2回目のデート(サン音)

 2回目のデートというのは、非常に繊細で高度な情報戦が必要なもので。2回目のデートをOKされてからがむしろ始まりで、3回目という勝利の確定した状態へ持って行くための第一歩で。そのふたりがその後どうなるかを決定づけてしまうような重大なファクターだと聞いていたのだが。
『俺たちは恋人同士で、俺らは付き合ってるんだ』
 の、手前。
『俺たちはよく会ってるんだ』
 その状況は複数回はデートをしていなくてはならないわけだ。つまり、2回目のデートを了承するということは、その先に進んでもいいかなと思っていることの意思表示でもあり、自分のその選択が正しいかを確認する作業であると俺の調べでは認識されていた。
 だが、一体、これは何なのだ。

 隣のぼんやりとした機体をバイザーの端で見やると、エネルゴンの入ったグラスを片手に大きなあくびをしていた。
 排気される呼気はやや熱を帯びている。
 その露わになった口腔ユニットを無言で見つめればやっとそいつは俺の非難めいた視線に気がついたようだった。

「と、すまねえ。つい、」
「……構わん」

 大口であくびをしたことを非難しているわけではない。
 俺はデートという癖にいつもと変わらない――いや、いつも以上に暢気なことを咎めているだけだ。
 航空兵は謝りながらも、また次のあくびをした。
 こいつは、このサンダークラッカーという名の兵士は、上官に当たる俺を2度デートに誘っていながら、終始この調子なのである。
 上官を恋愛対象として見ることは、まあよくはあることだろう。その上官をデートに誘ってみるとなると、前者に比べてぐっと数は減るがないことではない。2回目のデートにこぎつけることもなくはないことだろう。
 では、勇気を出して誘ってみて、特に愛の情熱を語るわけでもなければ関係を懇願することもなく相手に気に入られようと行動しないとなると、どうだ。
 ありえない、としか言いようがないのではないだろうか。
 俺だって別に暇なわけではない。情報参謀として忙しい中でわざわざ時間を作ってこうやってデートとやらに参加してやっているのだ。それに対して、こいつの態度はどうなのか。デートの主催者であり参加者の片割れとして、この体たらくは。
 サンダークラッカーが好き勝手俺に質問をし、質問の答えに何かと反応をするはするので、やれやれ会話は続いてはいるが。
 エネルゴンのせいだろうか。何だかイライラと熱っぽくなってきた。
 ぐいっとグラスに残っていた半分くらいを飲み干すと、横でサンダークラッカーがほうっと息を漏らした。

「あんた、意外といける口なんですね」

 ささ、と空いたグラスにまたエネルゴンがなみなみと注がれる。
 俺はそれに口をつけながら、こうやってただ飲んでいるだけの会合がデートと言えるのだろうか、とデートの定義について考え始めた。
 まとまらなくなってきた考えを余計かき乱すように、サンダークラッカーは話しかけてくる。

「カセットロンたちとはこうやって飲んだりするのか?」
「いや、あまりないな」
「そうなのか。とは言っても、俺もそんなに誰かと飲んだりはしねえからな。そんなもんなのかね」

 サンダークラッカーのグラスが空いてる。
 注ごうとすると、サンダークラッカーは少しだけ会釈をして受け取った。
 酔って危なくなった手元に気をつけて、ゆっくり注ぐ。
 その様子をサンダークラッカーは食い入るように見つめているのが視界の端で見えた。

「……でも、こうやってあんたに酒を注いでもらうってのは、何だか悪くねえです」
「そうか」

 何か深い意味があるのかとブレインスキャンをしてみると、所帯染みたこの行為が親密さを表しているようだと考えているようだった。また、その酒を注ぐ俺の所作に何か色気のようなものを感じたらしい。
 こいつの方ではちゃんとデートとして認識されているのだろうか。ブレインの点検をしてやりたくなる。

「しかし、こう飲んでばかりというのも、変じゃないのか?」

 聞けば、サンダークラッカーは小首を傾げてみせる。

「変?」
「何というか、一般的なデートとは違う……だろう」
「そうか?」
「そうだ」

 言うつもりはなかったが、ついに変だと言ってしまった。でも、口を滑らせて話してしまえば満足感には満たされる。やはり我慢は良くない。
 ふうんと唸ってサンダークラッカーはようやくグラスから手を離した。

「なんだ。じゃあ、あんた、『普通のデート』がしたいんです?」

 と、熱のこもった視線を俺から離さず、顔を近づけてくる。
 身をよじって後退すると、俺の手からグラスを抜き取りながらサンダークラッカーは間を詰めた。

「何逃げるんです。デート、するんでしょう。」

 グラスの無くなって行き場をなくした手をサンダークラッカーが握る。顔は近いままだ。
 ちょっと突き出せば、簡単に唇が触れてくるような位置。
 サンダークラッカーはここぞと言うような、見たこともない甘い微笑みを浮かべている。

「サウンドウェーブ」
「なんだ」

 サンダークラッカーの唇が近づいてくる。

「口開けてください」
「は」

 その胸元を押しのけようとしてもがいた俺が止まると、サンダークラッカーは驚いたように目を見開いて、そのままキスをするかどうか迷うなそぶりを見せた。

「…………」

 それから結局、軽く触れるだけの口づけだけをして、意地の悪い顔で吹き出して笑った。

「……なんて。2回目のデートでそこまでするほど俺はガツガツするタイプじゃないですよ」

 固まっている俺をよそにサンダークラッカーはさっさと先程までの位置に座り直し、グラスを煽る。

「このままだと、あんた、全部行くとこまで許してくれちゃいそうですし」

 楽しみは取っておく派なんです。
 そう言って飲んだくれの航空兵は赤い頬をつらせてみせる。

「そう言うのは、3回目以降に取っておいてくださいよ」