俺は相変わらず、サウンドウェーブに振り回され続けている。
あいつが『俺のもの』となったとはいえ、サウンドウェーブの考えていることは相変わらず読めるようになってはいない。立場が違うという点で、他のやつらが居るときに態度を変えるくらいなら俺にだって理解が出来る。しかし、二人きりの時に急に不機嫌になるのは予測不可能だ。しかもその不機嫌が、俺がぐちゃぐちゃとこいつの頭の中について考えているうちにご機嫌になったりする。
こいつこんなキャラだったか?
情緒が不安定な様子を見ていると、余計にこいつという機体が分からなくなってくる。以前自分がこいつを無表情・無関心・無感動の感情回路半壊野郎だと思っていたという事実が、今や受け入れられない。あのバイザーとマスクとあの鉄仮面越しでも機嫌が良いか悪いか程度は分かるようになったのが、余計に俺を混乱させる。
少し前までろくに色恋沙汰だなんだのほうの情緒が育っていなかったからなのか。反動なのか違うのか。
それ以上に俺を混乱させるのは、最近のサウンドウェーブの俺の論理を軽々と超えたとっぴも無い行動をとってくることだった。
「サンダークラッカー」
いつも通りの平坦な声が俺の名前を呼ぶ。振り返ると、いつも通りのもの静かな様子でサウンドウェーブが後ろに立っていた。
「よう」
声をかけると、振り返りざまにウィングの当たらない位置から一歩踏み込んでくる。この間隔から察するに、何か特別話したいことがあるらしい。
「今、任務ニハ当たってイナイナ?」
「おう」
この普段無愛想の塊のような機体が自分のこれからの予定に興味を持っている。自分でもふいに浮かんだ予感に自然に意気が高まったのが分かった。しかし、淡い期待もサウンドウェーブにかかればすぐに打ち消される。
「ナラ、丁度イイ。オ前のコアダンプを保存させてクレ」
「は?」
「で、言われたとおり、コアダンプ吐いて来たってぇのか?」
顔を見合わせた途端、スカイワープがからかうような口調で問いかけて来る。データ処理を強いられて疲れた俺を見てスカイワープの口角がぐっと上がった。
誰も見ていないと思っていたが、あの場面をちょうど目撃されていたらしい。あの抜け目ないサウンドウェーブのことだ。スカイワープに関しては俺とあいつの関係を知っているから、聞かれても問題ないと判断したのだろう。
こいつが面白がって絡んでくるのが自分じゃないと知ってるからな。
そう思うのにはそれなりの理由がある。サウンドウェーブがスカイワープやスタースクリームの前では特に注意を払っていない気がするのだ。確かに、以前サウンドウェーブは俺に所属部隊と確執を作るべきじゃないと言っていたが、情報開示したからといって何かが変わるようには俺には思えなかった。
しかたなく俺がそうだともそもそと返事をすると、案の定スカイワープはわけがわからねえと笑い声を上げた。
「そう笑うなよ」
もし俺があの場で拒否したところで、あいつにいつかは結局は根負けしていたか、無理やり吐かされたかのどちらかだ。
そう告げると、スカイワープもようやく笑いを引っ込める。その代わり、呆れ返ったような表情を浮かべて俺を見てきた。
「まったく、おめえもよくあんな陰険野郎とつるんでいられるもんだぜ。自分のコアダンプを保存されてあいつに何に使われるかなんて分かったもんじゃねえや」
「保存して持っとくだけだって言ってたし、それくらいじゃどうってことねえよ。お前に――」
思わず言い返しかけて言葉をのんだ。俺自身の急に荒ぶった声の響きと、それに続いたであろう本心に自分でも驚く。
お前にサウンドウェーブの何が分かる。俺はそう言いかけたのか?だとしたら、お笑い種だ。さっきまでてめえでやっこさんの頭ん中が覗けない、何を考えているのか分からねえ、とくよくよしていたというのに。
俺が何に腹を立てたのかスカイワープは気づかなかった様子で、単純にからかったことを気にしたと思ったらしい。俺が黙って考え込んでいるうちにからかうのをやめ、話題をサウンドウェーブ自体にずらした。
「まあ、あの鉄面皮にあんな情緒があったのかと思えば、感動もんではあるけどよ」
「情緒?」
さきほどの馬鹿にする雰囲気をと打って変わり、感慨深げなスカイワープに思わず聞き返す。
「形は何であれ、おめえのなんかが欲しかったってことだろ、ありゃあ」
俺の何かが欲しかった。
