今日は、テレトラン1の前に座って待機していると、よく話しかけられた。
「なんだ、ホイルジャック。じゃあ、結局惚れ薬はやめたのか?」
「面白い案ではあったんだけどね」
手持ち無沙汰なメンバーが、テレトラン1の近くにたむろすることのはよくあることだ。それでも、こうも会う機体会う機体に話しかけられることはめったになかった。
惚れ薬の噂は打ち切りになる前までにかなり話題になっていたらしく、手すさびに昔の失敗作をいじっているところへ、何人かに惚れ薬の進捗を尋ねられる。意外とみんな興味がある分野らしく、聞かれるとは予想もしていなかった機体にまで声をかけられた。
吾輩が兵器にならないものを喜んで作るってのがそんなに珍しかったのか。それとも、意外と本当に需要に適っていたのか。
そのせいか、心理実験のことを持ち出すと、かなりの者がボランティアとして参加してくれると約束してくれた。吾輩が気にしていなかっただけで、みんなそれぞれ男性タイプにしろ女性タイプにしろ思うところのある機体が居るようだ。
『君はいつまでたっても恋愛ごとには慣れないなあ』。彼にああ言われた時は最初にムカッとしたが、本当にその通りだったのかもしれない。
でも、なんであの時、あんなに苛々したのだろう。注意散漫気味にそう思う。
いいや、吾輩だって流石にこれだけ長く生きているんだからそれなりに腫れた惚れたに騒いだことだって一応はあるよ?かなり昔のことではあるけれど。しかし、それだけじゃ――
ふいに、あの時何を考えていたかを思い出す。
……彼がいままでどんな関係性を他と築いていたかは知らないが、か。これじゃ吾輩が嫉妬しているようじゃないか。
思考がこんがらがる中、手の中の失敗作が小さく音を上げた。いかんせん、どうも気が散ってしまう。
とにかく。比較できるような惚れた腫れただのことが昔過ぎるから曖昧で、明確な理由も見つからないが、あの数値が表す意味には吾輩の彼への気持ちは当てはまらない。そうは強く思う。はっきりは言えないが、そうでないと困る。困る?しかし、彼とは今の関係性が一番なはずなのだから、それ以上を自分が何か望んでいるはずがない。彼は吾輩の友人で、とにかく、『お気に入り』の機体という意味での好意を持っているってことでしかないはずなのだ。
その域を出ないはずなんや。そう。気に入っていると言うだけなら、このミニボットや人間も吾輩の『お気に入り』だ。
「コンボイ司令官の許可が下りなかったんだってね」
「聞いたよ。残念だったね」
バンブル君とスパイクがそう口々に言って慰めてくる。吾輩のお気に入りの親友コンビのふたり。しかし、彼らの誰かとの色恋沙汰の噂を聞いたとしても、嫉妬はしないだろう。微笑ましい以外の感想が出てこない。
……どうも彼は少しばかり近すぎるのかもしれんな。それでも、彼があまりそっち方面に興味が無さそうだから、吾輩としては安心だ。
安心、という言葉を浮かべて、自分でまた苦く笑う。理由の付けられないことが多すぎる。これ以上考えるのはよそう。
「その代わりと言ってはなんだが。好意や嫌悪についての心理実験の許可は司令官にもらったんや。よかったら今度バンブルくんたちも参加してくれんかね。簡単なテストだから」
「オイラは構わないよ」
「それって僕も受けていいの?どんなことをするんだい?」
「そうさね……」
実験について説明し始めると、またその横を通りすがりに惚れ薬について尋ねてくる者がある。その度に、やめたのだと訂正をする。
その様子を見ていて、バンブル君が感嘆するように言った。
「惚れ薬、って。結構需要があるもんなんだね!」
「これは吾輩にも意外だったのだがね」
その表情を見ると、やっぱりどこか惜しい気分になってくる。
でも、ここまで周知なら、みんなに発表する楽しみは無かったかもしれない。みんなの驚く顔がやっぱり発明の醍醐味のひとつではあるからなあ。
だから、こういう失敗作でも、面白そうなモノにはたまに手を入れてしまう。手元のマシンを見てそう思う。
「……でも、今思えば。惚れ薬を吾輩自身に実験で使うのくらいは作っても良いか、くらいは許可を取っておくべきだったかもね」
「でも飲み薬って言うと、機体に取り込むんだから。失敗したら身体に毒なっちゃうんじゃないの?」
慰めなのか、スパイクがそう言って肩をすくめて見せる。
そうだった。機体の内部に影響するのだから、たとえ成分に変なものが入っていなくても――
「そうだよ。またラチェットに怒られるよ」
バンブル君に思考を先取りされる。突然出てきた、彼の名前に、自分がひどく動揺したのが分かった。頭の中をのぞかれたような感覚に、思わず、試作品を握り締める。すると、手元で弄繰り回されていたマシンが小さく光り――
しまった。先ほどから適当なことをしていたから、小さなショックにも耐えられなくなっていたらしい。
「おっと!」
悲しいかな、こんな事態には慣れている。
瞬間的に、ふたりから腕を遠のけ手の内で――爆破させた。
同時に、ふたりが小さく声を上げる。握り潰したおかげで、部品が飛び散ることもない。しかし、一応安全を確認する。
「ふたりとも怪我は無かったかね?」
すぐさま尋ねると、バンブルとスパイクが首を振ってみせた。
「よかった。本当にすまない。誤ってボタンを押してしまったみたいでね。ここで話しながら片手間に弄ってたのが悪かった」
「……ちょっと吃驚はしたけど、僕らは大丈夫だから」
そう言って、安心した顔をし合う。が、次の瞬間にふたりの顔が苦笑いに変わる。
その理由を想像する間もなく、後ろから声がかけられた。
「ホイルジャック、君はどうなんだ?」
2015/5/10
10 2015.5