お弁当サン音5:カレーライス

 ここ数週間の俺の昼飯時の頑張りは、カセットロンの期待に沿ったものだったらしい。ちゃんとサウンドウェーブに話しかけようとする意欲・態度が評価されたようだ。
 その為か、(今日はサウンドウェーブが注意を払っていたせいで、ふたりきりは回避しているので)カセットロンと昼飯を食べている時、ランブルが急に俺にこんなことを言った。

「サンダークラッカー、今夜ヒマ?」
「は?」

 思わず、箸で掴んでいた煮カツを飯の上に落とした。煮汁を含んで醤油色に少し膨らんだ米と、卵で煮とじられたたまねぎの上にカツが転がる。横目で様子を見た限り、やっこさんも水筒を落としかけていた。
 しかしこの突飛な質問にヒューズが飛ぶくらい驚いたのは俺とサウンドウェーブだけで、他のカセットロンは平然としている。

「サウンドウェーブが居るってのに、金曜の夜になんか他に予定でもあんのかよ?」

 俺が固まっていると、即答しない俺に対して不満そうにランブルががなった。その様子から、俺とサウンドウェーブの動揺も解ける。
 別に『誘っている』わけではないらしい。

「いや、別に特にねえけどよ。それにしたってお前、言い方ってもんが――」
「じゃあ、週末だし、夕飯も食べてけよ」
「いいのか!?」

 俺が思わずガッツポーズする一方、サウンドウェーブは今度こそ手の中の水筒を落とした。それが脚部に当たり苦悶しながらも、黙ってはいられないらしく震える声で反論する。

「待テ、俺は聞イテない!」

 いやいや、またサウンドウェーブは了承してないのかよ。俺は夕飯もサウンドウェーブの作ったもんが食えるというのは嬉しい限りだ。が、数週間昼飯を食べるだけの関係の奴を家に呼ぶのは、少し急進的すぎやしねえか?
 流石にサウンドウェーブに同情し、振り上げた腕は下ろす。カセットロンとサウンドウェーブたちが言い合いを始めたのを、弁当を食べながら静かに話の動向を覗う。
 これから先は、『ご家庭の事情』だ。
 しかし、少しの議論の後、結局はサウンドウェーブがため息をつきながら

「……ぐ、コンドルがソウ言ウなら仕方ナイ」

 と、折れる結果に終わった。

「よっしゃ!回鍋肉、回鍋肉が食いたい!」

 俺にとっては都合の良い結末ではあったので、タイミングはここぞ、と夕飯のリクエストをしてみる。
 少し疲れた様子のサウンドウェーブだったが、料理に関しては立場の弱い俺の要求を却下する余力はあったらしい。

「昨晩、ウチは酢豚だったカラ中華は却下ダ。ソレニ、今日はもうフレンジーたちのリクエストでカレーと決まってイル」

 とすかさずまくしたてた。
 要求は『出来たら』程度の要求でしかないので、カレーという選択肢しか与えられなくとも俺は構わない。そのかわり、カレーという言葉にブレインが反応し、口がカレーの味を求め出す。

「あー、カレーもいいなあ」

 単純に手のひらを返した俺に、サウンドウェーブは面食らった様子だった。そして、やり場をなくした言葉を違うものに切り替える。

「……オ前が増エルとなるト、ルーが足りナイ。帰リにフレンジーと買い物に行ッテ来い」
「了解!」

 それくらいのお使いなど、サウンドウェーブの夕食にありつけるのだから、安いものだ。
 そう思った瞬間、ブレインにふっと『安い』という言葉が残り、俺は今まで考えもしなかった概念にたどり着く。
 ――そういや、今まで材料費払ってなかったな。
 最初の弁当は、スカイワープとカセットロンの喧嘩をなだめたお礼だった。それからはただただ、このサウンドウェーブという機体の打算を含んだご厚意というもので俺は弁当にありついていたのだ。自分のことながら、周りが何故あんなに驚いたのかに今更理解が追いつく。
 なにかをしてもらうということは、無償にしろ有償にしろなんらかの同意の下で受けているのが当たり前だ。だから、それを頼んだり頼まれたりする契約関係を結べるほどの関係ということになる。料理は私生活の基本のひとつで、それを負担してもらうということは、そのふたりはかなり深い関係性を持っているということになる。しかも、そういう面倒ごとをいつもは避けるような奴、つまりサウンドウェーブのような奴にやらせている。
 ああ、そりゃあみんな驚くわな。
 俺のブレインの演算機能がやっと見えていなかった事実に行き着く頃、サウンドウェーブはわざとらしくため息をついてみせた。

「自分ヨリ稼ぎの無い男に恵マレル趣味は無イ」

 一瞬、驚くが、相手はサウンドウェーブだ。
 ブレインスキャンかとすぐに合点する。

「ひでえな」

 事実とは言え、男の面目を傷つけるようなことを平気で言い放ちやがった。
 甲斐性の無い俺でも流石に苦笑する。
 それでも、こういう言い方はこの数週間で慣れてしまった。こいつは事実ならはっきりと言って良いと思っているのだから仕方ない。それに、俺の口はすでにカレーの準備が出来ている。

