初夜

壁掛け時計の針は、いつの間にか新しい一日を始めていた。静かな変化。私が、メランが、地球やブリガドーンのみんなが望んでいた「あたりまえに来る平和な明日」を、その名の通り思いのほかあっさりと迎えてしまった。
不思議な感覚。
今日、いや、昨日地球に帰ってきたのがはるか昔のことのようだ。
長屋は、すでに数時間前までの騒がしさを忘れてしまった。起きているのは、私とメランだけだろう。メランと一緒にかぶっている布団の中のささやき以外は何も聞こえない。

「……長屋のみんなも、萌ちゃんも元気でほんとによかった」
「うん」

思えば、完全に二人きりになるのは、あの暗い中心部の底の底以来だ。
それじゃあ、こんな時間になるまで話が尽きなかったのはしかたないよね。
あの時のことを思い出すと、今でもすごく怖い。でも。

「好きよ、メラン」
「僕もだ。まりん」

こうやって、メランに好きだって言える。あたりまえのように横に居て、抱き締めることだって――ちゅうだって、できる。
頬にたててみたリップ音に、メランが微笑んだ。

「僕もまりんに、ちゅうをしてもいいだろうか?」
「えっ」
「嫌か?」

あっはーん!ずるい。私だって、照れるんだからね。
腕の中で踊る心臓の音が聞こえる。メランもどきどきしてるんだ。
でも、本当にこんな風に聞いてくるなんてずるい。メランはあの時、私が言った言葉を忘れちゃったのだろうか。

「メラン、私、言ったでしょ?私のすべてをメランにあげるって。それに」

いいんだよ、メランがしてくれるなら私もうれしい。そんな簡単な言葉が続くだけだったのに、メランの近づいた真面目な顔に私は思わず言葉を切った。

「まりん……」

小さな沈黙が訪れる。すぐ目の前でじっとこちらを見ながら、メランは少し困った顔で考え込んでいるようだった。

それから、頬をぺろりとなめられる。

「えっ?」

思いがけない場所への、突然の生々しい感覚に驚く。私の反応にメランはよけい困った顔をした。

「……ブリガドーンでは、これが愛情を示す表現になるのだが」

ロロたちブリガドーン人はこうやって互いの親愛の情を表していた、と小さく付け加える。その瞬間、私の中に驚きで止まった時間が戻ってくる。私は舐められて濡れた頬が熱くなるのが分かった。
これはメランの愛情表現としての行動なのだ。初めて感じたメランの内側の濡れた感触と、愛という言葉に私は特別な響きを感ぜずにはいられなかった。

「メラン」

乾いて張り付く喉から、甘い声が飛び出た。
私、こんな大人っぽい声を出せたんだ。
熱っぽい、物欲しげな呼びかけ。こんな声が自分から発せられたなんて、信じられない。

「ブリガドーンでの愛情表現って、ほかにはないの?――地球だと、ちゅうの続きもあるんだけど」

今度はメランが驚いたようだった。無理もない。私だって自分が暗に何を言っているのか、言い終わった後に理解しているくらいなのだ。
メランが口を開く。その声は今までに聞いたことない声音だった。

「僕はたまらなくまりんが欲しいと思っている。しかし――」
「いいよ。メランとなら、私、いいよ。言ったでしょ?」

……言ってから、少し遅れてこの意味が私の中で砕けた。
私は真っ赤になったことだろう。
メランからの口づけを受けながら、そう思った。
 
 
 
***
 
 
 
照明の消えた部屋は、見慣れていたはずなのにいつもとは全然違って見えた。
立ち上がって蛍光灯のスイッチのひもを引っ張っただけなのに。

「メラン、どこ……?」

急に湧き上がった不確かな感覚を足元の布団にすりつける。

「ここだ」

ぺたりと冷たい作動肢が緊張で粟立った腕に吸いついた。驚きの声すら上げられない。意識したくないはずなのに。メランと、なのだから怖くないはずなのに。体中が今からすることを予期して、敏感になっている。
自分がこんなに無口になれるなんて知らなかった。どんどん恥ずかしくなってくる。メランには私の顔、見えてるんだよね。

「まりん」

体が引き寄せられる。緊張が走りぎゅっと結んだ口の端に、メランの唇が触れた。
その瞬間、その温かさに力が抜ける。
さっきと同じように優しい口づけ。薄く目を開けると、メランと視線が重なる。目が慣れてきた。窓からかすかに差し込む外の明かりが、その潤んだ赤い瞳の中でゆらゆらと揺れていた。
でも、今だけはいつもと同じじゃ物足りない。
何かを言おうと少し開いたメランの口の形に唇を合わせる。メランが動揺したのが分かる。その深くなった接吻の奥に、私の名前が吸い込まれていった。
メラン、大好き。知りたい、足りない、でも怖い。
こんなキスをするのは、初めてで。戸惑いもつれていくキスをしながら、私の膝は折れ、重心は下へ下へと降りていった。

座り込んだ腕の中で、すでに自分が熱を持ち始めているのを実感してしまう。
風邪の時みたい。熱くて、自分で体をうまく制御できない。パジャマを脱ごうとしているのに、もどかしくてうまくいかない。のどの奥から、頭の中から、背中から疼くような震えが私の思考を絶えず圧迫し続けている。
私はどうなっちゃうんだろう。
私は裸になった自分の体を抱きしめた。

