青を捉える(サン音)(未完)

 ――サウンドウェーブってさ。

 角を曲がる時、ふと聴覚センサーが自分の名前を拾い上げた。今からその通路に足を踏み入れようとしていたのに、なんと間の悪いことか。それとも俺の聴覚センサーの出力範囲が大きすぎるせいなのか。
 その声を分析するに、最近デストロンに加わった者が話しているらしかった。
 悪口にしろ、なんにしろ。上に立つ参謀としてはどの程度まで組織に影響があるのか興味が無いわけではない。会話というものは大事なデータだ。音声ログと違い、データとしては揺らぎがあるが。元の思想はどうであれ、他者との会話の中である一定の方向へ変質することは多い。話し相手からフィルターがかけられれば、単純な者たちの意見などはころりと転がる。
 それに、『自分たちしか聞いていない』と思い誤まって重大な情報をつい話してしまうもののなんと多いことか。
 分析対象としても実利としても収集は悪くない。
 思わず立ち止まって会話を探る。

「あいつって、どういう奴なんだ? 子飼いのチビどもがお前に喧嘩ふっかけられても、黙ってじっと見てるだろ? 不気味でしかないんだがよ」
「知らねえよ、陰険参謀のことなんか」

 新入りの疑問に答えた声は、スカイワープのものだった。
 俺の調べでは、こいつが俺に変なあだ名をつけることが、入ったばかりの新入りどもの俺への軽視の速度が速まる原因になっている。いつかは何かの形で締め上げる必要があるのかもしれない。が、今は別にそこまで大きな問題ではない。

「まあ、お前は新参だから知らねえとは思うけど、カセットの連中は小せえがあの見てくれで力は強いからな。俺が一方的に破壊することはねえって思って放置してんだろ」

 とはいえ、このスカイワープという機体はチビだなんだと小さな機体をいじめるのが好きなようだが、そのくせフレンジーたちの実力を認めているところがある。
 それもお前を見逃しているひとつの理由だ。
 声にこそ出さないが、こういった認識ではいる。それはお互い様、というやつだ。こいつも、死んでも認めているなどとはフレンジーたちには言わないだろう。

「へえ、そんなもんなのか? サウンドウェーブって何考えているかイマイチわかんねえからさ。おたくら付き合い古いんだろ?何か知ってるか、とか、どんなもんかと思ったんだけどな」
「俺らとあいつをいっしょにするんじゃねえよ。あの野郎が何考えてるなんて、誰もわかんねえんじゃねえか?」

 畳み掛けるようにスカイワープが言い切り、新入りが納得したように排気音を漏らす。そこで会話が途切れた。
 終わったか。忙しい中立ち止まった割に、有益な情報は何一つ得られなかった。……『何考えているかイマイチわかんねえ』これは大多数の機体が俺に対して思っているらしいことだ。その程度の情報はもう既に大体押さえている事実で、俺がわざわざ立ち聞きしたり、ブレインスキャンしたりする必要もない。
 新入りのような新しい因子は、デストロンという環境や他の機体に対して『馴れ』がない。だからこそ、俺という異質な機体に対して不気味さを抱いているのだろう。
 相手を知らない、というのはひとつの恐怖のかたちだ。相手の強さを知らずに喧嘩を吹っ掛ければ痛い目にあうのは喧嘩の初歩であり、どんな低能でも分かるまでその身に叩き込まれるルールだ。目の前の相手がぶちのめせるか、ぶちのめせないか。中にはいつまで経っても理解しない愚か者もいるが、粗野で喧嘩早く暴力でのコミュニケーションを図りがちなデストロンでは第一印象や初段階で顕著に探りが入る。機体、武器といった外見に加えて、性格や思想、思考などの中身。
 俺は他の機体の中身をブレインスキャンで簡単に知れるが、奴らは俺を理解することは出来ない。そのうえ、俺は相手の弱みを簡単に握ることが出来る。それがまた恐怖心と嫌悪感を他機に植え付ける。マッチポンプ的に恐怖が倍増する。
 どうせ、俺の考えていることを分かるものなどジャガーたち以外に居ないのだ。同じデストロンであっても自分以外の頭の中など分からない。連携の多いジェットロンたちも、合体などをするビルドロンやスタントロンでさえも、『完全に』理解しあっている者達など少数でしかない。
 もともと、ある意味で自分又は自分たちのこと以外など興味がないのがデストロンというものかもしれないが。
 俺とてブレインスキャンがなかったら、他の機体の考えていることなど決して汲み取れないだろう。
 既得情報しかない無価値な会話だと分かり、早くスカイワープたちが立ち去らないものかと俺はまた少し間の悪さを感じる。
 こちらとて暇ではないのだ。

