Colors(1)

秘密裏にアカされる真実

ねえ、メラン。メランの名前を呼べる。
顔が見られる。その体に触れられる。ずっとそばにいられる。
私を抱きあげてくれる。笑いかけてくれる。くすぐったいような幸せ。
だってメランが私の名前を呼んでくれる。

「まりん」

思えば、かなり日中の時間が長くなってきた。ふいに呼ばれて振り返ると、窓辺の夕陽の中で恋人の赤い瞳が優しく光っていた。出会った当初は無機質だったその目も、表情も、声も、今はずっと和らいだ気がする。
初めはただ任務を第一に――ううん、メランは最初から優しかった。
メランはつぼみが花を開かせるように、自分の感情を徐々に見せ始めている。この長屋でみんなと一緒に暮らし、たっぷりと水を吸い上げたのだ。ブリガドーンでパスカの日の復活の儀式を終えてから、日ましにメランは自分自身というものに気が付いていく。本当の自分を見つけたみたいに。それは私をいつも喜ばせる。

「なあに?」
「まりん……」

それでも、今までに言ったことやしたことのないことにはためらいがちだ。何か言いたいことがあるメランは、こんなふうに私に許可を取るような態度を取る。私が尋ねなければ、その言葉を口に出してしまうのが許されないように。

「まったくも~真面目なんだから!私とメランは恋人なんだから!言いたいことを言って、したいことをしてくれていいの!」

そのたびに私はこうメランにこう言ってやるのだ。でも最近はこの言葉を言うこともかなり減った。
そのかわり長屋のみんなや萌ちゃんの居る前でびっくりするようなことを言ってきたりしてきたりくることも増えて、ちょっと恥ずかしいこともあるけどね。ちゅうの本当の意味を教えてあのことを秘密にさせるのにも、とっても苦労したんだから。
メランったら、あんまり照れないんだもの。私ばかりがドキドキしてる気がして、つまんなーい。メランのドキドキしてる顔、見てみたい。
そう。見てみたいのだ。メランのいろいろな表情を、メランの考えを知れることはとっても嬉しい。
私にしかわからない時もあるけれど、それでもいいの。
おずおずと作動肢が伸ばされ、私の顔を包む。

「まりん、僕は……君のすべてが欲しい」
「ええっ!メラン!そんな急に!私、私、まだこ、こころの準備が――あっ」

「あっは~ん!やだー、なんちゃってね」

なんてごまかしてみても、頬が熱くなってくる。自分ながらものすごい想像をしたものだ。気が付くと、妄想によって完全停止していたらしい私をメランがじっと見つめていた。
ううっ、なんか気まずい。
ごめん、何だっけ?と慌てて尋ねる。おかしな妄想の余韻で意識してしまう私とは反対に、メランは何も気づいていないようだった。

「ひとえとふたえとみつえが、僕にまりんと純とマイクをごはんだと呼んで来てくれと。まりん、純とマイクを知らないか?」
「純ちゃんなら、ちょっと前に神社のほうに出かけて行くのを見たよ」
「そうか」

くるりこちらにむけられた背中のウィングがゆっくりと開かれる。私は思わずその背に飛びついた。

「私も一緒に行く!」
 
 
 

赤い夕陽を背に神社まで飛んで行ったものの、薄暗い闇の広がった境内の中に純ちゃんの姿は無かった。私の勘違いだったのかもしれない。それに、マイクはどこに行ったんだろう。
風が遮るものの少ない中庭を渡り、私に吹き付けてくる。温かいメランの側から離れると、よけい寒く感じた。

「あったかくなったって思ってたけど、やっぱり日が暮れるとちょっとまだ冷えるなあ」
「僕は体温を自動調節できる。まりん、僕が君を持ち上げていよう」

伸びてくる作動肢がさっきの妄想に尾を引かせる。でも――あっは~ん!メランったらぬくいぬくい。まりんはメランで丸くなるのだ。
少し高くなった視線でもう一度本殿全体に目をこらすが、誰もいない。

