撤退後も、雰囲気はなんとなく落ち着かなかった。
メガトロン様の神経質な空気も相まって、基地全体がぴりぴりと緊張している。関心の的は、デストロンとサイバトロンの両軍が唖然とする中逃亡してからというもの、姿を見た者はいない。損傷を負っているはずなのに、リペア台にもやってこない。いない奴を気にしてしまうあたり、俺もいつものように平穏無事に過ごそうという事なかれに決め込むことはできなかった。面倒になりそうなことには自分からは首を突っ込まない方なのだが、あの瞬間から、思考回路の行き着く先はずっと同じ場所だった。
それほどの衝撃だったのだ。今までには気にも止めなかったが、やっこさん、なんで顔をわざわざ隠してたんだ?なんか勿体ねえ気もする。
「あの情報参謀がねぇ……」
俺はそう小さく呟いた。
あの時、緊急事態を知らせるアラームが入った時。俺は正直『またか』と思った。
極秘に開発を進めていた新兵器のビーム砲とやらは、あと一歩というところでまたサイバトロンのやつらに暴かれたらしい。斥候任務から急遽旋回し、軍事拠点に降り立つと、そこはすでにサイバトロン優勢に傾いており、肝心の兵器も取り押さえられていた。
その攻防の中で、ダメージを受けた新兵器がビームを暴発。自分で設計しておきながら情けねえ話だが、ビームの餌食になったのはデストロンの情報参謀サウンドウェーブだった。
サウンドウェーブ自身の致命的な外傷はビームが頭部に直撃した割には見られなかったが、いつもフェイスパーツを覆っているマスクとバイザーが全壊。今まで誰も見たことがなかった、やつの素顔ってやつが晒された。いや、メガトロン様は見たことあったんだろうが、あまりの驚きようにヒューズがぶっ飛びそうになられていた。
まあ、俺も吃驚して思わず攻撃の手を止めちまったわけだが。
そんな周囲が驚愕する中、パニック状態に陥ったサウンドウェーブが戦闘命令を放棄して逃亡。ちょうどその直後、ビーム砲がエネルギー放出に耐え切れず爆発し、両軍が撤退したってわけだ。
とにかく、爆発オチでうやむやになったせいもあり、なにか表現し難いもやもやとした空気を各々が抱いているのは確かだ。なにせ群青色の機体を探すが見つからない。いつもメガトロン様の近くにいたので、あいつ個人の居住スペースさえ分からない。その『もやもや』を当てつけるべき張本人がいないのだ。俺には上官相手に何かやってやろうなんて気持ちは更々ない。が、なんとなくそのへんをうろついている連中の気持ちもわからんでもない。
まるで、不発弾みてえだ。
手持ち無沙汰な顔をしたスカイワープと視線がぶつかり、肩をすくめ合う。
戻って来る様子のないサウンドウェーブの代わりに、俺とスカイワープがスタースクリームと一緒にメガトロン様の側に控えているのも妙な気分だった。いつもの場所に居るべきやつがいないというのはここまで違和感を残すものなのか。
そんな居心地の悪さを破ったのは、スタースクリームの苛立った声だった。
「どうしたっていうんです、メガトロン様。俺なんかが護衛しなくても、カセットロンだって居るんだ。サウンドウェーブなら自分のことくらい自分で守れるでしょうが!」
「だからお前は馬鹿だというのだ、スタースクリーム!あいつはデストロンの情報のすべてを司る情報参謀。危険が大きすぎるのだぞ?」
スタースクリームの不満の声に、メガトロン様が憤った様子でそう答えた。
会話から推測するに、メガトロン様がスタースクリームをサウンドウェーブの護衛の任につけたのだろうということは分かった。
メガトロン様の考えには一理ある。初めて見るあいつの動揺の仕方をまじまじと見てしまったのだから仕方はない。『サウンドウェーブの感情の集積回路は半分くらい壊れてるんじゃねえのか?』と噂されるほど、抑揚のねえ奴だとみんなが考えていた。そのサウンドウェーブがあの慌てふためき様を晒したのだ。あの顔を見せることがあいつの弱味だというのは間違いない。隠すことから推測するに、何か過去にやらかしてるんだろう。
問題はそこからだ。その過去の弱みというやつから搾り取れる情報の利益によって、デストロン軍のパワーバランスが崩れることくらいは俺のような馬鹿でも、下克上を狙ってる三下連中でも気がつく。それに、普段あいつに弱味を握られていた奴らには絶好の報復のチャンスだ。
そろそろそんな命令が下る頃だとはなんとなく分かっていた。サウンドウェーブやカセットロンと日頃折り合いの悪いスカイワープは、いつのまにかスペースから出て行っている。
俺も巻き込まれる前に退散しよう。そう思った矢先、スタースクリームの口から俺の名前が飛び出した。
「それなら、俺よりサンダークラッカーをあいつに付けたらどうです。すでに参謀がいつもより一人少ないってのに、仮にも航空参謀の俺が普段の任務を放棄してあいつの護衛についても仕方ないでしょう」
言うが早いか、スタースクリームは『飛ぶような速さ』でスペースを飛び出した。
「なんだと?待て、スタースクリーム!」
メガトロン様の制止も間に合わず、勢いよく開いたドアが音をたてて閉まる。それを境に急に静かになったスペースの中で、俺は息を呑んだ。
――やられた。
そばに控えていたジェットロンで、俺だけが取り残されたのだ。この統率力、まとまりの無さは問題なのかもしれないが、こういう時は言い逃げしたもの勝ちなのだ。メガトロン様が俺の方へ向き直った時、俺はそう勉強する羽目になった。
「やれやれ、困ったやつらだわい。おい、サンダークラッカー」
「……はい」
「しばらくの間、サウンドウェーブの護衛を任せたからな」
そう命令するメガトロン様の声は、明らかに疲れを滲ましていた。流石のメガトロン様も呆れたせいか、疲れたせいか。過敏に尖らせていた神経の緊張が解けたらしい。
そんな声を聞くと、少し不憫にも思われた。兄弟機の無礼の引け目もある。サウンドウェーブをどうやって探せと言うんだ。そんな疑問も飲み込まざるをえない。
スタースクリームにスカイワープのやつ、あいつらめ、そのうち覚えてろよ。
だが一応、命令は命令だ。俺は『できるだけ』それを遂行するように動かなくちゃならねえ。作戦下の通信連絡ぐらいでしか口をきいたことのねえ上官だが、護衛を任されたのだ。すぐにでもサウンドウェーブを探しに行かなきゃならない。
「はい、メガトロン様」
腹をくくり、俺は命令を受諾した。しかし、メガトロン様はというと、俺の返事も聞こえていない様子で、一人考えを巡らす表情を浮かべている。俺も出払えばスペースにはメガトロン様だけが残されることになるが、護衛やら側近が居ないことなど微塵にも気にも留めていないようだった。
ただ、扉が後ろでしまる瞬間、
「……あいつの顔は、情報参謀でいるのには目立ちすぎるからな」
そうひとりごちるように言ったのが聞こえた。
やっこさん、どこへいっちまったのか見当もつかねえや。
サウンドウェーブについての情報を自分があまりに持っていないことが痛感させられる。脅されて良いように使われることも無かったし、良いも悪いもその程度の間柄だ。だいたい、喋るのも無線通信などを通してが多かった。
そうだ、通信があったか。
気づいて即座に個人通信を飛ばす。
「……って、出ねえか」
我ながらよく思いついたと思ったが、応答がない。一体、どこに行けばいいんだ。こうも探しても見つからない。リペア室には来る気配もない。護衛の任務についたものの、本人がいないんじゃお話になんねえよ。サウンドウェーブが居そうなところなど――
「カセットロンの連中なら知っているかもしれねえな」
フレンジー。あの小さな機体なら先ほどすれ違ったはず。
猛スピードで引き返すと、スカイワープにちょっかいをかけられているフレンジーの姿があった。スカイワープをセンサーが捉えた瞬間、先ほどよくも逃げてくれたなという怒りがふつふつと湧き上がってきた。が、今はそれどころではない。
「フレンジー!お前さん、サウンドウェーブの居そうな場所知らないか?」
からかうスカイワープに気が立った様子のフレンジーを刺激しないよう、出来るだけ柔らかい口調で尋ねる。しかし、
「はあ?お前に教えて何になるっていうんだよ」
とフレンジーは不信感を滲ませて戸惑うだけだった。その隣でスカイワープがにやりと笑ってみせる。
「その様子じゃあ、陰険参謀の護衛の任務はおめぇに決まったんだなァ。フレンジー、こいつはしばらくメガトロン様のご命令であいつの護衛につくことになったんだよ」
スカイワープが茶化すようにそう言った。その面を張った押したくなるのを抑える。
お前らが逃げたからだろうが!
しかし、それが功を奏したらしい。イライラしている俺とにやにやと笑うスカイワープ、そしてメガトロン様の名前にフレンジーの中で少し信憑性が出てきたらしい。急に真面目な表情に変わって俺を見つめてきた。
「メガトロン様の御命令だって?」
「まあな。それでずっと探してるんだが、あいつリペア台にも来ねえじゃねぇか。それでお前なら知ってるんじゃねえかって聞きに来たんだ」
「そりゃあサウンドウェーブなら自分でリペアできるからな!」
フレンジーは自慢げにそう言い切った後、急に語勢を弱める。
「……でも、あいつの居場所なら俺だって知りたいよ。個人通信だって繋がらないんだ。ランブルたちとも連絡がとれないんだぜ?サウンドウェーブがたぶんイジェクトしてないんだ」
「通信が繋がらないんじゃなくて、てめぇがあまりに役に立たないんで通信拒否してるんじゃねえか?あのコウモリ野郎がそうそうおっ死ぬわけねえだろうが」
「何だって?もういっぺん言ってみろ!」
止めときゃいいのに、しょんぼりとしたフレンジーの肩をスカイワープがはたきながらからかいの言葉をかけた。それに対して、すぐさまスカイワープにフレンジーが食って掛かろうとする。
「おいおい、フレンジーをからかう癖を改めちゃどうだ。あの情報参謀が胸部にしまうほど信頼してるカセットロン部隊を嫌うわけねえだろうが」
自分よりでかいスカイワープに掴みかかろうとするフレンジーをすんでのところで止める。なんでこうもデストロンの奴らときたら、仲間内で面倒くせぇ争いごとを作るんだ。まあ俺が口出ししたところで、こいつらが接し方を変えるようなことは絶対ねえって事くらいは分かるが。フレンジーにしろ、しょぼくれてるよりは元気な方がいいんだが口は悪いし喧嘩っぱやくって……
そこでふと、いがみ合っているスカイワープとフレンジーの様子を見ながらある仮説にたどり着く。もしかして、今のはスカイワープなりの励ましだったのか?いや、まさかな。だとしたら、分かりにくすぎる。
「とにかく、お前さんはサウンドウェーブの居場所もコンドルたちの様子も分からねえってことだな?」
念を押すように尋ねると、フレンジーがはっきりと頭を縦に振る。とりあえず、フレンジー以外のカセットロンはイジェクトされておらず、誰もやっこさんの居場所は分からない。ここにいても、これ以上の情報は得られない。やはり手前の羽で探すしかねえってことらしい。俺は小さくため息をついた。
「もし何か分かったら、俺に無線飛ばしてくれ」
またフレンジーが頷いたのをセンサーの端に確認して、俺は飛び立った。
すぐ後方では、フレンジーとスカイワープのがなりあう声が聞こえてくる。嫌いなら離れてりゃあいいのに、スカイワープも馬鹿なのかなんのか。いや、嫌いだったら関わろうとしねえか。あいつの場合。
「ひょっとするってえと――いや、まさかな……」
ブレインに浮かんだ想像を音速で振り落とす。
とにかく、今はそれどころではない。これで振り出しに戻っちまったことは確かだった。まさかフレンジーすらサウンドウェーブの居場所を把握していないとは思いもよらなかったが、ランブルやコンドルたちも確かにセンサーに反応がない。
それにしても、俺の通信に応答しないのは分かるが、カセットロンからの個人通信にも繋がらないってのはどういうこととだ?
何かカセットロンにも教えたくないような状況に陥ってるのか、と嫌な予感が頭をよぎる。まさかとは思いたいが――やっこさんの顔やパニック状態を見ちまった今となっては、完全には否定出来ない。あいつの持っている情報にではなく、本体の方に色気を出すことなんて。
頭の中で、あの群青色の機体を思い浮かべるが、そういったことがあいつとまるっきり結びつかない。まずあのサウンドウェーブが興味を持ちそうにない。それに今までであいつが誰かと、なんて噂だとしても聞いたことがない。そのくせ、何故かその予感が完全に拭えない。
「あいつの顔は情報参謀でいるのには目立ちすぎる、か」
確かに、ああいう逃亡の仕方は失敗だったな。何を考えてんのか分からねえ顔も分からねえ陰険参謀ってことで、誰もあいつを組み敷こうなんざ思いもつかなかったんだ。意外にべっぴんさんだったのは悪いことじゃねえが、顔が良けりゃあそういう目に遭う確立は跳ね上がる。それに、最大の失敗はパニック状態を晒したことだ。あんな動揺した弱っちい姿を見せちゃいけねえ。報復云々差し引いても、デストロンの中には嗜虐や暴力でしか勃たねえような病気の輩もうじゃうじゃいる。つまり、サウンドウェーブが手を出される理由は考えれば考えるほど出てくるのだ。
妙に生々しい映像がブレインの演算上に現れ、俺は思わず頭を振った。
とにかく、今は命令のことだけ考えよう。
あいつ自体の戦闘能力は高いし損傷は少なかったように見えるが、レーザービームを頭部に真っ向から受けている。内部の回路には損傷が出ているかもしれない。フレンジーはあいつなら自分で修復できると言っていたが、もうリペアはしたのかわからない。今、襲われたらどうなるか。メガトロン様が憂いておられたのはこれもあるのか?あの様子だと、マスクやバイザーパーツを取り付けない限りは表に出てこないだろうに。
「そうか、パーツか」
倉庫区画。あそこなら余剰パーツもリペア用の設備も、旧型だがコンピューターもある。うろつく様な奴も居ねえ。身を潜めるのにも最適だ。だが、こういう時にずっと一箇所にと潜伏し続けるやつとも思えねえ。早く行かなくては。
思いつた瞬間、強く床を蹴り発つ。
俺の速さじゃ、すぐに着く。
探しても見つからないことからくる焦りと、先ほどからブレインに巣食い始めた妙な妄想が混ざり合い、言い表し難い感情がピークに達する。
「無事でいてくれよ――?」
その不安感が口を飛び出したとき、俺はサウンドウェーブを心配し始めている自分に気がついた。
灰色の区画の中を跳び続ける中、
――見つけた
ぎゅっと睨みつけた先に見えたのは、探していた群青の機体だけではなかった。
「……マジかよ」
オプティックセンサーの故障だと思いたかったが――護衛対象が最悪の想定下にいる。
俺は減速せずにそのまま、押し合い争う二機に体当たりするように突っ込んだ。状況判断からでしかないが、覆い被さっていた方を壁に吹っ飛ばす。……喋ったことはあまりねえが、目には馴染みのある奴だ。だがこの場合、こいつは完全に黒だろ。勘違いされて攻撃されても文句は言わせねえ。なんとなく芽生えてくる後ろめたさを、そう考えることで振り払う。
メガトロン様は警護しろと仰られたが、どのレベルまでやりゃあいいんだ?護衛対象は戦闘能力も遂行能力も高い。俺がこいつをどこまで破壊する必要はあるのか?出来ることなら、同じ基地に居るやつ相手に波風立てたくはない。
身の振り方について一瞬考えを巡らせた時、ふいに背中に何かがあてがわれた。
「振り向くな。動くな」
ちくしょう仲間が居やがったのか。
少しでも気を抜いた自分自身が恨めしい。
「何故ここに来た」
いや、この声の響きには聞き覚えがある。
「あんた、もしかしてサウンドウェーブか?」
おずおずと尋ねると、俺の後ろに立つそいつが一瞬、息を呑むのが分かった。
「……質問に答えろ。要件はなんだ?」
咳払いの後、『そいつ』は質問を繰り返す。しかし、俺はその態度に確信する。あの独特なエフェクトがかってはいないが、間違いない。この抑揚の無い話し方をする機体はあいつしか知らない。ということは、背中に触れているのはブラスターガンか。武器を持っていたということは、もしかしてちょうど自分でどうにかしようとしていたのか?それとも、俺も暴漢と同じと見なされているのか。なんにせよ、早く誤解をとかなければこの至近距離でぶっ放されて確実に終日リペア台行きだ。
信用されるか自信は無いけどよ。
しかし、
「いや、俺はメガトロン様に」
「護衛につけられたのか」
と、言い出した言葉の続きを先に取られるが早いか、翼にぴったりとつけられていた経口の感覚が無くなる。代わりに壁際で伸びている不届き者の機体が着弾の衝撃ではねた。
ひでえ。ありゃあ完全に中枢がイカレたな。しばらくはリペアから帰って来れねえと一目で分かる。
慌ててサウンドウェーブに向き直ると、俺に顔を背けるようにしてリペアのために周りの設備を整え始めていた。よく見れば周囲にはリペアのための電気工具が散らばっている。修理中に急襲された、という線が妥当だろう。
それにしても、あの逃亡から既に4メガサイクルは経っている。今まで何をしていたのか。どれほどの欠損やエラーでも、ここにはパーツも設備もある。この基地まで単独飛行出来たのだから平衡感覚などのセンサーなどはまともだろうし、技術力から考えても、もう終わっていてもいいはずだ。
「なんですぐにリペアしなかったんです?」
頑なにこちらに顔を向けない相手にそんなことさえ尋ねて良いのかはわからなかったが、質問をすれば、意外にもきちんとした解答が返ってきた。
「諜報データのバックアップと、基地内データの確認だ」
意外と素直な奴なのかと思わず面食らう。というか、一兵卒に、またその情報とやらを悪用するかもしれない相手に、そんなに簡単に言ってもいいのか?頭のいいやつの考えることは分からねえ。護衛の任務とやらに守秘義務が無いとは限らないんだぜ?俺がそんなことをする度胸が皆無だとでも思われてんのか。それとも、嘘か。その両方か。
話をしていて、エフェクトがかからない声が俺を落ち着かなくさせる。マスクがボイスチェンジャーの役割も持っていたらしい。素性をそんなに隠したい理由なんて本人にしか分からねえことだが、俺に言わせりゃそんなもんを気にするべきことなのか疑問だ。サウンドウェーブは基地のデータを確かめていた、とは言ったが、こいつの過去やらを特定出きるような情報がないかの確認だったのではとさえ思える。
ただ、この情報参謀様がそれに恐怖を抱いてるのだけはよく分かった。
「……確認してたデータって、あんたの情報のことだろ?あんたがいつもやってることを逆にやられないようにすんのか。正しいとは思うぜ。最凶の武器は恐怖だからな。脅迫の怖さで他人を動かすのは利口だ」
ろくに話したことのないこいつに、何故自分があまりネガティブな感情を持っていなかった理由。それは恐怖、という武器に関してだけは、多分こいつと同意見だからだったかもしれない。だからといって、この普段何を考えてるのかわからない機体に、ポジティブな感情を持っているわけじゃないんだが。
サウンドウェーブからは特に反応が無い。しかし、
「ただ、今回からはあんたに対する報復方法が足されたわけなんだがよ」
と、言ったところで、サウンドウェーブがこちらを振り返った。
「な、何です?」
そこで初めて俺は自分の迂闊さを悔いた。別に鬼の首を取ったつもりでもなかったが、上官相手にうっかり敬語で話しそこねたし、どうやら相手の核心を突いてしまったらしい。
「…………」
動揺した俺の質問に答えは帰って来ず、沈黙が訪れる。
……なんというか、見慣れない顔でじっとこちらを見つめられるのは辛い。真正面に向き直られて萎縮するが、しばらくするとサウンドウェーブは何も言わずに自己リペアを始めた。
一体なんなんだ。気が抜ける。やっこさんが振り向いたときにはいろいろ腹くくっちまった。沈黙を保っているサウンドウェーブにこれ以上は声をかける勇気はない。何でこっち向いてリペアするんだ。もしかして、恐怖、って言葉に対しての抵抗なのか?というか今ので一瞬忘れていたが、こいつは俺にこんなにまじまじと素顔を晒していいのか?あの逃亡の時に慌てふためいた姿を晒したのは何だったんだ。
何も出来ずに遠巻きにリペアする姿を観察していると、いろいろと考えてしまう。サウンドウェーブはマスクやバイザーの下ではどんな表情してるのかと以前仲間内で話題になったことがあったが、襲われてもこんなふうに無表情じゃ勃つモノも勃たねえ。さっきの戦いではあんなに動揺した様子だったのに、犯されそうになった時は落ち着いているってどんな精神構造してやがるんだ?過去だなんだとかが大事だとかは分かるけどよ。手前の機体をどうのこうのされかけた直後でもすぐいつも通りに振る舞えるものんなのか?それとも俺が居るからか?しかし、もしひとりになりたかったらそう命令すればいいだけだろ?
