「フーッ、生き、返る……」
普通の文化水準よ万歳!
そう思ってから自分で情けなくなった。腰をずらして低い水位ながら肩まで浸かる。前に何人か浸かった後のオイルだろうと、久しぶりだし、風呂は風呂だ。関節に手でオイルをかけて揉むと、軋みが薄らいだ気がした。
囚人とはいえディセプティコンもトランスフォーマーだ。特にまだ統制も取れず拠点もないらしい彼らはメンテナンスも自分でしなくてはならないらしい。オイルを差さなくては、関節部分の可動範囲が狭まる。俺たちに追われているのに機体が不調ならすぐに捕まってしまう。そこで逃亡している囚人のうちの誰かが手っ取り早くどうにかしようと思ったのだろう。どこからか貯水槽と大量の機械油を略奪し、オイル風呂に入ろうとしたらしい。残念ながら、そこへフィクシットが突き止めたシグナルを追って俺たちが複数人でやって来てしまった。こんな大掛かりなことをやろうとするのだからよほど余裕のある奴だったのだろう。戦いを警戒したらしいそいつは、俺たちが見つけ出す前に揃えた物資を置いて逃げてしまっていた。その場でしばらく粘ってはみたが、帰ってくる様子はない。
残された割られた貯水槽とオイルをどうすることも出来ず、フィクシットが成分に異常なしと判断したからにはありがたく接収することにした。
同行していたストロングアームやサイドスワイプも久しぶりのオイル風呂には大喜びで、誰が先に入るかでいつも通りすぐに喧嘩になった。結局、最初に俺が入るようにみんなは勧めてくれたが、自分から最後で良いと譲っておいた。それで最後にはなってしまったが、その代わりこうしてゆっくり入れる。
目を閉じるとうつらうつらと疲れからか意識が遠のく。誰かがこちらに近づいてくる足音がするが、まさかわざわざプライバシーを侵害しにくるやつは居ないだろう。大きな機体の歩く音。オプティマス?夢だろうか。
「ちょいと失礼」
低い聞きなれた声とともにオイルが音をたてる。
沈みかけていた意識が、現実で本当に機体がオイルに沈むことで浮上する。頭まで浸かったところを太い腕に掴みあげられる。
「よお」
「グリムロック!」
もうすでに入ってるんじゃなかったのか。驚き、問いただすとグリムロックは首を振る。
「フィクシットに連絡は貰ったけどよ。おれはまだ入ってないぞ」
連絡ミス。誰か長風呂だったのか。
ため息をつくと、オイルが排気で揺れる。グリムロックの質量で、腰までだったオイルの深さが肩までになっている。
「めいわくだったか?」
グリムロックが眉毛を下げる。
……俺はこいつのこういう素直なところに弱い。デカイ図体でしょんぼりされると、ついなんでも許しそうになる。
「まあ、お前が入ったおかげで水位が上がったけどさ……」
否定を避けると、グリムロックがにっかりと笑って見せる。
ああ、もう。サイドスワイプにしろ、こいつにしろ。
――『隊長は甘すぎます!』――ストロングアームの声がブレインに響く。悪気が無いって分かっているから、否定は出来なくてたちが悪い。
「こういうことは、俺だから良いけど、ストロングアームには間違ってもするなよ?庇いきれないからな」
そう言いつけるが、グリムロックはきょとんとして見せる。まさかそこまで言ってやらないと分からないとは。
「だから、いくら仲間でもオイルバスにふたりで入るってのは、その……なんだ。特別な関係ってことになるだろ?」
「特別?」
「だから、接続をするような関係ってことだ!」
考えること一拍。
分かったのか?これで接続まで説明しろと言ったら、もう俺は風呂を上がるぞ。
じっと見つめていると、次にグリムロックが見せた表情は想像もしないものだった。
「ふうん、お前でも接続とか言うんだな」
妙に感心したようにこちらを見つめてくる。
「なっ!?」
にっかりとぎざぎざした歯を覗かせる。いつもと同じ笑い方。しかし、何かが決定的に違うとブレインが警鐘を鳴らす。
「さっき言ったのは分からなかったけどよ。知らないとは限らないんだぜ?」
あ、この雰囲気はまずい。
「どういうことだ?」
聞かなきゃいいのに、つい間を持たせるのに質問してしまう。
すると、グリムロックはいつもの調子で明るく答えた。
「風呂に一緒に入りたいってのは、接続したいってことだってこと。おれ、お前のことは接続していいと思うくらいには好きだぜ。お前がそこまでおれを意識してくれるとは思っていなかったけどよ」
「はぁ!?」
「だってお前言ったろ?『俺だから良いけど』って」
そういう意味じゃなああああああい!
