敵にさせたら恐ろしいが、仲間であれば心強いという見方もあるのだろう。味方、とあの男がそう思っているのかは分からんが。いや、あれにも今は無き祖国の兵を思う気持ちも少しばかりは残っておるのか。
野営の遙か上空を旋回する身にも、あやつの感覚を通して「カイム様、カイム様」と信を得た呼びかけが届く。
「存外慕われておるのだな、カイム」
「………………」
どうでもよい、と言いたげである。
声を契約で失ったこともあるが、こやつのこの他との関わりを持たない、持てない性分は生来のものか。いや、育ちのせいか。
気高きドラゴンにとって人間などの営みは些細でしかない。だからその有様を憂いているのではない。ただ、弱き愚かな者共が生きるために群れるのに関わりは必要だろうにとおもうばかりだ。
そう、だからあやつの、カイムの過去など我には関係ない……とは何故かは言いきれんのだが。それに詳しくを知っているわけではない。
あやつをあの中につなぎ止める鎹など。やはりあの女神がしんがりとなりぬるか。
人間どもの天蓋から離れていくカイムの隣に降り立つ。
「――――――」
『ふん。自分の名前は気に入らぬか。お主にとっては王子として広まった、王家を背負う、父と母の敵を取らねばならぬ名だからな』
他の契約者どもがこの『声』を拾っているだろうと分かっていたが、言葉に出してやる。
人を裂く悦びが復讐を題目にしてもなお、まだあの憎悪の悪夢は、深く巣くっているのか。あのイウヴァルドの黒竜への取り乱しをみれば我とて分かるわ。この先、こやつがどれほど帝国の者どもを殺そうと、いくつ竜を地に落とそうと、消えることはないのだろう。
「どうだ、ドラゴンは憎かろう?」
それでもお主は極限状態の中で、竜と契約してでも生きることを選んだのだ。かく言う我も、だが。
「――――――」
「――そうか」
我に呼ばれるのはかまわんのか。お主は不可思議なやつだ。
カイム。
しかし、その程度の望み、我にとってはたやすいことよ。先は長いのだ。気が向けば、名前なぞいくらでも呼んでやろうぞ。
「………………」
ふいに、カイムの手が首筋をたどたどしく辿った。
……ふん。あの血に染まった狂気はこのようにしか触れられんのか。カイムよ、おかしな人間め。気の済むまですればいい。我の知ったことではないわ。
たかが人間に情をかけるつもりなどではない。
「どうせ、離れられぬのだからな」