俺は自分でも、サウンドウェーブという機体に対しての認識が余計に分からなくなってきていた。
サウンドウェーブの修理には思ったよりも時間がかかった。
見た目では分からなかったが、意外と内部には損傷が大きかったらしい。まさか戦いに参加していたフレンジー以外のカセットロンたちが基地に帰って来てからイジェクトされなかったのは、胸部パーツが歪んでいたせいだとは思いもよらなかった。
薄っ気味悪いほど冷静かつ迅速にリペアがなされていくのを見ながら、居心地の悪い沈黙の中に居るのは辛かった。俺の失言の意趣返しなのかもしれねえが。やっこさんの考えていることなんか全く分からねえし、俺は期限の言い渡されなかった『護衛』の任務とやらがすでに億劫になってきている。
この任務とやらは、いつまで続くってんだ?
そんな俺のぐちゃぐちゃとした思考とは裏腹に、修理を終えたらしいサウンドウェーブの行動ははっきりしていた。バイザーとマスク装着するやいなやすぐに立ち上がり、自分を襲った機体に近寄って自分と相手を端子で繋ぎ始める。
「何してるんです?」
予想もしていなかったことに俺は思わず声を上げた。
「データ回収ダ。二度ト、俺ヲ襲ウヨウナ気ヲ起コサセナイヨウニシテヤル」
なるほど、実にこいつらしくはある。マスクにより独特なエフェクトのかかった声で、サウンドウェーブは当然だろうというように言い放った。サウンドウェーブの気持ちも分からなくもないが、同じデストロンの仲間相手にえげつねえなとは思う。こいつ、これから襲おうとしたり、弱みを握ろうとするやつ全員にこんなことするつもりなのか?
声に出して批判はしないが……そう考えた瞬間、サウンドウェーブが声を上げた。
「要ラヌ世話ダ。実行スルノハ、オ前ジャナイ――ブレインスキャンダ――俺ノ勝手ダロウ」
俺の驚きさえ読み取ったのか、話している最中に付け加える。
<ブレインスキャン>――電磁波で相手の思考を読みとれるサウンドウェーブの能力。相手に頭ん中のぞかれるのは誰だっていい気分じゃない。だから、この能力ゆえにサウンドウェーブを嫌う奴も少なくない。
完全に忘れていた。それにしても、こいつこんなことさえ日常的に読み取ってんのか?まだ信用を置いてないということでもあるんだろうが。仲間の考えをいちいち読み取ってダシに使ってりゃあ、陰険参謀なんて呼ばれる理由もご察しだ。もしかしてこいつは、相手の頭の中は読めるくせに相手がどう思うかはわかんねえ難儀なやつなんじゃねえのか。データを回収し終えた端子を巻き取っている姿を見ていると、そんな推察すら芽生えてきた。
「じゃあ、さっきのだって、あんたならブレインスキャンで周りに注意を払ってれば防げたんじゃないんですか?」
ここまで俺の考えが読めるなら、と疑問を覚える。
じゃなかったらマゾかよ。
そう考えたことも分かったらしく、サウンドウェーブがすぐさま訂正する。
「エネルギー消費ノ効率ガ悪イ。加エテ負傷ダメージニヨリ範囲ガ有限ダッタ」
へえ、知らなかった。というか、マゾ呼ばわりなのはいいのかよ……
納得はしかけるが、その言葉が真実なのかはサウンドウェーブにしか判らない。もし本当なら、知らないから得体がしれない恐怖で人を掌握できるのに、俺にそんなネタバレしまくって大丈夫なのか。妙な老婆心を抱かせる。
「俺ノ身ヲ案ジル気持チガアルナラ、フレンジーヲ連レテコイ」
なるほど。さっきの言葉が事実にしろ嘘にしろ、モニターされてる方はいつ頭ん中をのぞかれてるのか分からねえってことか。そりゃあ、ちょっとした脅威だ。
それに、こっちからはサウンドウェーブの考えていることが分からねえ。いつものようにマスクをつけていても、ついていなくても、あれだけ無表情なんじゃ分かれってほうが無理だ。
上官の命令であるからには黙って従う他ないが、きつい言葉遣いにカチンと来ないほど俺だって腑抜じゃない。一矢くらいは報いてやる。
「あんたの弱みを握って得するのはデストロンだけじゃねえんだからな。サイバトロンの腰抜け連中の中でもあんたのことを調べようとするやつがいないとは限らないんだぜ?」
「…………」
反論さえ返ってこない。少しは痛いところを刺激できたらしい。ちっぽけな勝利だが、一歩出し抜いてやったようで悪い気分じゃない。俺ばっかり考えていることを見抜かれても面白くない。
「あんた、そこ動かねえでいてくださいよ?」
まだ来襲者が居ないとも限らない。フレンジーを迎えに行くのは一向に構わないんだが、内部通信で呼び出せば危険も小さいだろうにとも思う。
「ウルサイ、黙レ。オ前ノヨウニ俺ノ居場所ヲ聞キダソウトスル奴ガイナイトモ限ラナイ。ココヘ来ルノニモ護衛ガ必要ダロウ」
サウンドウェーブはそんな小さなぼやきも拾い上げて返してくる。
へえ、こいつも怒れはするのか。
苛ついてきている様子だし、ここらで一旦こいつと離れるのは俺にとっても悪くない。
「へいへい。では、行って参りますよ」
サウンドウェーブがブレインスキャンする前にさっさとトランスフォームして飛び立つ。飛行体勢を安定させながらフレンジーに通信をいれると、基地の中心部にいるとすぐに応答が返ってきた。さきほどのスカイワープを交えた会話を思い出し、一瞬、今のサウンドウェーブの言葉を教えてやろうとも思ったが黙っておいた。
護衛ガ必要ダロウ、か……普通に心配だって言えよ。素直じゃないねえ。
これは流石にブレインスキャンされたら猛烈に怒るだろう。そう、あいつは俺との会話で苛ついていた。サウンドウェーブも怒れるのだ。
やっこさんがからかわれてどんな顔をするか想像すると、少しだけ愉悦を覚える。どうせあの仏頂面なんだろうが、口調ははっきりと変わる。だから想像する分にはマスクの下の顔見えないのがちょうどいい。
頭の中で、あの群青色の機体を思い浮かべる。
すると、数メガサイクル前までまったく結びつかなかったサウンドウェーブの色恋沙汰についての疑問がふと頭によぎった。
「あいつ、あんなんでも照れたりも出来んのかねえ?」
通信で指定された中央部まで飛ぶと、メガトロン様がいらっしゃり、フレンジーはすぐ側で控えていた。サウンドウェーブの抜けを埋めるために移動したのだろう。ついでにメガトロン様にサウンドウェーブを見つけて護衛の任を開始した旨を報告しておく。
その姿を見て、俺のことを一応は信用してくれたらしい。俺が報告を終えて一旦退くと、フレンジーはすぐに俺を追ってきた。
「サウンドウェーブは大丈夫なのか?」
心配そうな声に、可愛いもんだと思う。相変わらずカセットロンはやっこさんにべったりだ。
「ああ、一応リペアはすんだぜ。それでお前を呼んでこいって言われたんだが」
内部通信で事足りると俺は思うんだけどよ。そう口に出しかけた言葉を飲み込む。そんな俺をフレンジーは不思議そうな顔で見つめてきた。
ん?こいつらにブレインスキャン能力はなかったはずなんだが。
俺は内心少しビビるが、俺の記憶は正しかったのがすぐに証明される。フレンジーが不思議に思って返した言葉は、俺の演算上にはないものだった。
「おかしいな。サウンドウェーブはさっき個人通信でサンダークラッカーとサウンドウェーブが来るまでメガトロン様の側でお仕えしていろ、って言ってたのに」
「は?」
「だから早くサウンドウェーブを連れてきてくれよお」
俺が感じている違和感には気づかず、フレンジーが心もとなそうにそう呻いた。
何を言ってやがんだ?
さっきの会話を思い出す。『フレンジーヲ連レテコイ』と、あいつは確かにそういった。
なんか嫌な予感がしやがる。
俺は踵を返してビークルモードにトランスフォームした。
「……フレンジー、お前、そこ動くんじゃねえぞ?」
「だから、俺はサウンドウェーブが来るのを待ってるんだから、動くはずないじゃないか!」
飛び立った後ろでフレンジーがそう叫んだ。
飛びながら、サウンドウェーブに基地内通信を入れるが、帰ってこない。
「また、スクランブルか?」
――いや、また来襲者があったとしたら、あの効率の良さを重視するサウンドウェーブなら護衛である俺を利用するはずだな。
不安とともに超特急で先ほどの区画へ引き返すと、誰もいない。
「すれ違ったか?」
我ながら希望的観測だとは思う。フレンジーに個人通信を入れると、コンドルがメガトロン様のところに来たけれど、サウンドウェーブ自身はまだ来てない、と返ってきた。
このタイミングで、コンドルをメガトロン様の所へ寄越すなんて。まるで自分の代わりに置いておくようもんじゃねえか。つまり、サウンドウェーブ自身はしばらくメガトロン様の所へ向かわないってことだろ?
やっぱり、また隠れられたのか。俺はまんまと出し抜かれたのか?そう考えてはみるが、その場合だとなにかまだ引っかかる。一種の予感のようなものが浮び、サウンドウェーブとの会話を記憶回路で遡った瞬間、俺は自分の言葉の中に考えたくもない可能性を見出しいてしまった。
「ちくしょう、こんなにあいつについて考えたことなんか、今まで一度もなかったってのに!」
悔しいが、ずっと俺の思考回路は今日に入ってからあいつに振り回されっぱなしだ。
今日に入ってから、何度あの機体の姿を探したことだろう。
今回は、メガトロン様の側でもなく、倉庫区画でもなく、デストロンの基地内ですらない。
緑の少ない砂漠地帯、活火山のせいか薄らと地熱を感じる。目の前の山脈の一つにはポッカリと大きな横穴が空いていて、その合間から黄色い宇宙船が警戒灯の光に浮かんで見える。――サイバトロン基地だ。
『あんたの弱味を握って得するのはデストロンだけじゃねえ。サイバトロンの腰抜け連中の中でもあんたのことを調べようとするやつがいないとは限らない』
自分ながら、あの言葉は失言だった。夜の闇に紛れた群青色の機体を基地近くの岩肌で発見したとき、そう後悔した。
こうやってサウンドウェーブを見つけるのも、今日は二回目だ。しかも両方とも、あいつが危険な状況下にいる。日中の戦いで負った傷は、完全に直っているとも分からない。その状態でよくこんな行動がとれるものだ。
それにしても、あいつの移動速度が遅くてよかった。もし既に基地の内部に入られていたら。流石に護衛中といえども簡単にサウンドウェーブを追うことは出来なかった。
上空から個人通信なんか飛ばしたら、サイバトロンどもに傍受される危険がある。俺は細心の注意を払ってサウンドウェーブの行く手に着陸を試みた。
俺の姿を認めた途端、サウンドウェーブは驚きもしなかった。静かにブラスターガンを取り出し、その銃口をこちらに向けてくる。
「テレトラ1ニ、少シ細工シテヤルダケダ」
「お前さん、どれくらい馬鹿なことを自分がやってるのか分かってんのか?」
俺も今度ばかりは、下手には出られない。語気を強めて話す。
サイバトロンに見つかるのは避けたいであろうサウンドウェーブが、俺に発砲する確率はかなり少ない。そんなことよりも、メガトロン様の御命令であるからには、みすみすこいつを危険な目に合わせることは出来ない。たとえ、サイバトロンの情報収集はいつもこいつやカセットロンがほとんど単独で潜入してやっているとしても、だ。
「オ前ノ考エル通リ、イツモ俺ガヤッテイルコトダ。サイバトロンノ連中ニ見ツカル様ナヘマハシナイ」
当たり前のように、俺にスキャンをかけていたらしい。サウンドウェーブはつっけんどんにそう返してくる。
このスキャン癖にしろ、情報統制の徹底ぶりにしろ。肝が据わってんのか。ヒューズがブッ飛んじまってんのか。
話す機会こそ少なかったが、メガトロン様の下で実際にずっと共に過ごし、だいたいの性格は分かっていたつもりだった。が、俺の勘違いだったらしい。冷静沈着なつまらねえ野郎でもねえ。なかなかにイカレている。
今まで関係がないのを良いことに、俺に無関心・無干渉の態度が無かったとも言い切れないけどよ。
それにこいつを今連れ戻したところで、この無駄な行動力を見ればどうだ。確実にまた逃げられる。それに、もしサイバトロンがこいつの過去にまつわるデータを持っていたり、掴んだりしたら、そこから生まれる損失は計り知れない。
つまり、今、この場でサウンドウェーブを行かせる方が長い目を通してみれば、良い選択なのか? サウンドウェーブが黙っているところを見る限り、まだ人の頭の中を覗いていやがるらしい。なら、この沈黙も、俺が結局はこいつを行かせる予測でやっていることになる。頭の中で出た結論を黙っていることは、もう出来ないようだ。
「……分かった。なら、俺も手伝ってやるよ」
行く手を阻んでいた身体をずらして譲歩を示すと、サウンドウェーブは銃口を腕に切り替えなおす。しかし、共に動くことだけは受け入れないようだ。首を横に振る。
「オ前ナンゾニコレ以上、借リヲ作ルツモリハ更々ナイ。コレハ上官命令ダ。ソコヲ退イテ、基地ニ帰還シテイロ」
きっぱりとそう言うと、サウンドウェーブは俺を押しのけるようにして歩みを進める。そして、サイバトロンの連中の姿が見えないことを確認すると、基地内部にあっけないほど軽々と入っていった。
警備がザルなのか、あいつが慣れてんのか。
何でサウンドウェーブの護衛の任務についているのか、自分の存在意義を忘れそうになる。もう知るかよ、と思っても無理はねえ。
「それに……上官命令って言われちゃあ、従うしかないじゃねえか」
サウンドウェーブを残していくのは、メガトロン様の御命令にも、デストロンの一員としても不適切なのはわかっていた。しかし、この何メガサイクルの内にどれだけあいつに振り回されたことか。
引っかかるがしょうがねえ。
自分を無理やり納得させて上昇しようとした瞬間、視覚センサー範囲の端に赤い機体が映り、俺は慌てて急停止した。
「――サイバトロンの警備員か!」
この野郎、サウンドウェーブを簡単に侵入させやがって。
敵だとはわかっているが、そのずさんさに腹が立つ。もうちょっと早くこいつが来ていたら、絶対にあいつに着いて行ったのに。
もう一度岩陰に潜んで様子を伺うと、アイアンハイドはまだ距離は遠いが真っ直ぐに基地の方へ歩いて来る。あの様子じゃ、サウンドウェーブがトランスフォームすれば一旦は誤魔化せるだろうが、入口に駐留されたら退路は絶たれる。ここでサウンドウェーブが捕まる事態と、見つかる事態は確実に避けなくてはならない。
方法はひとつしかねえ。
万が一に傍受されても、サイバトロンにリアクションを取られる前にサウンドウェーブを回収すればいいのだ。この場で応答するかは分からねえが、サウンドウェーブに個人通信を発信する。これが通じなかったら、サイバトロン基地のどこにいるかも分からねえサウンドウェーブの救出に飛び込みに行かなきゃならねえ。
「――ったく、信じられねえ!頼むから出てくれよ?」
祈るように発信した無線は、数コールで応答された。
まさか本当に出るとは!
