終わりの見えない恋をしよう(仏英) - 1/2

テーブルの上に料理の盛られた平たい皿は硬い音をたてながら、よく磨いた薄いワイングラスは割れそうな音を尖らせながら並べて置かれた。
特別な料理でもないが、食事の席に大晦日の夜だからと蝋燭を灯らせたフランシスを見て、こいつもなんだかんだでロマンチストだと内心笑ってしまう。

「はぁい、今年もお疲れさま」

お互いに少しグラスを上げて、小さな乾杯とする。古いワインは濃くなった色をガラスの輪郭に辿らせた。

「どうよ坊ちゃん。味分かる?」
「馬鹿にすんな。でも俺はこういう複雑な味より安いワインのシンプルな味の方が好きだ」

重くて苦味があるものを好むフランスが好きそうな赤だ。何でもない様子で開かれたワインは、年代ものだったらしい。それにしてはフランスのいつものねちねちとしたワインへのこだわりが薄い気がする。

「飲みながら、よくそんなことが言えるよな。お前らしいというか」

言うと思ったよ、フランシスがにこにこと笑ったのを俺は不思議に思いながら見ていた。大晦日だからだろうか。またとなくご機嫌だ。しかし、違うらしいと見上げた顔で分かった。
こいつもう酔ってるな。
良い年して頬を薔薇色に染めている髭面には、気味の悪いものがある。ちらりと見たラベルの年号は色褪せて薄くなっていた。

「ビートルズが解散した年だな」

何十年も前のことをふと昨日のことのように覚えているのが自分でも不思議な感覚だと噛み締める。口にはワインの渋みがまだ暖かく残っていた。

「見つめてるようだけど、坊ちゃん、ちょっと失礼」

いつの間にかフランスがデキャンタを持って来ていた。
古いワインが逝っちゃわなか心配だったけどね。誰に伝えたいわけではない独り言を呟きながら、食卓にともしておいた蝋燭を使ってワインを傾き注いだ。今までを適当にしていても、酔っていてもフランスだ。蝋燭の光の奥に見えるワインの澱はデキャンタには流れなかった。

「いつもこんなのやってたのか」
「まあね。酸化するために、ボトルの中から出てきて、息をさせる…ワインに空気とキスさせる時間をあげて」

『大人』にしてあげるんだよ。俺は下ネタかよと毒づきながら、また新しく注がれたグラスの香りを嗅いで呷った。

「…味が、変わったな」

俺にワインの味が分かったのが嬉しいらしく、こちらの様子をじっと見ていたフランスはにへら笑う。

「空気に触れると、ワインの味は変わるんだよ。人間が年を重ねるみたいに」

明らかな論理の飛躍があったが、フランスはまだ上機嫌で歌を歌いだした。
ビートルズだ……フランス語だったが。
俺のうちの言葉で歌うから意味があるんだろ、普段は怒りたいところだが、なんとなくフランスが歌うのを遮る気にはなれなかった。