長引いた取り引きを終えてコンビニ袋を手に、本拠地へと足を進める。足取りは軽やかに今すぐスキップでもしそうなくらいご機嫌なのだ。今日も人間の面白いところがたくさん見えた。トラブルはなんにもなかったし、池袋を通ってもシズちゃんは居なかった。むしろ間接的にまた彼を嵌めることさえ出来たのだ。
あとは少し事務的な作業と睡眠などの日常的な事柄だけだった。はずなのに。
あの街から浮いた格好は。
この間、めきめきとねじ曲げられて根元から破壊された歩道のガードレールは修理されたばかりなのに。ああ、綺麗になった可哀想な公共物にはそれを破壊した張本人の姿が。池袋の喧嘩人形がもたれかかり、煙草をふかしていた。
―おや、シズちゃんが俺のマンションの前で何のご用ですかね?
淡々と、そして最小限の言葉数。簡単に言えば俺が関わった最近の事件の情報の要求だった。こちらに目を合わせないのは、彼なりの一応のイライラへの対処法だろう。
―何、シズちゃんは俺を疑ってるの?
へらり笑い顔浮かべると、シズちゃんが睨みをして牽制する。まるで『手前が絡んでいない訳がない』というように。まあ当たってるわけだけど。シズちゃんは警察犬のように俺の悪意が関わっているかどうかが何故か、匂いを嗅ぐように分かるらしい。
池袋にいれば、決まって俺を見つけてくれるし。筋肉だけじゃなくて嗅上皮も発達しちゃってんじゃないの?
―まあ、別に情報の取り引きとしてでは教えてあげなくもないけど、情報料は…そうだねえ…知り合い価格でこれくらいでどうよ?
指を五本立てる。
―そう五万円。
法外というか、まあ情報料とるのも元々はあれなんだけど。指の多さにシズちゃんの額にびき、と血管が浮き出る。そのまま、またガードレールに手をかけたシズちゃんの指先で、紙をぐちゃりと丸めるように白く塗装された金属が潰れた。
―おっと、また公共物なんか壊したら、…シズちゃんの社長さんが立て替えてる借金がどさっと増えるだけだよ
―まあ、天秤にかければ流石のシズちゃんにも分からなくないよねえ。
―死ねだなんて、酷いなあ。
盛大な舌打ちの後、短くなった煙草を携帯灰皿に押し込んでシズちゃんは反対方向へと歩き出した。
君のその変わり映えのしない後頭部は見飽きたよシズちゃん。そう言えば波江は『後ろ姿を見てるだけで満足だもの』なんて殊勝なのか気持ち悪いのかどっちにもとれること言ってるけど、俺には無理だよなあ。でも波江も言ってることがたまにかなり矛盾してるんだけど。
ついに我慢が効かなくなって、シズちゃんの後ろ姿へ走り寄る。
―ねえシズちゃん、情報料はこれでも良いんだよ?
噛みつくように唇を合わせると、シズちゃんは新しくくわえようとしていた新品の煙草を、指からぽろりと落とした。
アクセルもブレーキもいらないってこういうことか、波江。
回した腕の向こう側の腕時計が、実質の1日の終わりの時間を指していた。