臨時基地の周りを巡回している途中、ふと高度を下げた時、サウンドウェーブがこちらを見上げているのが見えた。ありえない話だが、なんとなく目があったような気がして地上に急降下する。と、サウンドウェーブは少し驚いたようだった。
「ドウシタ?」
なんだ、俺を見ていた訳ではなかったのか。
「いや、別に」
最近、この機体と少しだけ親しくなったという意識があったがゆえに、自意識過剰になっていたようだ。俺はスタースクリームほどトラブルメイカーではないし、スカイワープほどサウンドウェーブに対しての敵愾心はない。別に目立とうという気概もない。メガトロン様の側にいる連中の中では、端の方にいる。
サウンドウェーブの仕事は情報戦。事前準備が大部分を占める。いざ作戦が進行して実働が始まれば、俺と似たようなスタンスだ。兵士として黙々と実行していく。気づけば俺の横にいることも増えたし、それをきっかけに会話もするようになった。
お互いに安牌な相手くらいに考えていると思っていたが。気安く思っていたのは俺だけだと思うと、悔しくもある。
ブレインスキャンを持っているサウンドウェーブを前にすると、今こうしてうだうだ考えてるのすら恥ずかしくなる。意味のない誤魔化しをしながら変形する。
「そっちこそ俺に何か用があったんじゃないんです?」
「空ヲ見テイタダケダ」
俺よりも下手な言い訳に聞こえる。サウンドウェーブはいつも忙しなく働いていて、空を見上げて物思いに耽るようなタイプではない。
「ん? なんかお前さん――」
どことなくある違和感に距離を詰めると、サウンドウェーブの周りだけ異常に熱くなっているのが分かった。なんだか動きがいつも以上に鈍い。その割に排気音は小さい。オーバーヒートとまではいかないが、内部に熱負荷が溜まっていそうではある。
現在、デストロン軍は臨時基地の建設中であり、インフラが整うまではサウンドウェーブは『移動式マイクロ波通信局』としてフル稼働している。サイバトロンの通信兵の通信可能範囲は広い。この作戦のために、サウンドウェーブは常にその傍受を阻害する電波を出し、人間どもの衛星映像を書き換え続けている。
こんなことはサウンドウェーブにとっては朝飯前のことだろう。しかし、それにプラスしての地上屋外で軽作業をしている。土埃やら空気中を漂う有機物が多いとフィルターが詰まりやすい。
加えて、この日差しと気温の高さ、だ。この星は規模の大きい恒星が近すぎる。特にボディの色が暗いサウンドウェーブは太陽光の熱を吸収しやすいのだろう。
色々な要因が組み合わさっての、鬼の参謀殿のご霍乱、と言うやつだろう。
「あんたでも熱暴走寸前なんてポカやるんですねえ」
そりゃあ、ぼうっと上も見上げる訳だ。
「で?」
「――何ガ、ダ?」
デストロンの中では切れ物で通っている機体のブレインが、今は自分以下だという事実に俺は思わず吹き出すように笑ってしまった。
こいつ、いつもは周りを馬鹿だなんだと言いやがるのに。なんだっけか。サウンドウェーブ頭イイ、デストロン馬鹿バカリ。だったけな?
そんなサウンドウェーブが、俺が馬鹿にする文脈で笑ったことにさえ微塵も反応を返さない。流石にしばらくすると、その異常性に少しだけ心苦しくなった。
別に解消する手段がないわけじゃない。
「……で、あんたの情報参謀としての仕事、地上じゃなきゃ出来ない奴です?」
「意図不明、説明求ム」
やはり頭もスキャンも回っていない。いつもの参謀殿とのギャップに、再び込み上げた笑いを不謹慎だと噛み殺しながら、俺は空に向かって指を掲げた。
「成層圏デートへのお誘いです」
「ドウイウ……?」
「上、行きません? 風もあるし、少しは涼しいですよ」
「…………」
少しの逡巡の後、サウンドウェーブが鈍く頷く。それを見るが早いか、俺はトランスフォームし、同じく変形途中のサウンドウェーブにフックをかけて地表から離れた。
高度を上げる度に、どんどん涼しくなっていく。とはいえ、急激に冷やして内部がショートでもされたら困る。ので、一気に成層圏まで行かず、しばらくはそこそこの高度のところでぐるぐる飛ぶことにした。
機首下に吊るしたサウンドウェーブは、ラジカセのまま何も喋らない。
幸運なことに、現在地は地球の太平洋南部で、煩わしい人間の航空航路とあまりかぶらない。つまりは、上空ではサイバトロンに見つかる心配が少ないということだ。サイバトロンどもは人間と協力関係にある。
人間たちは何かあればすぐに奴らに連絡しやがる。だから、あの連中をいつもみたいに気にしなくていいのが気楽だ。飛んでいて気分がいい。
セイバートロンでは制空権こそ取れていたが、硝煙や散布されたチャフで濁った飛びにくい空だった。ジャミングでレーダーが馬鹿になれば、目視と経験で爆撃せざるを得ない。地上近くや地下まで深追いすれば、サイバトロンどものゲリラ戦法が待っている。サウンドウェーブが展開している時は、通信機が壊れてフレンドリーファイアなんてこともよくあった。
……スカイワープがサウンドウェーブに当たりが強いのはそれもあるのか?
