真後ろでした小さな物音に驚き視線を投げると、フレディがちょっと疲れた顔でドアの所に立っていた。
「あれ、アーウィンは?」
「私は何も知らないから……私の代わりにアーウィンがあの人達の質問に答えているの。私はここで待っていてくれっていわれたから」
そっか。フレディは私の横の椅子に脱力したように座った。椅子の上であぐらをかいて背もたれにどさり寄りかかったフレディは、なんだかようやく年相応に見える。幼く見られがちなのかもと感じた明るい顔つきに比べ、フレディはいっぱいものを知っていたしたまに垣間見る大人のような雰囲気も印象的だった。
「俺もこってり搾られたからなぁ」
私を笑わせてくれるように口では軽い調子でそう言うものの、たぶん酷く詰問されただろう。”村”に来てから、予想していたよりも歓待を受けて少し戸惑った私に、アーウィンが教えてくれた。その理由を。フレディがやけに大人びていた理由を。彼が背負って生まれて来たものを。
「フレディが祓い手の一番偉い人だったなんて、私、知らなかった」
「……俺はあいつが言うように、ただ名前を継いだだけだけどね」
部屋にある唯一の小さな窓を見る灰色の瞳に影がさした。あの薄暗い灯火堂でも見えた鋭いけれど脆い眼の色。フレディにはその小さな小さな窓の向こうに、どんな風景を見つけたのだろう。
しかし、次に私の方を見た時には、その瞳は雪の降る冬の空のように穏やかなものに変わっていた。
「で、どう?”村”に来てみて」
「どう、って、……まだ、分からない…かな。でも私は好きかもしれない。なんだか懐かしい気分になるの」
……不思議。もちろん、来たことなど一度も無いけれど心惹かれることなんてあるのね。フレディのあの灰色をした髪や目と同じように。
触れてみたい、私がそう思ったのはただ不思議なことだったからじゃないような気がした。
恐る恐る延ばした指先が髪に触れた。手に絡む懐かしい色をした髪の毛は、想像通りの感触だった。前に、フレディの髪に触れたことなんてあったかしら。そう思わせるくらい、馴染みのよい――撫でてみる手の下に、びくりと身を震わせたフレディが驚きに目を見開いている。……でも、逃げないんだから、触っていても良いんだよね。
よしよし。と、ご機嫌だった時のリズがよく私にしてくれたように撫でる。
しばらくそうしていると、フレディが我に返ったような表情で
「ね、ねぇちゃん…!?」
椅子の背もたれから、飛び上がって私の側から急に離れた。ああ、もうちょっとだけでも、あの髪に触っていたかったのに。少し残念だけれど、
「あ、ご、ごめんね…ちょっと触ってみたかっただけなの」
私はよく、変わっているとかちょっと子どもっぽいとかマシューにからかわれたけれど、もしかして、あの焦った表情から判断すると、フレディは頭を撫でられるのが嫌いだったのかもしれない。
嫌だった?
フレディを嫌な気分にさせてしまったのかと思うと悲しくなった。それとも不快な触り方をしてしまったのか。それでも、相変わらず私から距離をとったままのフレディはぶんぶんと顔を横に振ってくれた。
「いや!違うよ!別にねぇちゃんが触ったのが嫌だった訳じゃないんだ…ただびっくりしちゃって!」
フレディが声をこんなふうに上擦らせるのは、初めて見る光景だ。ぽかんと耳の裏まで赤く紅潮させて息巻くのを見つめているうち、フレディはふいに落ち着きを取り戻してまた私の隣の椅子に座った。
ちいさく咳払いをする。
いつもの大人びた顔つきになった。