「……あの、お兄さんはずっとここに居たんですか?」
そう言う手には、『帰り道』で渡した蝋燭が握られていた。
「ええ、とても長い間」
ああ、あの子だ。レストランに来て、私たちのために泣いて下さった子だ。哀しかったのも辛かったのも憎いのも怒りさえも、分かってくれた。
それでいても、おかしい。普通の人間であったら、レストランでの記憶は残らないはずであろうに。
「あの、私、たぶん、あなたに会いに来たんだと思います。誰かを呼ぶ声が聞こえて…ずっと誰かなあって、」
その少女は、本当に不思議そうにそう教えてくれる。レストランで会ったことがあるのは覚えていないようだった。
そこではたと気づく。なんということだろうと、自分でも驚いた。死者たちでならまだしも、自分のような者がこの子のような優しい生者に縋ってはいけない。それは理解していたつもりであったのに…無意識のうちにだろう。この少女なら自分の悲しみと孤独を分かってくれるかもしれない、同情してくれるかもしれないと思ってしまったのだ。
それはとても罪深いことだった。
哀しい死者は、その苦しみを受けとめて受け入れて救ってくれそうな優しい人間にすがりつきたい、頼りたいと願ってしまう。死者になりきれない自分にも、そんな自分勝手で激しい願望が内側にあったことを、レストランをしているうちに都合良く忘れてしまっていた。
「触れても、いいですか?」
震える声で、そう尋ねると、少女はこくりと頷いてくれた。
自分の冷たい体に、その優しい生者の温かみがとても懐かしかった。