にじみ寄られ、自分の迂闊さを悔いる。ふと部下の台詞を思い出した。
――隊長は甘すぎです!
***
「っ、ぁ、……ふ、」
一通りねぶられた後、唇を離される。
「は、ぁ……で、満足、した?」
「まさか」
だよなあ。ここで終わらせるつもりは無さそうだものな。しかも、この感じだと俺が下になるっぽいし。
オイル風呂でゆっくりしようと思ったのに、逆に疲れることになりそうな『とんちの様な状況』にため息を漏らす。
「バンブルビーはおれのこと、嫌いか?」
「嫌いじゃない、けど」
グリムロックと話していると、いちいち説明を求められるから困る。言葉で説明しにくいことから、恥ずかしくていえないようなことまで。理詰めでも詰問でもないが、尋問のようだ。
だから、嫌いとか好きとか、接続してもいいとかしたくないとか。今まで考えもしなかったことの答えを求められても……。自分がどう思っているのか分からないし、断るにしても受け入れるにしても理由が見つからない。
「じゃあ、これから好きになればいいんじゃね」
「そういうことじゃないんだよ」
「なんとなくって言うんなら、おれにもチャンスあるってことだろ」
そう男らしく笑う。
こういうところが嫌じゃないってのが本心ではあるんだけど。でも、なぜか、グリムロックとはそういう意味でノる気分にならない。
「全員が全員、お前みたいにためらい無く生きてるわけじゃないんだ」
「なんか不安なことでもあんのか」
「そういうわけじゃないけど……」
グリムロックみたいに猪突猛進でも、そんな自分から進んでいくパワーがあったら……。俺はもともと、リーダーというよりは、リーダーに引っ張っていってもらうチームの構成員だったんだ。オプティマスに身をゆだねるように動いていたし、仲間と運命を共にするように動いてきた。俺に主体性や勇気が無いとは自分でも思わないが、自分から動いていく力と導かれたいと思ってしまうこととは別だろう。
なあなあで対応していると、グリムロックも痺れをきらしてきたらしい。無言でいるのを肯定と取ったらしく、また身体を引き寄せられる。
「おい!」
唇をとっさに閉じるが、頬をあまがみされて思わず開いたところに舌をねじ込まれる。
腰が引けてずり落ちる中、グリムロックが立て膝をつく足元に滑り込み、足が不可抗力で開いてしまう。そこに大きな手が伸びたのをセンサーが拾い、身震いする。ハッチの溝にそって爪が立てられる。
だめだ、そんなことをされたら開い――
「ふ、っ、――っく…ぅ、あ…んっぁ…頼、む…からっんっぐ…んんー…―っ!」
ふさがれる口の中で必死に発声すると、口を離してグリムロックが眉毛を下げる。
「だめか?」
駄目じゃない。駄目じゃないんだけど。嫌いじゃない。嫌いじゃないんだけど。
大きな体躯だとか、先のとがった指だとか。
腿にそのぎざぎざの歯をした口元が寄せられ、俺は思わず目を閉じた。
……――――?