ギョッとはするが、今はそんなこと言ってる場合じゃねえ。
「お前さんの上官命令とやらを守れなくて悪ぃんだが、アイアンハイドが基地に接近中だ。俺が回収してやるから、今すぐ入口あたりでトランスフォームしてくれ」
言葉早にまくし立てると、無線の向こうからは平坦な声が返ってきた。
『了解シタ。1サイクル後ニ実行可能ダ』
「了解」
通信を切ってから、応答したサウンドウェーブが脱出を了承するかも分からずに自分が行動していたと気づき、今更ながら肝が冷える。それにしても、こっちの慌てっぷりに対してあの冷静さ。やっぱりサウンドウェーブはヒューズが飛んじまってるに違いねえ。
アイアンハイドが近づいているが、まだこっちには気がつける距離じゃない。最高速で回収すれば、出来ないことじゃねえ。
じっと様子を伺っていると、入口付近にサウンドウェーブが姿を現した。そして打ち合わせ通りにカセットプレイヤーにトランスフォームする。
俺はその瞬間、最高速でアンカーを射出し、サウンドウェーブを掴んで飛び立った。
サイバトロン基地から離れ、デストロン基地の領空に近づいた時、サウンドウェーブが急にカセットプレイヤーからトランスフォームした。
「ヨク飛ビ込ンデ来タ」
こいつ、他人を褒めることも出来んのか。
妙に感心してしまう。メガトロン様は比較的すぐに評価を口に出すタイプだが、カセットロンの連中対して以外には、こいつにはそういうイメージがなかった。じっと黙ってこちらを見透かすように観察する姿がどうしてもつきまとう。……それゆえにこそばゆい。
「味方がやべえって時に見捨てるほど腰抜けじゃねえんだよ。それにあんたはデストロンの大事な情報参謀様でしょうが。あんたが捕虜になっちゃあ、危険が大きすぎる」
褒められれば嬉しいかと聞かれれば『嬉しい』のだが、サウンドウェーブ相手だ。つい、裏があるかと謙遜の安全地帯に逃げ込んでしまう。嬉しい以上に、違和感の方がどう考えても大きい。どうしても必要以上に構えてしまう。
そんな俺に対してサウンドウェーブは更に続けた。
「オ前ハ低脳ダガ、スタースクリームト違ッテ意外ト見所ノアル奴ダ」
突然出てきた兄弟機の名前にぎょっとする。
「おいおい、あんなんでも同じジェットロンで俺よりは頭もいいし、俺の上官だぜ?」
しかし、サウンドウェーブはそういうことを言いたかったわけではなかったらしい。首を横に振り、急に俺との距離をつめてきた。
「違ウ。コウイウ状況下デハ、サンダークラッカー、オ前ノ行動ハ予測シヤスイ。トイウコトダ」
声音は変わらないが、口調は軽い。
こいつ、まさか。
「……お前さん、敵が来ても俺が残って、助けに行くまでをあらかじめ予測してたってのか?」
「マアナ」
さも当然というようにサウンドウェーブはしれっと答えた。
実はこういうキャラなのか?
「まあ、サイバトロンに向かう行動原理はわかりやすかったぜ。あんたは素性をあんまり知られたくないみてえだしな。よくわかんねえが、上手くやったんだろ?良かったな」
サウンドウェーブとの会話を再生すれば、サウンドウェーブの口数が妙に多く、そして少しハイだ。
相変わらずエフェクトがきつくかかっているが、聞く俺のフィルターなのか、心なしか笑いながら話しているようにも聞える。どうせ、マスクの下は無表情なんだろうが。
もしかして、これがサウンドウェーブのご機嫌状態なのか?
……分かりにくいが、そういうことだろう。
「とりあえずは、安心だな」
しかし、サウンドウェーブにいたっては
「安心?」
と、不思議そうに聞き返してくる。
「ほっとしてるんじゃねえのかってことだよ」
違うのか、と続けると、サウンドウェーブは少し考えるそぶりをしてから、俺にまっすぐ振り返った。
「コレハ黙ッテイタガ、俺ノ過去ヲ特定出キルヨウナ情報ハットクノ昔ニ、全コンピューターカラ、デリート済ミダ。シカシ、確認シタカッタダケダ」
なるほど。そういえばそうか。
あのビームが暴発してマスクとバイザーが吹っ飛んでから、何メガサイクルも経っている。あれほど徹底して情報操作しようとしているこいつが、サイバトロンどもに情報をもたせ続けているはずがない。なるほど、本当にこいつにとっては『いつも』のことだったのだろう。
じゃあ、なんでこいつはここに?なんでこんなにハイなのか?
色々な疑問が次から次へとわいてくる。
「じゃあ何でわざわざあんなとこに行ったんだよ。逆に不信感を与えて調べられるんじゃねえのか?」
「サウンドウェーブ頭イイ。サイバトロンガ既ニ知ッテイルヨウナ適当ナデータヲ書キ込ミ済ミダ」
「それを確認しに行ったってだけなのか?あんた慎重なのかそうじゃないのか。なんていうか、何考えてんのかよくわかんねえ奴だな」
「ヨク言ワレル」
「そういう意味じゃねえよ……まあ良いや」
後半のみに反応したということは、他にも理由があってサイバトロンに潜入したようだ。しかし、答える気は無いようだ。
そういえば、気づけば、いつの間にか完全に敬語をやめてしまっていた。サウンドウェーブは組織内の階級にうるさいという印象があったのだが、そうでもないのか?やっぱり読めねえ。
サウンドウェーブを理解しようとするが、努力虚しく、何の成果も得られないまま基地に到着する。
とにかく、今は分からなくても、後々分かってくるかもしれない。護衛対象の腹の中が全く読めないのは不安だが、利用価値を認められたらしいからには、そう簡単に使い捨てされるようなこともないだろう。それでもさっきのような嬉しくないサプライズは、もうゴメンだ。
「でも、あんた、次からは何かして欲しい時は俺の行動を予測して動くんじゃなくって、何か一言くらい言ってくれねえと肝がもたねえよ」
さっさと歩き出したサウンドウェーブに向かって言葉を投げかける。すると、
「スマナカッタ」
と、振り返らずに、サウンドウェーブがつぶやくようにそう言った。
……何だ、素直なところもあるじゃねえか。
まあメガトロン様からのご命令だから従う他は。そう言い掛けて、俺は直前の思考とのギャップに急停止した。
俺が、このサウンドウェーブを、少しでも、好ましく思ったとは!
いや、しかし、思ってたよりおもしろいところもあると分かってきた。
「ドウシタ、サンダークラッカー?」
「なんでもねえよ」
いつの間にか、俺の名前を呼ぶようになっている。そして、尋ねてくるということは、ブレインスキャンを俺にしていないということだろう。これは、信頼してやっているぞという、こいつなりの表現方法なのか。は、分からないが、見せかけだろうと悪い気はしねえ。
「で、メガトロン様にはなんて報告するんです?」
もう落ち着いたのか、いつも通りの冷静沈着な情報参謀に戻りつつあるサウンドウェーブに尋ねる。
サウンドウェーブは上手く出て行ったのかもしれないが、俺はここを飛び出すときに通常の出入口を使っている。そしてご自分が護衛に付かせた俺とサウンドウェーブが一緒に帰ってくれば、メガトロン様も何か仰られるだろう。
「大丈夫ダ。問題ナイ。質問ハサレナイ」
何を根拠に。
「でも、もし尋ねられたら?」
そう疑問をぶつけると、一瞬の無言の後、
「手ハ打ッテアル」
と、小さなディスクが目の前で振られた。そしてサウンドウェーブはさっさと基地に入って行く。
「コレハ、奥ノ手ダ。オ前ガ憂慮スル必要ハナイ」
「はあ?」
ディスク。サイバトロン。サウンドウェーブ。潜入。
――まさか。
最初は意味が分からなかったが、やっと理解が追いつた時にサウンドウェーブの抜け目無さに唖然とする。
まさか、サイバトロンどものデータを少し抜いてきているとは。
本当にこいつ、俺が護衛する必要があるのか?
そして、サウンドウェーブの言葉通り、基地を飛び出していった後にやっこさんを連れて帰ってきた理由がメガトロン様に尋ねられることはなかった。
俺の護衛は、サウンドウェーブの言う『周辺クリア』状態まで続くことになった。とはいえ、それがどのレベルのものなのか、まったく分からない。
俺がサウンドウェーブを護衛していることを知っているのはメガトロン様と参謀達以下、スカイワープとカセットロンたち。それ以外には箝口令がしかれている。そのほうが護衛するには都合がいいし、軍団の中では事なかれでいたい俺の性格にも合っている。
最初はそこまで襲われる頻度なんて少ないとは思っていたが……
「本当に、敵が多いこって」
いや、相当熱心な『ファン』がごろごろいやがるのか?
サウンドウェーブの階級がかなり高いということは、技術力や戦術知識以上に火力だってあるってこと、こいつらちゃんと分かってるんだろうな?一応は不意打ちが多いが、あいつを破壊したり押し倒していいようにしたりするにはあまりに無謀だ。
床に伸びた機体から情報を抜くサウンドウェーブを遠目に、こいつだけは敵に回したくないと思いつつも、もう何度か見た光景に同情する気も起こらない。
最初はリペア台送り以上の仕置に驚きもしたが、サウンドウェーブにしてみりゃあ、自分を利用しようとしたり襲おうとしたりしたやつに対して報復するのは道理にかなっている行為だ。それに、襲われても無反応でやっぱり感情の集積回路が壊れてんのかと思ったサウンドウェーブが、顔には出さないものの、ひどく怒っているらしいということが、だんだんと分かってきた。それに気がついてからはこれに関しては何も言わないことにしている。
傍から見ていると、無表情・無関心・無感動の三無い主義にしか見えないが、身近にいるとそうでもないとも考えが変わってきた。感情の機微はあまり出さないが、たまに慌てたり、馬鹿にしたように笑ったり、今のように怒ったりする。そして、時にはこの間のようにご機嫌になったりもする。
……意外とこいつ、ちゃんと付き合ってみれば面白いやつなんじゃないか?
俺のぐちゃぐちゃとした考察をよそに、しゃがみ込んで襲撃してきた奴に『何か』やっているサウンドウェーブがおもむろに立ち上がった。
俺の出番らしいと分かり、その背に近づく。
「終わったか?」
「マアナ」
コードをまとめながら振り返ったサウンドウェーブは、今はなかなかにご機嫌に見える。なにか都合の良い情報でも手に入ったらしい。
「お疲れさん」
情報参謀殿の『情報収集』が終わった後は、完全に伸びている機体をせめてもの情けで警備ドローンのパトロールの気がつく場所まで引きずって行ってやる。
サウンドウェーブはいつも放っておけば良いとでも言うように見てくるが、ここまでやって、俺の中で任務は完了する。ある意味、正当防衛とメガトロン様のご命令とはいえ、俺はこいつらにとっての加害者でもある。向こうは急襲したのが俺だと気がつかずとも、顔を見合わせた時にこっちが気まずくなる。お人好しというよりは、完全なる自己満足だ。
それに、三下だろうとクズ野郎だろうと一応はデストロン軍団の構成員。俺はこのデストロンの一員という点に関してはニュートラルだ。サウンドウェーブからの突き刺さる視線も痛いが、放置しておくわけにもいかない。これで何かあったら目覚めが悪い。
そういえば、今までの挑戦者から報復がないのは、箝口令とできるだけ気づかれないようにやってるのもあったが、裏でサウンドウェーブが上手くやってるのかもしれない。こいつに関して言えば情報を抜いたあとに、何か小細工しておくくらいは考えられなくもない。
とにかく、こんな風に、俺が不届きものをスペースから放り出す一部始終を非難するようにじっと見つめて、それが終われば解散になる。
しかし、サウンドウェーブの視線が、今日だけはその後も外されない。バイザーをつけているのだから、やっこさんがこちらを見つめているかどうかなんてわからないのだが、さっきからこちらの動きに合わせて微妙に頭部が動くからには間違いない。
「なんだ?人の頭をそんなにしげしげ見て」
耐え切れずに向き直ると、すぐに横を向かれる。
こういう行動は、何をしてえんだかいつまでたってもさっぱりわからねえ。
じっと見つめ返すと、さすがのサウンドウェーブも諦めたように切り出した。
「……オ前ハ、スキャンブロックヲ掛ケルコトガ出来ルノカ?」
「はあ?何言ってるんだ?」
ついにヒューズでも飛んだか?
