ダンボールを引きずりながらアーサーがリビングに入って来た。雰囲気で疲れてはいるが、なんとなく晴れ晴れとしたような表情をしている。荷物をまとめるのは終わってしまったらしい。
「運ぶの、手伝ってくれないか?」
その申し訳なさそうにしている表情を見ながら、申し出るならこれがラストチャンスだなんて頭のどこかで考える。今しかないが、何て言い出そう。絶対にアーサーが怒りだすのは分かっていた。
ぐるぐると思考で停止している間に、アーサーはくるりと踵を返していて…どうしようもなくなって、俺はその腕を背後から掴んだ。
「あ?どうした?」
腕を掴まれたアーサーはそのままでくるりとこちらに向き直った。俺のバラけた意志とは逆の、思わず、の行動ではあったが、もうあとに引けない。ここでヘタに誤魔化してもアーサーはどうせ怒るのだから、もう構わない。
まっすぐに向けられた視線に目を合わせられないまま、俺は口を開いた。
「…あー、そのなんていうか…今からで遅くないなら一緒に暮らさない?」
いたたまれずに伏し目がちになりながらもアーサーの表情を盗み見る。表情は予想に反して、微動だにせずこちらをじっと覗き込んでいたため、ばっちりと視線を捉えられた。
フランシス、と名前が呼ばれる。こうなると、さすがのお兄さんも弱い。情けないことだが表情の変わらないアーサーを見ながら、もそもそとはいと答えた。
「フランシス、お前、俺が引っ越すって言ってから何ヶ月あったんだ?」
答えられないし、アーサーは答えを待つことなく、次の質問を投げかけてくる。
「しかも、お前は俺が必死に気にいる物件を探してたのも知ってたよな?」
「しょうがないじゃない!お兄さんだっていつ言い出して良いのか様子伺いだったんだから!途中からは坊ちゃん絶対怒ると思ってたし!」
ピリピリとした緊張感に耐えきれない。勘弁してよとわめくと、それまで無表情でいたアーサーがふっと吹き出した。
「…最近のあの行動の意味はこういうことだったのか」
「だから俺だって坊ちゃんが思ってるほど大人じゃないんだって。前から言ってるのに信じなかったじゃない」
「今、信じた」
アーサーは笑うが、こちらにしてはとてもじゃないが決まりが悪い。いつもとは反対に相手のペースに巻き込まれた脱力感に見舞われた。やっぱり俺たちはただの子どもと子どものような関係だ。それにしても、そう分かっていながらもっと早くに言い出せなかったものかと自分に問う。盛大なため息と共にあまりの展開に、俺もつられて笑いがこぼれてきた。
「ったく、こんくらいのことじゃ怒んねえよ馬鹿っ。第一、お前んちも広いけど俺の荷物入れたらかなり狭くなるんだから、どうせ誘うなら余裕のある部屋くらい探しとけよな。…とりあえず、もう一回り大きい部屋見つかるまではお前んとこに居候させてもらうからな」
まぁ、つまりは、オーケーってことなんだからな。つっけんどんにそう返したアーサーの顔を覗き込むと、頬が赤らんできた。アーサーは視線から逃れるようにまた運んで来たダンボールを引きずりながら寝室の方に逃げ出す。
また恥ずかしいやら嬉しいやらを煙に巻こうと、煙草に火をつけ、その背中に、安堵の言葉を投げかけた。
「坊ちゃん、ありがとね」