自分のブレインの中、自分の言葉で表す。なるほど、サウンドウェーブという全体像すら掴めない謎めいた機体でもパズルのピースが合ったかもしれない。
俺に好意がなけりゃあ、なんか欲しいなんて言って来ねえよなあ。俺のものと奪ったり一方的に占領したりだなんだってのはデストロンじゃあ、メガトロン様筆頭によくあることだ。だが、それなりに反応が返ってくるのに悪い気はしねえ。
コアダンプというチョイスはよく分からねえが、情報形態ってことはあいつの領分だ。何か思い入れがあるってことだろ。やっこさんも、もっと違う言い方とか態度で言ってくれりゃあ良いのに。言い方ややり方を知らねえだけだろうけどよ。
サウンドウェーブがデストロン基地の分岐の多い通路を前の方から、こちらに向かってまっすぐ歩いてくる。その姿を見ながら、あのぶっきらぼうな物言いを思い出していると、どうしてあいつに惹かれてるのか分からなくなる。ただ自分がラクでいたいなら、俺を振り回すこともない分かりやすい可愛げのあるやつを追っかけていればいい。誰と摩擦を起こすわけでもなく、安穏と流される方が楽なのは誰でも知っている。
しかしそんなことを考えている俺自身は、今確実に浮かれていた。
「サウンドウェーブ」
しかし、そんな俺とは対照的に声をかけたサウンドウェーブはあからさまに不機嫌そうだった。返事もしないまま、横に並ぶ。
……返事をする気は無くっても、何かやりてえことはあるってえことだな。今度は一体なんだってんだ。さっきはほんの少し機嫌が良さそうだったのに。
こういう時は、サウンドウェーブが切り出すまで待っているというのが暗黙の了解になりつつあった。それでも俺にはスカイワープと話すことで上向いた気持ちから出来た小さな自信がある。この不安定さについてはいつ踏み込んでみようかと機会を伺っていたが、今がその時かもしれない。
足を止めると、サウンドウェーブもすぐに気づいて俺に向き合ようにして立ち止まった。そしてこちらを数ナノクリックだけ凝視したかと思うとすぐさま前を振り返り、歩き出す。その行動に唖然としながら、すぐに追いつけるその背に向かって言葉を投げる。
「お前、よく急に機嫌悪くなるけどよ。ありゃあ何が原因なんだ?」
「オ前ニハ分からナイ」
すぐに返事をするところからするに、さっきのはまたアレか。
すこし自分が不安定になったのがわかる。どういうことだと踏み込めば黙り込むだろうか。サウンドウェーブを追っかけだしてから、自分が感情的になったと思う。スカイワープの『まったく、おめえもよくあんな陰険野郎とつるんでいられるもんだぜ』という言葉がふいに記憶回路を巡る。
これは話したくねえってことらしいが、てめえで勝手に人の頭ん中覗いておいて、俺には訳の分からねえまま放っておくとは、お前は俺のなんだってもんだ。俺のもの、だろう?
頭の中でそうがなりつつも、俺はサウンドウェーブに向かって吹っかける言葉が見つからずにいる。自分が今、ひでえ顔で奴さんを見ているだろう自覚がある。なっさけねねえ。
「――ソウダナ」
少し嬉しそうにサウンドウェーブが呟いた。またブレインスキャンか。その嬉しそうな理由がわからず、俺は相手が喋るのを無言でもって促す。
サウンドウェーブも諦めたように、続けた。
「お前ハ、他人を通テシカ自分や他人ヲ確認出来ないカラダ」
「そりゃあ、一体どういう意味だ?」
サウンドウェーブが吐き出した音声の内容が、重大そうな意味を持っているだろうに、俺にはいまいちピンとくるものがない。分かるような、分からないような。
他の奴を介さないと、俺自身や他の奴らが分かんねえ。
自分の言葉に変えてみたが、内在化されない。
「……お前は、他者認識ヲすぐ二自己認識に置き換エル。スキャンしている限り、オ前自身は考エテイルことハ多様ダガ、大抵はソノ後他の機体ノ認識にヨッテ思考ヲ放棄している。俺と実際二会ッテイル時もぐちゃぐちゃト考エナガラモ、イズレハ考えるのを止メテイル。俺に対してノ認識はスカイワープやスタースクリームたちトノ対話で強マル傾向ガアルが、お前はイツカあいつらノ認識トお前の認識ノ反発に飽きるダロウ。モシ長い間、確認がナサレナカッタラ、」
そこで言葉を切る。サウンドウェーブが何を言ってるかは分からないが、最後に何を言いたかったかは分かった。こいつは、俺がそのうちこいつに対する好意を無くすと言いたいのだろう。