予想外の言葉に、質問を質問で返す。すると、サウンドウェーブは重ねて尋ねてきた。
「ブレインサーキットニ、ブロックヲ掛ケルコトガ出来ルノカト聞イテイル」
最初はジョークかと思ったが、まじまじと尋ねてくるサウンドウェーブの様子から推測するに、マジで聞いてきているらしい。
「そんなこと出来る奴いんのかよ。もしそんなことが俺に出来てたら、最初からかけてるぜ。んで、あんたの性格上、信用におけなかったら俺に聞く前に俺になんかアクション取るだろうが」
珍しくこちらに興味を持ったように見えたら急に何を言うんだ、こいつは。
護衛として一緒に行動していると、高度な情報網やブレインスキャンを持つサウンドウェーブは自分の『知らない』ものへの恐怖が大きいことが分かってきた。
何事も自分の情報統制下におきたがる。
だいたいのデストロンのやつらは、サイバトロンを倒すことだとかトップの座だとか力を得ることだか、ある特定のことに執着する奴が多い。それがサウンドウェーブの場合は情報ってわけだ。
また俺にブレインスキャンしていやがったのか。
こいつのスキャンの能力範囲だとか持続時間は知らないが、サウンドウェーブでもエラーを出すことがあるのかと考えると、そのエラー対象が俺であることが妙に感慨深い。
「ソウカ。ナラ問題無イ」
あんたはそう言いつつ問題に思ってるんだろうがよ。
ただ、そのサウンドウェーブが答えの分かりきった質問を俺に投げかけるまでさせたエラーというものが気にならんでもない。実はエラーなんぞはなくて、別の理由があって俺を観察していただけかもれしれない。
「まあ、あんたがいつどこで俺にブレインスキャンしようが関係はないけどよ。それでもまじまじと観察されるのは慣れてねえんだよ。さっきは俺の顔に見惚れちまったのかと思っちまったぜ」
冗談交じりに牽制するも、サウンドウェーブは冗談を冗談と理解できなかったらしい。
「オ前ハ何ヲ言ッテルンダ?」
不愉快そうな空気をにじませる。
やっぱりこいつ、よくわかんねえやつだ。
「……なんでもねえよ」
それ以上は詮索していく気分にならなった。
俺も護衛という任務があるからこそ、近くにいてこうやって必然的に関心を寄せてしまう。サウンドウェーブにしてもそうなのだろう。
思えばこの手の奴とは今までつるんだこともない。どうせ事務的な態度しか取れないだろうと思っていた時は護衛もつまらなかったが、他の奴らと全く異なっていながら同じようなところもある考えの読めない機体を観察しているのも悪くねえ。
とりあえず俺が今のところ学んだのは、サウンドウェーブには冗談は通じないってことくらいなのだが。
関心を持ち始めたとは言っても、俺がサウンドウェーブに対して何か特別にアクションをとることはない。そこまで何か特別じっくりと話さなくてはいけないという内容もないから当たり前だ。護衛中はタメ口が許されているようだが、階級が向こうの方が上なことにはたわいない世話ばなしでさえしにくい。
それでも独り言のように声をかけるうち、さっきのように少しは口を聞いてくれるようになった。
呼び出すときは突然な割に、いつも去り際はあっさりとしている。
「30サイクル後二、次ノ作業デマタ合流スル」
言うが早いか、サウンドウェーブはさっさと歩き去る。その後ろ姿に何か声をかけようかとも思ったが特に話題も無く、俺は見送るしかない。
「次の作業ねえ……」
ということは、次の作業はまたカセットロンたちとの合同作業ってことか。
つるんだことがない、と言えばカセットロンの連中ともそうだった。よく古参として同じ作業に割り当てられることは多かったが、じっくりと話したことは無かった。
セイバートロン星でも、純粋な飛行タイプの機体とつるんでいる方が多かったしな。俺が奴らに何か話しかけることなんてサウンドウェーブと同じく連絡やら事務的なことばかりだった。
強いて言えば、カセットロンと作業すると、確実にスカイワープとランブルかフレンジーが言い争いになる。あいつらは、くっついちゃあ離れちゃあ喧嘩する。話すとすれば、その仲裁くらいのもんだ。
箝口令がしかれているくらいなのだから、サウンドウェーブの側にずっとつきっきりでいるわけにもいかない。その点、カセットロンと俺らジェットロンとの作業が増えた。おそらくはメガトロン様とサウンドウェーブが指示しているんだろう。連中との作業なら、だいたいは近くにやっこさんが居ても不思議じゃないし、もしサウンドウェーブに緊急で呼び出されて俺が抜けても何の問題もない。何食わぬ顔でまた加われる。……そんな事態になったことはまだ無いが。
この間の新兵器がサウンドウェーブの顔面を割って失敗に終わってからというもの、まだサウンドウェーブたち上官は新しい何かを開発する気にはならないらしい。そのせいか最近の与えられる作業は単純かつ単調なもので、無駄口を叩く暇さえあった。
一緒にいて暇を持て余していりゃあ、世話話くらいはする。俺には別にスカイワープのように自分から突っかかっていくような趣味もないし、サウンドウェーブに比べれば、カセットロンたちには得体の知れねえところもない。階級も同じくらいで上下関係を気にする必用もない。フレンジーたちは突っかかったような喋り方をするが、口数は多いことには会話に苦労しない。それに今は『サウンドウェーブ』という共通の話題すらある。
だから、なにか一緒にすることがあれば話すようになるのには時間がかからなかった。
「よう、またお前らと一緒だな」
「サンダークラッカー」
作業していたランブルになにげなく話しかける。
護衛を始めたばかりの頃は、サウンドウェーブの予定を確認するのにもいちいち警戒されていたが、今じゃ無駄口を叩く程度には馴染んでいる。純粋な飛行タイプじゃない奴とこんな関係になるとは少し前までは考えもしなかった。その考えが少し後ろめたくて、余計に自分から話しかけちまうせいか。
ふと見ると、わざわざ時間差で遅れて作業に入ってきたサウンドウェーブはいまだご機嫌のようだ。
「今日はあいつ、やけに機嫌がいいんだな」
ついそう漏らすと、ランブルが驚いたようにこちらに振り向いた。
「サンダークラッカーにも分かるのか?最近、サウンドウェーブはすげえご機嫌だぜ」
「へえ」
ストレスはあるけど発散対象は同時に手に入るからか、とは口が滑っても言えない。多分、俺が護衛として側でどんな奴をはっ倒してるかなんてあのサウンドウェーブが同胞に漏らすはずがない。
カセットロン部隊のやつらは、自らの直属の上官であるサウンドウェーブをやたら立てようとする。この言葉が部下としてふさわしいかは分からないが、やや『過保護』気味だと言ってもいい。フレンジーやランブルたちがサウンドウェーブの今の状態を知ったら、四六時中周りを取り囲むんじゃないかとさえ思われる。コンドルやジャガーでさえもあいつの側を離れなくなるだろうことは想像に難くない。いや、ジャガーあたりはこの状況を把握してるかもしれねえが、今まで通りに行動をしているところを見る限り、たとえ知っていてもサウンドウェーブがそれを許していねえのか。こいつらも気づいてても、気づかないフリをしてんのか。
最近、カセットロンがイジェクトされっぱなしで任務以外ではメガトロン様の周りに固まってるところを考えると、やっこさんもやっぱり同胞を巻き込みたくねえんだろう。
俺がサウンドウェーブだったら、スタースクリームやスカイワープにそんな措置をとるだろうか? いや、絶対しねえ。あいつらはあいつらでなんとか出来る。スタースクリームだって普段はあんなんだが飛行能力だって高いし、ナルビームの火力は侮れない。スカイワープも同じだ。
結局、サウンドウェーブもサウンドウェーブでこいつらに対して『過保護』ってことだな。
あいつの過去だとかこいつらと何があってこうなってるのかには微塵もと言ったら嘘にはなるが、俺は興味が無い。が、こういう関係性ってのは嫌いじゃない。
最凶の武器は恐怖だっていうのが俺のイデオロギーだ。それに、戦いに理想や勝ち得たいなにやらを持っていない普通の俺がメガトロン様に付き従うのは、兵士としての惰性と恐怖による支配に他ならない。が、恐怖による服従は組織が大規模になるほど意外と効率が悪い。恐怖を生む強い力ってのは周りを押さえつけても、隙を見せたら裏切られる。飛び抜けて強い力の監視が行き届かなくなれば、大抵はみんな手前勝手に好きなことを始める。主義主張があるやつなら押さえ込むのには大変だし、逆にそういうものがない命令をなんとなく考えないでこなしているようなやつこそ直接命令できないところにいれば信用に置きにくい。野心がある奴にとっては恐怖の対象は邪魔なたんこぶで、いつもどうにか恐怖から逃れようとする。
過去に何があったにせよ、そういうのが無い繋がりってのは悪くない。
「サウンドウェーブがあんなに機嫌がいいことなんて珍しいんだからな?俺らだって嬉しいぜ!」
ランブルが嬉しそうに笑いながらそう言った。
「ありゃあそんなに珍しいのかよ……」
珍しい、と言われたらなんとなく気づけたことに悪い気はしない。護衛をしてなかったら絶対に気がつきもしなかっただろう。まず、やっこさんも三無主義の感情回路半壊野郎のままだったな。
サウンドウェーブのことを、付き合ってみれば意外と面白いやつなんじゃないかと思いもしなかった。横で作業するカセットロンたちともこんなふうに話すこともなかった。だから。
「悪くねえ」
サウンドウェーブを見ながら、なんとなく、そう思った。
作業とやらは今日もすぐに終わった。
カセットロンとの作業は名目だけで、護衛任務のカモフラージュとしての本当なら俺が呼ばれるまでもねえ軽作業だ。よく考えりゃあ、サウンドウェーブがまだ『周辺クリア』ではない今、メガトロン様も大きな作戦企画を立てられるわけじゃないから当たり前か。
早く周りが一応でも落ち着けば、いつものように大勢を動員するような作業が始められるんだろうが。
そしてそんな大勢で何か作業をするとなれば、やっこさんはずっと働き詰めで一人になるタイミングなんぞなくなる。周りにいつも他の機体がいれば、どうこうしようって輩もいなくなって晴れて俺はお役御免ってわけだ。
それなら初めから大々的に作戦を始めちゃどうだとも考えたんだが、サウンドウェーブとしてはこうやって泳がせて不穏分子と『ファン』を潰しときたいんだろう。サウンドウェーブが俺と返り討ちにしてリペア台送りにした機体は数知れねえ。サウンドウェーブを襲えばこうなるって脅威を周りに示すってことも狙いかもしれねえな。
やっこさんがああもご機嫌なことを思うと、他にもなんか意味があるんだろうが。戦術的なものなら俺にはわからねえし、興味もねえ。頭のいいやつの考えることに首を突っ込んでも俺なんかが理解できるかも分からねえしな。
まあ、この護衛の任務が面倒くさくない、不本意ではないとは言い切れないが、任務の範疇であるからには何があっても組織の中で保護される。俺になにか特別にしわ寄せが来るわけでもない。
不満をしいて言うなら、同じジェットロンの奴らにからかわれることが増えただけだった。
「最近、お前、カセットのやつらとつるみすぎじゃねえか?」
いつもたまり場になっているスペースに入ると、つっかかるようにスカイワープが俺に言葉を投げかけてきた。
またかよ、と口に出すのも面倒くさい。
「馬鹿、スカイワープ。ありゃあ箝口令のカモフラージュだろ」
スタースクリームが間に割って入ってくる。こいつらのタチが悪いところは、全部分かっている上で俺に突っかかってくるところだ。
「俺が気に入らねえのはジェットロンのお前が出るまでもねえ作業にカセットロンどもとやってることだ。カモフラージュにしたってお前一人だけ混ざってりゃあ、あの情報参謀やカセットロンの使いっぱしりみてえだろうがよ」
俺がシカトこいていれば、スタースクリームとスカイワープは勝手に話をし始める。
「こいつ、あの陰険参謀に弱みでも握られてんじゃねえだろうな?」
「それにしたって、俺らジェットロンがあんなやつにへこへこする必要はねえんだよ。一回、つけあがる前に押さえつけりゃあいい話じゃねえか。俺ならそうするぜ」
沈黙は肯定と取ったらしい。矢継ぎ早にスタースクリームとスカイワープに咎められる。不満やら感想なら紙に書いてメガトロン様かサウンドウェーブにでも提出して欲しい。こいつら、誰の命令で俺が護衛やってるか分ってんのか?
サウンドウェーブやらカセットロンの連中をちょっと見知ったからには言えねえ言葉ばかり簡単に言ってくれるが、元はと言えばお前らが俺を見捨てて逃げたからだろうが。
スタースクリームはサウンドウェーブに、スカイワープはフレンジーやランブル達に普段から反発し合っているから思うところがあるのは仕方ない。
俺にも飛べない奴以外は馬鹿にしてた節があったから、人のことは言えねえがな。
「お前、あの陰険参謀に懐柔されちまったんじゃねえだろうな?」
スカイワープが不審そうに尋ねてくる。この質問も何度目だ。
つるんでみりゃあ、なかなか面白え連中だって分かっただけだ。いつ終わるのかも分からねえ任務のあいだ中ずっとお互いに得体がしれねえと警戒しているのもスパークに悪い。だから、最初はお互いに均衡点をとっているというか妥協しているだけだったが……ちょっと馴染んじまっただけだ。懐柔なんかじゃねえ。
「そういや、そうだ。お前はあのとき、奴の顔を拝んじまった一人だったな。他の奴らみてえに、惚れちまったか?」
黙って聞いていたら、好き勝手な想像と共にスタースクリームが神妙な顔をして詰め寄ってきた。
演算上に無かった質問に流石の俺も驚く。
「まさか! ありえねえよ」
自分の中に無かったサウンドウェーブと俺という組み合わせが回路上に浮上し、すぐに打ち消す。
そんなこと考えも――こちとら任務だぜ?
「男型だからとか気にするたぐいだったっけか?」
スカイワープがあけすけに聞いてきた。が、問題はそこじゃない。
「そういうわけじゃねえけどよ!」
馬鹿言え。俺はメガトロン様のご命令に従って、やっこさんを護衛してるだけだ。あいつに色気出してみろ、俺も情報抜き取られてついでに何されたもんか分からねえ。こいつら相手があの『サウンドウェーブ』ってことを完全に忘れてやがる。
「馬鹿言え! ちょっとでもサウンドウェーブの前でそんな素振りみろ。俺は今頃、おまえらの前に居られねえよ!」
「何でぇ、そりゃあ?」
つい必死な声を出してしまったらしい。スカイワープが興味を引かれたらしく、続きを促した。
――しまった。
任務が終わるまでは守秘義務としてあいつの行動についての言及は控えようと思っていたが、言い出してしまった俺の負けだ。
「……あいつにはブレインスキャンがあるだろうが。お前らは間近でサウンドウェーブの仕返しを見てないからそんな想像ができるんだよ。自分を襲った奴が無防備に機能停止してるんだぜ?サウンドウェーブがやることっつったら……分かるだろ?」
二機のこちらに迫る動き完全にがぴたりと止まる。やっと想像が行き着いたか。お前らが俺と絡ませて遊んでんのは、あの『サウンドウェーブ』だぜ?
目の前で、ふたりが顔を見合わせた。よく考えりゃあ分かるだろ。それに、あいつのやり方ならお前らの方が俺よりはるかに詳しい実体験者だろうが。
「とにかく、ありえねえってことは分かったろ?仕方ねえだろう。あいつらと一緒の作業の命令が出されんだから。それに、今んところはサウンドウェーブに脅迫されたこともされそうなこともやってねえよ」
そう言い切ると、スタースクリームもスカイワープもやっと納得したように見えた。
それでも、『惚れちまったか?』。この質問には流石にヒューズがぶっ飛ぶかと思った。
俺がサウンドウェーブにほれるなんてことは。万が一にでもねえ。もし仮に惚れてたとしたら、やっこさんにブレインスキャンでとっくにバレてどこかドローンの目につかないところでスクラップにされてたはずだ。今日だって、俺にブレインスキャンをブロックできるかなんて聞いてきやがった相手だぞ。いつ頭ん中覗かれてんのかも分かんねえ。俺が傍から見て好き勝手観察してるのもバレてるんだろうな。
ちくしょう、サウンドウェーブと俺という構図なんか今の今まで微塵も考えて無かったのに。次にあいつに会った時に、ふっとでも今の質問を思い出してみろ。どうなるか分かったもんじゃねえ。意識するなと念じると、余計に意識しちまう。これからあいつからの個人通信にビビる日々が始まるのか。冗談じゃねえぜ。
俺は思わず、ため息をついた。
サウンドウェーブが俺を呼び出すときは、いつも突然だ。
噂をすればなんとやら。スタースクリームたちと別れた途端、サウンドウェーブからの通信が入る。
相手もやっこさんの隙をわざとついて襲うわけだから、もとより時間なんかお構いなしなんだろうが。こちらの都合も考えて欲しい。
サウンドウェーブのバイザーとマスクがブッ壊れてからというもの、何度となくそんな風に呼び出され、暴漢をはっ倒してきた。とはいえ、最近はサウンドウェーブのリペア台送りと仕置の噂が牽制となって、数は短期間ながら一時より少なくなった。
どんだけ快く思ってない奴がいるんだよ、あいつ。
まあ、サウンドウェーブがどこで襲われても、俺の飛行スピードならすぐに助けに行ける。メガトロン様が最初にスタースクリームを指名したのもこれが理由かもしれねえ。奴やスカイワープが上手く逃げおおせた後にも、ジェットロンの俺を護衛につけた。メガトロン様の適材適所の命令だったのか。
しかし、スタースクリームやスカイワープと言えば、さっきは俺を引っ捕まえて『サウンドウェーブに惚れちまったか?』なんて聞いてきやがった。事実無根だとしても、俺はやっこさんにどんな顔して会えばいいんだ。
だが、事は急を要する。
俺はためらいながらも、覚悟を決めてサウンドウェーブからの通信を受け入れた。
「こちらサンダークラッカー。スクランブルか?」
『――地下区画デ応戦中。応援頼ム』
ブラスターガンの音を背景に、抑揚のないエフェクトの強い声がスピーカーから聞こえる。
こんな時でもサウンドウェーブはサウンドウェーブだ。いつもと変わらないトーンになんとなく安心する。前は落ち着かないだけだったこの無機質な声だったが、今は逆に落ち着くのだから不思議なものだ。
「了、解。あと2サイクルだけ、持ちこたえといてくれ」
それでもトランフォームしながら、声がうわずってしまった。
妙に意識してるのは、当たり前だが、俺だけだ。あいつらにまんまと流されそうになっている。落ち着け。別に惚れちまったなんて事実はねえんだ。
雑念を振り落とすように、制御限界までスピードを出す。
こういう時は、余計なことを考える前にさっさと終わらせちまうに限る。
区画内でセンサーがサウンドウェーブに銃を向けている機体を捉えた瞬間、そいつのこちらに向けられている背中に遠距離からロケットを噴射する。不意をつかれて振り向きかけたそいつに、サウンドウェーブの放ったブラスターガンが着弾して壁に吹っ飛んだ。
――やったか。
そのまま旋回してサウンドウェーブの側にトランスフォームして降り立つと、サウンドウェーブに頭を押さえつけられた。
「いきなり何だ!?」
「強襲者ハ二機イル!」
鋭くサウンドウェーブが吼えた。その瞬間、後ろから銃弾が飛んでくる。サウンドウェーブに押さえつけられて大体は避けられたものの、そのうちの何発かがウィングに亀裂を作った。
「狙撃タイプがいやがったのか!」
単機での攻撃ではサウンドウェーブをどうこうするのは無理だと学習したんだろうが……ちくしょう!
「俺の羽をよくも!」
弾が飛んできた方にでたらめに打ち返しながら、怒りが込み上げてくる。
俺らみたいに速く飛ぶことも出来ねえくせにいい度胸だ。なら、俺だってやってやる。
俺が立ち上がると、気でも狂ったのかとサウンドウェーブが振り返った。
「サウンドウェーブ、ちょっと聴覚センサーシャットダウンしてろ!」
返事も待たずに、広範囲に向かってソニックブームを放つ。聴覚機能を奪い、恐怖を拡大する俺の武器。音響兵器としてだって使える。照射される馬鹿でかい音響に聴覚と平衡器官をやられたらしい奴がよろめくのが見えた。
「アレカ」
そこにサウンドウェーブが銃弾を浴びせた。
運動回路の近くに着弾して動かなくなるのが見えたが、腹の虫が収まらねえ。死なない程度に、近くにもう一発ロケットを発射してやる。一時的な機能停止はともかく、再起不能にするべきじゃねえのは分かってるが我慢ならない。
照準を合わせようとすると、サウンドウェーブにその腕を掴まれた。
「ソレクライニシテオケ。先程ノ音響攻撃デ他ノ機体ガ来ル可能性ガ高イ。隣ノ区画二移動シタ方ガイイ」
そういえば、音響攻撃ならサウンドウェーブでも出来ただろう。しかし、人目を避けるために、その手段は取らなかったのだ。俺は事態を大事にしてしまったらしいと気がついた。
相変わらず平坦な声に、かっかとしていた頭が冷える。と、同時に腕を掴まれている事実からさっきの質問が頭を過ぎり、ひどく動揺する。慌てて手を振り払い、床に伸びた二機を回収して別区画へ移動した。
正直こいつらなんか放っておきたいが、やはりそうもいかない。……負傷のショックでスリープモードに入っている暴漢たちに何かした後、いつも俺が外にほっぽり出す時にサウンドウェーブがこちらをじっと見る理由がなんとなく今なら理解できる。確かに腹が立つ。
しかし今回も苛立つものの、一応ドローンの通り道に投げ捨ててやった。
「オ前デモ、アア怒ルコトガアルンダナ」
戻ってくると、コードをまとめながらサウンドウェーブがそう呟くように言った。馬鹿にした言い方というより、やや驚いた言い方に聞こえる。
そりゃ、腸が煮えくりかえらないわけがない。羽。飛ぶこと。その自由が奪われるんだぜ?手前のやりてえことを邪魔されて、黙っているほど俺だってお人好しじゃねえ。俺のことを日和見だ事勿れだなんだって言うやつがいるが、それは、それはただ俺に無関係だったから俺が見逃しただけだ。こだわりがなかっただけだ。飛ぶことは――存在意義だ。俺にとってそれは唯一俺が――しかし、上手くそれを言葉で表現できる気がしねえ。
「……俺には飛ぶくらいしか能がねえからな」
ややあって、まとまらない頭で質問に答える。それと同時に、自分で何を言ったかにも驚いた。
『飛ぶことしか能がねえ』俺は自分で自分のことをそう思っているのか?口に出して初めて、自分のコンプレックスを自覚する。自虐でも何でもねえ。素直に自信の無さを出してしまったのだ。そして声に出してしまうと、なんだ小せえ。大したことでもなく思えた。
それにしても、自分のスパークの根深いところを何故この胡散臭い情報参謀相手に見せてしまったのか不思議だ。
まあ、こいつの前でなにか隠し事したところで、どうせ無意味なのが分かっているからだろうか。サウンドウェーブにはブレインスキャンがある。元々こういう俺の卑屈な考えなど、とっくにスキャンで見抜かれているんだろう。
それまで感じていた怒りがさっと波を引き、冷静を通り越した脱力感の中でそんな考えが浮かぶ。
「ナラ、ドウシテ俺ヲ憎ク思ワナイ」
サウンドウェーブが静かに尋ねてきた。
確かに、その翼をサウンドウェーブが理由で傷ついても、普通に会話ができる自分というのが自分でも違和感があった。翼は治せるものではあるし、相手を必要以上に攻撃はしているが。別にサウンドウェーブに苛ついていたわけではない。
さっきの質問が思考回路をチラつくが、自分の中での着地点は決まっていた。
「まあ、メガトロン様のご命令っていうのもあるけどよ。お前さんは俺の――仲間ってこ
とだよ。信じられないならブレインスキャンしてみりゃあいい」
サウンドウェーブとの関係を明言化するのはこれが初めてだったが、たぶんこの言葉に間違いは無いだろう。所属する組織の情報の要でも、ただの護衛・観察対象じゃねえ。
しかし、少し間をおいて返ってきた言葉は、予想の斜め上だった。
「オ前ノブレインサーキットノ電磁波ハ解析シ難イ時ガアル」
前に聞いてきたスキャンブロックがどうのこうののエラーってやつか。
その割に、ご機嫌だ。
「ウルサイ、黙レ」
……スキャン出来てんじゃねえか。嬉しいならもっと可愛げのある言葉で返せば人間関係がもっとラクになるだろうに。いや、素直なサウンドウェーブってのも気味が悪いか。
そこまで考えて、気がつく。前に、こんなんでも照れたり出来んのかとこいつに対して疑問を持ったことがあった。
これがその答えか?
