青を捉える・2(サン音)

水色の羽にブラスターガンを当てながら、この機体が俺の元に来た理由を思案する。恐らくは――
「いや、俺はメガトロン様に」
「護衛につけられたのか」
一番妥当な回答だ。
俺の『尻拭い』を秘密裏に成すのならばそれなりのレベルでの人員配置になる。スタースクリームが俺を保護する命令など受ける筈がない。比較的忠誠度の高いビルドロンやスタントロンでは数が多すぎる。だから万が一にそのような命令が下るとしたら、スカイワープかこいつ――サンダークラッカーが割り当てられるとは思っていた。
俺は念のためブラスターガンに充填していたエネルギーを消費するため、その経口の先を水色の羽から壁際で伸びている襲撃者へと滑らした。
目標がステイシスモードに入る音を確認しながら、襲われた弾みで周囲に散らされたリペアキットを回収し始める。
別にこの機体が来なくとも、同じ結果にはなっただろう。とは言え、あのお方が内憂するほどには俺の失態にひどく関心が集まっているらしい。
「なんですぐにリペアしなかったんです?」
水色の機体がおずおずと尋ねてくる。その足りない頭の中では
――あの逃亡から既に4メガサイクルは経っている。今まで何をしていたのか――
と疑問を抱いているようだった。
3.5メガサイクル前、デストロン臨時基地は新兵器の開発を察知したサイバトロンの襲撃にあい、激しい戦場と化した。原因は恐らくは兵器が発射時に発する高エネルギー波をテレトラン1に察知されたことであり、元を辿れば約2.75メガサイクル前の『不必要な使用』こそが引き金となっている。
とにかく、敵の猛攻によりデストロンの形勢は崩れ、俺はサイバトロンの通信員相手に撃ち合ううちに持ち場から引き剥がされた。その間に兵器はサイバトロンによって無理矢理にコアが解除されて暴走。壊れる直前に発射されたビームはその音に振り向きかけた俺の頭部に直撃した。コア解除後の威力であったため、損害状況はいくつかの回路とバイザーとマスク、胸部装甲のみに押しとどまった。しかし、その異常を来たしたいくつかの回路が問題ではあった。結果として、俺は退避行動を取らざるを得なかったのだが……
この機体のさきほどの問いに俺は答える義務はない。
しかし、答えないということは階級が自分より低い一兵士に冷静さを欠いているという事実を突きつけられているようで。しかたなく、俺はなんてことないふりをしてそれらしい返事をする。
「諜報データのバックアップと、基地内データの確認だ」
聞いておきながら、後ろでそいつが面食らったのが分かった。俺が答えないと思っているなら何故口に出すのか。
しかも、余計なお世話もいいところに、俺の心配をし始める。その情報を悪用するかもしれない相手に、そんなに簡単に言ってもいいのかと悶々とブレインの中でくだらないことを考えているのが、頭の中に流れ込んでくる。
いつもだったらさっさと締め出してブレインのデータからデリートするようなくだらない思考だ。
しかし外界とのフィルターであるマスクとバイザーが吹っ飛び、回路が焼けたことで少なくとも動揺している俺は、うまく自分自身にだけ集中することが出来ずに相手のブレインの電磁波を勝手に受け取ってしまう。
――頭のいいやつの考えることは分からねえ。護衛の任務とやらに守秘義務が無いとは限らないんだぜ?俺がそんなことをする度胸が皆無だとでも思われてんのか。それとも、嘘か。その両方か――
なんとも勝手なことを考えているのだろう。
そいつは黙っていることが出来なくなったのか、また確認を求めて話しかけてくる。
「……確認してたデータって、あんたの情報のことだろ?あんたがいつもやってることを逆にやられないようにすんのか。正しいとは思うぜ。最凶の武器は恐怖だからな。脅迫の怖さで他人を動かすのは利口だ」
思いがけない肯定に舌を巻く。その脳内の理論は整然としている。サンダークラッカーは低脳ではあるが、なかなかバカでもないらしい。
ただ、与えられた情報が合っているとするならば、ならだが。
苦手に思われることの多かった俺だが、他の機体を苦手に思う感覚というものは、こういうものだったのかと思い出す。
俺の苛立ちを感じ取っているのなら、なぜ話しかけてくるのか。その姿勢は俺にはまったくもって理解不能だった。
「ただ、今回からはあんたに対する報復方法が足されたわけなんだがよ」
そんなことはお前なんぞに言われなくとも分かっている。
その言葉に思わず振り返ると、水色の機体は非常に驚き、それから自信のなさそうな表情になった。サンダークラッカーは何か俺の地雷を踏み抜いたと感じているようで、その焦りの脳波が俺のブレインを埋め尽くす。
そういえば、こいつがここに来てから、こいつの顔をまじまじと見たことがなかった。
じっと見つめていると、サンダークラッカーの落ち着きがなくなっていく。先ほどから俺の顔についてなんだかんだとぐちゃぐちゃと考えていたが、実際に面と向かえば思考を散らしている。
こんな奴に俺は思考を乱されていたのか。
相手も落ち着かない様子だと分かり、少しだけ冷静さが戻って来た。
「…………」
俺が手元のリペア中のパーツにセンサーの焦点を戻すと、サンダークラッカーが小さく排気音を漏らしたのが聞こえた。
もうこちらに話しかけるつもりはなくなったらしい。しかし、その脳内は相変わら様々な感情や思考を撒き散らしている。
――何でこっち向いてリペアするんだ。もしかして、恐怖、って言葉に対しての抵抗なのか?というか今ので一瞬忘れていたが、こいつは俺にこんなにまじまじと素顔を晒していいのか?あの逃亡の時に慌てふためいた姿を晒したのは何だったんだ――
――サウンドウェーブはマスクやバイザーの下ではどんな表情してるのかと以前仲間内で話題になったことがあったが、襲われてもこんなふうに無表情じゃ勃つモノも勃たねえ。さっきの戦いではあんなに動揺した様子だったのに、犯されそうになった時は落ち着いているってどんな精神構造してやがるんだ?――
――過去だなんだとかが大事だとかは分かるけどよ。手前の機体をどうのこうのされかけた直後でもすぐいつも通り?俺が居るからか?しかし、もしひとりになりたかったらそう命令すればいいだけだろ?――
……ええい、うるさい。全くリペアに集中できない。普段は飛ぶこと以外は何も考えていないような顔をしている癖に。
サンダークラッカーは俺がよく分からないとごちゃごちゃと考えているようだが、俺もこの水色の機体について何も理解できそうになかった。
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