いちご大福(ゴルジャスゴル)

「疲れた時は、甘いものですよね〜」

 部屋のシャワーから出て来るなり、ジャスは髪やしっぽを濡らしたまま、備え付けの冷蔵庫に直行した。
 今日はプールでの練習でかなり消耗していたようなので、仕方なくもある。運動前のエネルギー補給や運動後の疲労回復効果を狙い、甘いものを食べるのを練習前後のルーティーンに取り入れているウマ娘も多い。
 とは言え、練習を頑張る『目の前に提げられたご褒美のにんじん』としての意味合いも大きいだろう。マックイーンにしろ、そもそも甘いものが好きな奴が多い。食事中でも好物の砂糖菓子や果物を差し出せば、そっちを優先して食べる奴らもいるくらいだ。
 例に漏れず、ジャスもよく飲んでいるいちご牛乳を筆頭に甘いものには目がない。チョコレートパフェやら宇治金時を食べているのもよく見かける。
 浮かれた声から察するに、よほどの好物なのだろう。寝転んだベットからちらり窺うと、わざわざ紙皿にいちご大福を並べてるジャスの姿があった。

「へー。オマエっていちご大福も好きだったのか」
「えへへ、まあ。実は今日、デジタルさんに頂いたんです」
「ふーん」

 上機嫌なジャスは『すぐに食べちゃうのはもったいない』とでも言うように皿を持ち上げては、角度を調整しながらスマホで写真まで撮っている。
 そこまで好きだとは知らなかった。いちご牛乳を思えば意外性はないかもしれない。しかし、写真まで撮っているのは初めて見た。
 ジャスとデジタルは意気投合する話題――芦毛のウマ娘――があり、たまにつるんでいる。デジタルの情報網で、ジャスのインタビューなんかから好物だと言うのを見つけてきたのだろう。
 あまりにジャスが嬉しそうで、なんとなく面白くない。布団をかぶろうとすると、ジャスが大きい声を上げた。

「シップ、動かないでください!」
「背景なら、壁に向かって撮りゃあ良いじゃんかよ」
「それはそうなんですけど」

 動くなと言うその割に煮え切らない返答。なんだか今夜のジャスは変だ。それに、こんなにいちご大福が好きなら、アタシが今までに気づいてもよかったと思う。
 親友の妙な態度にモヤモヤしていたが、ちょっとした好奇心が湧いてくる。
 そんなに好きないちご大福を、もしいたずらで食べようとしたりしたらどういう顔になるだろう。
 ベッドに座り直す。今度は文句を言われない。何も知らないジャスは写真を撮るのに夢中だ。

「……もーらい!」
「あっ」

 紙皿とスマホで両手が塞がっているジャスの目の前からいちご大福を摘み、食べる振りをして見せる。
 大福を口に近づけながら、ちらりと相手の顔を見ると、ジャスは真顔でスマホをアタシに向けていた。

「と、共食い……」
「は?」

 カシャリ、とスマホが鳴る。
 あんなに執着していたとは思えない対応に固まる。すると、ジャスのスマホはダメ押しでもう一度シャッター音を鳴らした。

「…………」
「…………」

 カメラ越しにアタシを見てはっとした表情のジャスは、さっとスマホをその背中に隠す。
 流石にその動作にはアタシもピンときた。皿を取り上げて大福を避難させ、ジャスに向かって手を差し出す。

「なあ、今まで撮ってた写真」
「あーダメですダメ! 見せられません!」

 アタシの行動を先読みするかのように、ジャスがスマホを庇うように丸くうずくまった。
 何かおかしいと思っていたら、アタシを背景に撮っていやがったのか!

「大丈夫だって! ゴルシちゃん保護法に則って、中身を検閲するだけだから」
「そう言って全データ消したりするじゃないですか!」
「困るんだよなーオフショットはゴルゴル星の大使館を通してもらわないとー」

 ジャスのお腹の下に手を突っ込もうとするが、全力で抵抗される。
 子どものような必死の抵抗は笑えて、自分が隠し撮りされていたというのも合わさって、ついついにやけてしまう。

「シップだっていたずらでスカーレットさんとウオッカさんの写真撮ったりしてるじゃないですか!」
「アタシは少なくとも本人に分かるように撮ってるからな」

 自分のスマホを手繰り寄せ、こんな風にな、とまんじゅう状態のジャスを私も写真に収めた。

「あっ、今撮りましたね!?」
「消して欲しかったら、アタシの写真消せよな」

 スマホを自分のベッドに投げて、ほらほら、と丸まった背中にまたがってくすぐる。とジャスが身体の下で悶えた。

「ひゃっ! ひ、ひどい、くすぐるのは、るっ、ルール違反ですよ!」
「隠し撮りもルール違反だろー?」

 すぐに耐えきれなくなった足の下のまんじゅう娘は、もぞもぞとこちらに向き直って反撃してきた。

「わっ、ひ、何しやがっ、る! ジャ、ス、やめろ、って!」
「先にくすぐってきたのはシップですよ」

 げらげら笑いながらお互いにくすぐり合う。そうやって転げ回っていると、ジャスの動きが突然止まった。おもむろに顔を逸らして顔に手を添える。

「くしゅんっ」

 ……まったく。髪も乾かさずに遊んでいるからだ。
 問答無用で毛布でぐるぐる巻きにする。

「オマエ、身体冷やすとまた風邪ひいたり熱出たりするぞ」
「だって、楽しみにしてたんです。デジタルさんから、シップのファンの方がシップのことを『いちご大福』って呼んでるって聞いて」

 なるほど、合点がいく。それで共食いだなんて言っていたのか。

「髪は真っ白の芦毛だし、勝負服は赤と白だし、私服も、今着てるパジャマも赤色じゃないですか。……でも、黙って写真を撮ったのはごめんなさい」

 鼻をすすりながら、しゅんとジャスが言う。まだ風呂上がりのまま湿っている頭をくしゃっと撫でてやった。

「あーでも、ひさしぶりに涙が出るまで笑ったぜ」

 避けておいたいちご大福を目の前に差し出すと、ジャスはにっこり笑って手に取った。

「やっぱりシップに似てますね、可愛いです」
「やーん、ゴルシちゃん照・れ・ちゃ・う♡」
「ほんと可愛いなー」
「オイ無視すんなよ」
「うーん、やっぱ美味しいですね」

 写真をたくさん撮って、目で楽しむのは気が済んでいたらしい。アタシが見ている前で、ジャスはあっという間にいちご大福を食べ切った。
 美味しかったのは良いけど、似てる似てる可愛い可愛いと言いながら、アタシの目の前で食べる感覚ってかなりズレてると思うぞ。

「ふふ、デジタルさんには良いこと聞きました」

 にこにことジャスは笑う。が、アタシを見ると不思議そうな顔をした。

「シップ、どうしたんです? もしかして一口欲しかったんです?」
「いや別に」
「言ってくれればよかったのに。そんなふうにぷくっと膨れてると、本当にいちご大福みたいで」

 可愛いですよ、とジャスは言う。

「……さっきの写真、流出させんなよ?」

 一瞬、さっきのまんじゅうジャスをウマッターに上げてやろうかと思ったが、しょうがない。ゴルシちゃんは優しいから、同室のよしみでやめといといてやるか。