サウンドウェーブでも照れたり出来る。ただ、それがかなり分かりにくいということも同時に分かってしまった。
「翼ヲ見セテミロ」
事後処理が終わると、サウンドウェーブがコテを手にこちらを振り向いた。
まさかリペアしてくれるとは。驚きまごついていると、サウンドウェーブはさっさと後ろに周り、リペアを開始する。箝口令がしかれているのだから、俺が訳も話せないリペア台に行くわけにもいかないということだろうか。
そういや、サウンドウェーブが何か負傷していることはあっても俺が何か傷を負うようなことは今まで無かった。俺もこいつのリペアを手伝うべきだったのか?いや、サウンドウェーブが自己リペアした方が俺が手伝うよりはるかに効率がいい。
手際よく修復される自分の主翼を見ながら、ぼんやりと考える。
「それにしても、最近、あんた、性格というか雰囲気が少し柔らかくなったな」
「ソウカ?」
意識的なのかは知らねえが、だんだんとマスクで声にかけているエフェクトが薄くなってる気がする。それとも俺がサウンドウェーブの感情が垣間見えるようになったからか。
俺に対する口数もやや増えた。いや、思い返せば最初から結構いろいろと漏らしていた気もしなくもない。
単に俺に仲間意識のフィルターがかかっただけか?
「なんつーか、隙が出来た気がするんだよなあ。つけこまれんぞ。まあ、信頼できるやつ相手ならいいけどよ」
「ソウカ」
こういう時は素直に返事をするのだからタチが悪い。……そんなんだから、つけ入れられんだよ。冷静沈着の無表情なやつって周りのやつらは思ってたわけだが、実際のあんたは無表情なりに感じるものはある。不測の事態には慌てるし、側で見ていてかなり鈍くさいところも多々ある。
今まではカセットロンやメガトロン様以外は、俺も含めて気がつきもしなかったこと、知りもしなかっただろうことがあの作戦が失敗した時にかなり広まってしまった。それがなんとなく口惜しく感じる。
いや、残念と思うのは筋違いかもしれねえ。というか、なんでそんなことを俺は気にしてるんだ。これ以上、『ファン』を増やして護衛の負担を大きくするようなことをして欲しくないってことか?そうなると、俺はこいつのそういう部分に対して好意を抱いているということになる。いやまさか。
『あいつの顔は、情報参謀としているのには目立ちすぎるからな』
『お前はあのとき、奴の顔を拝んじまった一人だったな。他の奴らみてえに、惚れちまったか?』
記憶回路の言葉が妙な想像と共にフラッシュバックする。いや、俺がサウンドウェーブに対してそういう意味での好意を持つことなど――
「サンダークラッカー」
考えている途中で後ろから突然声をかけられ、ヒューズがぶっ飛びそうになる。
「オ前ノリペアハ完了シタ」
「お、おう。ありがとよ」
ウィングを試しに動かしてみる。流石はインテリ技術系。何の問題もない。
その間、こっちの様子をサウンドウェーブがじっと覗っている。見つめられると妙な心地がする。見つめ返すと、おもむろにサウンドウェーブの顔を覆うマスクが開いた。
どきっというか、びくっというか。
見えるのは下半分だけではあるが、口元の固い無表情で無機質な顔。久しぶりに見た顔だった。
「サンダークラッカー、お前は、俺の顔は好きか?」
さっきまでの思考をスキャンされていたか?それとも、みつめすぎたか?不信感を与えちまったか?
動揺を隠して自然に聞こえるように絞り出した声は、自分でもおかしかった。
「ん?ああ、……そうだな」
笑ったつもりだが、口角部が突っ張っているのが自分でも分かる。しかし、答えは間違ってはいない。嫌いだと言えば嘘になる。それでも一歩間違えればスクラップだ。
――だからといって――
「それは、俺が好き、ということか?」
頭の中の言葉をつなげられるように尋ねられる。
さっき後ろから見ていたサウンドウェーブが暴漢どもをいじっているときの映像が脳裏に浮かぶ。サイバトロン基地や地雷原を歩いていてる気分だ。
しかし、もうここまで考えさせられると、いろいろと自信がなくなってきた。スタースクリームやスカイワープにちょっかいをかけられるまで、意識さえしなかったんだぞ?
「……わからない」
正直に答えると、サウンドウェーブはまたマスクを閉じた。微かにその口元が笑っていたような気もする。
「ド低脳メ」
「分かってるよ。ひでぇな」
今度は俺も上手く笑えた。この一連のサウンドウェーブの行動の本意は分からないが、何かの踏み絵だったような気がしてならない。何かの予感がブレインの演算上によぎる。俺は次のサウンドウェーブの言葉を待った。
「サンダークラッカー」
――来た。
「なんだ?」
覚悟を決めると、やはり次にサウンドウェーブが話すことは予想通りだった。
「今回ノ襲撃デ、護衛ノ任務ニツイテイルトイウコトハ分カラナイニセヨ、オ前ノ存在ガ割レタ。ソシテ、単機デモ複数機デモ俺ニ敵ワナイトイウ事ノデモニモナッタ」
「……なるほど。これがお前さんのいう『周辺クリア』の状態ってわけか」
サウンドウェーブがうなずく。
もともと条件が開示されていなかっただけあって、なんとなく言いたいことがわかってしまう。
「メガトロン様ガ間モナク、新シイ作戦ヲ開始サレル」
「つまり時期的にも、もう俺の護衛は必要ない、ってことだな?」
サウンドウェーブがまたうなずいた。
「長ラク世話ニナッタ」
そう言うと、サウンドウェーブはいつものようにあっさりと踵を返してスペースを出て行く。サウンドウェーブからの尋問にも似たさっきの質問が引っかかり、かける言葉が俺にはない。
あっけなく待ち望んでいたお役御免の瞬間も、迎えてみればただただ脱力するだけだった。
メガトロン様のご命令とはいえ、面倒くさくはあるが、悪くねえ任務だった。としか思うことしか出来ない。そう思えたのは、結果的に俺に特に大きなとばっちりが来なかっただけでもないというのが自分で分かっていた。
でも、俺にどうしろってんだ!
さっきの会話といい、兄弟機にからかわれたことといい、自分の気持ちといい。
混沌とした思考の中に落とされ、俺は呆然とするしかなかった。
サウンドウェーブからの突然の解任のすぐ後からメガトロン様の指揮の下、新しい作戦が始まった。俺らジェットロンも偵察やら資材回収に忙しくなった。
あの理由は本当だったわけだな。疑っていたわけではないが、タイミングが良すぎた。俺と距離を置くためかと勘ぐりもする。実際あの会話を最後にあいつとは話することさえなくなった。同じジェットロンであるスタースクリームは別として、参謀レベルとずっと一緒に居るあの状態が異常だったのだ。
作戦レベルで大勢で何か作業をするとなれば、やっこさんはずっと働き詰めで一人になるタイミングなんぞなくなる。周りにいつも他の機体がいれば、どうこうしようって輩もいなくなる。
分かっちゃいたことなんだがよ。俺だってどうこうしようなんてつもりも更々ねえが。
カセットロンを従えてメガトロン様の側に控えているサウンドウェーブを見て、もやもやと思う。
故郷のセイバートロン星のように、以前はすぐ側にあったが離れてしまったものとは、デストロンの俺にさえなんとも表現しにくい感情を抱かせるものらしい。
側に居た期間は短かったものの、俺はなかなかにサウンドウェーブに慣れ親しんでいたらしい。慣れ親しんで、などと、サイバトロンどものようだと自分でも決まりが悪い。しかし基地内であの愛嬌のない群青の機体を見るたび、じっと見つめてしまうようになった。
だからと言って、別段何か話したいことがあるわけでもない。でも気になって見ちまうもんは見ちまう。護衛の任務の癖が抜けていないだけかもしれねえが。ただ、俺が見ていようが近くで作業しようがやっこさんは我関せずでいるのは気に入らねえ。――任務が終われば避けられる。そんな程度の仲だったってことだけどよ。
それに、またあいつを狙っている奴が居ないとも限らない。あのサウンドウェーブ本人が要らないと言って俺を解任しても『万が一』が無いとは限らない。あいつは人の頭の中の考えは覗けるが、他人の心中の気持ちのなんたるかを全く理解してないだろうから。それに、どんなに精密なコンピューターだろうが、間違いは起きるときは起こる。
だからか、あいつとの個人通信の優先度を俺はまだ下げられずにいる。心配性でもなんでも、メガトロン様直々の命令だったわけだし、俺には責任がある。それに、責任感以上に使命感のようなものがある。
群青の機体がスペースから出て行くのをオプティックセンサーの片隅が拾い上げ、全感覚回路があいつの背中に向かって緊張するのがわかった。
「……あいつ、機嫌が悪そうだな」
完全に扉の向こうに消えたのを見て思わずぽつりとこぼす。自分では誰にも聞こえないように呟いたつもりだったが、近くにいたスカイワープの聴覚センサーはちゃんと拾い上げたらしい。誰のことを話しているのか挙げたわけではないが、俺の視線を追って合点がいったようで。すかさずむっとしたような、あきれたような声を上げる。
「何言ってんだ?……全くいつもと変わんねえじゃねえか」
スカイワープはサウンドウェーブの消えた扉に向かって露骨にいやな顔をした。
「そうか?」
「おめぇ、ちょっとばかし気にしすぎなんだよ」
それでも、サウンドウェーブの機嫌がかなり悪いように俺には思える。カセットロンと前ほどあまりつるむ機会がなくなった今となっては、そう感じたところで答え合わせのしようがないのだが。
完全に前と同じってわけじゃないんだけどよ。
カセットロンたちとは顔を合わせたら話くらいはする。あいつと違って、俺に対して無関心で通してるわけでもない。
「護衛の任務とかいうのは終わったんだろ?面倒事が終わってよかったじゃねえか」
「それはそうなんだけどよ」
スカイワープの明るさに対して自分が発した音声の歯切れの悪さに、自分自身でも驚く。
「それに、最近ずっと機嫌が悪いのはお前の方でい」
「そうか?」
機嫌が悪い?何か特に俺が怒るようなことは無かったが。
「そんなに翼に傷ついたのが気に入らねえなら、そいつがリペアから帰ってきたら締め上げりゃあいいじゃねえか」
「べつにそんなことは考えちゃいねえよ」
これは本当だ。翼のことはもういい。
そこまで考えて、自分の直前までの思考に驚く。そうだ、ウィングを傷つけられた時には怒ったっけな。何でそれを忘れてたんだ。俺たちジェットロンの誇るべきパーツなのに。
「……俺、そんなに機嫌が悪そうだったか?」
「おうよ。機嫌が悪そう、なんてもんじゃねえや。始終景気の悪い顔しやがって。本当に自覚なしだったのか?たまげたな」
「そんなムカつくようなことは別に――」
だったら何でスカイワープは俺が四六時中イライラしてるなんて言うんだよ。
言葉を発してすぐに自分で自分の矛盾点をついてしまう。
「まあ、お前が分かりやすくイラつくなんて珍しいから別に構いやしねえよ。なんたってあの根暗野郎にさえ情を持っちまうようなお人好しだからな」
何か言い返す前に、いつもの片側の口角だけを上げるにやり笑いをすると、スカイワープはくるりと俺に背を向けた。
「じゃ、俺は先に行ってるぜ」
「お疲れ、さん」
言いたいことだけを言い捨ててさっさと歩き去るスカイワープの背中を見ながら、俺が発信できた音声は小さくたどたどしいものだった。
――そんなことねえよ。
声を大にして言いたかったことは、ブレインに留まったままだ。
ただ惰性で気になっているだけだ。忙しく過ごしていればすぐに忘れるだろ。
……とはサウンドウェーブをこっそりと目で追っているだけの俺にとって、良かったとは言い切れない。日和見で執着が少ないタイプだと自分では思っていたが、サウンドウェーブに関しては何故か思い返すことばかりだ。あの時、『分からない』以外の言葉を答えていたら、何か変わっていたのだろうか?
こんなにサウンドウェーブについて考えたことなど今までなかった、と護衛の任についた時は思ったのだが。今はそれ以上だ。
メガトロン様の作戦の資材集めの段階が終わり、装置を実際に作っていく段階に入ると今までと同じように古参だけの合同作業になることが増えた。つまり、サウンドウェーブとかち合う機会が増えたということになるのだが、護衛以前と同じような態度での『古参だけの合同作業』でしかない。
古参、と簡単に言っても、俺たちジェットロンとあいつのカセットロン部隊は別につるんでいたわけじゃないし、もともと古株だからこの組み合わせになっているわけでもないと最近では思うようになった。
デストロンの軍事行動はメガトロン様の指揮の下、ほとんど部隊ごとに別起動だ。その中で、この二部隊のリーダーがどちらも参謀クラスで、技術が高いサウンドウェーブと元々は科学者というシンクタンク出身のスタースクリームによって束ねられている。メガトロン様のすぐ下で、作業を委ねやすいからっていうのもあるのかもしれない。
加えて、忠誠心の厚いサウンドウェーブと野心的なスタースクリームを一緒にしておくことで、メガトロン様の監視外のフォローにもなる。最近は新しい部隊も増えたし、メガトロン様もそいつらをまとめるので手一杯なのだろう。あの小うるさい虫どもが必要な作業の時には、流石にこちらに目をかけてはいるが。
そういう意味でも、ちょうど良い位置にいた俺が護衛に選ばれたんだろう。やっこさんと一緒に居てもおかしくなく、他の奴らよりは気心が知れてる。
まあ、俺の勝手な想像でしかないけどよ。
もしあの時、スタースクリームやスカイワープが逃げていなかったら、あいつらならどうなっていたのだろうか。と俺はたまに考えてみる。
今頃、いつものように『あの陰険参謀と離れられてせいせいしたぜ』と軽口を叩いただろうか。意外と、スタースクリームなんかはああは言ってもスカイワープほどカセットロンたちにつっかからない。俺以上にあいつらともうまくやっていたかもな。
カセットロンとは護衛の時に話すようになってからは以前よりつるむようになったが、フレンジーもランブルも作業のときはサウンドウェーブに倣うし、俺もスタースクリームやスカイワープたちの方に倣う。それに、一時休止になっていたあの時のように世話話をするほど暇じゃねえ。
相変わらずスカイワープとフレンジーたちはくっついちゃあ離れちゃあ喧嘩ばかりしているが、俺のサウンドウェーブとの関係も相変わらずだった。
見るから気になっちまうし、気になるから見ちまう。
だから今ではサウンドウェーブのほうを見ないようにはしている。気にしていたら、どうせまたスタースクリームやスカイワープにからかわれるだけだろうし、あっちが我関せずにいるなら、こちらもそうしていればいい。
それにしても、今まで護衛で守ればいいとだけ考えていたせいで何とも思わなかったが、サウンドウェーブが隠したかったのは本当に己の素性だけだったのか?
どうして自分があいつのそばに居たのかという理由を考えていると、そんな疑問がわいてくる。やっこさんは平気な様子で作戦の指揮の下で働いている。が、『周辺クリア』されたからという理由だけで片付かない腑に落ちない部分が俺の中で大きくなってきていた。
サウンドウェーブを襲った奴への報復の噂と作戦の指揮下でサウンドウェーブの周りに常に誰かがいるせいでおくびにも出さないが、それはみんながあいつの顔を忘れたことと同じ意味にはならない。
サウンドウェーブが今まであいつの情報網やら能力やらで隠蔽済みだとして、半永久的に生きる俺たちがあいつの過去にたどり着かないでいる保障はないのだ。もし、その可能性をすでにあいつが全て摘み取っていたとしたら、何故あの時にあんなに慌てふためいたのだろう。計算高くていつも飄々としているあいつが取り乱す理由が他にあるんじゃないのかと思ってしまう。
全部演技だったと考えてしまったほうが、今の状況を思うと心がラクになるからか。そういう想像が頭を離れない。サウンドウェーブに聞いてみたい。
――ったく、何で俺はこんなことばかり考えてるってんだ!
