あの日、からかうようにレンの声真似をしてそう言うと、レンは悲しい顔をしてみせた。
怒って言い返すと思っていた私は、その思いがけない反応にひどく吃驚したのを覚えている。私はただ、元気のなさそうなレンを私なりに励まそうとしただけだった。
「……リンは、いいよね」
しばらくして、レンが俯いて、ぼそりと吐き出すようにそう言った。
何で?
その疑問を声に出さなくても、レンには通じたらしい。それでも私の方をちらりとも見ずに、その質問の答えをこぼす。
「だって。ソロ曲だってもらえて。話題になって。俺の声真似だって出来るから、リンはもう俺なんか要らないだろ?俺は、そういう声、もう出ないかもしれないし」
「――えっ?どうことなの?声が出ない?レンは病気なの?こんなに元気なのに?」
自分の声が驚きにひっくり返ったことに、なぜかレンは馬鹿にするように嫌な感じで笑った。
「病気じゃなくて、声変わりだよ」
それから、レンは、自分の顔を手で覆った。
「……僕は今まで、ずっとリンと歌を歌ってきた。けど、声変わりで歌が下手になることもあるみたいなんなんだ。そうしたら、僕はリンとはもうデュエットを組むことが無くなるかもしれない」
「え、何で?そんなのやだ!」
「しょうがないじゃないか。そういうものなんだから。リンは女だから。リンはどんどん、僕を置いて、先に行っちゃう。一人でもっと有名になって、僕と違うやつと組んだりして――」
そこまで言って、顔を上げたレンは、自分で言ったことに自分で耐えきれないというような顔をしていた。
「僕とリンはよく似ていたから、双子みたいにセットにされて活動してたけど、ほら、見て。手だって、もうこんなに違うんだ」
レンが私の手を握る。
いつの間に、こんなにカイト兄みたいな手になったんだろう。同じような大きさで、柔らくて、すべすべしていた手と同じものとは思えない。何よりも、力が強い。
「手、痛いよ……、レン」
我に返ったようにレンがはっとして手を放す。
じゃあ、どうすればいいの?私はレンと離れたくない。レンと全部一緒じゃなきゃやだ。レンも一緒じゃなきゃ嫌なんでしょ?なんで、なんで、何で?
「リンは、この1年くらいで、ずっとずっと綺麗になったよ。これから、もっと手や足や指がどんどん長く細くなって、まつ毛だってもっと長くなって、肌が白くなって、ほっぺや唇だってどんどん赤くなる。リンのことを可愛いとかロリだとか言ってた奴らだって、今はリンのこと女として見始めてる。僕は――俺は、それが嫌だ」
頬を紅潮させてそうまくしてるレンに私は何も言うことができなかった。
言いたいことはたくさんあった。けれど、うまく言葉にならない。考えてもみなかったことや、見逃していたことをぶつけられたし、それをレンが把握していたことも衝撃だった。
「レン……」
そのうち、急に冷静になったレンが気まずそうに立ち上がった。
ダメ、行っちゃ嫌!
思わず、その手に縋り付くようにして私も立ち上がる。
「!」
その瞬間、腰が抜けたような変な感覚がお腹の中に起こった。
『ずるり』と自分の芯から何かがずれるような感覚。最初、何かがこぼれたのとかと思った。けど、別に、足元に何か落ちているわけじゃない。でも、なんだろう、内腿が濡れている気がする。
私のちぐはぐだった考えと体の繋がりが完全にずれた瞬間だった。
そのうち、じんわりとお腹の下のほうがじわりと暖かくなる。気持ち悪い。気持ち悪い。鼻が匂いに敏感になった時の胸やけのような感覚がやってくる。
じわっと溢れる感覚が広がる。そしてまた、あの『ずるり』が奥の方からやってくる。
「リン?顔色が……」
レンの腕を握る手がいつの間にか強くなっていた。
今、私はすごい変な顔をしているんだろう。あんなにぶっきらぼうになっていたレンが心配そうにのぞき込んでくる。
「だ、大丈夫だから」
あ、なんか溢れそう――
閉じさせよう、閉じさせようと、お腹に力を入れるのは逆効果だったのか、それはじわりとこぼれ、また座り込んでしまっていた私の足に折り込まれたスカートに染みた。
「あっ」
白いワンピースに赤い色が広がる。
声にならない叫び声をあげて、レンが私の手を振りほどく。その顔は怯えたような表情だったが、私が手を振りほどかれた時にあまりにひどい顔をしていたようで、それはすぐに申し訳なさそうな顔になった。
「えっ、あの、ごめんっ」
「レン!」
最後、どんな顔をしていたのか、私にはもう見えなかった。遠ざかるその背中に声をかけるけれど、もうレンは振り向いてもくれない。
