恋の毒薬・9

この間の戦いからデストロンの連中はなりを潜めたままで、アーク内ではみんな何となく好きなことをしていることが増えた。しかし、あのデストロンの新兵器が暴発した日には頭が吹っ飛びかけたサウンドウェーブがサイバトロン基地の周辺に居たようだとハウンドが報告したと聞く。あちらさんが征服を諦めた訳ではなさそうだ。
ホイルジャックといえば、コンボイ司令官に許可をもらったという名分で脳波実験漬けの日々を送っている。特に『好意』と『嫌悪』について熱心に取り組んでいる。今まで恋愛ごとなどから程遠かったからこそ、知らないことが多くて知的好奇心が満たされるのかもしれない。
サイバトロンの皆にしても、皆の間で流行っている人間のメロドラマの影響でそういったものに興味を持っている機体が多い。だからボランティアをしてくれる機体が多いのも一因だろう。リペア台の横でホイルジャックが展開している臨時の実験スペースには近頃は常に誰かがいる。
ちらりとそちらを伺うと、ホイルジャックがふたりのサイバトロン戦士に熱心に質問をしているのが見えた。
「ラチェット、後どれくらいかかりそうかい?」
「もう少しですよ」
リペア台の上のマイスター副官も気もそぞろの様子で、ホイルジャックの実験する方を見ていた。気づけば、修理を手伝ってくれているグラップルも時たま様子を見ている。
副官もグラップルも確かあのメロドラマにご執心だった。なら、さぞ興味深いだろう。
「スピーカーの修理が終わりましたよ」
「どうもありがとう」
こっそりと排気を漏らす。
修理はきちんとするが、やはりなんだかこの頃私は変だ。
自分の手に視線が留まり、ホイルジャックの手を修理した時の感覚を追う。空を握り、また開く。
――あれの何が私にとって問題だったのか。
この間は、ひどく踏み込んで何かに気がつきかけた気がしていたが、それでもまだ説明がつかない。なんであんなことを思ったんだろうか。しかも、握ったホイルジャックの手をひねり上げてしまった。そのせいか、あれからあまりホイルジャックとは話せていない。
他の機体は私がホイルジャックと話していないのを不思議に思わないのかとぼんやり考える。しかし、同じスペースにはいつだって一緒にいるのだから彼らからしたら変でもないのかもしれない。
話せない私とは対照的にリペア台から飛び降りた副官は、伸びをしてからホイルジャックの方へまっすぐと向かう。先ほど実験を受けていたふたり組はもう居なくなっていた。
「ホイルジャック、あんなに質問しちゃあ可哀想だろ」
「なんの話だね?」
ホイルジャックがコードをまとめながら振り向く。
副官がわざわざ口を出す、というところでピンと来た。それはグラップルも同じだったようで、こっそりとこちらに話しかけて来た。
「じゃあ、あの噂は本当なんです?」
「そのようだね」
私も偶然聞いただけだから確信はなかったが。先ほどのふたりの雰囲気にはいつもと違うものがあった。
ホイルジャックがこそこそと話しているこちらをちらりと見てくる。この空間で、マイスターがこんなことをいう理由が分からないのはホイルジャックだけらしい。不思議そうにフェイスマスクの端を撫でている。
「あのふたりがどうしたって?」
「ふたりで来ている時点で気づかなかったのか?」
副官が呆れたような声をあげる。
気持ちは分からなくもない。この『ホイルジャック』が惚れ薬を作ろうとしたし、好悪について心理実験を行なっているのだから。しかも、もうほとんどのサイバトロン戦士の脳波を調べたはずなのに、肝心のところにはにぶい。専門外とは言えど、あんなに発明の方では冴えてるのに。医者の不養生、坊主の不信心……上手くは言えないが、全くもってあべこべなのは分かる。
「あのふたりは最近、デートをする仲になったらしいんだよ」
ホイルジャックのにぶさに焦れたのか、横のグラップルが答えを与える。すると、まさか、とホイルジャックが声を上げた。やはり分かってなかったのか。
「もっと正確には恋人の仲まで言ってるがね」
マイスターが補足をする。
「本当かね?」
「プライマスに誓って本当さ。なんせ本人から直接聞いたんでね」
副官が、本当に知らなかったのかと改めて驚く。
私としては、マイスターが親しいとは言え直接あのふたりに聞いたという事実と、ふたりのうちのどちらかは知らないがそれにイエスと答えたという事実に驚くがね。若い戦士たちのことだから、もしかしたら今までもずっとデートをしていたのを親しいものたちは知っていて、この度正式にオープンな関係になっただけかもしれないが。
誰かを思いやるということはいいことだ。もちろん、本人同士のバランスも周りとのバランスの取り方も考えなくならなくはなるが、それを差し引いても強みがある。誰かを好きだと思うことは時に活力や原動力になるものだ。重篤な怪我をしたある機体の片割れが献身的な介護をして、モチベーション高く保てた故に後遺症無く全回復することだってあるのだ。そんな素晴らしい光景をデストロンとの長い戦いの中で何度も見たことがある。だから、面白がっている以上に、純粋にみんなが祝福したいがために首を突っ込むのも分かる話ではあるけれど。
以前はそういう関係を隠すのが常だったが、コンボイ司令官の下、そういったものの自由も私たちには与えられるようになった。口に出さないのも、尋ねないのもマナー。昔はそういった空気があったように思う。しかし、元々は自由恋愛のあった市民階級出身だった機体も多いし、自由を掲げているサイバトロンにおいて不自由があってはならない。
進歩といういう点で、私はしみじみと感慨深いものがあった。しかし、ホイルジャックの関心はそこでは無かったらしい。
「あのふたりはよくふたりで行動してるし、趣味も似てるし、いつも移動の時は彼を選ぶから……親友同士なんだとばかり思ってたんだけど」
「最近まではね。前から薄々親友以上っぽいなって感じはあったんだけど、結局『大事な人』ってことになったらしい。別に隠しているわけじゃないけど、付き合いたてだからまだセンシティブなんだろうさ」
最近は他にもカップルが出来ているらしいよ、とマイスターは情報を補足する。
「それにしても意外すぎて吃驚だよ。親しい間柄とばかり思っていたからね。吾輩の予想がはるかに超えられてるね」
「愛が芽生えるのに、理由なんていらないんじゃないか?」
マイスターの言葉にうーむとホイルジャックが唸り声を上げる。先ほどから、友情と愛情について特に引っ掛かりを感じているらしい。
そんなホイルジャックを見て、グラップルは無邪気に笑った。
「ホイルジャック、君は不思議そうにしているが。私が思うに、こういうことをオープンにするのが増えてきた一因は君にあると思うけれどねえ」
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