お弁当サン音2:ハンバーグ

「なんか今日、お前やけに機嫌いいな」
「そうか?」

 今日は朝から、幾度となくそんなことを言われる。
 そうか? などとすっとぼけてはいるが、実際俺の機嫌はとてつもなくよかった。昨日とは打って変わり、俺はもう今日の昼飯時が楽しみでしかない。というのも、何が中身か既に分かっているからだ。
 いや、あの蓋を開けるまで何が入っているのか分からないどきどき感というのもたまらないが、今回は別だ。
 今朝、サウンドウェーブに弁当箱を渡された時、こう注意されたのである。
『ハンバーグのソースは溢レルと染ミなって悲惨ダカラ、気ヲつけろ』
 ――ハンバーグ!
 俺がサウンドウェーブが居なくなった後、小躍りしたのは想像に難くないだろう。とにかく、古今東西、これだけは言える。
 ハンバーグが嫌いな男は居ない。(なお、菜食主義者は除く。いや、しかしそういうやつらも豆腐ハンバーグとか食うし、やっぱり『男はハンバーグが好き』で多分間違いない。)
 そんなわけで、今朝から俺のテンションは昼飯時に近づくにつれ、だんだんと高くなっていった。
 自分ながら、単純な男だ。いや、男だからこそ、このテンションの上がり具合になるのだ。それに、元々デストロンは肉好きの奴が多い。そして俺もそれの一人なだけなのである。
いやあ、サウンドウェーブと付き合うことになって本当に良かったぜ!
 俺はひとりほくほくと満足感に酔っていた。

 

 ――と、ワクワクしていたまでは良かった。しかし、俺はうっかり失念していたことがある。
 周りの奴らのことだ。
 あんな全員の前でサウンドウェーブの弁当がいかに美味しいかの証拠立てをしてしまったのだ。昨日、オムライスの一件で姿をくらませたのもあって、周りの奴らが俺をほっとくわけがなかったのである。
 浮かれすぎていたと言う他無い。

 

 休憩時間の開始を告げるベルが鳴り、俺は作業を放り出すと、いつもたむろっている場所へすっ飛んでいった。
 サウンドウェーブ様々である。

「よっしゃ、いただきます!」

 小さく手を合わせ、さっさと弁当の結びを解いて蓋をあける。ぱっと開いた中には――

 トマト煮込みのハンバーグ
 人参とブロッコリーのグラッセ

 レタスで仕切られたメインのおかず以外には、
 飾り切りされたゆで卵
 プチトマトとモッツァレラチーズが爪楊枝に刺さったもの

 ハンバーグにかかったカットトマトのソースの下には、ソースがこぼれないように油を吸い上げるためにスパゲッティが敷かれているのが見えた。米の段を開ければ、ハンバーグということで少しヘルシー志向なのか、五穀ごはんが詰まっている。

「お、おー、今日はずいぶんとまた……」

 と、思わず声を漏らす。――が、その声は俺だけじゃなかった。

「情報参謀、こっちも有能かよ」
「うまそー」
「メガトロン様のあの遠征時のいつもの重箱弁当もサウンドウェーブ作らしいんだろ?これぐらいやるだろうよ」
「まさかあいつが優良物件だったとはな」
「お前らいつの間に!?」

 驚き振り向けば、ほとんどの機体が後ろに集まってまじまじと俺の弁当を覗き込んでいた。
 口々に好き勝手に言うやつらのほとんどが、今日俺に『ご機嫌だな』と声をかけてきた機体だったと認める。そしてそれぞれの羨ましそうな表情を見た瞬間、俺は即座に弁当の蓋を包み直し始めた。
 ……この次のセリフは予想できる。

「一口くれ!!」

 弁当をキャノピーに放り込んで、トランスフォームする。
 冗談じゃねえや。お前らの一口はでかいんだよ!

「散れ!これは俺のだっての!」

 群がる機体を振りほどこうとするも、羽をつかまれ、思わず弁当の入った腹部を押さえながらロボットモードに変形する。

「哀れな独り身の俺に一口くらい恵めってんだ!」
「知るか!」
「ハンバーグは男のロマン、そういうの分かるだろ!?」
「自分で作れ!」

 どんどんと騒ぎが大きくなる中、遠くでサウンドウェーブとカセットロン、メガトロン様が小うるさそうにこっちを見ているのが見えた。
 何でこいつら、サウンドウェーブの方に食わせてくれって頼まねえんだよ!
 打算にしろ、俺に毎日弁当を作ってくれていたくらいだ。頼めば誰にでも――
 お前はこれからいつでも食えるんだから一口くらい良いだろうが、と誰かが叫ぶ。

「絶対、いやだ!」

 サウンドウェーブの弁当は俺のもんだ!
 昼休みの残りはあと50サイクル。時間以内に俺はこの弁当を死守し、見事ハンバーグにありつけることが出来るんだろうか。
 今日もきっとサウンドウェーブの弁当はうまいだろう。

 ただ、俺には一つ決心したことがあった。

 

 

 

「ごっそさんでした。今日の煮込みハンバーグ、食べたらプレーンとチーズ入ってるやつの二種類あって美味しかったです。チーズ入ってるから上にかかってたトマトソースがしょっぱめで、それがグラッセの甘さにめちゃくちゃ合ってました」
「ソウカ」
「で、……あんたに頼みたいことがあるんだけどよ」
「これ以上ナンダ?」
「明日から毎日、俺と一緒に昼飯食ってくれ」