俺がこんがらがってきた思考を押し出すようにため息をつくと、スカイワープは同調してくるかのように、愚痴をこぼした。
「ったく、チビ共と作業なんてやってられるかよってんだ」
さっきのため息は作業に対する不満だと思ったらしい。
別に勘違いされてるなら、そのままでいい。またサウンドウェーブとのことについて突っかかられても面倒だ。
訂正することもなく、適当に返してやる。
そのサウンドウェーブ本人が傍に居るしな。
「またそれか。まあそう言うなよ」
そう言いながらふとサウンドウェーブの方を盗み見ると、サウンドウェーブがこちらを見ていたような気がした。バイザーのせいであいつが何を見ているのかなんて誰にも分からないが、なんとなくそう感じる。サウンドウェーブのことを直前まで考えていたせいか、あいつが俺にブレインスキャンしようとしていたようにも思える。
俺のことをずっとあれから避けてたみてえなのに、か?
じっと見つめていると、サウンドウェーブはスペースを出て行ってしまう。
今なら話せるかもしれねえ。
俺はその背を追いかけ、声をかけた。
「サウンドウェーブ」
「何ダ?」
無視されるかと思った俺の心配とは裏腹に、サウンドウェーブはくるりとこちらを振り返った。直接話すのは、何ソーラーサイクルかぶりだ。
「あんた、あれから何も問題はないか?」
「アア、何ニモナイ」
てっきり話しかけても拒否されるとばかり思っていたが……オウム返しの会話ではあるけれど、普通に話せる。これなら、ぐるぐるとこいつの安否やらを気にしている間に、もっと早く話しかけていればよかった。
「ま、それなら良いけどよ」
久しぶりに話すのがなんとなく照れくさく、思わず上から物を言ってしまう。久しぶりに話すのだから、もっと普通に話すべきなのにとは分かっているのだが。
「本当に何も無いんだな?」
「何モ問題ハナイ」
念を押すように聞くと、さらりとサウンドウェーブは返してくる。
何もない事は、いいことだ。しかし、なんとなくがっかりしている俺がいた。
――がっかり?
無意識に選んだ言葉に驚く。しかし、ずっともやもやと抱えていた腑に落ちない部分を尋ねずにはいられなかった。
「だけどよ。何もないし何も言ってこないだけで、みんなお前さんの素顔を忘れたってわけじゃないんだろ?」
言いながら、自分でも言葉に意味もなく険を含んでいるのが分かった。さっきからの自分の態度に驚く。感じ、悪い。そんな俺に対してか、サウンドウェーブもつっけんどんに返してきた。
「ソンナコトハ、ドウデモ良イコトダ」
「は?あんた、そりゃまた襲われてもいいってことか?」
「俺ハソウハ言ッテイナイ」
少し苛立つのが分かった。それと同時にブレインの回路にスカイワープとの会話が浮かぶ。
『まあ、お前が分かりやすくイラつくなんて珍しいから別に構いやしねえよ。なんたってあの根暗野郎にさえ情を持っちまうようなお人よしだからな』
「問題ナノハ――」
違う。そうじゃない。
「そんなことねえ」
スカイワープに返すはずだった言葉を、思わずサウンドウェーブに投げつける。やっこさんの言葉を遮る俺の急な否定に、サウンドウェーブも驚いたようだった。言葉が一瞬途切れる。
「イヤ、何デモ――」
「何でもないってことはねえだろうがよ」
口が勝手に勢いに任せて追い立てるように言葉を継ぐ。
流石にこれにはサウンドウェーブもむかつきを覚えたらしい。いつも以上に平坦な声で
「アッタトシテモ、オ前ニ話スコトデハナイ」
とだけ告げて歩き去った。
その背中が遠くに消えるのを見届けたところで、やっとブレインの処理が追っついてくる。それと同時に自己嫌悪が湧き上がって来た。
あいつの移動速度は遅いから、俺が追いかけようとすれば、すぐに追いつく。しかし、俺はこれ以上話そうという気分にはならなかった。
――ああ、そうだよ、スカイワープ。確かに、俺はイラついてる。
やるせない苛立ちがなんなのか分からず、俺は全速力で飛ぶために、基地を飛び出した。
まだ納得がいかない。
マッハを超えるスピードで飛びながら出る轟音も、先ほどの言葉を俺の聴覚センサーからかき消すことは出来なかった。
『アッタトシテモ、オ前ニ話スコトデハナイ』
あったとしても、俺に話すことじゃない。即ち、俺には関係のないことだと切り捨てられたのと同じことだ。
お前には関係のないことだ。
この基地の中でこう言い捨てられたら、あいつにとって所属の違う下級兵士でしかない俺は言い返すことが出来ない。
護衛にしろ、秘密裏にしてきたメガトロン様直々の任務だった。解任されたからには、踏み込めばその命令を裏切ることになる。それに、もし大事になれば、デストロンの中でもともと好かれていないらしいあいつにまた危害が及ぶ可能性だってある。俺に関しても、今までの暴漢の連中に報復されるおそれがある。
「くそっ、取り付く島もねえってか?」
どうしようもなさを抱えて俺が出来ることは、一人地団駄を踏むことだけだった。しかし、今のやり取りで俺には分かったことがある。このなんとも言えない感情は身に覚えがあった。
――俺はあいつに使い捨てされたことで、拗ねている。
認めたくなかったからか本当に気が付かなかったからかは自分でも分からないが、スカイワープが俺に指摘した苛立ちはあいつが俺に対して我関せずの態度でいることからだった。さっきがっかりしたのもそれの延長で、俺はあいつに必要とされていたかっただけだと気づく。つまり、あのサウンドウェーブに『お前が居なくなって、さびしい。不自由している。お前が必要だ』と乞われたかっただけなのだ。
それが分かると、急に自分が恥ずかしくなってくる。
脱力するのと同時に、飛ぶスピードがゆっくりと落ち始める。
そもそも、俺はずっとあいつを少なからず悪く思っていなかった。護衛の任務についてからというもの、何度も何度もあいつに対して、あいつと居ることに対して、『悪くない』と思っていた。いや、悪くないというのもただの言いぼかしに過ぎない。はっきり好きか嫌いかで言えば、好きだったのだ。
「はは……確かに『低脳』だな」
いつか言われた言葉を思い出して思わず笑ってしまった。そして今度は自分の言った言葉がブレインで再生される。
『なんつーか、隙が出来た気がするんだよなあ。つけこまれんぞ。まあ、信頼できるやつ相手ならいいけどよ』
あの時は隙だ何だと好意の原因の所在をあいつに見出したが、結局はなんてことはない。俺があいつを気に入っていたのだ。
つまりは、俺が最近イライラしていたというのは、好意を寄せる相手に冷たくされてふてくされていたことにすぎない。特別扱いされてると勘違いして、そうじゃなかったから怒る。あいつの『ファン』や報復者とそう変わりねえ。
「……なんだよ。俺、かなりあいつのこと好きみたいじゃねえか」
自分の青臭さに眩暈がする。
『惚れちまったか?』
いつか俺を混乱させた言葉が、今度は俺を納得させる。
スカイワープは置いておいて、スタースクリームが珍しく執拗に俺をからかって来たのもやっと今分かる。
傍から見れば、かなり分かりやすかったんだろう。あいつが俺を避けて居たのは、俺のこの気持ちをブレインスキャンしたからに違いない。あの朴念仁が自分から気づくわけがねえが、あいつにはブレインスキャンがある。俺の気持ちが分からなくても、他の奴らの考えをスキャンすればいい。
本当にずるいよなあ。俺自身がまだ気づいていない無意識レベルの時点で気づけるんだぜ?俺はそのまま放置で、あいつは自分だけさっさとフェードアウトしちまうんだから。
俺を寄せ付けないのは、あいつなりの予防線だ。自分に少なからず好意を持っている奴。普通に考えれば、警戒するべきなのかもしれない。護衛として側に置いて変に馴れ合うわけにもいかない。加えてああも切り捨てられてしまったら、これから何か無理やりアクションをとるのにはリスクが高すぎる。
黙ってスクラップされなかったことから、向こうからはそれほど悪く思われてないようだ。人の気持ちが分かるような奴じゃないあいつが、俺に気遣ってやってくれたとしたら。
「気の使い方、分かってねえよなあ」
あいつらしいと言えば、らしい。思いやりとか出来ねえ薄情なキャラなんだから、訳も分からないうちにもっとバッサリいけばよかったのによ。
それなりに俺を思ってくれていたとしたら、余計に恋愛対象として接近しづらい。俺の好意が向こうに知られて、あいつがそれを拒否することに決めたらしい以上はお友達として仲良しこよしすることは出来ない。
「『悪くない』関係だと思ってたんだけど、あっちとすりゃ、やっぱり無理か」
あいつは上官で、かつ惚れた腫れたになんぞ無関心。情けないが、押し倒しても本懐を遂げられるかも分からない。それに、目標が達成できたとして、あいつにとって俺は『ファン』と同じようなもんだ。恋愛対象や仲間以前に、絶対に許せない相手になる。
「今さら気づいたところでなんも出来ねえよ」
再構築するには気づくのが遅すぎた。
ぐるぐる巡る思考を経てやっとのことで出た結論を呟いたが、自分に言い聞かせているようにしか響かなかった。
「あれ、サウンドウェーブは?」
「はあ?」
フレンジ―が作業予定のスペースに入ってくるなり、俺の顔を見てそうつぶやいた。
『アッタトシテモ、オ前ニ話スコトデハナイ』
突然出てきた名前にあの拒否の言葉が思い出されて、俺は思わず身構える。
やっぱりカセットロンには俺とのことは言っていないらしい。俺の動揺に全く気づかない様子で、フレンジーはの言葉を続けた。
「確か、サウンドウェーブが今の時間の監督だと思ったんだけどさ」
「ああん?あの中古野郎だったのかよ」
フレンジーからあいつの名前が出た途端、口論のタネを手に入れたスカイワープが待ってましたと言わんばかりにつっかかる。また始まったか。
「サウンドウェーブのことを悪く言うんじゃねえや!」
「なんだと?このチビ!」
すぐにでも取っ組み合いを始めそうなふたりを引き剥がす。
「おい、作業遅れるとまたメガトロン様に叱られるぞ」
スタースクリームが今日は今作戦の拠点の偵察に出かけていったから、メガトロン様が直々に指揮を執ると思っていた。しかし、フレンジ―の口ぶりだとあいつが主任だったらしい。
「にしても、あいつが来ないんじゃ作業も出来ないだろ」
スカイワープが不服そうにそう言った。
かといって、喧嘩しても仕方ねえだろうが。
「通信できないのか?」
あいつが遅れるなんて、今までになかった。俺の質問にフレンジーは首を横に振った。
「ランブルたちも居ないんだ。サンダークラッカーはサウンドウェーブの居場所知らないのか?特別な任務とかさ」
「悪いけど、知らねえよ」
素直に聞いてくるフレンジ―に悪気はないんだが、俺とあいつは居場所を教えあうような関係じゃないと内心で毒づく。周りにそう思われていたとしたら意外だが、事実そうじゃなかったんだから仕方ねえ。
「そうか……」
「おう」
それ以上の言葉が言えずに沈黙すると、俺が知らないと答えたことで心細そうに下がったフレンジ―の頭をスカイワープが小突いた。
「当たり前だろ。俺たちジェットロンがお前らと関わるわけがねえだろうが」
「あんだと?」
スカイワープ、その逆が正解だ。こいつらカセットロンはともかく、あいつが俺らジェットロンに、ひいては俺に関わるわけがねえ。……自分で考えていて、悲しくなるが。
「根暗の情報参謀とじゃ釣り合わねえってことよ」
「てめえ、言わせておけば好き勝手言いやがって!」
それにしても、スカイワープはさっきから聞いていて、何であいつを考えさせることばかり言うんだ。少し自分が傷ついているのに気が付き、苛立ちはするものの、喧嘩を止める気力も湧いて来ねえ。
「あの陰険に置いてかれた癖にでかい口叩くんじゃねえ」
最近はこういう喧嘩も少なかったのによ。
ふといつぞやのフレンジ―とスカイワープの口論を思い出す。あれは確か、護衛の任務に就いた日だったか。あの日も、フレンジ―だけがイジェクトされていて、スカイワープが不安げなフレンジ―をからかって……そこで以前に心に浮かんだ想像を思い出す。
そういえば、こいつ、あいつとは釣り合わねえとは言ったが、カセットロンのことは言わなかった。無意識にしろ、やっぱりそうなのか?だとすると、俺より青臭い奴ってことになる。
――マジかよ、兄弟。
俺は自分でも笑みがこぼれるのが分かった。
なんにせよ、やっこさんを探しに行くにしろ避けるにしろ、俺はこのスペースを出なくちゃならねえ。スカイワープは無意識にしろ、少しくらい今までの仕返しをしたって、罰は当たらねえだろ?
俺は兄弟機の聴覚センサーに口を寄せ、囁いた。
「スカイワープ、お前のそのフレンジーへのつっかかりは『関わる』に含まれねえのか?年がら年中相手を気にしまくってるのは、よ。『惚れちまったのか?』」
その頭部が物凄い勢いでこちらを振り向く。
「なんだ。自覚はしてたのか?なら、頑張れよ、兄弟」
スカイワープにいつも俺に向けていたあのにやり顔の真似を見せつけ、俺は踵を返した。
「とにかく、あいつが居ねえと何も始まらないんだろ?そこらへん探してくるわ」
俺たちのやり取りを不思議そうに見ているフレンジ―にそう断って、俺はさっさと作業スペースを出ていく。後ろからは何とも言えない声でスカイワープが何か言葉を発したのが聞こえたが、扉を閉めると掻き消えた。
「――とは、言ってもよ」
部屋を出た瞬間、ため息がこぼれる。スカイワープにからかわれ続けたことの意趣返しを果たしても、さっき俺が陰ながら傷ついた分を取り戻しても、すっきりもしない。俺の問題は根本的に解決していないからだ。
あいつとの最後のやり取りを思い出してからずっと、頭ん中がざわついている。探すとは言ったが、俺には内心顔を合わせるは勇気なかった。ここまで拒否されたのものかと、俺のブレインはさっきから嫌な思考に支配されている。
あの最後の会話を思い出せばあいつに完全に避けられるようになったんじゃねえか?
俺がスペースを出て行けば、やっこさんがあの部屋に入っていけるかもしれない。これでスカイワープからあいつが着いたなどと連絡が入ったら確定だ。
正直に言えば、知りたくねえのが本心だ。
思っていたより、この間の会話からショックを受けている自分が居る。
今はこれ以上は傷つきたくない。
幸か不幸か、まだスカイワープとの回線には履歴が入っていない。もちろんあいつからの連絡もない。護衛任務期間中はいつも突然鳴っては俺をビビらせていたあいつからの通信を知らせるシグナル。まさか、懐かしむ日がくるとは思いもしなかった。
今このタイミングで鳴っても、応答に出れそうにはねえけどよ。てめえが嫌われていること、拒否されていることを知りたい奴がどこにいるってんだ。
あいつと連絡が急につかなくなる事態が護衛中なら、確実に襲撃を受けている最中だろうが『周辺クリア』の後ならば、自分と連絡を取りたくないがためとしか考えられなくなる。しかし、鬱々とした気分ではあるが、探してくると言った手前は何かしなくてはいけない。
そういえば、フレンジーはあいつが通信に出なかったと言っていたが俺は試していなかった。俺が試したからって今の状況で応答してくれるはずはない。
やっこさんに通信を入れるなんて、あの護衛任務に就けられたあの日以来か?そう思い返せば、あいつも勝手なやつだ。
フレンジーは俺にああ尋ねたが、あいつがどこに行っちまったのかなんて見当もつかねえ。結局、護衛を始める前の状況から何も変わっちゃいねえ。いろいろと側で見てきたつもりだったが、俺はあいつのことは何にも分からなかったってことか。
「……万が一でも、出てくれるなよ?」
俺は嫌な予感を押さえつけながら、あいつに向けての基地内通信を発信した。
「サンダークラッカーから通信。応答せよ。サンダークラッカーから……って、やっぱり応答なしか」
思わずだが、これ以上傷つかないで済むと分かり、安堵の息が漏れる。
とりあえず、カセットロンの通信にも出なかったんだから今のはノーカンだ。
そう思い、シグナルを切ろうとした途端、違う回線からキャッチが入り、通信が切り替わった。
あいつが帰ってきたんだろうな。
最悪の想像が現実になったと分かり、俺は脱力した。
「スカイワープ、お前か?」
恐る恐る声をかける。しかし、向こうからかけてきたくせに反応はない。
さっきからかったことへの仕返しか?
「おい、もしもし?」
聴覚センサーを研ぎ澄ましても回線から入ってくるのは雑音だけだ。流石に嫌がらせにしては無駄すぎる。個人回線だが、スカイワープじゃない。じゃあ、誰だ?
そもそも、通信回線が自動で切り替わるような優先設定はメガトロン様以下つけていないはずだ。いや、違う。一機だけはずっと最優先にしてある。
「もしかして、あんたなのか!?」
つい大きな声が出る。音声としての反応はないが、俺の中で確信が生まれる。あいつの優先度は護衛任務の時のままになっている。でも、何故だ?
俺の思考が結論にたどり着く前に、通信は音声から文字データに切り替わり、どこかの位置情報を吐き出すと切り上げられた。
「――スクランブルか!」
考えが追いついた瞬間、限界スピード以上まで一気に踏み切り飛び出した。
間に合ってくれよ。何もないままでいてくれ。ましては壊されちゃかなわん。暴力を振るうにしろ、無理やり接続しようとするにしろ、あいつを他のやつのものになんかにさせたくねえ。メガトロン様の御命令はもう過去のものだとか、上官のあいつ自身が一度俺の気持ちを拒否していようが関係ねえ。デストロンだろうが、サイバトロンだろうが、俺ができないでいることを誰にやらさせる気なんて微塵もない。利用されてるだけだとか、この後どうせポイ捨てされるだとか、もうどうでもいい。
記憶回路をぐるぐるめぐるだけで、熱が上がる。負荷熱のせいだけじゃない。
「あいつは――サウンドウェーブは、俺のもんだ!」
その光景を見た瞬間、目の前が赤くなり、ついにヒューズがブッ飛んだのかと思った。
「サウンドウェーブ!」
うつ伏せに後ろからフロアにねじ伏せられたサウンドウェーブに足をかけるそいつに向かって俺の持ちうる最大限の火力を放つ。距離と速度からして当たらずとも、周りで爆ぜれば威嚇にはなる。
不意をつかれてバランスを欠いたそいつにアンカーを噴出してサウンドウェーブから切り離すが、サウンドウェーブは反撃体勢を取る様子もない。
まさか機能停止してるのか?
