無邪気な友人

「それで。卒業はできそうなのか?」

 あいさつもそこそこに、運ばれてきたハーブティで唇を湿らせながら、まず今日一番聞きたかったことを聞く。

「うん。ウイリアムたちが居ないと一年が静かでね。あの頃みたいな事件もないし、実家もうるさいし、勉強するしか無かったんだよ」
「お前の頭の不出来は俺のせいじゃないだろう……秋からはオックスフォードか?」

 対面に座る友人が、ひどいと涙目になりながら、それでも頷くのを見て安堵する。

「ウイリアムとはカレッジもホールも違うけど、またこういうふうに一緒にお茶できるね」

 13歳で学校に入ってからというもの、このアイザックとは長期休暇以外で離れたことがなかった。それがほぼ一年会えていなかった。少しだけだが、会っていない間に背も伸びた気がする。
 それでも、同い年ながらまだパブリックスクールの制服が似合ってしまうアイザックは、幼い顔でにこにこと笑った。

「みんなは元気?」
「……ああ、と言いたいところだが。聞かなくてもわかるだろう! あいつらが大学に入り込んだらどうなるかなんて! ケヴィンやカミオはまだしも、ダンタリオンとシトリーときたら――」

 こうなったら常日頃溜まった鬱憤が噴出して止まらない。あいつらが破茶滅茶に俺の生活を壊している現状を嘆くしかすべはない。声を荒げる俺に、アイザックは声を上げて笑う。
 ああこういうのは久しぶりだな、と思う。

「バルやパーティでもそりゃあ目立つだろうね」
「ちょっと前に知り合いの妹がデビュタントで、エスコートを頼まれた時なんか酷かった。ダンタリオンなんて前は『悪魔以外なら何だっていい』だなんて言っていたのに、率先して俺の邪魔ばかりしてくるんだぞ?」
「開き直ったんだねえ」

 いつもどこでもあいつらが着いてくるから、陰でアーサー王と円卓の騎士などと揶揄されているらしいなんて口が裂けても言えない。マイクロフトが苦笑いしながら教えてくれたが、笑い事ではないのだ。好きで侍らせてるんじゃない。あいつらが俺を追い回してるだけだ。

「でもそれはウイリアムが悪いんじゃない? だって結局みんなの中から選んでないからでしょう?」

 アイザックはさも当然というように無躾にも俺を指差して断言した。その指を掴んで横に逸らす。

「選ぶも何も。俺は――」
「それは知ってるよ。それにみんなもずっと一緒がいいってのも。でも、ウイリアムって自分が努力して上にのし上がる方向ばっかり見てるけど、逆玉の輿とかの方向は全然ないじゃない」
「は?」

 思わぬ方向からの指摘に思わず聞き返す。

「ウイリアムがいつも語ってた未来日記に、結婚のケの字も出てこないってこと。フォグ・マスターにナンパの口実に使われても興味なさそうだったし。『富の再生産性が〜』なんて言うのかと思ってたのに」

 はた、と自分の頭の中を見渡す。
 たしかに、俺の思考の中には結婚などという言葉は無かった。言われてみれば、爵位の高い御令嬢を嫁に貰えば社交界でも幅を利かせられるし、財産も土地も保てる可能性がより高まる。同い年のやつらだって学生のうちに見合いなどしていたじゃないか。生活に困窮していた時ならともかく、どうしてこの選択肢を見逃していたのか。
 俺には父母も居なければ叔父上ももう居ない。強いツテがあるわけではなく、かといって実行したところであの悪魔共が黙って見ているはずもない。無意識に選択肢に上がる前に削っていたのかとも思うが、このウイリアム・トワイニングが指摘されるまで再考もしないとなると自分に欠落があることは否めない。

「ね? 女の子にも興味無さそうだし、どういう形の好意でもまんざらでもなさそうだし。だから、期待しちゃうんだよ?」
「まさか。カミオは結婚したし、シトリーはああだし、ダンタリオンだって……」

 わっかんないなあ、とアイザックが足をばたつかせる。

「ダンタリオンには好きだって言われてたじゃない」
「あ、あれは親愛の情であってだな」
「ふーん?」

 しつこく覗き込んでくるアイザックから目を逸らし、手元のティーカップに視線を落とす。
 ルイボスとローズヒップがベースの赤いお茶が揺れる。覗き込んでくるダンタリオンの赤い瞳を思い出して、俺はカップをテーブルに置いた。

「まあ、ケヴィンさんが目の黒いうちは無理かもだけどねー」

 家令の名前まで出てきて、なんという会話をしているんだと頭が痛くなってきた。俺はまんざらでもなくなんかない。

「でもさぁ、現実問題で人間の人生なんてあっという間だし、悪魔だって永遠を生きるわけじゃない。ソロモンは法悦を拒んだから魂が巡ったんでしょ。ウイリアムは――」
「そんな非科学的なものは考えるだけ無駄だな」
「――こんなんだし。あーあ、ダンタリオン可愛そう。一回くらい受け入れてあげればいいのに」

 思わず吹き出す。
 驚いて、食い入るように覗き込んだアイザックの瞳には、見た目の幼さに似合わない色味が浮かんでいる。

「だってそうじゃん。人生は短いんだよ?」

 アイザックはそこのところあまり偏見がない。この英国では革新的と言える価値観だが、別に高尚な理想から唱えている訳ではなく、『好き同士ならいいんじゃない』という短絡的なものだ。つまり、論理ではなく感情でものを言っているので、俺の論理が通用しない。議論にすらならない。だからこそ、安易に奴らの肩を持つから安心できない。
 いや、以前盗み見てしまったあいつが読んでいた黒魔術の本。男も女も人も動物ともいえないえげつないサバトの交接の図版。あれを平然と読めるあたり、悪魔的な感覚に麻痺しきっているのかもしれない。
 俺は大きなため息をついた。

「みんなお前みたいなら、生きてて辛くなさそうだな」
「ウイリアムがお堅すぎるんだよ」

 いつもの明るい無邪気な瞳に戻ったアイザックは、不思議だなあとニコニコと微笑んだ。

「悪魔を従えてるんだから、もっと享楽的になればいいのに」
「……お前は無邪気なくせ、あいつらよりも悪魔っぽいな。面白がってる癖に」
「バレてた?」

 俺は呆れて、ついに笑ってしまった。