違う、違うの、レン。レンを置いていくのは、私じゃない。
私を置いていくのがレンだよ。
置いていかないで。私はレンとずっと子どもでいたいの。みんなに甘えていたい。子どもとして愛されたい。少女のままでいたい。女になんかなりたくない。体に思考をひっぱられたくなんかない。みんなの期待には応えたいけど、私はまだ子どものままでいたい。
行かないで、レン。
レンとずっと一緒にいても、レンと同じことをしても怒られたり変な目で見られたりなんかしない子どものままがいい。女なんかになりたくない。
私が泣きながら助けてと電話をかけた時、ミク姉はとてもびっくりしたようだった。けれど、私を見た後、呼び出されたメイコ姉と着替えを手伝ってくれながら小さい声で『おめでとう』と言ってくれた。メイコ姉は『女の人に変化してる徴だから、泣かないのよ』と言った。
二人は私がびっくりして泣いていると思っていたけれど、本当はそうじゃなかった。私は『ちゃんと』その意味を分かっていた。分かっていたからこそ泣いていたのだ。
それからの日々は、目まぐるしかった。ソロ曲が当たったせいで、私は少女のような曲から一転、やや女を匂わせるキャラの役割をもらうようになった。
周りが私に新しい役割を与えると同時、見た目もレンの言っていた通りに変化した。私の手や足や指はより長く細くなって、肌が白くなって、頬や唇もどんどん赤くなった。子どものままでいたい私の気持ちと裏腹に、私の体は丸みを帯びていった。目は大きく潤み、縁取るまつ毛も長くなって、私のファンの数は増えていた。
しかし、がくぽ兄やルカ姉たちのようなその後新しくデビューした人たちがオトナなキャラクターばかりだったから、私は完全に『少女』から抜け出すことはなかった。だからこそ、今までファンが去らずにファンの全体数が減らなかったのかもしれない。
そんな宙ぶらりんな状況でも、女になりたくない私はその状態が嬉しかった。
今、16歳に私は近づきつつある。もうすぐ、曲を作るマスター次第で、かつてのミク姉がそうだったように、甘い恋の歌から爛れた性愛の歌まで幅広く歌うようになるのだ。それに、16歳といえば、もう結婚できる歳だ。社会が私を大人と見なそうとしている。私はそれから逃げ出したかった。
一時は生理を止めたくて、極端なダイエットをしようとしていたが、すぐにミク姉やメイコ姉に見つかってこっぴどく怒られた。最近は若い子たちに無理なダイエットをさせたり、そういうことをするストレスをかけさせたと分かると問題になるらしく、スタッフさんも目を光らせているようだった。メイクさん曰く、食べ吐きは手の甲を見れば指を喉に突っ込んだ時に歯があたってできる吐きダコがあるからすぐばれるらしい。
結局、私がいくらあがこうとも、どんなに心身がちぐはぐでも、私は女になるしかないようだった。
「あーあ、子どもの時に戻りたいなあ」
冗談めかした本心を独り言のように吐き出しても、みんなは何を言ってるのというように笑う。
「何言ってるの、リンちゃんなんかまだほんの子どもじゃない」
そこで私は、みんなは何も分かっていないと改めてがっかりするのだ。
私はこんな時、かつての声変わりに悩んでいたレンなら分かってくれるのにと思う。が、本当に今のレンが分かってくれるのかはもう分からない。
だって、全然会わないんだもの。
いつからか、私たちはなんでも話せる関係性ではなくなってしまった。
あれから、レンとはデュエットを組んでいないのだ。レンはあの後すぐに声変わりを乗り越えた。かつてのような高音は出にくくなったものの、低音が安定し、もっと広い音域の声が出るようになった。レンこそ、私以上に見た目が変化しつつある。背がぐっと伸びてきていて、肩幅が広くなり、喉ぼとけが出てきた。顔も心なしか彫りがはっきりした気がする。そのせいか、最近はイケメンやら美青年などとファンに呼ばれているようだ。
レンの言っていたことはだいたい当たった。
それでも、やっぱり私を置いていったのはレンだった。レンはどんどん、私を置いて、先に行ってしまった。一人で有名になって、私以外の女性ボーカロイドとデュエットを組んだりしている。
きっと、レンは自分の男らしさをもう受け入れてしまっただろう。
この間出たレンのCDのジャケットで、筋肉のついた胸元を肌蹴させている姿を見てそう思う。
でも私は今も14歳の時に何かを失った私と、成長し続けている私が溶け合えずにいる。
それにふと気づくとき、
子どものころの思い出がすべて無くなっちゃえばいいのになんて、思ったりするのだ。
最近は、よく眠れない……