更に驚いたことに、その強襲者は突然現れた俺の存在にパニックにはならなかった。
――こいつはたぶん、本物の『ファン』の方だ。
確実にサウンドウェーブを潰してから行動を取ろうとしたんだろう。俺に驚かないあたり、俺が護衛任務に就いていた時から隙を覗ってやがったな。もしかたら、そのずっと前からかもしれねえ。この間、確実に俺とサウンドウェーブが決別したらしいのを確認してから襲ったに違いねえ。
よく考えれば、任務遂行にうるさい糞真面目のこいつが俺如きで任務をスキップするはずがねえんだよなあ。
ロボットモードに切り替えると、動かないサウンドウェーブとの間に分け入る。そして指向性をつけて低周波のソニックブームを連続で照射してやる。
音圧で野郎の聴覚センサーに何かガタがこようが構わねえ。
うずくまった暴漢とは対照的に、俺の後ろでやっと動き出したサウンドウェーブに俺はひどく安心した。と、同時に怒りが余計に燃え上がる。
これほど慎重で期を待つくらいの『ファン』ならば、今ここで念入りに潰しておかないと後々に響く。自分の気持ちに気づいた以上、こいつに関わるとどうなるか周りに示していかなくてはならない。最凶の武器は恐怖だ。もうサウンドウェーブを襲おうなんて気にならないような恐怖をここで植えつけてやる。
サウンドウェーブが俺をどう思おうが関係ねえ。ただ、俺以外にこいつに関心を持つ奴はいらない。
「こいつはあんたにゃもったいないよ」
サウンドウェーブは、俺のもんだ。誰にだってやりたくねえ。
音響攻撃で致命傷を与えるのは難しいが、後遺症は残りやすい。俺のこの音を恐怖の対象として覚えさせればいい。のた打ち回るような受容ギリギリのレベルまで出力を引き上げる。ここでファイアーアタックでしとめれば一発なのだが、早い開放をしても仕方がない。システムがシャットダウンするまで蝕むのが最善だろう。
ずっとサウンドウェーブの後処理のやり方に文句を言っていたけどよ。今の俺のやってることに比べたら、あいつは事務的に仕返ししているだけで、可愛いもんだったのかもしれない。俺自身の変わり様に自分でも驚く。
俺もデストロンだったってことか。
サウンドウェーブの方はやっとブレインの演算処理がはっきりしてきたという様子で、結構耐久力のある機体だからこそ、来るまでにどれだけボコられていたのかわかってしまう。後ろから急に襲われて至近距離で顔面を割られたらしい。バイザーは大破している。
空いている片腕で起き上がるのに手を貸すと、その手を介してサウンドウェーブの振動を感じた。 排気音は荒い。吹っ飛んだマスクの下の顔は鉄面皮のままだが、なんとなく怖かったんだろうなと思えてきてドギマギする。
ちゃんと恐怖だって表現できるじゃねえか。
ソニックブームの轟音の中、暴漢の機能が耐え切れずに自動的にスリープモードに入った音がし、俺は完全にサウンドウェーブに向き直った。
「俺がいないとダメだな」
あんたには俺が必要だ。
ずっと言いたかった勝利宣言をする。
が、覗き込んだ目にぎょっとする。ほんの少し、オプティックセンサーの反応が遅い。センサー異常。強い火器で至近距離攻撃か。
「あんた、マスクやバイザー吹っ飛ばされただけじゃなくて、顔も焼かれたのか?」
「ああ」
エフェクトがなくても平坦な声でサウンドウェーブが返事をした。荒かった排気音も落ち着いてきている。が、何でそんなに冷静でいられるのか訳が分からない。
「俺じゃあ直せねえ。すぐにオペ台に連れてってやるからな!」
すぐさまトランスフォームしようとするが、その腕をサウンドウェーブに捕まれて、俺は少しやっこさんを引きずるようにして急停止した。
負傷してるのに無理やり俺を止めようとした事実に驚いて言葉を失う。
「問題ない。損傷箇所は一部で修復可能なレベルだ」
「そうはいっても――」
「落ち着け。俺は元から見えすぎてしまうから、マスクやバイザー無しでダメージを受けた現状ならこれくらいの方が都合がいい」
「よくはわかんねえが、お前さんのことが心配だってことだよ」
本心から思う。
あくまでも平静を保っているサウンドウェーブの言葉に従って、俺も少しだけ自分を落ち着かせる。しかし、今まで見たことないほど負傷しているサウンドウェーブを前にして激さない方がおかしいのだ。
そう言葉にすると、サウンドウェーブも少しだけ和らげた声で『そうか』とだけ返した。
負傷部分のほとんどがフェイスパーツや頭部ということもあって、俺は何も出来ずに見ていることしか出来ず、不安を持て余すことしか出来ない。サウンドウェーブはいつも通り、修理中は一言も喋らないから余計に辛くなる。
特に赤いオプティックセンサーのしぼりは相変わらず常に不安定で、見ているこっちが落ち着かなくなる。
俺を一度は拒否したものの、結局サウンドウェーブが自分の危機に呼んだのは俺だった訳だし、こうやって側に居ても何も言ってこない訳だ。俺を少しは容認したんじゃねえかとさっきまでは都合よくそう考えていたが、こいつがそこまで考えてるのかと疑い始めたら否定と肯定のループに嵌っちまった。
利用されただけか?さっきは関係ねえと啖呵を切ったが、やはり何か返ってこないということにはさびしいものがある。
「その面を見せるのが嫌っていうのは分かるが、やっぱりオペ台に行った方がいいんじゃねえのか?」
融通の利かない奴だから言っても聞かないと分かっているが、最後にもう一度だけは言ってみる。 しかし、サウンドウェーブは何を勘違いしたのか、最初の部分にだけ反応を示した。
「問題なのは、フェイスパーツが露出していることだけじゃない」
「は?」
「話しても意味のないことだ。お前に話すことではないとお前にはこの間伝えただろう」
聞いたことのあるフレーズが今度はエフェクト無しで放たれる。違う文脈であるのに、サウンドウェーブが『この間伝えた』とぬかした。
混乱する頭が説明を求めている。俺は馬鹿正直にサウンドウェーブにどういう意味かと問いかけた。
「もし記憶だけが理由だったなら、サイコプローブを全員に使用して記憶を抽出するだけだ。ということだ」
サウンドウェーブはさも当たり前だというように言いきった。
じゃあ、結果としてあの言葉は俺を拒否したわけではねえってことか!
一気に自分の中で気持ちが上昇するのが分かる。しかし、喜び以上に与えられた衝撃は俺にその続きを急かした。
「お前さんがあの時に取り乱したのには別の理由があるっていうのか?」
「お前は気づいてたんじゃなかったのか?」
質問を質問で返すサウンドウェーブの言葉がそれ肯定しているのだと分かり唖然とする。
確かにそれは護衛の任務から解任された後から何度か考えたことはあった。
サウンドウェーブがどんなに工作しても、俺たちがあいつの顔を見たことに変わりはないし、過去にたどり着かないでいる保障はない。それなら何故あんなに慌てふためいたのか。過去以外にも、理由が他にもあるんじゃないのか。
これは俺にとって、俺がただ必要とされなくなった理由を認めたくないだけの想像でしかなかった。やはりサウンドウェーブに心の中は覗けないのかと妙に納得しつつも、メガトロン様にまで隠し通したという不敵さには驚くばかりだ。いや、あれほど盲目的に忠実なのだから騙していたわけじゃねえ。言わなかっただけで、誰にも嘘はついていない。
俺が黙ると、サウンドウェーブも黙り、妙な沈黙が訪れる。
こういう時にフォローを入れたほうがいいんだろうが、何も浮かばねえ。
手持ち無沙汰にもぞもぞと動くと、修理を続ける中、サウンドウェーブが突然呟いた。
「また、借りができたな」
「借り?またそれか。別に借りもなにもねえだろ」
急な発言に驚いて反射で打ち消しちまったが、こいつを狙っている今なら恩を売っとけば少しくらいはゴネられたか?
頭をよぎった下卑た発想を振り落とす。利用しやすい位置に居たとはいえ、頼られた、ということは望みはある。それにさっきの呼び出しで完全に吹っ切れた俺がいた。
「しかし、今回は任務の下の行動ではない。何故だ?」
助けた理由か――サウンドウェーブには直球で言わないと通じねえだろうな。
「あんたがほかのやつのものになっちまうのは癪だったしな」
「意図不明。解析不可能。説明、どうぞ」
かなり素直に言ったはずなのに、サウンドウェーブに一蹴される。
「どうぞって言われてもなあ……」
ここまで来ると、やや呆れてしまうがこいつの場合は分かっているのか分からないのかも一切分からねえ。
あいかわらず何考えてるのかよくわかんねえ。今はマスクもバイザーもついていないのに、表情が読めない。最近はこいつの考えてることを分かってきていたつもりだったが、まだまだだったな。
こういう時、俺もブレインスキャンなんてチートスキルがあればよかったのにと思う。
「お前だったら、俺にブレインスキャンをかければ済む話じゃねえか」
そうカマをかけた後に、馬鹿なことを言ったと反省する。俺の気持ちを理解していたら、頭の良いこいつのことだ。こんな展開になる質問などふっかけない。
するってえと、今までの俺の悩んでたことはもしかして全部杞憂じゃねえか?
低い自己評価から来るネガティブな妄想と事実とのギャップに衝撃を受ける。それ以上に俺を唖然とさせたのは、自分がサウンドウェーブを好きだと言っても、サウンドウェーブとの信頼を完全には信じていなかったという事実だ。
だってしょうがねえだろ、タイミングにしろ、俺の精神状況にしろ、サウンドウェーブの離れてからの態度にしろ。分かりかけていたと思っていたのに、この体たらくだ。俺にサウンドウェーブの頭の中や心ん中が覗ける訳がねえ。嫌われたと思うのが道理だろうが!
墓穴を掘った俺の内心のあれこれとは対照的に、サウンドウェーブは僅かに首を振り、くそ真面目に思ってもいなかった返答した。
「……分からない。スキャンできないから、こうして直接聞いている」
「最近のお前の行動原理は理解しがたい。以前は、危険を冒してサイバトロン基地に突入したり、強襲者に情をかけるような腑抜けで分かりやすかった。……最近のお前のブレインは俺には読み取れない」
ショックが大きすぎて思考システムが固まり、それが復旧したときにはサウンドウェーブの説明はかなり進んでいた。わずかに拾えた『最近のお前のブレインは読み取りづらい』という言葉に、やっとのことでその原因を推測する。
俺だってずっと分かっていなかったことを分かれとは言わねえよ。俺だってこれだけ時間をかけてようやくだったわけだし、あんたと離れなかったら気づけたかどうかも分からねえんだぜ?
しかし、サイバトロン基地に潜入したこいつを追っていった時は俺の考えを全て読み取っていた節があったのは確かだ。それからはだんだんとこいつが俺に質問をすることが増えてきた気がする。
あの時既に俺をスキャン出来なくなっていたのか?
俺の疑問を拾うこともなく、サウンドウェーブはつらつらと説明を続ける。スキャンできていないのは本当らしい。
前にもそんなことを言っていたなと思い出す。『オ前ノブレインサーキットノ電磁波ハ解析シ難イ時ガアル』だったか?
この言葉だけではサウンドウェーブが俺の気持ちに気がついているかいないかなどは結局分からない。なら、サウンドウェーブにはっきり俺についてどう思っているのか言わせてみようとふいに思った。
「……じゃあ、あんたは俺にどうあって欲しいわけ?」
この問いの答えによってこれからのことを決めよう。逃げだとは分かっちゃいるが、どうせ、こいつ次第なのだから。
俺は覚悟を決める。覗き込んだサウンドウェーブのオプティックセンサーの光が、チカチカと瞬いた。が、視線を外され、サウンドウェーブは黙ってセンサーの修理に戻った。
「なあ、あんたはどう思ってるんだ」
「俺は……」
あきらめず、もう一歩だけ踏み込んでみる。問いかけてもそれ以上答えないサウンドウェーブに痺れをきらし、その腕を掴んでもう一度オプティックセンサー覗き込んだ。
思えば、こうやって俺からこいつになにか直接行動するのは、任務を除けば初めてかもしれない。サウンドウェーブが驚いたらしいのが分かった。
「なあ」
少し事を急いている気もしないでもねえが、今この時を逃しちゃならねえ。
そんな気分になり、俺も一歩も引かない。というより、今引いたら全て終わってしまうような気にさえなっている。そんな俺に最後にはサウンドウェーブも折れたらしい。静かなこう口調で話し始めた。
「俺のブレインスキャンは欠陥がある」
「は?」
こいつと話をすると、いつも予想外の方向に飛んでいく。
驚いて思わず手を離すとサウンドウェーブはまたセンサーの修理を始めた。しかし、話を止める様子はない。
「自分の思考はスキャンできない。それに、常時すべての思考は意識下に置かれているわけではない」
「……つまり、お前は自分がどうしたいのかも分かんねえってことか?」
相手の頭の中は読めるくせに心の中はわかんねえなんてインテリの癖に難儀なやつ。ずっとそう思っていた。しかし。ああ、だからわからねぇんだなと今なら理解できる。
こいつは自分の感情さえうまく知らねえんだ。
サウンドウェーブがどうして情報に固執するか分かった。まず分かっているべき自分の感情をの情報を自分で統制下に置けていないからだ。
離れてから自分の気持ちに気づいた俺も、サウンドウェーブのことを言えた義理じゃないけどよ。
「じゃあ、いろいろと小難しいこと考えずに思ったこと全部、口にしてくれよ。そしたら一緒に考えてやるよ」
なあサウンドウェーブ、と未だ俺を見ようとさえしないやつの名前を呼ぶ。
ついさっきまではこの機会を逃しちゃならねえと積極的に働きかけてみていたが、こいつが自分の感情さえおぼつかないのを知ってしまった。そうなると、こいつがどうしたいのか自分で分かるのには何か大きなイベントや働きかけがないと無理なように思えてくる。
高度な情報網やブレインスキャンをもってるサウンドウェーブは、自分の「知らない」ものへの恐怖が大きい。てめえの感情までそれが入るとは思ってもみなかったが、それだけに余計に……
今日はここまでか。次がいつになるかなんて予測が全く出来ねえ。だけど、俺たちには時間だけは腐るほどある。サイバトロンとの戦争中だとしても。今までだってそうだった。こんな短期間で触れるべき問題じゃねえのかもな。
「俺ってそんなに信用ない?」
諦めかけてそう言った途端、治りかけのオプティックセンサーがぎゅるっとこちらに向いた。
「……いや、多分俺はかなりお前を信用しているようだ。先刻救助信号を発信する相手も、お前が真っ先に思い浮かんだ」
俺の質問が切り口となったらしい。サウンドウェーブがさらりと照れもせずにいつものフラットな声でそう言い放った。これまでのやりとりで気づいたが、サウンドウェーブは何かきっかけさえあれば、説明口調ではあるがつらつらと止めどなく話すことができるらしい。
『信用しているようだ』という言葉の最後が気にならないわけじゃねえ。だけど単純かもしれないが、信用していると言われれば悪い気がしねえ。
「まあ、俺が護衛の時は真っ先に俺に個人通信繋いでいたからな。条件反射みたいなものもあるんだろ。護衛の任務を解かれてからそう長くは経っていねえしよ」
なんだか胸がどきつくけれど、こいつは特に深い意味では言ってないんだろうと無理やり自分を落ち着けさせる。サウンドウェーブと話すときはいつもそうだ。俺ばかりが驚き、絶句する。スパークがもたない。冷静になろうとすれば、絶対に度肝を抜かれる。
会話の中で、何度も面食らうのも無理はねえ。
なんにしろ、俺の理性的になる努力を砕くのはいつだってサウンドウェーブだった。
「お前の護衛の任をといたのは、元々の所属部隊と確執を作るべきではないと判断したからだ。護衛任務中にウィングが傷ついた。あれはジェットロン部隊としてはかなりの屈辱だろう」
そういえば、あの時はサウンドウェーブ手ずからリペアしてくれた。
そんなことのために?
そう言いかけて、自分の言おうとしたことに仰天する。存在意義である飛ぶことに直結した問題でもある。前にも一瞬だけどうでも良くなった瞬間があった。あれもこいつ関連だったか?
「スタースクリーム、スカイワープは俺と良い関係にあるとはいえない」
「言わせときゃあいいんだよ。あいつらだってあんたのこともっと知りゃあ、いつかはわだかまりも解ける。俺だって最初の頃はあんたのこと、よく知らなかったし、距離があったことには間違いないだろ。それに、あんたが思ってるほど、あいつらだってお前さんのことを嫌っちゃいねえよ」
特にスカイワープはフレンジ―のこともあるしな。
渦巻いた思考を駆り立て、やっとのことで反論する。しかしサウンドウェーブに納得した様子はなく、そのまま食い下がった。
「だが、ジェットロンは飛ぶことに関しては高い誇りを持っていると俺のデータにはある。お前の過去や能力、性格についての情報は護衛任務以前に調べ上げてあった。お前は飛行タイプであることに誇りと自信をもっている。だからだ」
調べ上げたという内容に一瞬言葉を失うが、こいつに関してはその程度の調査と計算をすでにやっておきかねない。まあ、デストロンに入る時点でサウンドウェーブによるチェックは絶対に入っているんだろうな。
理由は俺の考えていたものと違ったが、やっぱり避けられいると感じていたのは事実だったんだな。気の使い方、やっぱり分かってねえよなあ。
愛着を伴った不思議な呆れに似た感情がわいてくる。
あんただって情報に絶対の自信を持っているだろうが。だから分からないことだっていっぱいあるんだぜ?
