「メガトロン様は何をお考えなんです?」
あんたの家に引っ越せなんて。
ベッドの上にモノをかき集める俺の隣で淡々と段ボールを作っていたサウンドウェーブの手が止まった。振り返ったその顔のもの言いたげなバイザーの奥にひるみ、途中で言葉を飲み込む。そんな俺をジッと睨んでから、サウンドウェーブは大きなため息を吐いた。
「……逆ニ、何も無カッタカラこそ、評価が上がってシマッタ」
「はあ?」
「アノ方はお前ラが思っているヨリ、古風な方ダカラナ」
「はあ」
評価? 評価が上がった結果がなぜルームシェアなのだろうか?
サウンドウェーブはよく噛み砕けない俺を放置して止まっていた手をまた動かし始めた。ベリっと音を立ててガムテープをぶっきらぼうに底に貼り、寝台の上に俺が集めてきたモノを放り投げる。
何もなかった……ああ、婚前交渉はダメ派なのか。
少し考えた後にやっと答えが出てくる。意外も何もいつも通り前時代的だ。そういえば、あの後スタースクリームが俺を茶化すより先に、頭が固いだの古臭いだのとメガトロン様を茶化していた。ああいう時だけはあいつはメガトロン様の考えをすぐに拾い上げる。
それにしたって――
『サウンドウェーブとサンダークラッカーは同棲の段階に入ること』
っていうのは、逆に革新的すぎやしないのか? あの方の考えは、こいつと同じくらい読めない。メガトロン様のご命令とはいえ、その日のうちに俺の家に押しかけて黙々と荷造りを始めたその機体の群青の背中を見つめる。
……俺も、やるか。
こうやってダンボールを作っている間にもう夜が更けている。今日の活動を終えて、いつも通りサウンドウェーブの家で夕飯を食って。あれからもう数時間も経っている。
ふと、先ほどから黙っているサウンドウェーブを見ると、何かを熱心に読みふけっていた。
何読んでるんだ?俺の寝台のあたりに、こいつの興味の惹かれるものなんて――ハッと気がつき、その手の中のものを取り上げる。
「あんた、何読んでんだ!」
独り身のオトナのおともだち本。まさかベッドの下から引っ張り出すとは思わなかった。
完全に忘れていたと言っていい。
俺が照れたのが、そんなに面白かったらしい。珍しく、サウンドウェーブがクツクツと声をあげて笑う。
「……人妻や熟女趣味とは業が深イナ。イヤ、というより、綺麗ナ年上のお姉さん系カ?」
「一般性癖だろ! いや、そうじゃない! そこらへんは触るな!」
焦って寝台から引き離すと、ひとしきり笑ったサウンドウェーブはいつものトーンになった。
「気を使うな、と言ッタのはオ前ダロウ」
その直球な態度に気は引ける。確かに引ける。が、これから同居する相手に性活事情なんて知られたくはない。それに、そんな言葉を言われたら、これから読むたびにこいつに笑われたことを思い出してしまう。
つい先日の風邪の時に『俺に気をつかうな』とは確かに言った。そう。言ったのだが、違う。そうじゃない。
「デハ、何処を手伝エと言ウのだ? 管理職で忙シイ身の俺が今日明日お前のタメに時間を捻出してヤッテルンダ」
こいつ。面白がってやがる。
ここぞとばかりにわざと気後れするようなことを言いやがって。お前は俺への好意じゃなくって、メガトロン様のご命令だからこうやって手伝いに来てるのはお互い承知の上でこんなことを言うなんて。
「……じゃあ、キッチンの方をお願いします。あんたのとこで間に合ってるものとか分かんないから。必要不必要でまとめといてください」
「分カッタ」
キッチンはサウンドウェーブの領域だ。そこは素直に了承される。その背がキッチンの方へ消えるのを確認し、俺は安堵のため息をついて、作業を再開した。
もともと寝台の上にものを集めていただけあって、順調に荷詰めができていく。
だいたい、この部屋の荷造りなど簡単だ。この家に使っているモノなど少ないし、それ以外は捨てればいい。たいていのものなら、上位互換品がサウンドウェーブのところにある。戦っていた頃の名残で、武器はともかく日常のモノへの執着心は薄い。移動してすぐなどは、どうせ身の回りのごく一部のものしか使わないものだ。
やっこさん漁られた例の本も、とりあえずは捨てていい。フレンジーやランブルたちがいるのだから、持ち込んでさっきのような展開になったら俺はサウンドウェーブに殺される。……ああ、なるほど。なぜ手伝いなんかに、と思っていたが、サウンドウェーブにすればやっこさんの家に持ち込むものの水際対策か。
