「それにしても、何を作ったもんかね」
逃げるように飛び出したスペースの外で、言い訳のようにひとりごちる。
まあよかろう。たまには。ラチェット君にああまで言わせたんだ。イモビライザーにしろネガベイダーにしろ、最近は少しばかり、色々と作りすぎたかもしれない。
自己嫌悪気味に下降する気分とともに視線も下を向く。
吾輩が好き勝手にやらせてもらえるのも、コンボイ司令官の庇護の下の恩恵もあるが、ラチェット君が近くにいることも大きい。吾輩が壊したとしても、彼がきちんと直してくれる。セイバートロンでも類無い優秀な医者、この信頼は代えられない。そんな彼の『兵器以外の平和な道具』と言った後のしまったという顔。心配ばかりかけているのは重々承知だったが、吾輩以上にこちらの立場を考えてくれていたとは。
嬉しい、と思いつつも申し訳なさでいっぱいになる。この気分が続く間に、何か次の発明を探そう。出来るだけ、人を傷つけ無そうなもの――
「ホイルジャック!」
明るい声音にふいに頭を上げると、無邪気に笑う黄色い機体がこちらに向かって手を振って見せた。
「なんか暗いけど、どうしたのさ?」
「バンブル君」
この機体にも何かといつも世話になっている。彼の助けになるものでもいい。
平時において比較的おっとりした性格をしているバンブル君なら、何かいいヒントを持っているかもしれない。
「何か最近困ったことはないかね?」
「それって何かの心理テスト?」
「次の発明のヒントになるかと思ってね。必要は発明の母ってよくいうだろう」
「なるほど、さっきは発明について考えてたのか」
当たらずとも遠からず。ほぼ正解だが、そんなに暗かったのだろうか。マスクをつけているせいで吾輩の表情は見えないはずなのだが。
……そんな吾輩の心配をよそに腕を組んで考え込み始めたバンブル君に少しだけ安心する。
気にしすぎたか。
「うーん、オイラは特にないなあ。でも、昨日スパイクがカーリーにデート誘ったら断られたって言って落ち込んでた、ってスパークプラグが言ってたって聞いたっけ」
「これまたずいぶんと伝聞が多いねえ」
彼が日ごろよくつるんで回っている少年の赤裸々な私生活を垣間ながら聞いてしまい、思わず苦笑する。サイバトロンの皆の間で流行っている人間のテレビドラマのせいだろうか。ささやかなゴシップがこの狭い基地の中でよく流れるようになった。
「えへへ。でも、参考になったかな?」
小さな噂に無邪気に笑っている様子を見るのは微笑ましいが、本人がそれを聞くとなると話は別だ。話をすればなんとやら
「おや、バンブルにホイルジャック。なんの相談だい?」
「スパイク!今、オイラたちで――」
噂の主がそう叫びながらこちらに向かって走ってくるのをオプティックが拾い上げ、咄嗟に何も知らないふりをした。誰にでもプライベートはある。
そのまま素直に応えそうなバンブル君を制して先に質問に答える。
「例えば、二者間の関係性を改善するものを作ったらいいんじゃないかって話をしていたんだよ。もし吾輩が恋の悩みなんかを解消する発明品、例えば惚れ薬なんかを作ったら、君は使うかね?」
しまった。自然に話を振ろうとした結果、すごく遠まわしに振られた一件を知っていることをばらしてしまったように思える。失敗した。ぽかんと呆気に取られる顔を見て、もうちょっと言い方を『調整』すればよかったと反省する。
「スパイク君?」
おそるおそる黙りこくった彼の名前を呼ぶ。はっと我に返ったスパイクは意外にも怒ってはいなかった。
「うーん、確かに効果があって害が無いなら興味がないわけじゃないけどさ。今回は兵器とかじゃないんだってちょっとびっくりしたんだ。だってホイルジャックが言うから」
びっくり。その言葉を言われるほど、吾輩と兵器のイメージが結びついていたとは。まあ、地球で目覚めてからというもの有事ばかりだったから致し方ないのかもしれない。
吾輩だって、ちょこちょこ兵器以外のものを作ってきた自負があるのだがね。でも、イモビラザーの時はスパイクもまきこんでしまった。これじゃあラチェット君にもああも言われるわけだ。
「まあ、それもあるけど。気分転換ってやつさね」
「なるほど。たまには違うものを、ってことか」
それにバンブルが笑い声を上げて素直に応える。
「おいら知ってるよ。アラートに管理が必要な危険な兵器が多すぎるって小言もらったんでしょう」
「はは、やるなあバンブル。僕はてっきりラチェットに何か言われたんじゃないかって思ってたよ」
……本当、よく見ているよ。このふたりの無邪気な鋭さには脱帽する。マスクなんか関係なく、これは幼い勘の類かね。
求めていたヒントは得られたものの、吾輩も流石に力なく笑うしかなかった。
「はは、まあ楽しみにしておいてくれよ」
***
尋ねられた質問に素直に返したホイルジャックへの返答の音声は、自分でも恥ずかしくなるくらい上擦っていた。
「惚れ薬?」
