スーパーの中は、さながら巨大な冷蔵庫のようだった。業務用クーラーが音を立てながら動いており、近づくとなんとも言えない冷気の匂いがする。買うように頼まれているものは分かっているものの、俺もランブルも外気温と中の涼しさの差に、つい意味もなくうろついていた。
最近急に暑くなったせいか、身体がついていけていないのだろう。そういえば、今夜の晩御飯もなんだか夏めいている気がする。
「今日は生姜焼きと素麺だっけか。意外な組み合わせだよな」
「ああ、なんか食い合わせだってさ。ソーメンが炭水化物だから、ビタミンがどうの言ってたぜ」
「へえ」
サウンドウェーブはそこまで考えて作っているのか。いやまあそりゃあ考えてるだろうなあ、サウンドウェーブなら。
「奴さんの献立サイクルがなかなか回ってこないわけだ」
「俺らは食いたかったらリクエストしてるけどよ」
「そりゃあお前らはな」
「サンダークラッカーもリクエストしてみりゃあいいんじゃねえのか?」
なんの気なしにランブルは言う。俺だってリクエスト自体はしたことがあるが、メモリを検索しても俺のリクエストが通ったという記録はなかった。
「最近は言ってみてもないだろ?」
確かに、そんな気もする。どうせ通らないと思っているのもあるし、何が出てこようとサウンドウェーブが作ったもんは美味いし満足しているからってのもある。ただ、ランブルやフレンジーたちのしているリクエストというのに羨ましさが無いかというと別だ。
ぼんやりと群青の機体を思い浮かべるが、即座に却下してくる演算結果しか出てこない。
「じゃあ機嫌が良さそうな時にでも言ってみるか」
「サンダークラッカーって変なところでブレーキ踏むから面白いよなあ」
「おいおい、これでも遠慮してるんだぜ」
そんなとりとめのない話をしているうち、身体が冷えてきたからか、なんだか食欲が出てきた。少しぼんやりはしていたが、サウンドウェーブからのオーダーである『万能ネギと麺つゆヲ買って帰ッテコイ』にやっと応える気になってくる。
しかし、ランブルはまだどことなくぼんやりしているようにも見える。それを見ていて、俺はふといい考えを思いついた。
「……アイスとか買ってくか?」
相変わらずサウンドウェーブの家計に俺は金を入れることを許されていないので、自分の嗜好品かこういう時しか支出がない。ポイント稼ぎのようだが、完全なる『ヒモ』になるのは俺の沽券に関わる。サウンドウェーブもカセットロンも何も言わないが、この実態が兄弟機にバレたら一生懸命擦られるだろう。
「ネギとかは俺が探すから、先に行って選んでこいよ」
「いいのか?」
ランブルのアイセンサーの照度が上がる。
そんなもんで喜んでもらえるなら毎回だって買ってもいい。とは思うが、サウンドウェーブの方針が分からないので、そこはランブルに任せる。
「他の奴らの分もな」
「やりぃ。サンキューなサンダークラッカー!」
言うが早いか、ランブルが駆け出していった。俺はそれをやれやれと見送る。
カセットロンは駆動年数は長いはずだが、若干言動が幼い時がある。いや、それでもカセットロンがサウンドウェーブの保護者ぶってもいるし……前までは外から見ていたから分からないのだと思っていたが、実際内側から見ても全くよく分からない関係性だ。
めんつゆを回収し、入り口に近い野菜コーナーへ足を向ける。さて万能ネギはと見渡すと、黄色い機体と目があった。
「あ、サンダークラッカーだ」
そのミニボットは、俺を認識すると警戒心もなく人懐っこい表情で近寄ってくる。
慌てて周りを見渡すが、他のサイバトロンは居ないらしい。サイバトロンのミニボットたち、特にこのバンブルには以前は煮湯を多く飲まされたのもあり、停戦からどれだけ時が経ったと言えどつい身構えてしまう。
「……よお」
「初めて見たけど、いつも来てるの?」
「まあな」
バンブルの手にはカゴが一つだけ。おそらくはこいつも単発のおつかいか何かだろう。とりあえずはもっと苦手な奴らが居ないだけ、マシだ。そそくさと目当てのネギを回収する。と、バンブルがくすくすと笑った。何事かと見やると、バンブルは笑いを止めた。
「おっと、ごめんよ。サンダークラッカーがネギ持ってるってのが面白くって」
「似合わないってか?」
「なかなかね」
さも珍しそうに見てくるのを見つめ返すと、バンブルは今度はバツが悪そうに笑った。
「サンダークラッカーってデストロンの中じゃマシ、というか、まだとっつきやすいから。別に馬鹿にしてるわけじゃないよ」
へえ、と内心思う。バンブルはサイバトロンでのムードメーカー的な立ち位置だとは認識していた。が、実際に接してみると、同じ小さめの機体でもフレンジーたちとはまた別の『しょうがねえな』と思わせる幼さと気安い雰囲気がある。こういうところが可愛がられてる一因だろう。
