お弁当サン音4:いなり寿司

 明日から毎日、俺と一緒に昼飯食ってくれ。
 そう昨日、言った。そうは言った。
 しかし、まさかサウンドウェーブとふたりだけ、とは誰が思っただろう。
 
 流石のサウンドウェーブも側で作業していたカセットロンたちが昼飯時のベルが鳴った途端、散り散りに走っていって自分の元に集まらないのが不思議な様子でいた。無言で見つめ合ううち、サウンドウェーブに通信が入る。

「フレンジー、今、何処に居ル?」

 その通信の会話は聞こえないが、なんとなく俺にはカセットロンの連中の考えている事が分かった。その考えの答えあわせをするように、サウンドウェーブの口調がきつくなる。

「ソレはどういう――? ア、切るナッ…………」

 サウンドウェーブの動きが止まる。
 通信を切られて、かけなおしても向こうが応答しないのだろう。カセットロンの強硬姿勢に舌を巻く。たまには突き放しながらも、結局はサウンドウェーブに対して過保護なフレンジーたちが、こういうことをしてくるとは思っていなかった。
 こいつ昨日の俺の頼みをやつらにどういう言い方で報告したんだ?
 いや、どうせサウンドウェーブのことだ。俺にこう言われてた。明日から一緒に食べるぞ。その程度の言葉だろう。
 ジャガーやコンドルたちも協力したところをみるに、何か考えることがあったのか。カセットロンの中でなにか方向性が定まったのか。いや、今日俺たちだけにすることで、その結果で方向性を決めることにしたのか。
 俺もそろそろ諦めて、腹くくれってケツ叩かれてるってことかね。

「サウンドウェーブ」

 俺はしょうがなくその場に座りこんで、直立不動の群青の機体に座るように促す。ぽんぽんと地面を叩くと、ある一定の距離をとってサウンドウェーブも腰を落ち着かせた。
 弁当を開けると、甘い酢としょうゆの匂いが立ち上がる。

 いなりずし。
 プレーン、天かす入り、ミョウガとゴマいり、五目いなりの四種類。
 どれがどの味なのかがすぐに分かるように、二列に並んでいるうちの一列が中の酢飯が見えるように普通のいなりずしとは裏返し……油揚げの口の方が開くように配置されている。たぶん、二列だし、各味は二個ずつ入っているのだろう。見た目も華やかだし、昨日のハンバーグにしろ味にバリエーションがあるというのは嬉しい。
 俺が弁当を開けて喜んでいると、サウンドウェーブも諦めた様子でやっと自分の弁当を開け始めた。

「いただきます」

 作った本人を目の前に言うのは気恥ずかしくもあるが、小さく手をあわせる。
 何から食べるかは迷うところだが、ためしに、一列目を食べ比べてみることにした。
 プレーンはまさに基本と言った感じで、これがこれだけシンプルでおいしいなら、他の味はどんな風に違っているのかとイヤでも期待感が上がる。
 天かす入りは食べるとさくさくとした食感があり、油揚げと天かすで少し油っぽくもあるが、酢飯の味がややうすくなっており、食べづらい感じはない。
 ミョウガとゴマ入りというのは、ゴマのかおりにミョウガ独特風味が利いていて、天かす入りの後に食べると余計にさっぱりとした印象を受ける。
 五目いなりとはいうと、レンコンやら人参やらの根菜がぱりぱりして、『こんだけいろいろ入ってるんだから、まずいわけがない』としか言いようがない。
 その後、色々入ったやつを食べた中でプレーンのいなりずしに戻れば、リセットが効く。
 なるほど、いろいろと考えて作られているらしい。流石サウンドウェーブ。今日もサウンドウェーブの飯はうまい。
 ただ、四種類×二列の8つしか入っていないというのは、なんとなく物足りないような気がする。まだ1列残ってはいるのだが。

「なんかもちっと食べたいな」

 指についたいなりずし特有の油っぽいしょうゆのタレを舐めながら、思わずぼやく。 そういうと、サウンドウェーブがむっとしたような気がし、俺は慌てて言い直した。

「いや、足りねえってワケじゃねえんです。もっと食べたいってことです!」
「……茶ヲ飲みながら、ゆっくり食ベロ」

 すかさず、ファミリー行楽用サイズの水筒が出される。
 やっぱり、俺と同じく、サウンドウェーブ的にも俺とふたりっきりってのは想定していなかったらしい。

「あ、ども」

 そのキャップになみなみと冷たい緑茶が注がれる。砂糖が多めに入った酢飯と揚げの甘さに緑茶はよく合うだろう。想像するだけで、口の中がさっぱりする。

「もうチョット食べたいケド、ってくらいがチョウドイイ」

 それを俺によこしながら、サウンドウェーブがぼそりと呟いた。

「いくら大好物でも、食べ過ギタラ、飽きるダロウ?」
「いや、あんたの料理だったら飽きねえだろうよ。……理由はわかんねえけど」

 思わず反論し、途中で明確な理由も思いつかずに論理が尻つぼみになった。
 それに一瞬、サウンドウェーブはきょとんとしてみせるが、結局はすぐに強引に結論付けようとする。

「トニカク、俺の料理もタマに食べるクライがチョウドイイ」
「いや、それはゆずれねえ」

 間一髪入れず否定すると、露骨に舌打ちして見せる。それがおもしろくて、俺は思わず笑ってしまった。

「あんたもそろそろ諦めろよ。もう戻れねえんだからな」

 そうだろ、というと、またサウンドウェーブがむっとしてみせる。今はそれさえもなんとなく微笑ましかった。
 こういう反論されて明らかにムスッとして見せるところもあるのか。

「オ前ハ、昨日のハンバーグにしろ、子ドモっぽいのだナ」

 ああ、やっぱり昨日のハイだった時の頭ん中も覗かれてたか。
 それでも、それをあんたには言われたくねえよ。

「ところで、あと、昼休みは何分あります?」
「……アト、35サイクルだ」
「じゃあ、せっかくですし、なんか話しません?」

 あんたならブレインスキャンで俺の考えてること分かるんだろうが。まだ俺だって、あんたのことを情報参謀で、料理が上手くて、ってことぐらいしか知らないし。
 特に今日はカセットロンも期待しているようだし、俺もあんたも『そろそろ諦めろよ』ってことだ。
 サウンドウェーブからは反応はないが、無言と言う事は勝手に話してみろということだと俺は解釈する。
 まずは、このいなりずしがいかにおいしいか、ということでいいだろうか?

 昼休みの残りはあと35サイクル。
 今日もサウンドウェーブの飯はうまい。

 きっと明日のサウンドウェーブの飯もうまいのだろう。
 そして、また少しこいつのことも知るのだろう。
 楽しみだ。

 

 

 

「――ってことで、このあいだのオムライスもすげーうまかったです。あんたの料理って、匂いや味もも良いけど、なんか食感が違うのが多くって、食ってて楽しいです」
「……ソンナニ褒めるナ」
「あー、あんたでも、照れるんですね」
「ウルサイ、ダマレ」