「ホイルジャック、君はどうなんだ?」
話しかけると、ホイルジャックがひどく驚いた様子でこちらに振り向いた。
ずっとすぐ近くにいたのだがね。大体、私は大抵はホイルジャックと同じようなシフト設定なのだから居ない方がおかしいんだ。
バンブルが『またラチェットに怒られるよ』と言った時、スパイクがちらっとこちらに目線を送って来た。それに対して、聞こえてるよ。そう後ろから返そうと思ったその瞬間、ホイルジャックが弄っていたマシンが爆発したのだ。
それにしても、忘れられていたという事実は心外である。
「手を見せてもらおうか?」
驚きに固まるホイルジャックなんてあまり見れるもんじゃないから物珍しくはあるが、こっちは医者だ。反応のない患者はさておき、さっさとその手を取る。
思っていたほどじゃない。すぐにほっとはする。しかし、手の中で爆発しただけあって、手の内はかなり焦げていた。表層部の怪我だが、熱で支障が出るかもしれない。この人は技術者であるのだから、何か手の動きに支障が出ては困る。
「大したことは無さそうだが、末端の回線がショートしているかもしれない。しのごの言わず、ちょっとリペア台まで来てもらおうか」
そのまま腕を引っ張り立ち上がらせると、ようやく驚きの呪縛から解けたらしい。ホイルジャックが情けない声をあげた。
「あいててて! ラチェット君、吾輩、一応は怪我人!」
「あんなに気もそぞろで機械いじりなんてするからだ」
「堪忍してえな」
もう一度だけ引っ張ると、ホイルジャックが渋々といった様子で歩き出す。このやりとりに、バンブルとスパイクが側で声をあげて笑った。
「笑い事じゃないんやけどな」
これに関しては私も同意見だ。
ホイルジャックが振り向くのにつられて後ろを見れば、ふたりともいってらっしゃいと手を振ってみせた。これは着いていかない、助けるつもりはない、という意思表示だろう。それを見て、やっとホイルジャックも諦めたようだった。
私の前で怪我をしたのだから、拒否権など最初からないのだがね。
「すまなかったね、君たち!」
区画のドアが閉まる直前、もう一度、ホイルジャックがうしろにむかって叫んだ。
怪我をさせかけたことはやはりショックだったらしい。
そこでドアが閉まり、ホイルジャックは小さく溜息をついた。そして、今度はこちらも謝ってくる。
「……ラチェット君も、すまんね」
まったく。このひとは。私が何に怒っているのか分かっていないのか。しかしこういうところは素直だし、本人に悪気は無いし、別に迷惑なわけではないから憎めない。
ある意味では私とは似ても似つかぬ性格でもある。
「流石に慣れたよ」
こういう時は説教をするべきなのだろうが、そう言うしかない。そして、こういう時にかけてやる言葉はいつも決まっていた。
「君が壊しても、私が治せばいい」
私のモットーであり、またこの奇妙な友情を表す言葉。ホイルジャックはこれを聞く度に、いつも照れ臭そうにしてみせる。
まあ、ホイルジャックにとっては、別に治すのが『私』じゃなくても構わないんだろうが。
そう思うと、なんとなく悔しくはある。
このひとのようなひとは少なく、私のようなのはそうでもない。私は戦士というよりは医療班で。ホイルジャックはそういう意味では同じ区分だが、発明の才能やら飛行能力やらは私には無い。私が怪我をした時は、ホイルジャックが私の面倒を見る。交換が簡単に効いてしまうのだ。
そんなことを考えてしまったからだろうか。いつもはここで切り上げる言葉をつい繋げてしまう。
「ただ、頼むから私が治せないような怪我はしてくれるなよ?」
そうでなければ、私はこのひとにとって役立たずだ。それだけは避けたい。それに、この『今まで一番修理しなくちゃいけなかったやつ』におちおち壊れてしまわれても困る。私だってキツイことは言っても、仲間が傷つくのは嫌だ。
もちろん、修理だけに追われるだけの生活ってのも嫌だが。
「君ほどの医者がどうしたんだね」
そんな私にホイルジャックは少し驚いたように言葉を返して来た。何を根拠にとは言い返したいが、褒め言葉ではあったことには思いついた皮肉を飲み込む。
「しかし、吾輩としては『毒にもなるが薬にもなる』なら、毒も試さずにはいられない性分なんだけどね」
これを聞いて、彼の本質は確かにここなのだろうなと思う。
兵器になるとしても何かに役に立つものなら作ろうと思うし、作ってみればちゃんと機能するかどうか試したいと思ってしまう。自分を傷つけてまでも、彼の言う『調節』を重ねてより強いものへ作り変える。そういえば、いつかの作戦で、司令官が動かすなと言ったあのダイノボットを利用しようとしたのも彼だった。
その毒まで食らう根性をよく物語っているのが、彼の頭部をぐるりとめぐるマスクパーツだ。爆発の耐えない作業の怪我から頭部を守るためにがっちりと後頭部からボルトで留められたその表面には、何度塗装を塗りなおしても大小の傷が無数にあるのが見える。傷つく前提でマスクをつけているのは、少しぐらい自分が傷ついてもいいと思っている証拠だろう。
やっと着いたリペア台に座らせながら、ホイルジャックに釘をさす。
「毒の飲み方を知らないと、いつか身を滅ぼすぞ」
「へへ、相変わらずきっついなあしかし。でも、流石に医者が言うと重みがちがうねえ」
「よく言うよ」
話しながら軽く検査をするが、手の内部の回路にも特に大きな損害はない。指先まで痛みなく動くようだ。そこでやっと本当に安心する。このひとに関しては、心配しすぎるに越したことはない。
ほっとしたところで、私は不意にハッとする。
今がチャンスなんじゃないか?
触れて確かめてみたいと思ったあの時から、あのもっと知りたい触れたいという衝動がなんだったのかと試してみたくあった。
その手をぐっと掴み、手を挟んでホイルジャックの青い目を覗き込む。この間、ホイルジャックが私の肩を掴んで、覗き込んできたように。――あれの何が私にとって問題だったのか?