Child and Child④:the Ins and Outs(仏英)

余裕なんて、この俺でもいつも感じられている訳じゃない。
そうじゃない時、『坊ちゃん』なんてアーサーを呼ぶのは自分でも皮肉だと感じる時がある。余裕を装わないと、こっちがやってられないのだ。俺だって人の子なんだからアーサーが思っているほど完璧な大人な訳じゃない。
雨音が遠くに聞こえるリビングのソファに深く沈みながら、手を組んで、俺はため息をほうっとついた。
リビングの棚にはもう物が入っていないため、リビングがいつもよりも広く感じる。こう何もないと家具の少なさが際立つ気がした。俺だってちゃんとアーサーが荷造りを進めているのくらい分かっている。アーサーにそんなことを言いたいんじゃない。

「一緒に暮らさない?」

このたった一言が喉より先に上がってこないのだ。情けないことに。
引っ越しをすることはアーサーが自分で決めたことであるし、アーサーが望んでいることだ。そのせいなのか引っ越しの日に向かって日付を更新するごとに言い出し辛くなり、今では先ほどのようにただのアーサーの気持ちを歪める行為にしかなっていない。言われているアーサーは勿論、俺もイラついているのが明らかだった。
『フランシス、バン出してくれないか』そうアーサーに言われた時、今回が最後のチャンスだと気張ってしまった。一緒に暮らし始める機会なんか、次に引っ越す時になんて延期したらいつになるか分かったもんじゃないしな。
俺は再度のため息を吐いた。
 
 
 
自分がアーサーに一緒に暮らそうと誘おうと思いついたのは、数ヶ月前にアーサーが賃貸雑誌と不動産屋の資料を開きながら、『引っ越そうと思う』という台詞を聞いて初めてだった。今思えば、突拍子のない考えだ。多分気がつかなかっただけで前々から思い描いていたのかもしれない。あいつとはガキの頃からの腐れ縁で、学生時代、そして今までもずっと側にいて何かを共有していたのだ。そのゆるい安心感が俺は好きだったし、当たり前だと見なしていた。だからこそこのアイデアはアーサーの引っ越しという新しい要素で濃くなったのかもしれない。
いや一応恋人だし幼なじみだし、好きで気に入ってて…当たり前なんだけど…

「…やだお兄さん、これじゃかなりアーサーのこと好きってことじゃない」

気分を収めるように煙草に火を付けて煙をくゆらすと、見上げた天井が意外にもヘビースモーカーになりつつあるアーサーにしては綺麗だと発見する。ふっと昔のことを思い出せば、あいつに煙草を吸わせたくなくて吸っているのを隠していた時があったように思う。
俺も青かった。
そんな陳腐な台詞で誤魔化しても、何となく気恥ずかしかい。自分が子どもっぽいという自嘲の念に捕らわれる。本当にあいつは俺が余裕綽々としたやつに見えるんだろうか。俺たちはお前が思っているような大人と子どもの付き合いなんかじゃない。俺だって子どもなのだから。

寝室の方でドアが開く音がして、俺はあわてて携帯灰皿で煙草をねじけした。