Larme(仏英)

 ロンドンの街には、今日も鬱蒼とした霧が立ち込み、緩く気だるい雨が、音もたてずに降っていた。

 雨に濡れて、シャツが肌に付く不快感にフランスは珍しく眉を寄せた。髪の毛の隙間を流れる、生温かくなった雨水がなんとも気持ちが悪い。
 また、あいつ、荒れてるのか。いつになっても泣き虫は治らないね。
 傘は、先程雨に降られて震えている女の子にあげてしまった。目的地までは遠いのだが、あれは時間に煩い男だから、時間に来ないなら絶対迎えに来るだろう。
 あいつの家に着いたら、まず熱いシャワーを借りよう。身震いしながら見つめる通りの先の街灯に、黒い影が見えた。
 黒の傘に、ベージュの温かそうなレインコート。下はいつもの細身のスーツか何かだろう。

「イギリス」

 誰かを探すような素振りの男に、手を振る。

「…すまん。この国にいるのは分かってたんだけどな」
「ああ」

 入れ、とでも言うように傘をこちらに傾けられる……熱いシャワーはおあずけだな。
 イギリスの手から傘を受け継いだフランスは、イギリスの顔を見て優先順位を入れ替えた。この国に飛行機で着いた時から、気付いてはいた。
 下がった眉。ぱっちりとした目は赤く腫れて、いつもより小さく見える。

「こんな湿っぽい雨を降らせて……お前また何か、悲しいことがあったんじゃないのか?イギリス」

 うつ向く彼の表情は分からないが、何とはなく答えは分かっている。伊達に長くはつるんでないさ。
 歩く内にも強くなってくる雨足に、フランスは傘の内側の自分の左の男の肩を優しく宥めるように抱き寄せる。

 湿っぽいのは好きじゃない。

 左腕に伝う冷たい滴を感じながら、遠いあらぬ方向をフランスは見つめた。