予想した感触はやってこない。目を薄く開くと、グリムロックが心配そうにこちらを見下ろしている。
「それ、苦しくないのか?」
気がつくと、無意識に自分で自分の首元を抑えていた。これがグリムロックには自分で自分の首を絞めているように見えたのだろう。これが何を意味するのかは、自分でよく分かっている。
俺の信頼尊敬するリーダーであり、最大の守護者でもあったオプティマスを求めてしまうのも。グリムロックは嫌いじゃないけれど、求められてもイマイチそういう気分にもならなかった理由も。
まだ、俺はあいつが怖いのだ。
意識すると、かすかに自分が震えだしたのも分かった。
決着はつけたつもりだった……でも。いや、駄目だ。俺は。今はリーダーなのに。部下の前で。オプティマスなら、こんな時――
「なあ」
思考停止した頭にぽんと手が乗せられる。驚きで震えが止まる。
目を合わせられずにいるグリムロックが、微笑んだのがなんとなく分かった。
「よく分かねえけどよ。落ち着けよ、バンブルビー」
見上げると、にっかりいつもの調子で笑いかけてくる。口角の口からはギザ歯が覗いている。しかし、あいつはこんな風に笑わないし、こんなことも言わない。あの手もこんな風にも俺に触れない。あの拷問とは違う。分かっている。分かっているはずだったのに。
いつの間にかグリムロックをグリムロックとして見ていなかった。
「お前が怖いってんなら、もうしねえよ。悪かったな」
「ちがっ」
「じゃあ、続けていいのか?」
「それは……」
グリムロックとしたいかどうか。自分の中にあったフィルタを取り除かれて再考するが、分からない。どうしよう。グリムロックを待たせている焦りも積もって、考えがまとまらない。
すると、グリムロックの方も耐えかねたのか座りなおした。水面のオイルが揺れ、そして俺が考えている間にも静かにおさまる。
「待ってやるよ。……おれみたいな優しいやつはなかなか居ないだろ?」
そうだろ?とグリムロックが眉毛を上げる。
こいつが俺の考えていることや昔のことを知らなくとも、俺を思ってくれているのが分かる。こういうところが、嫌いじゃないんだ。
「まあ、お前の言う『オプティマス』には負けるかもしれないけど?」
「そう、だな」
思わず笑うと、グリムロックがやっと笑ったなとにやり笑ってくる。
分からなくても、理解しようとしてくれる。こうして俺を笑わせてくれる。
「おいおい、今のは否定するところだろう」
「そうだな」
視点を合わせた青い瞳は、きらきらと光っている。優しい目だな、と思う。あの赤い目とは違う。
『特別』な相手をこう簡単に決めていいのか。ラチェットが居たら絶対に怒るだろうな。でも、こういうのはタイミングと勢いだってホイルジャックは言っていた。流されちゃってもいいかもな。というか、最初から俺ってこいつを拒否はしていないんだよなあ。
そのまま顔を寄せ、唇を合わせると、グリムロックはその目を大きく見開いた。
「グリムロック。お前がまだその気なら、……その、接続しても良い」
***
指がそこに何本入っているのかはもう分からないが、グリムロックの肩にすがり付くしかもう体勢を保てない。
接続なんて、そんなにすることじゃないんだ。しょうがないだろ。しかも、こいつとは機体差が……!
立ち上がった自分のコネクタとは比べ物にならないサイズのものがこれから自分に入るのだ。慣らしてくれるだけマシだとは分かっているんだが、腰が外れそうだ。肩を掴んでいる力も抜けそうになり、グリムロックの首に腕を回す。
「そ…んっ…!なに…ィ、…広げ、るな!オイルが中にっ……はいっ、ちゃ…!」
「でも、そうじゃないとおれの入んないだろ?それに、すべりはよくなるぜ」
ぴったり頭部にすがりつくと、聴覚センサーが近づいたせいでグリムロックの荒くなった息遣いまで聞えてしまう。
「に、しても……は、ぁ…深、すぎ!っるだ、ろ!」
そんなところ、自分の指を入れても届かないぞ!?
自分の体が跳ねる度、オイルが跳ねるのが聞える。もうこんなに動いているのか、俺は。指だけで。ああ、こんなに声を上げたら、他のやつらに聞かれてしまう。やばい。
現実の感覚と想像が相乗効果的にブレインを揺さぶる。
「お前、かわいいな」
グリムロックはそう言いながら、また唇を重ねてくる。
オイルの中でレセプタから指が抜かれ、今度はコネクタがしごかれる。
正直、グリムロックがここまでやってくれるとは思っていなかった。俺が怯えたと思っているからだろうか。気持ちがいいことにはいいのだが、グリムロックの方は我慢しっぱなしじゃないのか。俺だって、やって欲しいならやるし、もう入れたいのならそれでかまわない。
熱が上がり、放置される疼きで切なくなってクる。
俺の我慢がきかなくなってくる方が、早いかも。
「もういい、グリムロック。…もう、いい…から、ぁ……いれて、欲しい。お前も、我慢するな。もう、だいじょうぶ、だ」
息を整えて出来るだけ普通に話そうとするが、グリムロックから見ても俺に余裕がないのは明確だろう。
それでも、やはり向こうも限界のようだ。
「そうか」
短い返事とともに、ゆっくりと、あおむけに身体を倒される。オイルの水面に自分の身体が浮く。その体勢を保ったまま、グリムロックが俺の脚を持ち上げ、その向こうでハッチが開けられた。
こ、れが入るのか!?俺に?