そんなことは、
とそう言いかけて黙る。遅れてさっきの言葉の意味の処理が追っついてきて、俺は考え込んでしまう。そんな俺に対して、サウンドウェーブが小さく頷いた。
なんの確信がこいつに芽生えたというのか。何に同意したのか。そんなんじゃねえと反論したいが、ブレインの演算上に言葉に出てこない。
「お前ハ俺トイウ機体がワカラナイから興味を持ってイル。知ラナイから知リタイと思ッテイル。ヨッテ、慣レタリ、手に入レタラどうでもよくなってしまうダロウ。俺のものニシタイ。ソウイッタ支配欲はお前ガ求めサエスレバ、簡単に満タサレル。ソレニ、俺ハお前が思ってイルほど、何カヲ多くハ持っている訳デハナイ」
サウンドウェーブが言ったことは、完全には否定は出来ない。
俺はサウンドウェーブに振り回されたり混乱させられたりする時、俺の予想を越えるこいつの行動を面白く思っていなかったか?振り回される恐怖感や焦燥感を楽しんでいなかったか?そう言い換えてみればわかりやすい。少なからず、楽しんでいた。悪く思っていなかった。
サウンドウェーブが言いたいのは、そしてそういうスリルはすぐに慣れちまうってことだ。それは俺だってよく知っている。次へ次へと動いていかないと、慢性化する。より強い刺激を与え続けられなくてはならない。
こいつはそういう先のことも考えていたのか。
俺はただただ驚く。しかし、こいつが言ってることだけが本当のことなのか。これは、サウンドウェーブの言うところの、サウンドウェーブの『認識』だろ?じゃあ、俺のは?
自分で自分の考えを言葉にするのに何かが引っかかって発せない。
以前サウンドウェーブに対して、『こいつは自分の感情さえうまく知らねえんだ』と思ったことがある。飛んだ皮肉だぜ。でも、俺は『知って』はいる。
「俺は――」
やっとのことで絞り出した言葉は、突然聞こえてきた別の声音によって途切れた。
近くの通路の方から足音と声が聞こえてくる。そこで俺は不意に我に帰った。そういや、こんな場所でずっと話をしていたのだった。
数メガサイクル前のことで少し浮き足立った俺が始めた会話が、ここまで発展するとは思っていなかった。あの時は自分に対して(理由と意味は分からないが、)サウンドウェーブが何かのアクションを起こしたことが嬉しかったという理由だけだった。
俺が押し黙った静かな中、他のやつらの話し声だけが聞こえる。
「誰か、コッチに来ルナ」
サウンドウェーブが平坦な声でそう呟く。俺が誰かがこちらにくることを知っているのを承知した上で、こう言う事によって俺に選択肢を与えてくる。この話はここではもう終わり。あとは俺次第。それが分かっているからこそ、不完全燃焼による後味の悪さが燻る。
じゃあ、あんたはどうして欲しいんだ?簡単に『お前が求めさえすれば』なんて言ってくれる。お前さんが俺から離れたいなら、元に戻りたいなら――だけど俺は、そんなことを俺からするつもりなんて微塵もねえ。
すぐ近くで近づいてくるそいつらの声が聞こえた時、俺はサウンドウェーブの手を取り、歩き出した。
ここは俺の個人スペースに近い。この話は、手放しちゃいけねえ。
俺はサウンドウェーブを引き寄せるように力ずくで引っ張る。あまりに抵抗がないことに、こいつも了承しているようだと思えて安心する。そこで、一方的に握っていた腕を離そうとすると、その手にサウンドウェーブの指が絡まった。
驚いて振り向くと、サウンドウェーブが小さく首を振った。
「離スナ」
どうして反応していいか分からず、俺は前に向きなおす。
人の目があるところで、こいつが直接こういう『見た奴が俺たちの関係性に何かあると分かる』形で接近してきたのは初めてだった。サウンドウェーブと俺の関係性なんか、俺が知りたいくらいなのだが、指を絡めるなんて行為はこのデストロンの中じゃあ普通は到底しねえ。
そして、『離されたくない』と。そうはっきり行動と言葉で俺に対して示されたのも初めてだった。
こういうこと、だよな。
俺は先ほどまで出てこなかった表現の糸口をやっと掴むことが出来る。
「……なあ、さっきの話。お前さんが俺についてどう思ってるかってのは分かったけどよ。俺がどうしたいのかと、あんたがどうしたいのかが入ってなかった」
サウンドウェーブの手を握っている力が強くなる。聞こえているって意思表示だろう。
