ハルモニア(サン音)

 サウンドウェーブのスペースに近づいたとき、何かがいつもと違った。
 なんだ?この音。
 色んな音が混ざってごちゃごちゃしているように聞こえて、なんかの法則があるらしく一定の速度に合わせて連続的に一音一音がまとまりとなって鳴っている。どこから聞こえてくるのかと不思議に思っていたが、ドアを開けるとその発生源が分かった。
 サウンドウェーブが、自身をどこで見つけてきたのか地球製らしいスピーカーに繋げて音を流している。

「聞いたことねえ音楽だな」
「地球ノモノだ」

 思わず感想を漏らすと、サウンドウェーブが微動だにせずそう答える。今はなんかを分析しているらしい。俺はその横に座り込んだ。
 人間の作った人工衛星やネットワークやらのメディア、またそれらを介して伝達される文化とかやらには相当の情報量が含まれているらしく、サウンドウェーブはたまの作業の合間にそういったものを調べているようだった。

「このスピーカーはどうしたんだ?」
「人間の家屋カラ『拝借』シタ。この星ハ大気の構成物質がセイバートロンと違ウ。音の伝ワリ方が違うナラ、専門の機器ヲ使う方ガ正確ダロウ」
「へえ」

 人間に対してこの大きさの機器だ。専門の施設からかっぱらって来ねえと、そうやすやすとどこにでも見つかるもんにも思えねえ。
 それなりに本気の暇つぶしって訳か。

「……なんか、ヌルヌルした音楽だな」
「嫌イカ?」
「分からねえ」

 ゆったりとした曲が終わると、また別のものに切り替わる。
 あんたは?と尋ねかけて発声前に止める。こいつが気に入らないことを自主的にやるわけがない。そういや、音楽に関係する惑星出身だったと風の噂程度に昔聞いたことがあったような気もする。好き、ってことか。
 周りのコンピュータには映像データが一時停止のまま放置され、大画面に『和音を宇宙の真理との調和と考え、数学的アプローチを取った。』という字幕が映っていた。映像データも調べていたらしい。
 地球はゴタついたぐちゃぐちゃした星にしか思えねえが、数字で表そうっていうのならなんとなく親しみを覚えないわけではない。『調和』、ねえ。バランスの取れた状態ってのが調和なら、愛憎やらスパークと機体やらの関係はどうなんだ?俺はこいつにかなり執着している訳だけどよ――
 ふいに隣が気になり、盗み見る。
 惚れた腫れたなんぞは調和とは真反対の変化ばかりで狂った状態か。
 ブレインの処理が鈍くなり、俺は思考を切り上げる。同時に、今度は人間の声が吹き込まれた曲が流れ始める。またリズムがゆるやかなものになる。

「それで?あんたは地球の音楽なんかで何を調べてるんです?」
「地球デハ、音楽が感情ヲ喚起すると考エルソウダ。思想を呼び起こす国家や軍歌、賛美歌がソノ最タル例ダナ。戦闘ヲ鼓舞スルモノもアルらしい」

 なるほど。軍事利用か人間の支配かはしらねえが、手間をかけるものだ。その喚起ってのは俺たちにも通用すんのかね。
 サウンドウェーブの流す音楽は人間の言葉で愛情だとかなんだとかを歌っている。暇つぶしにネット回線で調べてみれば、いわゆるラブソングというものらしい。
 全く俺自身には響かないのだが、こういうものは人間に愛だの希望だのを喚起させるのだろう。この地球に生きている人間という脆弱な生き物はすぐに死んでしまう。だから子孫を残すためにつがう必要がある。命のスパンが短い生き物が目まぐるしく離れては和して世代交代するのを促すのに、音楽とやらも一役買っているのかもな。
 まあ、惚れた腫れたでうだうだやってる俺が愛だなんだについて語る資格はねえ。
 さっさと思考を切り上げる。俺が完全に黙ったことで、地球の音楽だけが流れる妙な空間が出来上がった。することもなく、聴覚を澄ます。何の義務も命令もなく、ただただぼんやりとしていれば、漠然とした考えが浮かんでは消えていく。
 何でここに来たんだっけなあ。何でこいつだったんだろう。地球のラブソングを聞きながら、サウンドウェーブの隣で、ぼんやりと答えのはっきりしないことを考える。ただ、

『嫌いじゃねえ』。

 くだらねえラブソングとやらを聞き流しながら、なんとなく、それだけはっきりと感じた。