「とりあえずは、出世払いってことでひとつお願いします」

 とりあえず俺が出来る事は、そう言って頭を下げることだけだった。
 ああ、上官だから立場が下なのは元々のことだが、こうして俺は尻に敷かれる様になるらしい。

 

「菓子とか、他にお前らの欲しいものとかはないのか? サウンドウェーブに飯作ってもらってるし、なんかあるなら買うぞ」

 調味料のコーナーでカレー粉を無事にカゴに入れた後、後ろを歩きながら声をかけると、フレンジーは無言で店内を歩いた後、瀬戸物コーナーの前で止まった。

「器? なんか必要なもんあんのか?」

 食器という予想もしていなかった選択に戸惑い、尋ねる。するとフレンジーはいつものように当たり前だというように答えた。

「サンダークラッカーの食器に決まってるだろ?」
「は?」
「うちには余分の皿なんてないからな。コンドルが買って来いってさ」

 なるほど。そこまで頭が回らなかった。そういえばサウンドウェーブの家に飯を食いに行ったなんて話は聞いたことも無い。誰も呼ばないなら、客用の皿なんか買う必要も無い訳だ。
 もしかして、あの一番最初の弁当箱も俺のためにサウンドウェーブが買ったということか?  不要なら捨てろとあの時に言われたのは、やっこさんにすれば一度きりの弁当のつもりで、俺に渡すまでがゴールだったということか。それが何を思ったのか俺が、というかあいつの予想が外れて、俺があいつの料理が美味かった意外性からあの弁当箱をあいつに返却してしかもお礼まで言った。俺の今の状況と言うのは、俺にとってもあいつにとっても『意外』の連続が積み重なったものなのだろう。
 自分とサウンドウェーブがいかに小さな偶然を綱渡って来ていたのかに驚く。あいつが俺との今の関係を不本意に思うのは仕方が無い。
 とりあえず妙な感慨は置いておいて、指定された必要な食器類やカラトリーをカゴに入れ、俺とフレンジーはレジに向かう。それからさっさと会計を済ませ、フレンジーに連れられてサウンドウェーブたちの家を目指し始めた。
 それでも、やっと状況やらサウンドウェーブの考えやらが少しずつだが見えてきて、俺のブレインは混迷を極めつつある。で、結局、俺は我慢が出来なくなっていた。

「話は変わるけど、よ」
「何だ?」
「いいのかよ。サウンドウェーブが了承してないことばっかで。お前ら、何でこうも俺とサウンドウェーブを『ちゃんと』くっつけようとするんだ?」

 元々は一回で済むはずだったことが、もしかしたら一生続くことになるかもしれなくなったことにサウンドウェーブはどう思っているのか。それを汲み取った上で、何でカセットロンたちは俺たちを『ちゃんとした』関係にしようとするのか。
 道すがら、いよいよ募ってきた疑問をぶつけると、フレンジーはなんてこともなさそうに答えた。

「ジャガーが大丈夫だって言ってたからなー。それに――」
「それに?」

 急に言いよどんで口をつぐんだフレンジーの顔を覗き込む。すると、その表情にはありありと『なんで分かんないんだよ』と思っているのが見て取れた。

「ヒントはここまで。後は手前で考えろよ。サウンドウェーブも、サンダークラッカーも。自分でちゃんと気がついた方が良いことっていっぱいあると思うぜ」
「なんだそれ」
「とにかく、ジャガーとコンドルの方針で俺たちは見てることにしたってこと」
「はあ、さいですか」

 結局、答えにはなっていない。しかも、見ているという割には、事を急がせるようなお節介が過ぎるような気もしないでもない。
 フレンジーはそれ以上はもう言わないことにしたらしく、他愛も無い世間話に切り替えた。

「とりあえず、ウチでカレーって言うと、このルーを買うってのは覚えといてくれよな。これ以外を買ってくると、サウンドウェーブが割りかし、怒る」

 手からぶら下げたビニール袋の中のルーの箱を思い浮かべる。俺のいつも買っていたものとは、メーカーも辛さも全く違う。
 ルー如きでサウンドウェーブがカセットロン相手に不機嫌になる姿というのが想像できないが、気持ちも分からんでもない。

「まあ、カレーとかって、その家その家の味ってあるよな」
「料理に関しては、サウンドウェーブの独壇場だから。あ、いくらタダ飯だからって手伝おうとするなよな。あんまり良い顔しないと思うから」

 なるほど、料理に関してはなかなかこだわりが強いということだろう。
 カレーのルーの種類。人の家のルール。頭に叩き込もうとする事柄が、まさに今からその『家』に入っていくというのを実感させる。
 人ン家のカレー食べると、本当に仲良くなった気分になるよな。

「……腹減ったな」
「おう。でも、もうすぐ着くぜ」

 夕飯まであと何メガサイクルだろう。
 使ったことの無いルーではあるが、サウンドウェーブが作るものだ。
 今夜も、サウンドウェーブの飯はうまいのだろう。

 

 

 

「ごっそさんでした」
「アア」
「食器も無いような状況だったのに、急に相伴に預かって悪かったな」
「別ニ、モウ気にしてイナイ。ソレニ――」
「それに?」
「気に入らナイなら、追イ出スのは簡単だからナ」
「……はあ、さいですか」