俺の個人のコンパートメントが目前に近づく。
歩きながらだが、この話は今すぐしなくてはいけない気がする。俺は言葉を続けた。
「俺は、俺の支配欲だとかが満たされても、あんたをそう簡単に手放したくねえと思うだろうし、そう思いてえ。お前さんはどうしたいんだ?」
個人スペースのドアが開く。俺は繋がった手を握りなおし、振り返る。
そして、サウンドウェーブが自分のコンパートメントに足を踏み入れるかどうかの選択を待った。
ドアの敷居をはさんで手を繋いだままどうするかの挙動を見つめていると、サウンドウェーブはマスクを開け、大げさに排気音をついた。
「……お前と居ると、エゴばかりが肥大するな」
質問した内容が帰ってこないのには、何かを説明したいのだろう。
「俺のせいなのか?」
「違う、俺が欲を処理できないだけだ。解消する手段は知っている」
「じゃあ何でそんなんになってんだ?」
それにしたって。エゴ、利己心と言われてもねえ。基本的にいつも利己的なお前さんが何を言ってんだ。それに、前に俺が手前勝手を押し付けた時には喜んでたじゃねえか。
「真っ向から拒絶されるとしたら――不快だからだ」
そう言って俯く。最後はどう表現して良いのか困ったらしく、サウンドウェーブにしては拙い言葉が飛び出した。
なるほど、それなら話は分かる。意外と言うか、いやかなり、サウンドウェーブは自己中心的なところがある。自分が不快になる、自分が傷つく可能性があったら言わねえだろうなあ。サウンドウェーブはメガトロン様やデストロン軍団の体系には従順だが、自分に結局不利になるようなことには加わろうとしねえ。そういう我の強さが俺があんまり持ってねえところだ。だから羨ましくもあるんだけどよ。こいつの言う俺の人に流される癖ってのは、こういう性格の違いなのかもしれねえ。
こいつの人の頭ん中を覗ける能力がどれくらいのもんかはしらねえが、多分読めるのは何かの反応だったりその時考えてることだけなんだろう。だから自分から何か言い出さないと俺のブレインに出てこねえこともある。だから分からなかったのだろう。
俺に対しての信用が無かったと考えると、俺も『不快』だ。でも、こいつには以前『心配しないでように、証明し続けてやる』と言っちまったしな。サウンドウェーブが何考えんてんのか知ろうと思うだけで、特に何かしようとはしなかったしよ。俺もこいつも、受け止められるか、相手が分からないからなんて考えてねえで行動しなきゃいけねえ。無理だったら無理って言うし、そうやってなんだかんだは手探りしていけばいい。
「サウンドウェーブ、お前は俺が望めばって言ったけどよ。あんたは俺に何を望むんだ?俺が不安になるのは、いつもお前さんが俺にどうあって欲しいのか、あんたが何をしたいのか分からねえからだ。俺だってあんたが望みさえすれば、他の奴らの前で俺があんたのもんだって見せつけてやってもいい。俺は、あんたが思ってる以上にあんたが好きだってことはもう吹っ切れてんだよ。これは俺自身が考えてることだ。今はあいつらも居ねえし、こればっかりあんたの意見でもねえ。そうだろ?」
分からなきゃ、俺が分かるまで話してくれ。だから、諦めるのはやった後にしてほしい。あんた、俺が分かんなくても良いって思ってただろ。
そうブレインの中で言葉を作り上げると、手の中でサウンドウェーブの指がかすかに動く。俺はそれを合図に、ついにその腕を手繰ってサウンドウェーブを引っ張り込んだ。
引っ張り込んだ背中でドアが閉まり、バランスを欠いたサウンドウェーブはそのドアにもたれかかる。手は――まだ握ったままだった。だが、返事はない。
「そんなに、大層なことをお前さんは俺に求めてんのか?」
沈黙したままのサウンドウェーブが少し怖くなり、思わず一歩間をつめる。それに対して、サウンドウェーブがふっと顔を上げた。
「そうだ、と言ったらどうする?」
まさか軽口に反応するとは思っていなかった俺は度肝を抜かれる。そしてサウンドウェーブはそんな俺に追い討ちをかけた。
「お前のコアダンプを求めたのは、お前の何かが欲しかったのは認める。だが、それだけじゃない。今現在俺のことを好きであろうお前のデータが欲しかった。状況は変化するし、言語は変質する。留め置きたいと思った」
話を聞いていて、眩暈がする。ヒューズがぶっ飛びそうだ。
「つまり、あんたは、俺にあんたをずっと好きでいて欲しいってことか!?」
