「まこと、こいつ見えてるぞ」
「えええええええええええ!?」
驚き、声を上げると、銀太郎が小うるさそうに顔をしかめた。それと同時に、男の子も驚いた顔をして銀太郎を見上げる。
その自然な動作に銀太郎が言ったことが本当なんだという実感がこみ上げる。『見上げる』。つまり本当に銀太郎の言っていることが聞こえて、銀太郎が見えているってことだ。
「ねえ、君、銀太郎たちが見えるの?もしかして、神社の跡取りとかなの?君のとこの神使ってどんな子?」
嬉しくて、矢継ぎ早に質問を飛ばす。
まさか私や悟くんみたいに神使が見える人に会えるなんて!
そんな私の興奮が男の子にも伝わったらしく、驚きと緊張からその固まっていた表情が少し穏やかなものになる。さっきまでの隔てた雰囲気も和らいだ気がした。
しかし、ゆっくりと開かれたその口から飛び出た質問は予期しないものだった。
「しん、し。……この妖たちは、しんしというんですか?」
「妖?ハルたちは妖怪なんかじゃなくって神使だよ!」
失礼な、と噛み付くようにハルちゃんが心外だというような声を上げた。男の子の方もその反応が意外だったらしく、目を見開き質問を投げかけるように私を見つめてきた。会話の齟齬と違和感に私は思わず銀太郎を見上げる。
妖?この子は『神使』を知らないのに、銀太郎たちが見えてるの?
銀太郎はじっと男の子を見つめ返すばかりで、それぞれの視点さえかみ合わない状況で私は途方に暮れた。仕方なく、おずおずと訂正を試みる。
「『神使』、は神の使いって書いて神使。神社に居る、神様と私たち人間の間をつなぐ神様の御使いのことだよ。こっちの大きいのが銀太郎で、こっちがハルちゃん。銀太郎なんかちょっと愛想は無いけど、優しいから怖がらなくても大丈夫」
「……悪いものではないのは、分かります。ただ、こういった存在を見える人に会ったことが少ないので」
やや落ち着きを取り戻した様子で、柔らかい眼差しでハルちゃんを見るその子を見る限り、その言葉は本当なのだろう。
「神使は、普通の人には見えないんだよ。昔は『神眼』っていうのがある見える人は結構居たらしいんだけど、どんどん減っちゃって、今じゃ神社の血筋とか跡継ぎの人ぐらいにしか見えないんだって。私は、冴木まこと。この冴木神社の――跡取りだよ。えっと……?」
「夏目、夏目貴志です」
ナツメタカシ。やはり聞いたことの無い名前だ。それに、神社の名前も挙げなければ、神使についても知らなかった。タカシくんは、どこか神社の正当な跡継ぎというわけではないらしい。いや、でも神社でも今は色んな形式がある。もしかしたら――そう思いかけていると、タカシくんはそれを読み取ったのか小さく否定した。
「いや、近親にも見える人はいたんですけど、多分、おれは神社の跡取りとかではないと思います」
視線を落としたタカシくんに次の言葉が思いつかず、相変わらず様子伺いの銀太郎とハルちゃんも相まって沈黙が訪れる。
静かになった社務所には境内の方から人の声が聞こえてくる。誰か訪ねてきたようだ。銀太郎がちらりと窓の外を見て小さく舌打ちした。
「面倒がまた増えたな。変なもん連れてきやがって」
「面倒?」
境内の方へ顔を出すと、ユミちゃんと船橋さんが来ているのが見える。
いけない、もうそんな時間だったのか。悟君ももうすぐ帰ってくるだろう。
「おーい、ユミちゃん、船橋さーん!こっちこっち!」
社務所の窓口から呼びかけると、二人がこちらに振り向く。
「見て見て、冴木!スッゲー可愛い猫見つけたんだ!」
ユミちゃんの腕の中には大きな丸い猫が抱かれていた。