He Found Something about Him

修道院は、相変わらず湖の中に浮かんでいた。その主が居なくなっても、深い霧がその全貌を覆い隠している。まるで何もなかったように。ひっそりと。不気味なほど静かに。
中庭の血の噴水も動くのを止めている。

俺の護衛、と言っても、同行している仲間たちは修道院の処理やアーシュラの残した祓い手の呪術の解除と収集の方に手が回っている。アーシュラやアーウィンの内的な部分が目的である俺は、何か手がかりとなるものを探してさ迷っていた。

「それにしても、この部屋は」

ねぇちゃんたちと帰る時に押収していった禁書の場所だけ虫が食ったように間が開いているが、部屋の壁ぎっしりと並べられた本、本、本、本本本……!
アーシュラがねぇちゃんという央魔のヒナを利用としたのは、央魔の血がもたらすあの快感を永遠の若さを力を求めたからだとアーウィンは言った。レナの、央魔の、血を与えられ、奇跡を全身で受け取った。そのせいか、本棚の不老不死や蘇りなどのヒトの命に関わるタイトルが目に付き、またアーシュラを理解してしまう自分を見つける。

「だめだよなあ……」

そんなタイトルを追う目が、ふと、棚の高いところにある本に引き付けられた。
暗褐色の表紙なのにその縁が微かに青い。どす黒く血で染まっているのだ。手に取って広げようとすると、血が固まりページ同士が張り付いていた。さらに異常なことには、こびりついているのは人間の血ではなかった。
アーウィン、か。
高い場所にあったせいか、あの背の高い冥使が頭に浮かび、なんとなく腹立たしい。無理矢理にはがすと、中表紙がはずれてしまった。いいや。荒々しく紙を束ねたような作りから見るに、あの表紙は後で付けたしたものかもしれない。今度はゆっくりとはがしながら、解読を試みる。

「…………うげ」

古い言葉で綴られたその本の中身は、儀式という名の人体実験のような記録だった。ほとんどのインクが色あせ、血に染まって読解不可能に近いが、冥使の血液を死にそうなくらい抜いて用いいるえげつない外法というのが分かった。これもアーシュラの行った禁忌の一部なのだろうか。土……強い……骨……。強く惹かれはするものの、紙の状態が悪すぎてほとんど拾えない。俺はその本をコートのポケットへとねじ込んだ。
ちくりと指先が痛む。
ふと見るとグローブから出た指から赤く血が出ている。何かで切ってしまったらしい。血を見るとねぇちゃんを思い出すのは、央魔の血を受けたからだろうか。俺はどうしたいんだ。さっきからそんなことばかりが頭について。じくじくと熱い切り口を見下ろしながら、俺は頭を振った。
ひどくのどが渇く。

下に降りると、まだそこにはたくさんの血の流れた跡があった。俺が襲われた場所。あの日の様に冷たい水が流れている。
今日はその「身に凍みる」ような冷たさが快かった。

「……!」

はたと気がつき、息をのむ。
水にさらした手の先には、さっき確かにそこにあった傷口はなかった。