たくさんのゴミ袋に対して、必要なものを入れたダンボールは数箱分。急に他人めいてきた自室を見て感慨に浸っていると、さすがに疲れてきた。キッチンの方の雑音が耳に障って気になってくる。
あいつ、今が何時だと思ってんだ。
「お前さん、いったい何やってるんです?」
そっとドアを開けて覗くと、キッチンの台の上ははがらんとしている。ガス台の五徳や換気扇のファンが綺麗に洗われてふきんの上に雑然と並んでいる。使いさしの調味料が捨てられたゴミ袋が積まれていた。最近はサウンドウェーブの家の方に入り浸っていたのだから、賞味期限なんかもとっくに切れているだろう。
サウンドウェーブといえば、端の方に座り込んで、積み重ねておいた『貰い物』を開封していた。そして近づいた俺に振り返ったその顔は、今まで見たことないほど上機嫌だった。
「オ前、本当に今までコレを使ッテナカッタのカ!?」
その手元にはコーヒーメイカーの説明書が握られている。
こんなもんまで、もってたのか俺。
全く覚えていなかったことに自分でも驚きながら、とりあえず、頷く。
「コレはモラッテイイか?」
「どうぞ。ご自由に……でも、せっかくだから、コーヒー入れて休憩にしません?」
時間なんぞもうとっくに真夜中を回っている。明日の朝一で荷物を運ぶにしろ、この様子では寝る暇もなさそうだ。
綺麗になった調理台の上に箱から出したコーヒーメイカーを起き、水と、いつのものかもしれないが包装ビニールに入ったままだった紙カップをセットし、セットで付いてきていたKカップを入れる。
蒸気の音ともにコーヒーの匂いが真夜中のキッチンに広がる。
手渡したカップに口付けながら、サウンドウェーブは感慨深げに俺と部屋を見た。
「オ前はコンナ部屋で暮ラシテタンダナ」
なかなか、可愛いことを言ってくれた気がする。
そういえば。サウンドウェーブの家には何度も行っているが、こいつやカセットロンをこの部屋に呼んだことなど一度もなかった。
引っ越し作業当日に思うことじゃないが、以前にも連れてきてもよかったなとふと思う。
すると、サウンドウェーブは先ほど座り込んでいた一角を指差して可愛くない顔で笑った。
「アレは全部オ前のファンからの貰イ物カ?」
「流石に全部ってわけじゃねえです。このコーヒーメイカーは確か忘年会の景品かなんかだったはず……ですし」
やましいことは何もないが、もらってはいたものの気持ちには応えずに放置していたという後ろめたさがある。歯切れが自然に悪くなる。しかし、それ以上サウンドウェーブが俺のそういうところも知っていることに俺は動揺した。
「モノや色気や肩書きやら信条にナビカナイ奴ダとは思ってイタが、マサカ食い気の方ダッタトハナ。アレから食い物のプレゼントは増エタカ?」
にやにやとサウンドウェーブは笑う。
なんだか、こいつは今日はずっと楽しそうにしている。俺をからかいながら。
「まあな。でも最近はちゃんと断っちゃいるぜ?」
「ドウシテダ? もらえるモノはモラッテオケ」
「期待させるのは良くないでしょうが。それにメガトロン様のご命令もあるじゃねえですか」
「マアナ」
「それに、あんたが作った料理のが好きだ」
「ソウカ」
誠実さを見せようとするが、サウンドウェーブの反応は無かった。一度封をしてしまったゴミ袋を開けて、サウンドウェーブは飲み終わった紙コップをぐしゃぐしゃと捨てる。
砂糖なしのコーヒーの残りをちびちびと飲みながら、俺はまた開封作業を始めたその背をじっと見下ろす。
今日は何だか、俺のテリトリーだというのに、始終こいつのペースだ。
「……イツモ俺のテリトリーを侵犯スルクセに。ヨク言ったモノダ」
ブレインスキャンをしたのか、サウンドウェーブがそう言った。
しかし、皮肉めいたものいいとは反対に、その口元は何となく笑っているように感じた。
「プレゼントにも酒が多イシ、冷蔵庫にビールしか入ッテナカッタが、オ前は酒が好きナノカ?」
「基本、晩酌するんです。といっても、最近はあんたのところで食べてるから、飲んでないけど」
「……飲みタケレバ飲めばイイ。ドウセ、ウチに入るのだダカラ。予防線ヲ張っても仕方ナイ」
「!」