「確かに見たはずなのにおっかしいなあ。一応、上の祠の方まで見に行っておこうよ」
「わかった」

夜は寒くても、日中の暖かい陽の光は桜のつぼみが膨らませていた。この花が散れば、すぐに初夏がやってくる。毎朝の新聞配達の帰りに神社に通いだしたのって、春の終わりじゃなかったっけ?真っ赤な鳥居が延々と続く参道の脇を見ながら思う。
ここに来ると、メランと初めて会った時のことを思い出す。
復興に向かっているとはいえ、神社の上の方にはあまり修復の手が付けられていない。ところどころ壊れているのがよけいに私の回想に拍車をかけた。

「ねえ、メラン、初めて会った時のこと覚えてる?」
「君はここで殺人モノマキア・ドロンに追われていた」
「もう、そういう意味じゃなーい!」
「すまない」

メランは初めて私を見たとき、私を『まりん』と呼んだのだ。本当のところ『マリーン』だったんだけど。そして初対面というのに、メランに胸も触られたし、パンツも見られた。なんで私が怒っていたのかも分かってなかったし。今でも言っても分かんないだろうなあ。
それにしても、よくよく考えればなんで私はマリーンと生体情報がほとんど同じだったんだろう。
難しいことはよく分かんないけど、あんな地球とは全然ちがう生き物たちがいるブリガドーンで、普通の人間の私と生体情報がメランたちが間違えるほど似ているクレイス・マリーンって……否定してたけど本当に関係ある人とか?それとも私の生体情報で作られたクローンとか?なーんちゃって。漫画のよみすぎかな。
最近、こんなことばっかり考えちゃう。私をメランに引き合わせてくれたクレイスという存在に、なにか少しでも繋がりがあれば、私もブリガドーンのみんなと繋がっていることを許されるような気がして。メランとこれからもずっと一緒に――

「いたぞ、まりん。マイクも一緒のようだ」

メランの歩みが止まった。立ち並ぶ鳥居の合間から、展望台のふたつの人影が見える。そして見ている私たちの目前で、その影がひとつになった。
タイミングを無視するように、メランの体が宙に舞いあがった。

「まって、メラン、ストーップ!」
「どうした」
「ダメダメダメダメ、とにかくだめ!純ちゃんとマイクが今、その……ちゅうしてるんだから……」
「ファニー・ワールドではあまり人に見られたり、言ってはいけないのだったな」

……うーん、やっぱりちゅうの本当の意味わかってないなあ。
 

鳥居の影に隠れるようにメランが着地した。声が聞こえそうなほど近づいてしまったものの、純ちゃんもマイクも私たちに気が付いていないようだった。
躊躇いながらも嬉しそうな純ちゃんの笑顔が見える。でもその幸せそうな表情は曇り、首を横に振った。

「嬉しい。今は私もマイク、あなたのことを……でも、結婚だなんてそんな。嬉しいけれど、私は幸せになってはいけないと思うの。マイク、あなたは魅力的な人だし、また恋人だってすぐにできるわ」
「ボクは誰かをスキだったジュンサンも含めて未来エーゴーに愛しマス。Yes、言ってくだサイ。ジュンサンに二度もフラれたら、僕は悲しみで胸が裂けてしまいマース」

ひええ、熱烈なプロポーズの場面を見てしまった。いい加減、のぞきになってしまっているけど、いいなあ純ちゃん。未来永劫かあ。私もいつかあんなセリフを言われてみたい。
期待を込めて顔を上げると、そのセリフを言って欲しい人はプロポーズとは違う言葉に反応したようだった。

「――まりん!マイクの胸が裂けると言っているぞ」
「しーっ。あのね、メラン。あれはね、心が張り裂けそうなほど悲しい気持ちでいっぱい、っていうヒョウゲンなの!」
「表現?」

メランが首をかしげる。メランは言葉として理解できてきても、実際に体験しないとわからない言葉が多い。メランはとっても頭がいいけれど、その知識とリンクしないんだろう。