「……まりん」

メランがまた私の名前を呼んだ。
私は頷く。そう、私はメランと一緒なんだ。怖がる必要も、緊張もしなくていい。大丈夫。
私は布団の上に身を投げ出した。それを合図に、メランの舌が唇より下に下っていく。

「んっ」

少し、汗ばむ心地がする。作動肢が触るところから、くすぐったいような不思議な振動が体の中に広がる。

「私、小さいから、恥ずかしい」

肉の薄い胸板を下る唇が見えて、私はさっと目を反らした。メランがたぶんほかの人と比べないだろうというくらい分かっていたが、私は違う。自分の体だもの。比べてしまう。
でも、メランはやっぱり違った。

「まりんはかわいい」
「もう、何でそういうこといっちゃうかな!」
「まりんが思ったことを言えと言った。虹を見てまりんがきれいだと言うように、僕はまりんを見てかわいいと思う」

ずるいずるいずるい。そんなことを言うのはずるい。
湧き上がった照れくささに体に力が入る。
閉じかけた太ももが割かれ、ついにメランの舌がそこにたどり着いたのはそんな時だった。
 
 
 
***
 
 
 
最初は何が起こったのか分からなかった。しかし、遅れてやってきた理解に合わせて、今まで感じた中で一番広くて深い痺れが頭からつま先まで広がった。

「あっ、なにこれ、ふあっ」

舌がしびれたようにむず痒くて、勝手に喉から出た驚きの声を抑えられない。その声は衝撃が消えた後もどんどん大きくなって、私は慌てて口の中に指を入れた。
お腹と足に入った力が行き場をなくして、それを抑える作動肢と拮抗する。
メランの舌がそこの中に触れた。
もう例えることなどできない。思考が飛んで、おかしくなる。

「メラン、だめ、そこ汚い……やっ」

自然に背が浮く。ぎゅっとそこが閉じたらしいのが、メランが舌を戻したことで分かった。

「……僕はまりんに痛い思いをして欲しくない。でも作動肢は、この中には入らない」

僕には指のような部分がないから、とメランが言う。
だからって、だからって、舌を入れるなんて。でも、やっぱり痛いんだ。自分以外を受け入れることは。
それでも、もどかしいその感じ――快感が抑えられなくて怖くなってしまう。それを続けられたら、おかしくなってしまう。

「いい……メラン、大丈夫、自分でするから」

私は口に突っ込んでいた指を抜いて、汗ばむお腹の先のそこに指を這わせた。

「んん、ん」

荒い息が上がる。初めて触れる自分の内側。
メランの目の前で、自分のそこを指でならすのは、ものすごく恥ずかしいことのはずだった。しかし、与えられる口づけを受けるので精いっぱいで、さきほどまでの抑制できない怖さと一緒に消え失せる。
自分の体じゃないみたい。頭と体が離れていくみたい。
とめられない。

「ん、あっ、んん……」

触れているメランの体がとても熱く感じる。相乗効果で体温が上がっていくのが分かった。

「あ、つい、よ、メラン」
「すまない、僕は体温を自動調節できる。しかし、エラーがでてうまく反映されない。僕は今、すこしおかしくなっているらしい。すまない」

メランも止められないんだ。
とろけた視界の中でメランの不安そうな、そして悶えてるような表情が映った。

「僕は君に無理はさせたくない」
「大丈夫、私もちょっとおかしくなってるよ」

それに、ここまで来たら、最後まで。
言葉に出さなくても分かるよね。私も、メランもつながりたいんだ。

「来て、メラン」

迎えやすいように、少し腰を上げて足を広げる。こんなことしたことなんかないのに、体が勝手に動く。メランの顎先から、汗がお腹に落ちた。
早く、メランとこの先に行きたい。
熱いものが当たった次の瞬間、私は痛みに体をよじった。
 
 
 
***
 
 
 
頭がまっしろになった。

気が付くと、私の体はメランと完全につながっていて、私は涙がぽろぽろと溢れて止められなくなっていた。

「まりん」

痛ましげな表情のメランが舌でこぼれた涙をすくう。
足の関節が伸びたような感覚。広げられた痛みで、離されていた頭と体がやっと一致する。体の中で何かがずれて、何かと完全にくっついたようだ。これで私の体は完全に自分だけのものではなくなってしまった。

「まりん」
「うん、もう大丈、夫」

メランが動き出す。それに合わせてお腹が動くのが分かった。ゆっくりと痛みはかき消え、もどかしさとぞくぞくにかわってくる

「メラン、あっ、メラン、いたい、けど、いいっ」

熱い。気持ちいい。
これが気持ちいいって感覚なんだ。
頭では分からない。けれど、体は分かっている。

「あつ、っい」

押し込まれるしびれに体を反らせたとたん、頬をたらりと何かが伝った。
メランが動きをとめる。

「鼻から血が」
「い、いの、メラン、続けて」

興奮で鼻血がでても、興奮しているからこそもう構わない。
声をあげて、引きずられるようにして何かを迎えつつある。熱いし、痛し、何がその向こうにあるのか分からないけど、メランと一緒だから怖くない。
暗闇の中で、お互いの息遣い以外は何も聞こえない。

「好き、よ、メラン、だれよりも愛してる」
「僕もだ。まりん」

こうやって、メランに好きだって言える。深くまで抱きあって――ちゅうだって、できる。
しあわせ。うれしいよ、メラン。

メランにわたしのすべてをあげられるんだから。

限界が来る。
あのぞくぞくとした痺れが全身を駆け上がる中、私は自分の中に広がる熱に世界が遠くなった。