報われてたまるものか(臨静)

折原臨也の服装は全体的に個性的だが突出した特徴が無いために、人混みに紛れ込まれると簡単に見つけられない。雲のように掴みどころの無い印象はここからきているのかもしれない。が、ここは池袋だ。自動喧嘩人形のことを深く知らない人間は可愛そうな上京したての奴やあえて挑戦しに行くような奴だけだった。そして、今日の静雄の笑顔で臨也を追う姿には鬼気迫る雰囲気が渦巻いていて、臨也が人垣に潜り込んでもそこに静雄が着くと途端に人の波が一斉に避けるという有り得ない事態が起こっていた。

「いーざやくーん」

いつものように間延びさせている低い声には、紛れもなく鋭い響きが含まれているようで、いつか新羅に言われた『静雄をあんなに怒らせて…君はそんなに早死にしたいの?』なんていう言葉が脳裏をよぎった。そんなことを思いながら、にやりと笑ってしまう。人間は本当に恐ろしい時に笑うって言うけれど、これはそれなのか、それとも自分がシズちゃんとの徒競走を楽しんでいるのか分からなかった。
物を蹴っては掴んでよじ登りのパルクールでビルの間を逃げようとするけれど、屋上に先回りされて、なんだ本気でシズちゃんは俺を捕まえる気なんだ、背後に伸びてくる追っ手の気配に――、
死を予期した俺に反してぎゅっと掴まれた腕は痛くなくて、全神経が集中していたそこに表現出来ない快感に似た痺れが広がった。立っていられずにそのままがくりと前方に崩れると、それに連れられて後ろの男も倒れたらしかった。
上がった息が整ってくるのと同時に熱が体の中からせり上がってきて、うっすらと汗がにじみ出る。あまりの茶番に笑い声をあげると、笑いで震える胸上にシズちゃんがのしかかって来た。

「なあ、俺を愛してやれるのは自分だけだなんていったのは誰だっけな」
「シズちゃん…君のそういういじらしいところは嫌いじゃないよ」

いやらしいところも、とにやりと笑う。顔を近づけつつあったシズちゃんにすかさず逃げられた。

「ねぇ、シズちゃん」
「なんだ?」
「シズちゃんに捕まった時に腰が抜けちゃったんだけど」

舌打ちと共に立ち上げられる。
あーあ、捕まった。これから俺はシズちゃんというたった1人の人間に愛情を取られ続けるんだ。
これだからシズちゃんなんか嫌いだ。