足元、遥か下方にある臨時基地が見える。意外にも、俺がサウンドウェーブを連れて行ったことには、まだ誰も気がついていないようだ。サウンドウェーブさえ抵抗しなければ、このまま何処かにサウンドウェーブごと飛び去っても、ある程度は誰も気づかれずに逃避行可能だろう。
一瞬ブレインをよぎった馬鹿な妄想に、俺は自分で苦笑する。
逃亡兵の末路は悲惨だ。実行する気はさらさら無いが、あまりにザルだと魔がささないわけでもない。それに、サウンドウェーブが抵抗しないという大前提が用意出来ない。いくら地球の空の方が自由に飛び回れるとは言え、所属がなくなるわけではない。
それはそうと、サウンドウェーブと言えば、この辺りからこっちを見てるのを見つけて降りてったんだが。まさか思い込みとは――
「――オイ」
ずっと黙りこくっていたサウンドウェーブが急に声を上げたことで、俺は思わず旋回した。
やべ、今、何考えてたっけ。別に変なことは考えてなかったと思うが。
他人の頭の中を覗けるサウンドウェーブと一緒にいながら、なんとお気楽だったかとゾッとする。サウンドウェーブの機熱なんかよりも先に、俺のスパークの方が冷え切ってしまった。
「えーっと? な、何ですか?」
声を上げたくせに黙っているサウンドウェーブに困りきり、俺は怯む気持ちを必死に抑えた。これまでの経験から、こいつが黙った時は、何か言いたいことがあるのだ。
いつものあれだ。
サウンドウェーブはバイザー越しにじっとこちらを見る癖がある。ブレインスキャンをしているのか、言葉を選んでいるのか。何を考えているのかが分かりにくい。加えて、マスクのせいで話したいのかどうかも、話し始めるタイミングも分かりにくい。
慣れると何となく分かるような気もするが。
永遠にも感じる沈黙の後、サウンドウェーブはゆっくりと話し出した。
「……オ前は、セイバートロンよりモ地球ノ空ノ方ガ、ステルス性ガ高イのだナ」
そこまで雰囲気ありげに、俺に言うことか?
「はあ、なるほど?」
しかしそれは確かに、と思う。地球の方が俺のボディの色に近い場所が多い。海洋だって、セイバートロンの錆の海とは比べ物にならないくらい綺麗だ。青く、深い。
前にスカイワープからは、危うく撃ち落としかけた、なんて言われたことがある。特に海面近くや上空を飛ぶと、視認性が低くなるらしい。そういうデメリットはあるが、適しているという意味でも地球では飛んでいて気分がいい。
サウンドウェーブは俺の思考を読んだらしく、意地悪く笑う。
「地上カラ見ていると、ナカナカ捕捉出来ないカラナ」
「そりゃ結構なことで――ん? じゃあさっきのは、やっぱり俺を探してたってことですか?」
「サアナ。アノ高度カラ俺ヲ見つけられる奴が、センサーに掛かったダケダ」
痛いところを指摘され、俺は取り繕おうとする。が、結局どっちもどっちと言うことには変わりないことにすぐに気がついた。
「まあ、でも、俺が気づいてよかったでしょう?」
問いかけるが、サウンドウェーブは何も言わない。しかしそれが何よりの答えではある。
そろそろ、いいだろう。
高度を少し上げる。灼熱の地上が遠くなる。
相変わらず、下の奴らと言えば、サウンドウェーブの不在に慌てている様子はない。
「……当たり前ダ。俺は俺ノ役割ヲこなしてイル。オ前ハ哨戒をサボっているワケだが、俺が側ニ居テ、気づかれる筈ガ無イ」
当たり前のようにブレインスキャンで頭の中に言葉を繋げてくるサウンドウェーブの傲慢さに、俺は呆れて笑った。あのサウンドウェーブが隠蔽していると言うなら、そうなのだろう。
「人聞きの悪い。指定空域内ですよ。サボってるわけでもない。情報参謀殿を拐かして、デートしてるだけですから」
「馬鹿メ。ナオ、悪いダロウ……」
けちをつけてくるサウンドウェーブの機熱は、だいぶマシになってきたが、まだ下がらない。俺は地上からでは流石のサウンドウェーブでも見えないだろう高度へ舞い上がった。