「でもよ」

 こっそりと行く手に居るであろうスカイワープたちの様子をうかがおうと顔を出したのと、第三の声が聞こえたのは同時だった。
 慌てて、元の位置に戻る。

「あいつのやり方って効率いいよな」

 誰だ、と一瞬考え込むが、ブレインの演算がジェットロンの水色の機体をはじき出した。

「そりゃあサンダークラッカー、そんな風に思えるのはおめえが利用されたことねえからだよ」
「そうかよ。で、何やってとっちめられたんだ?」
「うるせえ!」

 特に深い理由は無かったのか、それとも話すつもりは無いのか、サンダークラッカーはそこで効率とやらの話は切り上げてしまう。脳波を見てやろうにもちょうど範囲外に立っているらしい。
 俺のもやもやとしたものを置き去りに、

「俺としちゃあ、あいつが何考えてるかってものも気になるけどよ。マスクの下でいつもどんな顔してるのかは気になるぜ。笑ってんのか怒ってんのか、抑揚がねえからな」

 とサンダークラッカーはぼやくように言った。他の二機も、うめくような声で同意する。
 ――俺の、表情。
 ふいに自分がいつも話している時にどのような顔をしているか想像するが、具体的には思いつかない。
 そんな考えを巡らせているうちに、会話はどんどん先に進んでいく。

「表情ね。サウンドウェーブの感情の集積回路は半分くらい壊れてるって噂じゃねえか。きっと能面さ」
「そんな噂もあんのか」
「面って言えば、あいつっていつもマスクとバイザーつけっぱなしだけどよ。どんな顔してるんだ?不細工なのか?」

 新入りがスカイワープとサンダークラッカーに尋ねる。スカイワープはそれに鼻を鳴らし、サンダークラッカーは何も言わなかった。

「知るかよ、あいつの顔になんてナノミリほどの興味もないぜ」
「古参の連中はつめてーなあ」

 吐き捨てるように言うスカイワープに対して、ふざけた調子で新人はぼやく。
 三機はやっと動き出したようで、その声はだんだんと遠のいていった。
 ――何故、このタイミングで、こんなことを思い出したのだろう?

「何故ここに来た」

 ごりごりとその背に銃を押し付けながら、尋問するように問いかける。

「サウンドウェーブか?」

 硝煙がなおくすぶる中、任務以外で話したことのなかったその機体は、いとも簡単にエフェクトの無い今の俺を聞き分けた。

 

 ***

 

 水色の羽にブラスターガンを当てながら、この機体が俺の元に来た理由を思案する。恐らくは――

「いや、俺はメガトロン様に」
「護衛につけられたのか」

 一番妥当な回答だ。
 俺の『尻拭い』を秘密裏に成すのならばそれなりのレベルでの人員配置になる。スタースクリームが俺を保護する命令など受ける筈がない。比較的忠誠度の高いビルドロンやスタントロンでは数が多すぎる。だから万が一にそのような命令が下るとしたら、スカイワープかこいつ――サンダークラッカーが割り当てられるとは思っていた。
 俺は念のためブラスターガンに充填していたエネルギーを消費するため、その経口の先を水色の羽から壁際で伸びている襲撃者へと滑らした。
 目標がステイシスモードに入る音を確認しながら、襲われた弾みで周囲に散らされたリペアキットを回収し始める。
 別にこの機体が来なくとも、同じ結果にはなっただろう。とは言え、あのお方が内憂するほどには俺の失態にひどく関心が集まっているらしい。

「なんですぐにリペアしなかったんです?」

 水色の機体がおずおずと尋ねてくる。その足りない頭の中では――あの逃亡から既に4メガサイクルは経っている。今まで何をしていたのか――疑問を抱いているようだった。
 5.5メガサイクル前、デストロン臨時基地は新兵器の開発を察知したサイバトロンの襲撃にあい、激しい戦場と化した。原因は恐らくは兵器が発射時に発する高エネルギー波をテレトラン1に察知されたことであり、元を辿れば約6.75メガサイクル前の『不必要な使用』こそが引き金となっている。
 とにかく、敵の猛攻によりデストロンの形勢は崩れ、俺はサイバトロンの通信員相手に撃ち合ううちに持ち場から引き剥がされた。その間に兵器はサイバトロンによって無理矢理にコアが解除されて暴走。壊れる直前に発射されたビームはその音に振り向きかけた俺の頭部に直撃した。コア解除後の威力であったため、損害状況はいくつかの回路とバイザーとマスク、胸部装甲のみに押しとどまった。しかし、その異常を来たしたいくつかの回路が問題ではあった。結果として、俺は退避行動を取らざるを得なかったのだが……
 この機体のさきほどの問いに俺は答える義務はない。
 しかし、答えないということは階級が自分より低い一兵士に冷静さを欠いているという事実を突きつけられているようで。しかたなく、俺はなんてことないふりをしてそれらしい返事をする。

