初代ホイラチェ・3

「既に好きなら、飲んで相手の出方を見ないか?とすると、受け入れた時点で告白成功したようなものじゃないか。それにプラシーボってのもあるだろ?だから君がもし――」
熱心に話を聴いてくれるラチェットくんを見ながら、ふいに寂しくなる。
いつも助手として働いてくれる彼が、誰か女性タイプにしろ男性タイプにしろ付き合ったとしたら、こう横にいることもなくなってしまうんだろう。
ただ、なんとなく。誰かが彼に吾輩自作の惚れ薬を盛って、それを彼が飲むと想像したらスパークが落ち着かなくなった。
でももし、君に誰か好きな奴が出来ても、傍には居て欲しいなあ。
そう思いながら、肩に手を置く。
「吾輩がこのエネルゴンに惚れ薬を盛ったって信じるなら、それは惚れ薬になるって思わんかね?」
とにかく、身内の色恋沙汰はやはり気まずいものがある。
ただ単純に友人のプライベートを覗いてしまって心苦しいというのはある。しかし、この助手であり親しい友人でもあるラチェット君へ想像だけでこれだけさびしくなるのだから、本当に彼が誰かに吾輩の目の前で口説かれでもしたら自分はどうするつもりなのだろう。
そこではっとして、掴んでいたラチェット君の肩から手を外す。何だか急に恥ずかしくなって来る。この体勢でさっきの台詞。まるで吾輩がラチェット君を口説いているようじゃないか。
「なーんてね。例えばの話にしろ、もっとうまい事言おうと思ったんだが。こういう文句は思いつかないもんだね」
慌てて照れ隠しにおちゃらけてみせる。
「なんだね。今のは、口説き文句のつもりだったのか?」
「へへ、インパクトが足りんかったかね?」
よかった、変な誤解もなかった。考えすぎだったか。
声を上げて笑ってくれるところを見ると、ひそかに安堵する。
「それにしても、ジョークにせよ、もともとイメージが薄かったから意外も何もないんだが。君はいつまでたっても恋愛ごとには慣れないなあ」
にやりと笑ってそう皮肉を投げかける彼に『ラチェット君が傍にいる日常』を感じる。
しかし、慣れていないという言葉に少しはむっとした。彼がいままでどんな関係性を他と築いていたかは知らないが――そこまで考えて、だがその通りだと自嘲する。
「おっと、痛いところを突いてくれますね」
「医者は悪いところをつついて直す仕事だからな」
『恋愛ごと』ねえ。久しぶりにそんな概念を自分のことで気にすることになるとは。
そんなんで、よく吾輩も惚れ薬を作ろうとしていたな。
「……まあ、それに惚れ薬ってのも良くないアイディアだったかもねえ。これはボツ案かな」
先ほど投げ置いたデバイスの設計図や理論を、データベースの適当なファイルにインプットする。こういうデータが増えるからメモリの増設を何回もせにゃならんのだが、こういうのが後々必要になった事例もあるから馬鹿にならない。
惚れ薬が必要な有事がそうそう起こるとは思えんがね。
「どうして?まだ失敗も成功もしてないじゃないか」
「いや、コンボイ司令官だったら――」
「ホイルジャックは居るか?」
応えようとしたその途端、ラボの扉が開き、司令官が入ってくる。
なんとタイミングの良いことか。このひとには何かそういった想像を超えるような能力でもプログラムされているのか。無意識に働きかけるとか。一度じっくり調べてみたくはある。
「はい司令官、ここに」
「お前が何か惚れ薬を作るって噂を耳にしてな」
あのゴシップ文化はついに司令官にまで伝わってしまったらしい。
「そのことなんですが、司令官。私とラチェット君で相談したところ、作る必要もないじゃないかって話になりましてね。今ちょうどボツにしたところです」
司令官に今までの経緯を説明する。さきほどのやり取りをかいつむ。振り返ってみるとやはり小恥ずかしい。慢心のような理由付けであったが、司令官も吾輩作の成功品についての信頼はあるようで納得してくれる。
しかし、悪い癖だとは思うが、話しているうちになんとなくもったいなくもなってきた。惚れ薬は作らないにしろ、感情についての心理実験くらいならやってもいいかもしれない。すでにそういった類のことは長いセイバートロンの歴史の中で研究され尽くした分野ではあるが、吾輩の専門ではないし、臨床例や実験を再度やってみれば何かには生かせるかも知れない。
「司令官、しかしこの感情の回路に対するデータってのは、のちのち意外と使えるかもしれないので、基本的なものだけデータを集めることだけはご賛同くださいませんか?」
――もちろん、惚れ薬の開発は無し、で。
司令官の顔色を伺いながら、慌てて付け加える。すると、司令官がマスクの下で少し笑ったのがなんとなく分かった。
「いいだろう。誰しも相手の意思に反して相手に何かの感情を強要することは出来ないからな。特に愛情に関しては自由であるべきだ。……何か新しい発見があるといいな、ホイルジャック。期待しているぞ」
その答えを聞いて、やっぱり思ったとおりだと思う。
司令官だったらこういうだろうと思っていた。そうところが尊敬できるのだが、それでいて、ちゃんと科学者にも理解がある。
ラチェット君がセンサーの端で、よかったなとでも言うように微笑んでいるのが見える。
「お任せください」
出来るだけ力強く聞えるよう、吾輩は司令官にそう返した。
2015/3/3