お弁当サン音7:あさごはん

 結局、こいつは俺の風邪が治るまでうちに泊りがけになってしまったな。
寝顔を見下ろしながら、そう思う。
 いつも通り、こいつがずかずかとパーソナルスペースに入ってきたせいで、結局うちに泊まるのさえいつのまにか許容していた。

「サンダークラッカー、朝ダ」

 声をかけるが、サンダークラッカーはうるさそうに布団の中にもぐりこんだ。
 昨日の深夜、ふと目を覚まして来たリビングでソファに寝落ちているこいつにせめてもの情けでかけてやった布団を、自ら剥ぎ取る。

「オイ、起キロ」

 流石に今度はショックでブレインがスリープモードから起動したらしい。
 俺を認識した瞬間、その機体が大きく跳ねた。しかし、

「初動が遅いのカ」

 と、声をかけると、混乱はしているようなものの、返事が返ってくる。

「あー、まあ……」

 とりあえずは起きたようなので、俺はソファを離れてキッチンに戻った。先ほど水を入れて中に煮干を浸しておいた鍋を火にかける。――やっと、いつもの朝が帰ってきた。
 結局あの後、俺はより高い熱が出てきて週末ずっと寝込んでしまった。
 俺がダウンしている間の食事はサンダークラッカーが出前を取ったり、惣菜を買ってきたり、カセットロンを外で食べさせたりとしていた。
 まだデストロンの中では人が良い方だとは言え、あいつもやはりデストロンだ。何故ここまで他人に何かしてやろうという気分になるのか不思議でブレインスキャンをしてみた。
 それによると、サンダークラッカーは未だに『自分より稼ぎの無い男に恵まれる趣味は無い』と言われたのを根に持っていたらしく、今回のことは今までの飯代の代わりだと思っているらしい。
 いつまでも些細なことに気を取られるなど、大成しない奴だ。
 とはいえ、動けない俺の代わりにカセットロンの世話を焼く姿を見ていると、デメリットには感じなかった。俺が不調でも、物事が進む。この男と付き合うことになって初めての利点だ。それに、やつの自分の甲斐性なしという不名誉をそそぐためという動機が俺には心地よかった。分かりやすく自分の利益のために動くやつというのは、分かりやすくて安心できる。

『実際、世話やかれるのも、そんなに悪くはなかったんだろ?』
 いや、そんな事は無い。ただ、こいつを受け入れようとするのではない。こいつが勝手に入ってくるから、だ。
『そうそう、結婚を前提にしたお付き合いなんだから、バリア張ったって無駄無駄』
 ……とにかく、大人しく諦めたのだ。

 油を薄く垂らした熱したフライパンに、だしと砂糖を混ぜたとき卵を入れて、いり卵を作る。すぐにダマになって出来上がったものを皿に移し、キッチンペーパーでフライパンをさっと拭く。それをまたコンロに載せ、今度はひき肉を入れてし醤油と砂糖とみりんとを垂らして炒める。その汁気がなくなるまで熱している間、弁当箱に飯をつめる。
 でんぷは冷蔵庫のどこに入れていただろうか。
 キッチンに匂いが広がると、ぼうっとソファでしていたサンダークラッカーもやっとブレインが回ってきたらしい。
 時計を見て、驚いた声をあげる。

「あんたいつもこの時間から飯作ってんのか?」
「ソウダ」

 すると、感心するようにへえだかなんだかと呻いた後、周りを見回し、呟く。

「俺も帰って風呂はいらねえと……」

 確かに週明けの日で気忙しい朝なら、この時間に起きたとは言え、帰って風呂に入って朝食となるとのんびりはしていられないだろう。
 詰められた弁当を包みながら、そうぼんやり思う。
 風呂くらいは貸してやらんこともない。しかし――

「寝落ちたし、世話になったな」
「サンダークラッカー!」

 急いで出て行こうとする背に向かって思わず声をかける。
 発声をした後では、もう取り消せない。
 なんと言ったものか。弁当を包むバンダナの端を指で弄りながら、次の言葉を探す。

「その……風呂くらい、貸してヤルから入っていケ……タオルの場所は分カルナ?」

 サンダークラッカーは少し驚いた様子で、なんて返事をしたものかとまごつくが、すぐに頷いて洗浄室の方に消えた。
 それと行き違いに、ジャガーがキッチンに入ってくる。

『おはよう、サウンドウェーブ』
「アア。今日の朝は鮭だ」
『風呂を貸すのか?』
「アア」

 ジャガーが定位置の窓の近くに陣取るのを確認し、俺は朝食の準備にとりかかった。
 フライパンにアルミホイルを敷き、魚を焼く。そのあいだ、煮干をすくった鍋のだしに豆腐と油揚げを切って放り込む。魚を見ながら、白菜の漬物をテーブルに出す。味噌を投入する。
 そうこうするうちに、カセットロンが起きてきた。
 飯をよそい、フレンジーが並べた箸に平行して置く。魚も盛り、味噌汁を注ぐ。

 風呂から出てきたサンダークラッカーは、そんな食卓を見て、なんだか嬉しそうな顔をして見せた。こういう時のこいつの頭の中はいつも同じだ。ブレインスキャンをしなくても、何を考えているのかは明白である。

 ――今日もサウンドウェーブの飯はうまそう、か。
 まったくもって、単純なやつだ。
 こいつと住むようになったら、毎朝毎晩この調子なのだろうか?

 慣れと言うのは、怖い。
 マスクの下、にやりと自分が笑っているのに気がついて、俺は真顔になった。

 

 

 

「サンダークラッカー、俺たちもう食い終わったんだから、早く食えよなー」
「何で?」
「何でって……遅刻すんだろ?」
「そんなの、俺に乗ってけば早くつくだろ?」
(ソノ発想は無かった)