「諜報データのバックアップと、基地内データの確認だ」

 聞いておきながら、後ろでそいつが面食らったのが分かった。俺が答えないと思っているなら何故口に出すのか。
 しかも、余計なお世話もいいところに、俺の心配をし始める。その情報を悪用するかもしれない相手に、そんなに簡単に言ってもいいのかと悶々とブレインの中でくだらないことを考えているのが、頭の中に流れ込んでくる。
 いつもだったらさっさと締め出してブレインのデータからデリートするようなくだらない思考だ。
 しかし外界とのフィルターであるマスクとバイザーが吹っ飛び、回路が焼けたことで少なくとも動揺している俺は、うまく自分自身にだけ集中することが出来ずに相手のブレインの電磁波を勝手に受け取ってしまう。
 ――頭のいいやつの考えることは分からねえ。護衛の任務とやらに守秘義務が無いとは限らないんだぜ?俺がそんなことをする度胸が皆無だとでも思われてんのか。それとも、嘘か。その両方か――
 なんとも勝手なことを考えているのだろう。
 そいつは黙っていることが出来なくなったのか、また確認を求めて話しかけてくる。

「……確認してたデータって、あんたの情報のことだろ?あんたがいつもやってることを逆にやられないようにすんのか。正しいとは思うぜ。最凶の武器は恐怖だからな。脅迫の怖さで他人を動かすのは利口だ」

 思いがけない肯定に舌を巻く。その脳内の理論は整然としている。サンダークラッカーは低脳ではあるが、なかなかバカでもないらしい。
 ただ、与えられた情報が合っているとするならば、ならだが。
 苦手に思われることの多かった俺だが、他の機体を苦手に思う感覚というものは、こういうものだったのかと思い出す。
 俺の苛立ちを感じ取っているのなら、なぜ話しかけてくるのか。その姿勢は俺にはまったくもって理解不能だった。

「ただ、今回からはあんたに対する報復方法が足されたわけなんだがよ」

 そんなことはお前なんぞに言われなくとも分かっている。
 その言葉に思わず振り返ると、水色の機体は非常に驚き、それから自信のなさそうな表情になった。サンダークラッカーは何か俺の地雷を踏み抜いたと感じているようで、その焦りの脳波が俺のブレインを埋め尽くす。
 そういえば、こいつがここに来てから、こいつの顔をまじまじと見たことがなかった。
 じっと見つめていると、サンダークラッカーの落ち着きがなくなっていく。先ほどから俺の顔についてなんだかんだとぐちゃぐちゃと考えていたが、実際に面と向かえば思考を散らしている。
 こんな奴に俺は思考を乱されていたのか。
 相手も落ち着かない様子だと分かり、少しだけ冷静さが戻って来た。

「…………」

 俺が手元のリペア中のパーツにセンサーの焦点を戻すと、サンダークラッカーが小さく排気音を漏らしたのが聞こえた。
 もうこちらに話しかけるつもりはなくなったらしい。しかし、その脳内は相変わら様々な感情や思考を撒き散らしている。
 ――何でこっち向いてリペアするんだ。もしかして、恐怖、って言葉に対しての抵抗なのか?というか今ので一瞬忘れていたが、こいつは俺にこんなにまじまじと素顔を晒していいのか?あの逃亡の時に慌てふためいた姿を晒したのは何だったんだ――
 ――サウンドウェーブはマスクやバイザーの下ではどんな表情してるのかと以前仲間内で話題になったことがあったが、襲われてもこんなふうに無表情じゃ勃つモノも勃たねえ。さっきの戦いではあんなに動揺した様子だったのに、犯されそうになった時は落ち着いているってどんな精神構造してやがるんだ?――
 ――過去だなんだとかが大事だとかは分かるけどよ。手前の機体をどうのこうのされかけた直後でもすぐいつも通り? 俺が居るからか? しかし、もしひとりになりたかったらそう命令すればいいだけだろ?――
 ……ええい、うるさい。全くリペアに集中できない。普段は飛ぶこと以外は何も考えていないような顔をしている癖に。
 サンダークラッカーは俺がよく分からないとごちゃごちゃと考えているようだが、俺もこの水色の機体について何も理解できそうになかった。