この国特色の気候、昼間を過ぎるとやってくる暑い暑い日差しを避けて、人々は家の奥で家族と寝そべったりしてその暑さが夜に消えるのを待っていた。
そんなシエスタの時間に、通りに歩く者は誰もいない。スペインは、ベッドで寝ていた。自分がこっそりと外へ出たことなど気づいていないだろう。
俺は静かな通りの向こうをぼんやり見つめながら踵の音を響かせていた。
小さく奥まった窓のついた白い建物の群れの中には、自分しかいない。気が狂いそうな思考に取りつかれてはそれを打ち消す。
店のシャッターも下りていて、全ての戸は自分に向かって閉じている気がする。自分があいつを忘れて心を休ませるような場所はない。
ふと、シーツの波に眠りと放り投げだされた裸体を思い描いて酷く赤面する。自分に芽生えた薄汚い感情は、シーツの白と肌のコントラスト以上に際立ってよく見えた。
浅黒い肌に男の強さや女のしなやかさを見いだして、自分がどういう思いと欲望であいつを求めているのか分からなくなる。男として…それとも……。
とにかく、そんな欲しがるような狂った目で、何も知らず眠る兄のような人を見つめる自分が罪深く感じられた。
「スペイン、スペイン…」
呟く彼の名前を奥歯で噛み砕いた。
あのシーツの中のものが、スペインとは同一人物じゃなかったら俺は何をするんだろうか?都合のよい妄想に呑まれそうになる。多分俺は、あいつに顔見せ出来ないくらい酷いことを平気でしてしまうんだろう。
目を瞑れば体は焼かれ、目を開ければ周りの建物の白さに驚く。いつの間にかずいぶんと歩いたのか、街をぐるりと回って、先ほど飛び出したアパートの前にある坂を上っていた。
もうすぐまたあの部屋に戻ってしまうと考えると、足が重くなった。
自分が思う愛と、あいつが自分に持ってくれる愛は違う。自分が欲しいものが得られない我が侭な子供のように、スペインに泣いてせがむことが出来るならならどんなに良いだろか。優しいあいつは、あきらめて了承してくれる。でもそこで俺たちはまったくの駄目になってしまうんだろう。
それでも、俺があいつと関わる奴等に対しての嫉妬をあいつは知らない。本当は皆いなくなって、あいつと二人だけで、ただあいつを見つめていたい。しかしそんなことは出来ない。こういう冷静になってしまうところが自分を深く傷つけるのも分かっていた。
なだらかな坂なのに、気持ちの悪い汗が止まらない。真白い壁と日ざしの中で、俺はひとり泣き出しそうになっていた。