君によく似た化け物を知っている(臨静)

人間は誰かを忘れる時に、声からまず忘れだすって聞いたことがあるけれど。
『いつも言ってるだろぉ?俺には平和島静雄って名前があるってよぉー』
いつか聞いた台詞を噛み締めてみる。確かに耳には残っているが、何かの台本のように薄っぺらくて熱がなかった。しかしもう確かめようもない。
因みに、シズちゃんが希望していた呼び方は別の在り方で実現していた。

「静雄君、俺は今とてつもなく機嫌がよいのとたまには優しい兄貴を演じなくてはならないので、今晩はマイル達と露西亜寿司で大トロを食べます」

ちゃんと君の名前で呼んであげる。だって君はあの俺が知ってる『シズちゃん』じゃないんだし。シズちゃんのことは今でも大嫌いでいてあげている。でもねえ…こんな事態になるまで気づかなかったことだけれど。なまじでも君の人間的な人格を否定しながら存在を認めていた節があったから、『静雄君』のことがあんまり気に食わないんだよねぇ。初めて会った時にシズちゃんは俺のこと気にくわないって言ったけれど静雄君にも同じこと言っちゃったよ。
新羅の話だと、シズちゃんの筋組織と骨が発達して逆にちょっとやそっとじゃ身体が壊れなくなってきて、あとはじわりじわりとした発達を遂げるだけの器が完成しきった頃らしい。
でも、やっぱり、弱い。
肉体的にも…精神的にも。だって俺が高校で会ったシズちゃんはもっとずっと強かったよね。シズちゃんのあの日までの人生で積み重ねたもので、今までのシズちゃんは構成されていたわけで。それがリセットされて、静雄君がこれから十数年後にあの俺がシズちゃんと呼んだらキレる平和島静雄という存在そのままになる可能性ははっきり言ってゼロだ。俺はそれが残念で仕方ないよ。静雄君が元のシズちゃんの姿にはもちろんなれる。でもやっぱり中身が違う。しかもその時俺は多分35か36だ。…まぁ生きていられたらの話だけど。
やっぱりシズちゃんは嫌いだ。俺の知る範囲内で野垂れ死んだならいいんだ。でも、存在を消しきらずにこんな姿になったんだから本当に死んでよシズちゃん。

微笑みかけると、とまどった顔で無理に笑い返してる。やっぱり俺が知っているシズちゃんじゃあないんだ。俺は目の前の幼い子どもによく似た、人間くさい化け物のような人間…もとい化け物を知っている。
どういう風に育ったら、君のような愛しい怪物を作り出せるんだろう。馬鹿らしい問いかけだとは分かっていたけれど、疑問が止まらなかった。

折原臨也は笑う。
悲しそうに、悲しそうに――