お弁当サン音3:肉詰めピーマン?

 まどろむ夢の中、甘い匂いと炊いたばかりの米の匂いがする。
 ぬくぬくとした寝台のある寝室から、その外の部屋へ耳を澄ますと、衣擦れと誰かの動く音がした。
 目を開けると、カーテンの隙間から青い光が見える。
 ――また今日も、朝が来たらしい。
 伸びをして、四肢を柔らかくする。今日も尻尾の先に至るまでご機嫌だ。
 名残惜しいが布団から起き上がり、キッチンへと向かう。
 扉を開けると、群青の機体がこちらを振り返った。

「起コシテしまったカ?」

 キッチンの中は、まだ薄暗かった。シンクの上に取り付けられた小さな蛍光灯が灯っているだけで、その中で料理をしている。

『大丈夫だ。おはよう、ボス』
「ソノ呼び方はヤメロ……オハヨウ」
『サウンドウェーブ、今日は何を作ってるんだ?』

 近寄りシンクの縁に手をかけてその横に立つと、その手元には寿司桶があった。寿司桶の中の酢飯は何故か四等分されている。
 ここ二日、起きると聞えていたフライパンのじゅうじゅうという音が聞えなかった理由が分かる。今日はその代わりに鍋で何かを煮ているらしい。みりんとしょうゆと砂糖を煮るまろやかな甘い匂い。和食だな、と思う。

「タマにはイイだろう? フレンジーとランブルが喜ぶカラ、ツイここ二日はああいう献立ダッタが」

 しかし、いかんせん腑に落ちない部分があった。

『今日はピーマンの肉詰めだと思ってた。あいつの好物だろ?』

 この間、帰りにスーパーに寄った時、ピーマンを多めに買っていた気がする。一昨日のオムライス弁当にはピーマンが入っていたけれど、それにしては買った量が多すぎる。

「アレは今夜の青椒肉絲用だ。肉詰めは数日前ニ、入れたバカリダ」
『それもそうか』

 話している間に、甘い匂いが薄明るくなってきたキッチン中に広がり、思わず口の中にのぼってきたよだれを飲む。
 菜箸で調べる煮含み具合はなかなかだったらしく、コンロの火が止められた。

「ソレニ、コノ間トマトが季節モノで安かったダケダガ、オムライスにしろ、ハンバーグにしろトマト味が多スギル。いくら好物デモ、飽きるダロウ? 昨日の様子を見ル限り、アレは意外とメニューに関してはコドモ舌らしいがナ」

 やはり、なんだかんだ言って、あいつには気を使ってるんだな。
 さっきまでピーマンの肉詰めだとばかり思っていたのも、サンダークラッカーに気を使ったのかと思ったからだ。この間の騒ぎの時に、サンダークラッカーはスタースクリームに好物だというのに肉詰めをちょろまかされていた。不憫だ。てっきり、それで作ってやるつもりなのかと考えていた。

「そんなコトは、ナイ。俺はアイツを特別扱イするツモリは毛頭ナイ」
『そうなのか?』
「アア」

 四等分された酢飯のひとつひとつにそれぞれ天かす、ミョウガとゴマ、レンコン等を入れていく。米が分けられていたのは、味を四種類にするためらしい。
 こうやって作ってたのか。
 料理を作っている姿を見ていたつもりではあったが、今でも発見があるのだから、料理ってものは奥が深い。それに加え、我らがボスは調理理論まで考えているのだから頭が下がる。そういう科学的な要素やプロセスやらなにやらがあるから、好きなのかもしれない。

『でも、今日から一緒に食べることになったんだろ?』
「アア」

 味で分けられた酢飯がまたさらに均等に分けられていく。俺たちの分と、サンダークラッカーの分。たぶん1つの味につき、ひとり1つか2つだろう。
 それから、それぞれの一段用の弁当箱が出されてきて、カウンターに並べられ始める。
 鍋の中身はまだ少し熱いらしいが、冷めるのを待つ間に酢飯の方をたわら型に成形するらしい。邪魔になっては困るし、後ろ足で立って見ているのも疲れてきた。
 俺はキッチンから離れて見守ることにし、真白くなってきた光の漏れる窓の側に座り込む。
また、二度寝しそうだ。

『……結婚を前提としたお付き合いってなったけど、サウンドウェーブはあいつのことをどう思ってるのか?』
「別ニ。デストロンの中で付き合うとしたらマトモな方ダとしか今は感じてナイ」
『ふうん』

 今は、ね。
 結婚前提としてという未来が決定しているからか、それとも無意識の言葉選びからか。そんな言葉が出てくるとは予想外だった。

「お前ハ、ドウ思う?」
『嫌いじゃないぜ。俺の話もちゃんと聞いてくれるし。メガトロン様もお考えあっての命令だろうし、サウンドウェーブさえOKなら、俺もOKだ』
「ソウカ」

 コンドルもバズソーもフレンジーたちも、他のカセットの連中だってきっとそうだろう。
 でも、それには、サウンドウェーブがはっきりと言葉か態度に出さなきゃ俺たちだって踏み込んではいけない。『今は』サウンドウェーブが悪く思っていないって感じてるから、ああやってフレンジーやランブルも『べつにいいじゃねえか』と言っている。

 ――なあサウンドウェーブ、ブドウはわざと入れ忘れたんじゃないのか。

 そう聞いてみたいが、我らがボスは『今は』答えられないだろう。から、聞かない。
 それに、俺だってそうやすやすとボスが取られてしまってはつまらない。

 部下のの心、上司知らず。サウンドウェーブは黙々と作業を続けている。
 その作業を見ていると、また眠くなってきた。あくびが止まらない。俺はもう一眠り決め込むことにした。