ここ数週間の俺の昼飯時の頑張りは、カセットロンの期待に沿ったものだったらしい。ちゃんとサウンドウェーブに話しかけようとする意欲・態度が評価されたようだ。
その為か、(今日はサウンドウェーブが注意を払っていたせいで、ふたりきりは回避しているので)カセットロンと昼飯を食べている時、ランブルが急に俺にこんなことを言った。
「サンダークラッカー、今夜ヒマ?」
「は?」
思わず、箸で掴んでいた煮カツを飯の上に落とした。煮汁を含んで醤油色に少し膨らんだ米と、卵で煮とじられたたまねぎの上にカツが転がる。横目で様子を見た限り、やっこさんも水筒を落としかけていた。
しかしこの突飛な質問にヒューズが飛ぶくらい驚いたのは俺とサウンドウェーブだけで、他のカセットロンは平然としている。
「サウンドウェーブが居るってのに、金曜の夜になんか他に予定でもあんのかよ?」
俺が固まっていると、即答しない俺に対して不満そうにランブルががなった。その様子から、俺とサウンドウェーブの動揺も解ける。
別に『誘っている』わけではないらしい。
「いや、別に特にねえけどよ。それにしたってお前、言い方ってもんが――」
「じゃあ、週末だし、夕飯も食べてけよ」
「いいのか!?」
俺が思わずガッツポーズする一方、サウンドウェーブは今度こそ手の中の水筒を落とした。それが脚部に当たり苦悶しながらも、黙ってはいられないらしく震える声で反論する。
「待テ、俺は聞イテない!」
いやいや、またサウンドウェーブは了承してないのかよ。俺は夕飯もサウンドウェーブの作ったもんが食えるというのは嬉しい限りだ。が、数週間昼飯を食べるだけの関係の奴を家に呼ぶのは、少し急進的すぎやしねえか?
流石にサウンドウェーブに同情し、振り上げた腕は下ろす。カセットロンとサウンドウェーブたちが言い合いを始めたのを、弁当を食べながら静かに話の動向を覗う。
これから先は、『ご家庭の事情』だ。
しかし、少しの議論の後、結局はサウンドウェーブがため息をつきながら
「……ぐ、コンドルがソウ言ウなら仕方ナイ」
と、折れる結果に終わった。
「よっしゃ!回鍋肉、回鍋肉が食いたい!」
俺にとっては都合の良い結末ではあったので、タイミングはここぞ、と夕飯のリクエストをしてみる。
少し疲れた様子のサウンドウェーブだったが、料理に関しては立場の弱い俺の要求を却下する余力はあったらしい。
「昨晩、ウチは酢豚だったカラ中華は却下ダ。ソレニ、今日はもうフレンジーたちのリクエストでカレーと決まってイル」
とすかさずまくしたてた。
要求は『出来たら』程度の要求でしかないので、カレーという選択肢しか与えられなくとも俺は構わない。そのかわり、カレーという言葉にブレインが反応し、口がカレーの味を求め出す。
「あー、カレーもいいなあ」
単純に手のひらを返した俺に、サウンドウェーブは面食らった様子だった。そして、やり場をなくした言葉を違うものに切り替える。
「……オ前が増エルとなるト、ルーが足りナイ。帰リにフレンジーと買い物に行ッテ来い」
「了解!」
それくらいのお使いなど、サウンドウェーブの夕食にありつけるのだから、安いものだ。
そう思った瞬間、ブレインにふっと『安い』という言葉が残り、俺は今まで考えもしなかった概念にたどり着く。
――そういや、今まで材料費払ってなかったな。
最初の弁当は、スカイワープとカセットロンの喧嘩をなだめたお礼だった。それからはただただ、このサウンドウェーブという機体の打算を含んだご厚意というもので俺は弁当にありついていたのだ。自分のことながら、周りが何故あんなに驚いたのかに今更理解が追いつく。
なにかをしてもらうということは、無償にしろ有償にしろなんらかの同意の下で受けているのが当たり前だ。だから、それを頼んだり頼まれたりする契約関係を結べるほどの関係ということになる。料理は私生活の基本のひとつで、それを負担してもらうということは、そのふたりはかなり深い関係性を持っているということになる。しかも、そういう面倒ごとをいつもは避けるような奴、つまりサウンドウェーブのような奴にやらせている。
ああ、そりゃあみんな驚くわな。
俺のブレインの演算機能がやっと見えていなかった事実に行き着く頃、サウンドウェーブはわざとらしくため息をついてみせた。
「自分ヨリ稼ぎの無い男に恵マレル趣味は無イ」
一瞬、驚くが、相手はサウンドウェーブだ。
ブレインスキャンかとすぐに合点する。
「ひでえな」
事実とは言え、男の面目を傷つけるようなことを平気で言い放ちやがった。
甲斐性の無い俺でも流石に苦笑う。
それでも、こういう言い方はこの数週間で慣れてしまった。こいつは事実ならはっきりと言って良いと思っているのだから仕方ない。それに、俺の口はすでにカレーの準備が出来ている。
「とりあえずは、出世払いってことでひとつお願いします」
とりあえず俺が出来る事は、そう言って頭を下げることだけだった。
ああ、上官だから立場が下なのは元々のことだが、こうして俺は尻に敷かれる様になるらしい。