「そう、惚れ薬」
『相手の予想を超えろ』とはよくホイルジャックが言うが。ブレインの片隅にものぼっていなかった言葉に、聴覚がおかしくなったのかと思った。しかし、驚いた私に喜んでいるホイルジャックの様子を見る限り、大真面目らしい。
まさか、そんな欲がこのひとに――いや、まさか。
頭を振って、エラーだらけのブレインを荒治療ながら回復させる。
「誰の需要で?」
「誰でもないさ」
「じゃあ君の需要ってことかい!?」
言葉早に返しながらも、再度ブレインの回路は混乱をきわめる。ホイルジャックにそんなものを作ろう盛ろうなどという気概やら欲望があるとは思ってもいなかった。出会ってから今まで、惚れた腫れたで他の機体なんかより発明品や実験に夢中になっていた彼が。
しかし、流石のホイルジャックも何か感じ取ったのか、設計図を打ち込んでいたデバイスを放り投げてこちらに居直った。
「まさか!たまたま人の色恋沙汰の噂を聞いたところで、我輩のブレインにピーンと来たんでね!」
誰かの需要にと勇んで出て行ったが、結局は自分の興味じゃないか。
そう呆れる。しかし何故か分からないが、少しほっともしている。やっとブレインの動作が落ち着いてくる。
惚れ薬。色恋沙汰。冷静になれば、文字通り『ラブ&ピース』というやつではある。なるほど戦争からは一番遠くにあるようにも思える。
「ラチェット君はどう思うかね?」
緊張したように尋ねてくるところを見ると、先ほどの小言がかなり効いてしまったのだろう。強く言いすぎたか。あえて良い悪いには触れずに、医者としてのコメントを返す。
「確かに誰かを性的に興奮させることは出来る。人間ならフェロモン濃度を上げたり、催淫作用や興奮作用がある薬物を投与すればいい。でも、一時的ならともかく、薬でひとの感情を動かせるって思うのかい?」
「我輩の才能が摂理をうちまかせたら。なーんてね!」
冗談めかして言うけど、ちょっと末恐ろしくはある。ホイルジャックならいつか本当に完成させそうだから反応に困る。感情を司る回路に何か外部から操作出来るとしたら。それも戦意喪失させることが出来たら。応用で立派な兵器転用に出来るじゃないか。
このひとも難儀だな。私が心配しすぎているのかもしれないが。
でも――
「なんでマシンじゃなくて薬なんだ?」
純粋な好奇心に負けて尋ねる。ホイルジャックといえば、科学者と言えど、パーセプターと比べたらどちらかといえば工学の分野が専門だ。
「薬だったら、飲ませなきゃいけないでっしゃろ?マシンで知らないうちに、ってよりはまだひとりよがりって訳じゃない。吾輩がそんなもの作ったってことは、完成すれば周知になる。そうすれば――ああ、それじゃあこんなもの作る必要もないじゃないか」
何かの結論に話している内に達したらしい。自己完結的に話を切り上げてしまう。
新しい発明品の構想から、その発明品を諦めるところへと飛んだ思考を追いかけられずにいる私は置いてけぼりをくった気分になる。微妙な気持ちでいると、我に返ったらしいホイルジャックが解説を始めてくれた。
「例えば、吾輩がどんなやつにでも効果がある惚れ薬を完成させたと耳にしたら、どう思う?」
「どう、って君が成功したっていうなら、効くんじゃないか?」
近くに転がっていたシリンダーを持って振ってみせる。
ホイルジャックが作った。しかも完成品。それなら、効果は認めざるを得ない。
「でもって、そんなタイミングで、誰かが急に君に飲ませるように液体エネルゴンを渡してくる。そしたらどう思う?」
「まさかとは思うけど、盛られたかな?とは思うよ」
ホイルジャックはこれまた近くにあった液体状のエネルゴンに握っているシリンダーから何かを入れる動作をしてみせる。過度に演技じみてはいるが、なんとなく言いたいことは分かってきた。
「飲む?」
「薬が入っている危険があるなら飲まないよ」
「でも、それを渡してきたのが好きな相手だったら?」
好きな相手だったら。
誰も浮かばずに、しかし現実に目の前に差し出されたエネルゴンを見てありありと想像してしまう。
既に好きな相手だったら。しかも惚れ薬を盛ってくるってことは、少なからずこちらに好意を持っているということだ。
差し出されたエネルゴンを受け取り、手の中のそれとホイルジャックを交互に見る。
「既に好きなら、飲んで相手の出方を見ないか?とすると、受け入れた時点で告白成功したようなものじゃないか」
まあ、そうかもしれない。
「それにプラシーボってのもあるだろ?だから君がもし、吾輩がこのエネルゴンに惚れ薬を盛ったって信じるなら、それは惚れ薬になるって思わんかね?」
演技の延長上で肩を掴まれ、至近距離で覗き込まれる。
ホイルジャックが、私に、惚れ薬をねえ。
ただの仮説だが、ぼんやりと想像できなくもない。
今、このエネルゴンに薬が入っていたら。私は――?
2015/2/21
21 2015.2