入り口にそれがあてがわれる感覚に、背筋がゾクゾクする。やばいという危機感と、どうなってしまうかという期待感でブレインがクラッシュしかける。俺が出来ることは、これから起こるショックに備えて頭の後ろの浴槽の縁にしがみつくことと、グリムロックを諌めることだけだった。
「ぐ、グリム、ロック……はぁ、は、あっ……ゆっくり、だ!」
「わかった」
ゆっくりと中に、先が入り込み――そのまま、一突きで奥まで侵入される。
一瞬、頭までオイルにつかるが、すぐに入口まで引き抜く動きで再浮上する。
入ったのか、あれが。
確認する前から、大きくストロークが始まる。
「い、ゆ、っくりって!言っただろおおおおあああああああ!」
言いかけている途中でまた奥を突かれ、押し込まれる圧迫感に悲鳴を上げる。
動くたびに、腰から脊椎を通って真っ直ぐに脳髄まで電流が流れる。腰だけ別の生き物になったように、グリムロックの動きに合わせて動く。
腹の中を引きずり出されそうだ。レセプタだけ外れないのが不思議でならない。
「バンブルビー。やばい。めちゃくちゃ、気持ちいい」
「ば、かあっ、ン、ああ……はぁ……俺、も、だ。めっちゃくちゃきもちイイ…すごくイイ…!!」
グリムロックの勢いに流されるまま、自分でも聞いたこと無い声を出してしまう。自分が自分じゃない。
「ふ、ぅっ、……う゛あッ!あ、ナカで、ぇ、…まざ、っ!」
ぐるりと力づくで簡単に態勢を変えられる。
俺がグリムロックに跨る形で、下から抉るように突かれる。
「――ひっ、――あ…は、ぁっあ…あ、いい、ぃくっ、い、ぐっ、!」
浴槽から溢れんばかりに動きに合わせてオイルが揺れ、その波が腹にぱたぱたと叩きつけられる。気づくと自分で自分のコネクタをしごいていた。
切なさが、もどかしさが、気持ち良さが、頭がおかしくなる。
「バンブルビー、そんなに飛ばすな、おれもやば、い!」
グリムロックの低い声が、体に響く。内臓のふかいところが、変だ。そこに意識を向けると、ブレインが真白くなる。
グリムロックが舌を絡めてくるが、もう受け止められない。
「ぐりむ、ろっ、…ん、ぃ、いく、!もう、むりぃいっ!!」
手元を離しても、もう、そこまで来ている。
限界だ。
「――っく、!」
……息苦しさに目を開けると、オイルの中だった。
それを確認した途端、引き上げられ、にかっと笑ったグリムロックと目が合う。
「よお、大丈夫か?」
「……ああ」
もう動く気力もない。されるがままに、グリムロックに横抱きされる。抗う体力もない。
こいつ、この抱きかかえ方、好きなのか?
ぼんやりした頭で、そう思う。
「お前、そんな顔するんだな」
「え?」
「眠いのか?」
眠い、というか、だるい、というか。
「後処理はしてやるから、寝たっていいぞ」
「大丈夫だ」
後処理、ね。あー……仲間と接続しちゃったんだなあ、俺。流されるままに。甘すぎる、のか?いや、でも、こういう関係になだれこんだことなど――
「で、どうよ?」
グリムロックが眉毛を上げて覗き込んでくる。
どうよ、と言われたところで、意味が分からない。
「どうよ、って?なんか問題でもあるのか?」
聞き返すと、グリムロックは目線を外し、頬を指先で掻く。
「これでおれとお前は『特別な関係』、なんだろ?」
「……ああ」
「後悔してんのか?」
まさか、とすぐに言葉がまだ足りない頭に浮かぶ。
でもいきなりすぎて、夢のようだ。ずっと昔からあったことも簡単に乗り超えて、こいつはやすやすと俺のスパークに入り込んできた。俺が甘いんじゃない。こいつがそういうやつなんだ。
「まさか」
そう言うと、グリムロックは自信たっぷりに笑って見せる。俺もそれにつられて笑ってしまう。
「そうだろう?なんたっておれは、理想のパートナーだからな」
ああ、この強引さに根負けしんたんだよなあ。でも、されるがままってのも癪だ。
そうだな、と返す代わりに、俺はグリムロックの口をふさいでやった。
ついに眠気がやってくる。薄れ行く意識の中で、グリムロックの青い瞳が澄んでよく見えた。