「ここにね、心があるでしょ。気持ちがどんどんあふれてきて、心がぎゅーってなって、息ができないみたいになるの。つよく抱きしめられたみたいに」
「こうか?」

体を支えていた作動肢に強くひきつけられた。いつもの壊れ物を扱うようにではなく、ぎゅっと力がこめられている。苦しい。けどちょっと嬉しいかも。
息ができないくらいに強く体を締め付けられる感覚には覚えがあったらしい。そういえば、強靭なメランの体を二つに裂こうとしたモノマキアがいた。うーん、あれは抱き締める感じとは違うと思うんだけどなあ。

「く、くるしいよ、メラン」
「すまない。僕にはまりんのような腕がないから、うまく調節できなかった」

不甲斐ないとでも言うように目を潤ませて謝られると、なんと言えなくなってしまう。

「もう、そんな言い方しなくていいのに!」

こうだよ。抱きしめても、力を入れても、びくともしない。私をずっと守ってくれた強い体。メランは体の線は細いけれど、金属みたいにとても固い。
こうしてぎゅっとしてみると、モノマキアと人間の違いがはっきり分かってしまう。

「まりん、嬉しい時も、胸というものは張り裂けそうになるのか?」
「えっ」

メランが微笑んでいる。

「君の腕の筋力では僕の体はつぶせないけれど、今、まりんが言うように少し胸がぎゅーっとなっている」
「それって――」
「それに、まりん、君と会ってから、嬉しいことも悲しいことも、息ができないほどいっぱいになったことが僕には何回あった。あれを『胸が張り裂けそう』と言うのだろうか?」

本当にメランのこういうところにはびっくりする。今、顔が赤くなってるんだろうな。恥ずかしくって嬉しくって叫びだしたい。

「まりん?顔が赤いが……」

メランが不思議そうにのぞきこんでくる。ってもう、顔が近い!

「ああ!もう!そんなかっこいいこと言ったて、ダメなんだからね!」
「何がダメなんだ?」

いつかメランにも、私のこの気持ちが分かるときがくるかもしれない。そしたら、絶対に照れさせてやるんだから。私はメランにもっと教えたい。あんたの今の気持ちがなんて名前なのか。メランの知らない表情を見たい。
屋根裏のつぼはどんどんと狭くなっているけれど、私はずっともっとメランと一緒に居たい。
 
 
 
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アーマトンコロスは僕を絶えずどこかへ誘う。
あの世界を離れてから、よく分からないところへ僕は飛ばされ続けた。大洪水に蹂躙される世界は一瞬だけだったけれど、ファニー・ワールド人とブリガドーン人が混ざったような生物がいる世界も見た。
行先もなにも分からない長旅は怖いけれど、こうやっていればいつか僕の友達が守った世界にたどり着くかもしれない。ロロとララはきっと、もっと素晴らしい世界に進化させているに違いない。きっと、あのあとの世界は進化を続けるだろう。なぜかそんな気がする。
これは僕のただの希望的予感ではない。パスカの日は遺伝子・生体情報すべてを、クレイスを中心にひとつにあつめ、ブリガドーンの「はじまり」の生体情報を引き出すことで全生物の生体情報をイニシャライズする日。パスカが実行されたあの敗北の瞬間でも、確かにロロとララたちや銃剣士たちは彼ら自身を保っていた。何度も進化をリセットしていたパスカ。まりんの生体情報の影響により、パスカ自体が変異したとすれば、ある一点に留まり続ける堂々巡りのあの世界に新たな一歩が刻まれたということになるだろう。

「そろそろ、次の世界に着くころかな?」

漂流を繰り返すうちに、なんとなく分かってきたこともある。特に、自分がどれくらいでまた次の場所に向かうかということだ。ララの作ったアーマトンコロスはまだ不完全だから、どこに自分が飛ばされるのかは分からない。そして居られる時間は初めに決められている。
爆弾モノマキアのカウントダウンのようなディスプレイに示された時間は今回もすごく短い。
ああ、次の世界はおいしいものが多いところだったら嬉しいなあ。やっぱりおいしいものが多いところじゃないとね。