サウンドウェーブはまた俯き、返事をしない。これは肯定の沈黙だろう。
「……わりぃ、ずっとっていうのは約束できねえ」
約束してやりたいものの、次に何が起こるなんて分からねえ中では確約できない。
素直に言うと、何故かサウンドウェーブは嬉しそうに笑った気がした。
「だろうな。情報はアップデートされるものだ。変わらないといえども、『今現在』からの変化は止め置けない」
サウンドウェーブはそこまで言うとマスクを閉じ、ずっと繋いでいた手を離した。
こいつ、そんな先の可能性まで考えてたのか。俺とのこの言葉で縛っているが、よく分からん関係について。このサウンドウェーブが。
何かぞくそくとくるものがある。こう感じるのは間違ったことなのだろうし、兄弟機が聞いたら大ブーイングするだろう。しかし、
「でも正直、嬉しかったわ」
口を次いで出た言葉に、サウンドウェーブはひどく驚いたようすだった。俺はこれをどう表現していいか分からず、ただ抱きしめるようにドアに相手を押しつける。
この話の前提が、俺の性格やらを見抜いた上で、あのサウンドウェーブがここまで思い詰める程度に俺を好きでいるってことだ。嬉しく思わないわけがねえ。サウンドウェーブがスカイワープやスタースクリームの前では特に注意を払っていない気がすると思ってたが、つまりはあいつらの反応まで考えてたってことだろ。それまでこの情報参謀のブレインに俺は食い込んでいるのだ。
「なあ、今俺が何したいのか、分かるか?」
押し付けるサウンドウェーブの聴覚機に囁く。
「……冷めナイノカ。変な奴メ」
サウンドウェーブが腕の中で小さく呟いたのが聞こえる。
あんたにだけは絶対に言われたかねえ。おあいこだよ。
俺はサウンドウェーブの機体を組み敷きながら、こっそりとそう笑った。
「お前のコアダンプは、貰ったままでいいのか?」
ふいにサウンドウェーブが確認するように言い出す。その話はもう何メガサイクル前に終わったものと思っていた。
一瞬面食らうが、別に持っているのはサウンドウェーブなわけで、もう返せってものでもない。こいつが捕虜になっても俺の情報にはそんなに重要なものなんてないだろうし、そこは削除したり破壊したりとこいつがうまくやるだろう。そういう情報形態の責任云々は情報参謀のこいつの方がちゃんと分かってる。だからこそ最終確認で聞いてきたのだろう。吐き出させた時点で何を言ってやがる。
俺は苦笑い気味に返事を返した。
「いいけどよ。どうすんだ、それ?」
「……取っておけばいいこともある」
更新しなくてもいいのかという意味で質問をしたつもりだったのだが、サウンドウェーブは利用価値について聞いたと思ったらしい。その意味深な返事に好奇心が掻きたてられる。相手の出方を大人しく待っていると、サウンドウェーブが律儀に説明を始めた。そして次の発言に俺は完全に言葉を失う。
「例えば、もしお前が戦死した時には俺の慰めになるだろうし、将来的にそういう技術が発展したらいつかは、作り直せないこともないだろう」
「――!」
サウンドウェーブはそれ以上の説明はしないが、何を作り直すか、は話の流れから俺でも分かる。
なんてこと考え付くんだこいつは。
今度こそ、完全に、ヒューズがぶっ飛んだかと思った。じりじりと発熱する頭部に手を当てて撃沈する。
俺は相変わらず、サウンドウェーブに振り回され続けている。サウンドウェーブと話すときはいつもそうだ。驚かされ、絶句する。スパークがもたない。冷静になろうとすれば、絶対に度肝を抜かれる。
「サンダークラッカー」
いつも通りの平坦な声が俺の名前を呼ぶ。
それから当たり前のようにブレインスキャンで俺の思考を読み取ったらしい。すぐに珍しく冗談めかした様子で薄く笑った。その様子を俺はやはり嬉しいと感じてしまう。
お互い、ほとんど病気だな。こんな刺激にはいつか飽きるかって?考えてることが違いすぎる。こんなあんたに飽きっこねえよ。
てめえの欲に素直になった途端これだ。ある意味惚れ惚れする。
「ものすげえくどき文句だな」
サウンドウェーブの輪郭に手を添えると、包んだ端正な顔の口元が歪む。
「お前も、こういうのが好きなんだろう?」
分かった上で言ってやがる。あんたもそのブレインスキャンの確認癖やめたら?
口に出そうと思ったその言葉は、塞がれ、ついに発声には至らなかった。