今や部屋中に、フランシスの煙草の匂いが漂っていた。
短くなったそれを灰皿に押し付けると、まだ箱を握ったままでいたでいたことに気づいた。手の中であの日のように潰れているのにまた恥ずかしくなりながら、足元に転がして置いたダンボールに投げるように落とした。
あれが俺達にとって初めての”恋愛”感情を交えたキスだったのだ。今思えば。
片付ける手を動かしながら、ぷかりとすぐに昔のことを思い出し始めてしまう。しかしそれも仕方がない。こんな風に自分の身の回りを整理してみて始めて、俺の部屋にはフランシスのものが俺の意志に関係なくどこかどうか存在していたのに気づいたからである。
先ほど煙草を投げ入れたダンボールを手繰り寄せ、それに見つかったフランシスのものをまとめることにした。
レコード、CD、詩集。前に何気なくもらったネクタイピンも入れるかどうかで迷ったが、箱の隅に置いた。
いつも目を滑らせているはずの場所にもあいつのものを見つけることが出来る。どう片付けるべきかと思っていたコンドームの箱も投げこんでやった。
フランシスと体の関係を持ったのは、お互いにやっと少しだけ近づくことが出来た日からすぐのことだった。それまでが長かったからか、ただ若かったからか、セックスまでのステップを速く速くと駆け抜けてしまったのだ。
我ながらよくある本当に青い話だ。
いや、いまもそんな関係をそれなりに持っているが、大人ぶっても何をしても俺はいつでも子どもだったのだ。そしてやはり実際に大人になっても子どものままなのだと感じる時がある。
さっきのフランシスへの態度だって、他にとるべきものがたくさん選択肢にあったほずなのに。いつも何故か相手をイライラさせてしまうひねくれた言い方を選びとってしまう。何と言っても、俺は昔から素直ではなかった。
『素直じゃないね、アーサー』
フランシスがよく俺に言った言葉を思い出してしまい、俺はため息をついた。