「そして他者に興味の持てないお人好しで、何か特別に行動を取りたがるタイプではなかった。栄達が目標ではなく、任務は遂行はするが従順なわけではない。しかし最近はそれらの傾向さえ当てはまらない。お前の脳波はいつも安定していない。ブレイン内部と発声と行動に不一致があるのはよくあることだ。しかし、俺はお前の思考が拾えない。お前はブレインスキャンにもエラーが出ていると指摘した。それは間違いではない。お前を解析しようとすると、俺のスパークが不安定になる」
ここで俺の頭ん中が覗けなくなったという問題に戻ってくるらしい。
ただ、その俺にブレインスキャンをかけられない問題はサウンドウェーブの内的な部分にも原因があるという情報が付属されていた。
「なんでだ?」
そう尋ねると、サウンドウェーブが首を振った。どうやら本人にも理由が本当に分からないらしい。
エラーが出るのが俺だけじゃなくサウンドウェーブ側にもあるのならば、それを直せば俺のサウンドウェーブに対する好意は理解できずとも思考の電磁波を抜き取るくらいはできるんじゃねえのか?
詳しく知りたくはあるが、まだ俺の気持ちに気づいていないのならばサウンドウェーブにそのまま聞けるわけがねえ。
打ち明けたいが、打ち明けられないフラストレーションがたまっていく。
「原因不明。このエラーは何回か起こったが解析するにはデータ不足だ。強い拒否反応が出たのは、お前は俺が好きかは分からないと言った時。お前の脳波は揺れていたし、それ以上に俺のスパークが不安定だった。また、今回の襲撃を撃退した理由を答えた時もエラーが発生した」
「データねえ……同じ条件とすれば、あんたが俺にお前さんを――」
言いかけて、ふと芽生えたものにすべての俺の時間が止まる。
「どうした?」
「いや、何でもない。忘れてくれ」
いや、まさかな。条件とすれば、こいつが俺の好意を確かめようとした時ではあるが、都合の良い解釈に過ぎない。
そしてその時を動かしたのもサウンドウェーブの言葉だった。
「お前の電磁波は読み取りは出来ないが、悪くない」
そう言いながら、サウンドウェーブはバイザーとマスクで顔を覆った。
「多分、オ前ト俺ノ考エテイルコトハ近イノダロウ」
追撃するように決定的な言葉が降ってきて、俺は即頭部に手を当てて撃沈した。
かあああっと機体の熱が上昇したのがわかる。
これはサウンドウェーブなりの『好意』と取っていいのか?まだ自信はないが、俺に対して俺がサウンドウェーブに対して抱いているような思いを持ってるとしたら、そう受け取るしかねえだろう。
「サウンドウェーブ、タンマ。一旦ストップだ!」
「ドウシタ?」
「あんま、刺激してくれんなよ?あんたといると、たまにスパークの熱でヒューズが溶けきれそうになる」
サウンドウェーブこんな色気もない報告でしかない言葉で、ヒューズが溶けきちまいそうになる俺の驚くべき初心さに照れを超えて感動さえ感じる。
にしても、こいつのエラーってのは何なんだ?
「何故ダ?自己完結デ話ヲ止メルナ」
状況が読めないらしいサウンドウェーブが俺の顔を覗き込んだ。
怪訝そうに見えるのは、俺が話してみろと言ったり急にやめろと言ったりする理由が分からないからだろう。基本的に、サウンドウェーブはこういった自分の『知らない』状態に置かれるのを嫌がる。
ひょっとすると――
「……サウンドウェーブ、マスクを開けてくれ。俺が何考えてるのか、ブレインスキャン出来なくともお前さんがもう心配しないように、証明し続けてやるよ」
俺の好意に対してこいつが嫌悪感を持っていないのなら。いまだネガティブな予想がブレインの片隅に発生してはいるが、押せるだけ押してみるべきなのか。
あんまりこういうキャラじゃねえんだけどよ。俺だって我慢の限界が近えんだ。
素直に取り除かれたマスクの下のサウンドウェーブの顔に俺はぐっと顔を寄せた。
体を離すと同時にマスクが閉じられ、サウンドウェーブは立ち上がって俺から離れた。
「オ前ハ俺ヲ仲間ダト言ッタダロウ?オ前ハ仲間全員ニ、コンナコトヲシテイルノカ?」
サウンドウェーブが珍しく感情を表に出している。エフェクト越しでも、驚いたような軽蔑したような声色を発声しているのが分かる。
しかしこの質問は俺がサウンドウェーブにキスしたことじゃなくって、俺が他の奴に同じことをやっているかどうかを問題にしてるようにも聞こえる。
お前さんはそれでいいのか?
嬉しくて、まだ困惑状態でしかないサウンドウェーブがなにやら可愛く感じてしまって、俺はつい噴き出してしまった。
自分の推測が当たって安心したってのもある。やっぱり同じ気持ちなら良いとは思うが、外していたらヤバかっただろうし。
噴き出したことに対して、またサウンドウェーブが戸惑い憤慨したらしい空気を感じる。俺は慌てて弁解した。
「俺は別に馬鹿にしてるわけじゃないぜ。あんただからするのさ。俺はお前さんに惚れちまったからな」
立ち上がり、もう一度サウンドウェーブににじみ寄ると、一歩後退される。
「理解出来ナイ。『俺がサウンドウェーブにほれるなんてことは――』トイウオ前ノ思考ガ、以前ノスキャンデータニアル。護衛ノ任ニ着イタ時モ、『無表情な奴相手じゃ勃つもんも勃たねえ』ト考エテイタダロウ」
あの時、エネルギー消費だとか範囲が狭まってるとか言ってなかったか?こいつずっと俺を探ってやがったのか。それにしてもなんつーことを口にだしてんだ、あんたは。
「それは最新のデータか?俺はあんたが好きだ。あんたが欲しい。あんたを俺のものにしてえ。行動や言葉でもわかんないのか?」
こんなことを考えればサウンドウェーブには悪いが、バイザーやマスクを割りたくなる気持ちも分からなくもねえ。バイザーの下はどうせ無表情なんだろうが。覗いてみたくなる。最初は実は端正だという意味にとっていたが、今ならメガトロン様が『あいつの顔は、情報参謀でいるのには目立ちすぎるからな』と言ったのも分かる。つんと澄ましたように感じるその表情が変わるのを見てみたい、変えてみたいと思わせるのだ。歪ませてみたいと思う輩もデストロンならザラに居るだろうしな。
逃げるサウンドウェーブの肩を掴み、顔を覗き込む。バイザーを挟んだ視線だが、センサーの焦点を逸らされたのが分かった。
「……オイ、ソンナニ見ルナ。眩暈ガスル」
「眩暈?」
「突然、オ前ノ脳波ガ受信出来ルヨウニナッテ流レ込ンデ来テ……俺ノ思考ト混ザッテブレインガ処理シキレナイ」
ブレインスキャンが出来るようになったか。
そりゃあつまりは『お前の気持ちも、俺の気持ちも理解して安心したからスパークが安定しました』ってことか?
「ドウイウコトダ?」
頭で感じ取った瞬間、間一髪入れずにサウンドウェーブが声を上げる。
しっかり読めてんじゃねえか。
「お前言っただろう?『お前の電磁波は読み取りは出来ないが、悪くない』。俺と考えていることは似てるって。俺があんたを好きなように、あんたも俺が好きなんじゃないか?無意識的だろうが、なんだろうが」
「俺ガ、オ前ヲ?」
そんな至極意外な感じで返すなよ。分かっていても、傷つくもんは傷つく。
「あんたのスパークが俺をブレインスキャンしたくなかったのは、お前が俺の気持ちを知るのが怖かったんじゃないのか?」
そう言い放つと、サウンドウェーブが黙りこむ。俺はじっとバイザーの奥を覗き込むようにして答えを待った。
今、こいつなりに自分の感情やら俺の考えてることやらを処理して検証しているのだろう。
サウンドウェーブの言うとおり、こいつのブレインの処理のキャパシティを超えているからか、だんだんと掴んでいる腕の熱が上がってきていた。この熱が俺と同じ理由なら良い。
ようやくかかって出したサウンドウェーブの答えは、暴言から始まった。
「低脳メ。ソレハオ前ノ解釈ダ。ソノ安易デ楽観的ナ性格回路ハ近イウチニ修正シタホウガイイ」
つらつらと嘲りの言葉を発しはするが、だんだんと語勢は弱まっていく。それにつれてサウンドウェーブが顔を背けていくのが、こいつが照れているらしいというのを証明しているようで俺は笑い出しそうになる。
「……ダガ、オ前ノ言ッテイルコトニハ整合性ガアルヨウダ」
最後はかなり小さい音声となったが、これはサウンドウェーブなりの『イエス』なのだろう。思わず、同じくらいの体格のサウンドウェーブを掴んでいたまま抱きしめて高く持ち上げてしまう。が、もう相手からの抵抗は無かった。疲れたのかはしらないが、抵抗することを諦めたらしい。
「お前も、もう少しくらいは嬉しそうにしろよ」
「俺ハソンナ風ニハプログラムサレテイナイ」
俺もあんたが言うほど楽観主義じゃねえよ。お前が俺から距離を置き始めた何ソーラーサイクル前から数メガサイクル前まで、ずっとネガティブな妄想に取り付かれてたんだからよ。俺がこんなになってるのは嬉しいって言うのもあるが、あんたに対して吹っ切れたってのが一番の理由だ。
とりあえずは持ち上げたサウンドウェーブを床に下ろす。が、俺としては抱きしめたくらいでやめるつもりはなかった。
「サウンドウェーブ、マスク開けてくれないとキスしにくいんだけど」
しっかり閉じられたマスクを指先で叩く。すると、サウンドウェーブはいやいやと首を振った。
「今ハ……嫌ダ。オ前ノ考エテルコトヤ、エラーノ原因ガ分カッタカラニハ、余計ニ見エスギテシマウ」
この『見えすぎてしまう』という台詞は前にも聞いたことがある。ある直感が芽生えて押さえ込むように抱き寄せると、腕の中でサウンドウェーブが身構えるのが分かった。ずっと抱いてきた疑問だ。
こいつがこうも頑なになるということは、多分正解なのだろう。
「あんたさっき、マスクやバイザー無しでダメージを受けた現状ならこれくらいの方が都合がいいって言ってたけどよ。もしかして、自分で感覚器だかブレインスキャンの受容器が上手くコントロール出来ねえことがあるってことか?」
「ソウダ、……ト言ッタラドウスル?」
質問を質問で返すサウンドウェーブに向かってにやりと笑いかける。
「お前さんが恥ずかしくなるくらい考えてやるよ。あんたは俺のもんだってな」
もう一度マスクを指先で叩くと、静かにマスクが開けられる。
観念したって感じだな。
しかしキスを落としながら薄目を開けると、硬直したポーズで未だ微塵も動かないサウンドウェーブが見えた。どうしていいのか手探り中と言った様子で拒絶はしないものの、されるがままになっているのがよく分かる。
慣れてねえんだろうなあ。自分の欲を差し引いても、小慣れたイメージがこいつにまるっきり結びつかない。今まで誰かと、なんて噂だとしても聞いたことがないしよ。
逆に言えば、こういう好いた惚れたやらのぐちゃぐちゃしたこいつが戸惑うような感情や思考を今までこいつが理解しなくて良かったんじゃねえかとふいに思い出す。情報としては知ってたんだろうけど、自分の情緒は育ってなかったようだし、これからは嫌でもまた『ファン』が出来た時にこういうのに触れる機会が増えるんじゃねえのか?
だけど、これであんたは俺のもんだ。困ったら俺を呼べ。俺にはそれくらいしか能がねえけど、いつだって一番速くすっ飛んで来てやる。スキャンのコントロールが利かなくなったら、俺たち以外に誰も居ない場所に連れてってやる。俺を必要として、利用しろ。
俺がぐちゃぐちゃと考えているのを察知したらしいサウンドウェーブはやっと金縛りから解けたらしい。合わせていた唇に歯を立てられる。
思わず手放すと、相変わらず無表情ながらサウンドウェーブが少し笑ったような気がした。
「……お前は意外とこういうことに関しては情動や独占欲が激しいのだな。サンダークラッカー、貴様もやはりデストロンだったか」
久しぶりに、サウンドウェーブに名前を呼ばれたのが、しかも笑顔つきで呼ばれたのがこんな文脈というのがなんとも惜しい。
心配する必要がないほど『証明し続けてやる』とは言ったものの、どこまで手を出して良いのか分からない。サウンドウェーブについても、どこまで了承しているのか分からない。ダサいくらいマジになっている自分がどことなく気恥ずかしい。
「いいんだよ、お前だけ知ってれば」
俺は照れ隠しながらサウンドウェーブに笑い返した。
作業スペースに戻ると、作業は完了していたが、スカイワープとフレンジーがかなり騒がしく喧嘩をしたらしかった。せっかくチャンスをやったのに、素直にはなれなかったらしい。
その上、サウンドウェーブという監督者が居ない中での騒ぎを聞きつけたメガトロン様が直々にその二機をお叱りになっているという最悪の状況下だった。メガトロン様に怒られるというのはスカイワープには堪えるだろう。これは後でフォローが面倒くさいパターンだ。
作業予定メンバー以外のデストロンが何人もその空間に居るのは、どうせ見物のギャラリーでもしていたのだろう。傍からスカイワープたちへの説教をにやにやと見物している。
本当に帰ってくるタイミングと状況としては最悪だった。
サウンドウェーブはともかく、俺はもう護衛任務から外れている。優先すべきは共同作業の方だった。俺が作業をサボった事実には変わりない。加えて、いつもは俺が間に入って仲裁のようなことをしていた。その俺が最後に残していった波紋で騒動になっていたことが分かれば、メガトロン様もご叱責されるに違いない。言い訳しようにも、サウンドウェーブのことにしろ、スカイワープのことにしろ、ギャラリーの前で本当の理由なぞ言えるわけがない。
メガトロン様がこちらに振り向いた瞬間、俺は瞬時に覚悟を決めた。
が、そのとき、後ろからスペースに入って来たサウンドウェーブがすかさず間に分け入って来た。俺が呆気に取られる中、サウンドウェーブは妙にはっきりした音声でメガトロン様に話しかける。
その内容は俺にとっては信じがたいものだった。
「メガトロン様、サンダークラッカーハ御命令通リ、俺ノ護衛ニツイテイタ。コレデ完全ニ俺ノ顔面ヲ割ラレル失態ノ後処理ト、ソノ他ノ『周辺クリア』ガ完了シタ」
「うむ、ようやくか。サンダークラッカー、良くやったな」
メガトロン様が俺に向き合い、労いの言葉をかけてくださる。が、その時点で俺の理解はついておらず、ブレインがはてなマークで多い尽くされていた。
作業はすでに終了している。メガトロン様は俺とサウンドウェーブを待っていたらしく、すぐに部屋から出て行く。俺は無言で会釈をするだけの返答を、ようやくその背中に返した。
メガトロン様の退出を合図にぞろぞろとスペースの中からサウンドウェーブと俺を除いた全員が出て行く。中には好奇の目を動かない俺に向けてくる奴も居た。サウンドウェーブの『護衛』というキーワードから、何を連想したかはしらねえ。だが、俺とサウンドウェーブが暴漢を返り討ちにしたことに気づいた奴も少なからず居ただろう。しかし、メガトロン様直々の御命令からの任務だったことは一目瞭然で、表立って尋ねてくる奴は居なかった。
サウンドウェーブと俺だけが残り静かになったスペースで、サウンドウェーブは俺に向き直り突然勝利宣言を言い放った。
「『お前は俺がいないとだめだな』ダッタナ?」
「おい、さっきの!」
やっと失っていた言葉が発声装置に戻ってくる。面白がっているのか、大真面目なのか。サウンドウェーブは相も変わらず、平坦な声で俺が疑問に思っていることへの説明を始める。
「俺ノオ陰デ折檻ヲ免レタダロウ。感謝スルコトダナ。護衛任務ニツイテハ、俺カラノ任ハ解イタガ、メガトロン様ノ御命令ガ失効シタワケデハナイ。ソレニ、俺ニハメガトロン様ノ御命令ヲ解消スル権限ハ無イ」
そういやそうなのだが。なにか言い表しがたい脱力に襲われる。メガトロン様の前で決めた覚悟に使った気力を返して欲しい。
「だけど、みんなの前で言うことじゃねえんじゃないのか?」
デストロン郡の中で波風を立てたくなかった。
それ以上に、忘れた頃にサウンドウェーブがまた誰かに……なんてことがなくはない。今までの奴らからの報復だってないわけじゃない。徒党を組まれれば流石のサウンドウェーブだって多人数相手の戦闘はキツい。
「メガトロン様ノ御命令ダッタト分カッタ方ガ、抑止力ニナルト判断シタダケダ。心配スルナ。オ前ハ『俺ノモノ』デモアル。俺ノヤリ方デ守ッテヤル。ソレニ。何カアッタラ、」
お前を呼べば、いつでも助けてくれるんだろう?
マスクとバイザーをしてるのに、その向こうでサウンドウェーブが少しだけ笑っているとなんとなく思った。
本当に、こいつ、俺が守る必要なんてあるのか?俺のことを意外と気性が荒いなどと言っていたが、こいつも人のこと言えるほど大人しい性格してんのか?
でも、サウンドウェーブのこういうところは多分、俺しか知らない。そして俺については、サウンドウェーブしか知らないのだ。
顔を近づけると、マスクが開かれる。
俺は返事の代わりにその唇に歯を立ててやった。