君しか知らない(サン音) - 1/22

 撤退後も、雰囲気はなんとなく落ち着かなかった。
 メガトロン様の神経質な空気も相まって、基地全体がぴりぴりと緊張している。関心の的は、デストロンとサイバトロンの両軍が唖然とする中逃亡してからというもの、姿を見た者はいない。損傷を負っているはずなのに、リペア台にもやってこない。いない奴を気にしてしまうあたり、俺もいつものように平穏無事に過ごそうという事なかれに決め込むことはできなかった。面倒になりそうなことには自分からは首を突っ込まない方なのだが、あの瞬間から、思考回路の行き着く先はずっと同じ場所だった。
 それほどの衝撃だったのだ。今までには気にも止めなかったが、やっこさん、なんで顔をわざわざ隠してたんだ?なんか勿体ねえ気もする。

「あの情報参謀がねぇ……」

 俺はそう小さく呟いた。

 あの時、緊急事態を知らせるアラームが入った時。俺は正直『またか』と思った。
 極秘に開発を進めていた新兵器のビーム砲とやらは、あと一歩というところでまたサイバトロンのやつらに暴かれたらしい。斥候任務から急遽旋回し、軍事拠点に降り立つと、そこはすでにサイバトロン優勢に傾いており、肝心の兵器も取り押さえられていた。
 その攻防の中で、ダメージを受けた新兵器がビームを暴発。自分で設計しておきながら情けねえ話だが、ビームの餌食になったのはデストロンの情報参謀サウンドウェーブだった。
 サウンドウェーブ自身の致命的な外傷はビームが頭部に直撃した割には見られなかったが、いつもフェイスパーツを覆っているマスクとバイザーが全壊。今まで誰も見たことがなかった、やつの素顔ってやつが晒された。いや、メガトロン様は見たことあったんだろうが、あまりの驚きようにヒューズがぶっ飛びそうになられていた。
 まあ、俺も吃驚して思わず攻撃の手を止めちまったわけだが。
 そんな周囲が驚愕する中、パニック状態に陥ったサウンドウェーブが戦闘命令を放棄して逃亡。ちょうどその直後、ビーム砲がエネルギー放出に耐え切れず爆発し、両軍が撤退したってわけだ。
 とにかく、爆発オチでうやむやになったせいもあり、なにか表現し難いもやもやとした空気を各々が抱いているのは確かだ。なにせ群青色の機体を探すが見つからない。いつもメガトロン様の近くにいたので、あいつ個人の居住スペースさえ分からない。その『もやもや』を当てつけるべき張本人がいないのだ。俺には上官相手に何かやってやろうなんて気持ちは更々ない。が、なんとなくそのへんをうろついている連中の気持ちもわからんでもない。
 まるで、不発弾みてえだ。
 手持ち無沙汰な顔をしたスカイワープと視線がぶつかり、肩をすくめ合う。
 戻って来る様子のないサウンドウェーブの代わりに、俺とスカイワープがスタースクリームと一緒にメガトロン様の側に控えているのも妙な気分だった。いつもの場所に居るべきやつがいないというのはここまで違和感を残すものなのか。

 そんな居心地の悪さを破ったのは、スタースクリームの苛立った声だった。

「どうしたっていうんです、メガトロン様。俺なんかが護衛しなくても、カセットロンだって居るんだ。サウンドウェーブなら自分のことくらい自分で守れるでしょうが!」
「だからお前は馬鹿だというのだ、スタースクリーム!あいつはデストロンの情報のすべてを司る情報参謀。危険が大きすぎるのだぞ?」

 スタースクリームの不満の声に、メガトロン様が憤った様子でそう答えた。
 会話から推測するに、メガトロン様がスタースクリームをサウンドウェーブの護衛の任につけたのだろうということは分かった。
 メガトロン様の考えには一理ある。初めて見るあいつの動揺の仕方をまじまじと見てしまったのだから仕方はない。『サウンドウェーブの感情の集積回路は半分くらい壊れてるんじゃねえのか?』と噂されるほど、抑揚のねえ奴だとみんなが考えていた。そのサウンドウェーブがあの慌てふためき様を晒したのだ。あの顔を見せることがあいつの弱味だというのは間違いない。隠すことから推測するに、何か過去にやらかしてるんだろう。
 問題はそこからだ。その過去の弱みというやつから搾り取れる情報の利益によって、デストロン軍のパワーバランスが崩れることくらいは俺のような馬鹿でも、下克上を狙ってる三下連中でも気がつく。それに、普段あいつに弱味を握られていた奴らには絶好の報復のチャンスだ。
 そろそろそんな命令が下る頃だとはなんとなく分かっていた。サウンドウェーブやカセットロンと日頃折り合いの悪いスカイワープは、いつのまにかスペースから出て行っている。
 俺も巻き込まれる前に退散しよう。そう思った矢先、スタースクリームの口から俺の名前が飛び出した。

「それなら、俺よりサンダークラッカーをあいつに付けたらどうです。すでに参謀がいつもより一人少ないってのに、仮にも航空参謀の俺が普段の任務を放棄してあいつの護衛についても仕方ないでしょう」

 言うが早いか、スタースクリームは『飛ぶような速さ』でスペースを飛び出した。

「なんだと?待て、スタースクリーム!」

 メガトロン様の制止も間に合わず、勢いよく開いたドアが音をたてて閉まる。それを境に急に静かになったスペースの中で、俺は息を呑んだ。
 ――やられた。
 そばに控えていたジェットロンで、俺だけが取り残されたのだ。この統率力、まとまりの無さは問題なのかもしれないが、こういう時は言い逃げしたもの勝ちなのだ。メガトロン様が俺の方へ向き直った時、俺はそう勉強する羽目になった。

「やれやれ、困ったやつらだわい。おい、サンダークラッカー」
「……はい」
「しばらくの間、サウンドウェーブの護衛を任せたからな」

 そう命令するメガトロン様の声は、明らかに疲れを滲ましていた。流石のメガトロン様も呆れたせいか、疲れたせいか。過敏に尖らせていた神経の緊張が解けたらしい。
 そんな声を聞くと、少し不憫にも思われた。兄弟機の無礼の引け目もある。サウンドウェーブをどうやって探せと言うんだ。そんな疑問も飲み込まざるをえない。
 スタースクリームにスカイワープのやつ、あいつらめ、そのうち覚えてろよ。
 だが一応、命令は命令だ。俺は『できるだけ』それを遂行するように動かなくちゃならねえ。作戦下の通信連絡ぐらいでしか口をきいたことのねえ上官だが、護衛を任されたのだ。すぐにでもサウンドウェーブを探しに行かなきゃならない。

「はい、メガトロン様」

 腹をくくり、俺は命令を受諾した。しかし、メガトロン様はというと、俺の返事も聞こえていない様子で、一人考えを巡らす表情を浮かべている。俺も出払えばスペースにはメガトロン様だけが残されることになるが、護衛やら側近が居ないことなど微塵にも気にも留めていないようだった。
 ただ、扉が後ろでしまる瞬間、

「……あいつの顔は、情報参謀でいるのには目立ちすぎるからな」

 そうひとりごちるように言ったのが聞こえた。