「ん?」

期待した僕の胃は、目に入った景色にとてつもなくがっかりした。
ここは、前に来た大洪水の世界じゃないのか?
この世界はどことなくファニー・ワールドに似ている。しかしあの洪水が等価崩壊だとしても、空にブリガドーンの姿はない。誰かいないのだろうか。周りを見渡しても、かなり前に枯れてしまったらしい大きな川があるだけだった。生命反応はない。

このアーマトンコロスは本当にただ無作為に次元を移動しているだけなのかもしれない。
ロロ、ララ、僕は君たちにまた会えることはあるのかな?
 
 

どれくらいの時間がたったんだろう。今までの長旅の中で幾度も繰り返してきた自分のしたことの回想を打ち切ったのは、僕の毛を湿らせる存在だった。
枯れていたはずの川に水が流れている。考え込んでいた少しの間に起こった変化に僕は驚いた。川上にある滝は、ここから見る限り流れているようには見えない。この水はどこから来ているのだろう。もしここがあの大洪水の世界なら、この水があの大災害の始まりなんじゃないか?

「不思議だなあ」

上流へと歩きながら川面を見つめていると、言い表しがたい感覚に襲われる。川の水、たしかに水なのだが、僕にはこれに見覚えがあるような気がした。
 
 

深い裂け目が地面をはしっていた。そこが水源となって、こんこんと水が流れ出ている。急に水があふれ出すなんでことがありうるのだろうか。手を水につけると、僕の経験に思い当たるものが一つだけあったのを思い出した。
生命活力にあふれた液体。すべての始まりにつながる場所。

「やっぱり……」

これは間違いなく、ブリガドーンの『生命のスープ』だ。ここはブリガドーンに関係する世界なのか?それとも、平行世界というものなのだろうか。これがほかの世界に流れ込むということが何を意味するのか僕には分からないが、ただこの後、この水はこの世界を覆い尽くすのだけは分かっていた。この世界の生態系はすべてこの水によって書き換えられるのだろう。そして、もしかしたらこの世界もパスカが必要になるかもしれない。
水嵩を増し続ける生命のスープに、僕はゆっくりとその場所を離れた。
そろそろ、次の世界に行く時間らしい。
もし、また未来のここに戻ってくることがあったら、僕はこの世界でも変数値として生きるのだろうか?

「神様っていうものは本当にいるかもしれないなあ」

ブリガドーンの文明の中で忘れ去られていた概念がふと頭の中にあらわれた。
今までの長旅の中で行った世界にはすべて、僕はただの通りすがりでしかないのだけれど、どことなく懐かしさとか自分のいるべき場所だとか、そんな気持ちが不思議と湧き上がった。

「なんて、ちょっと僕らしくないかな?」

一人で長い時間を過ごすようになってからというもの、独り言が増えた。気を付けないと、ロロやララにからかわれてしまうだろう。
世界から自分が切り離なされる瞬間というものは、いつになっても慣れない。
ふと目を上げると、空に白いものが浮かんでいる。
あれは――――

「なんだって!?」
 
 
見間違うものか。あれはエリュンがファニー・ワールドに持って行った箱舟じゃないか!

ここは、ファニー・ワールドに間違いない。
しかし時系列的におかしい。まりんに阻まれて、エリュンは失敗したはずだ。あの箱舟は日本海溝に沈められたという報告が議会に届いていた。加えてパスカの完了に伴って、ブリガドーンとのつながりは絶たれたはず。ここが未来のファニー・ワールドにだとして、崩壊の時期で繋がりが生まれても、あの世界からは空にあるはずのブリガドーンは見えなかった。等価崩壊以外でファニー・ワールドへぬける道が生じたり、ましてはブリガドーンの中心にある生命のスープが流出してあの世界をすべて覆い尽くしたりするなんて。
ここが未来のファニー・ワールドだという仮説が頭をよぎる。
これも、まりんがパスカに与えた影響なのか?

時空のはざまに飛ばされながら、僕の頭は混乱しつつあった。