「ああ、分かってるよ」
そう言うと、バンブルはにっこりと笑う。
その笑顔を認識した瞬間、後ろから蹴りが入った。
「浮気か? サンダークラッカー」
振り向くと、明らかに不満そうな表情でランブルが腕を組んで立っていた。バンブルの青いアイセンサーが大きく瞬き、俺とランブルそれぞれに目線を滑らせる。
なるほど、完全に勘違いされる言葉とタイミングだ。しかし俺も流石に色々と周りの反応には慣れてきた。こいう時は淡々とやるしかない。大きな声を上げそうになったのを堪えて、俺はゆっくりと言葉を絞り出した。
「お前なあ。紛らわしい言い方はよせよ」
「純然たる事実だろ、サウンドウェーブがいるってのに」
全く、こいつは。以前の昼食時にサウンドウェーブと俺のブレインを吹っ飛ばしかけた『今夜ヒマ?』という言葉にしろ。言葉を選ばなさすぎる。何故かと言われれば、おそらくはブレインスキャンを持っているサウンドウェーブと長く一緒に居すぎたからだろう。あいつなら、言葉が足りなくても、突飛なことを言っても難なく理解されるだろう。悪癖だ。
「えっと、つまり……?」
俺らのやり取りを飲み込めないバンブルはまだ不思議そうな顔をしている。とりあえずランブルとは付き合っていないというのはなんとなく通じたようだが、多分サウンドウェーブと俺とが言葉で聞いても繋がらないのだろう。
どう言ったものか、と俺が口を開きかけると、俺でもバンブルでもランブルでもない声が響いた。
「じゃあおたく、あのサウンドウェーブと付き合ってるってこと?」
げ、とランブルがそいつに向けて声を上げた。
まさかこいつもいるとは思わなかった。サイバトロンの通信兵、ブロードキャスト。こいつとサウンドウェーブは犬猿の仲だ。それはもちろんカセットボットとカセットロンにも影響している。ランブルが嫌な顔をしながら俺の後ろに退却する。
「本当に付き合ってるの?」
バンブルが今までの会話で一番楽しそうな声と表情で、俺を見上げてくる。明らかな好奇心に気後れしながらも、同意はする。
「まあ……?」
とはいえ、答えながら感じた違和感に、語尾が疑問系で終わった。
そういえば、デストロンの中だとメガトロン様の命令もあり、付き合っているとか付き合っていないとかを確認されることなどなかった。同居までしているんだ。しかし真正面から聞かれると戸惑う。付き合っては、いるんだろうか? 思い返すが、恋人らしいことをした記憶はない。恋人として接していない場合でも、恋人と言っていいのだろうか? そもそもサウンドウェーブがどう思っているかなんか確認しないで、肯定していいものなのか?
「そこははっきり肯定するところだろ? なに遠い目してんだよ」
宇宙の深淵に飛んでいた意識が不機嫌なランブルの声で戻ってくる。はっと気がつくと、ブロードキャストたちは俺の態度を飲み込めない顔をしていた。
「結婚前提で同棲してる、くらい言えよなー」
「え、結婚!?」
関係性の極地を示す言葉に、不審な様子だったバンブルもブロードキャストも流石にざわめく。それを見てランブルは少し機嫌が良くなった。ふふんと胸を張っている。俺はというと、自分のことではあるが、イマイチ、ピンとこない。
でも、まあ、そうだよなあ。普通だったら『結婚』って言ったらこういう反応になるよなあ。俺がメガトロン様に結婚を前提に付き合えと言われた時はどう思ったんだっけ? 同居をしろと言われた時は?
また意識が飛んでいった俺に、ブロードキャストがこっそりと俺にだけ聞こえてくる声量で話しかけてくる。
「で、本当に、あいつのどこが良くて付き合ってるの?」
いくら天敵と言え、流石にそれはサウンドウェーブに失礼だ。しかし、ブロードキャストともあろう機体が、通信員ともあろう機体が知らない事実を俺が知っているのは愉快でもある。
「最初はメガトロン様に言われて付き合い始めたんだけどよ」
「えっ?」
「知ってるか? サウンドウェーブの作る飯は、美味いんだぜ」
ブロードキャストの間の抜けた顔が面白くて、俺はつい笑ってしまった。
バンブルに未だ突っかかっているランブルを回収して、さっさとスーパーからサウンドウェーブがネギとめんつゆを待っているだろう家へ帰る。
きっと今夜のサウンドウェーブの飯も美味いのだから。
玉ねぎの代わり、長く切った万能ネギがタレと一緒に軽く炒められたものがのった生姜焼き。
それを頬張った時に、俺は後悔もイヤな気持ちもクソもなく、サウンドウェーブと付き合えてラッキーだと思った。
「――って感じだったんぜ? 信じられないだろ?」
「俺もソノ程度のコメントしか出来ナイダロウガナ」
「はあ?」
「ソンナコトヨリ、ランブル。オ前が言葉を選ぶヨウ指導スベキと、サンダークラッカーから報告が来テイル。俺もソレには同意ダ」
「……ああもう、お前らいい加減にしてくれよな!」