チョプフィク・1

※TFADVチョップショップ×フィクシット (1)
ポッドに再収容された囚人たちの様子を確認するのは、フィクシットの日課のひとつになっていた。
とは言え、以前、物言わぬコールドスリープ状態の囚人たちに囲まれて宇宙を孤独に旅していた時にしていた業務と寸分違わない。ただ、その仕事に対する彼の気持ちは全く異なっていた。
もちろん、囚人たちを逃してしまった自責はある。それでも日々埋まっていくポッドの間を歩く作業をどこか喜ばしく感じているのは事実であった。目に見えて分かる、チームの功績である。
バンブルビーを筆頭としてオートボットやダイノボット、ひいては人間に至るまで。今は頼れる仲間がすぐ側にいる。――――以前はひとりで何もすることがなく、むしろコールドスリープ状態で何も知らずに眠っている囚人たちを羨ましくさえ思っていたほどであったのだが……
特に、ある囚人が捕まってからというもの、フィクシットにとってポッドの見回りという地味な業務は楽しみにさえなってきていた。
ぼくが居たから、コイツを捕まえられたんや。
定期点検以外は視認で済ませるだけの見回りの時、フィクシットはいつもチョップショップという名の合体戦士のポッドの前にしばし足を止め、そんなことを思う。
アルケモア号を墜落させて囚人たちを解き放ってしまって以来、自分が仕出かしたことの尻拭いをバンブルビーたちにさせているという気持ちは少なからずあり、 フィクシットをずっと苛んでいた。好奇心という点でも現場に出て行きたいという思いはあったが、責任を取るべき当事者でありながら何もできず基地で仲間の帰りを待つのは耐え難かったのである。
だから、仲間たちが「こいつを捕まえられたのは、フィクシットのおかげだ」と言ってくれた記憶のあるその機体には、少なからず思い入れがある。それに、非戦闘員である自分が現場で役に立った証拠でもあるのだ。
マイクロンのぼくでも、出来ることがある。
ポットの中の大きな機体を見る度、フィクシットは自分をそう誇りに思える気がした。確かに彼は囚人たちを逃がしてしまった。しかし、責任をとることは(容易くはないが)彼にも出来るのだ。また、監獄船にひとり居た時は、5体でひとりにもなるその合体兵士が羨ましくてしかたがなかったのもあり、フィクシットにとってチョップショップは『特別な』ディセプティコンのひとりでもあった。
が、フィクシット自身も、そのチョップショップにとって『特別』視する対象であるとは彼は微塵も思ってもいなかった。
最後ノックアウトさせたんは、ぼくじゃないやん!
なんでぼくなんですの?
確かに、ぼくが抜け駆け……歯っ欠け、いや、切欠だったかもしれへんけど!
非戦闘員やし、人質みたいになってた時も会話すら無かったのに!
頭の中に聞きたいことや言ってやりたいことが浮かんでも、発散されずに消えていく。自分の口を押さえ抱きかかえている四つ目の合体兵士を見つめながら、どうしてこんなことになったのか。フィクシットは泣き出しそうになった。
いつもと変わらない一日の終わりやったはずやのに……
「それじゃ、俺たちはパトロールに行って来る。ストロングアームとサイドスワイプが待機しているから、こっちの方は大丈夫だと思うけど。何かあったらすぐ連絡する」
「はーい、行ってらっしゃいー」
車にトランスフォームして颯爽と出て行くバンブルビーとそれに続くグリムロックに手を振り振り見送る。そのまま伸びをすると、ロケットの形をしたゲートの上空に月が昇っているのが見えた。
今日はなんも起こらんで終わりそうやな。
日が沈んで暗くなり、人々が眠りにつき始め、トランスフォーマーたちの姿が目立たなくなった頃。つまり、ディセプティコンが闇に紛れてより大掛かりに動き出す時間。しかし、時刻が真夜中に近づいても、森や街に変わった様子はなく、そのまま平和のままに一日が終わろうとしていた。
そこで、手持ちぶさたでヤキモキしているバンブルビーのパトロールついでに、日中外に出られずにいるグリムロックが気晴らしとして同行することになったらしい。見回すと、バンブルビーの言葉通り、他の二機が待機していた。ストロングアームは特訓の最中で、サイドスワープは遠くで音楽を聴いているのが見える。ラッセルもデニーもワゴンの中に居るらしいのが、窓から漏れる灯りで分かった。
「じゃあ、ぼくはポッドの点検でもしましょかねー」
誰に言うわけでもなく、ぼくはそうひとりごちった。
何か異常があればぼくの定位置であるコンピューター前の画面に情報が発信され、すぐに誰かが気づける。だから、持ち場を離れるのには何のためらいも無かった。
そんなに距離も無いしなあ。
この基地もやっと整備が整ってきた気がする。アルケモア号の中枢の再現はかなり進んだ。最初は墜落した船から回収した壊れたコンピューターやコンソールやポッドやなにやらで雑然としていたが、ようやく整理がなされ、特にコンピューターとポッドの集められた一帯だけかつての監獄船の様相を取り戻しつつあった。
「なんの問題も無しやな」
点検と言っても、毎日視認で確認されコンピューター制御でスリープモードに保たれているポッドたちに大抵問題は見つからない。ハンマーストライク、ビスクの二機のポッドを確認し、そしていつも通りチョップショップのポッドの前に足を進め――
ぼくはつんのめった。
「嘘やろ!?」
目の前の光景に、ついに自分のオプティックまで壊れたのかと思う。
思わずあげた悲鳴に近い驚きの声に、ポッドの前にいた『そいつ』が振り向いた。
「ありえへん……!」
スキャナーも追跡装置も復旧してるのに。シグナルを発信する設定になってるはずやろ!?
否定の言葉が口をついて出る。しかし、相手はそんなぼくに対して自分の存在を示すかのように、意地悪く笑って言葉を投げかけてきた。
「よう、坊主。ここで会ったが百年目たい」
チョップショップを捕獲した時に逃してしまった五体のうちの一体。赤い大きな蜘蛛の姿をしたディセプティコン。
そうか、残りの四体が基地の中のポッド内に居るせいで、センサーがうまく感知できてないんや。
無言で動けずにいるいるぼくにニヤリと笑って見せるその赤い蜘蛛の後ろで、ポッドの扉が開く。そこから漏れ出した冷気の意味を知っているぼくは思わず後ずさった。
入口に赤い手がかかり、続いて大きな機体がゆっくりと姿を見せる。
危険。まずい。あかん。ダメージのあっても、それだけは分かる。チョップショップは一人だけで、チームを窮地に追いやった存在や。
無理やって!ぼくひとりだけで勝てる存在じゃない!
その足りない右腕の部分に、先ほどの一体がくっつき、その腕がこちらに伸びてくる。
慌てて距離を取る。が、途端、背中に他のポッドが触れた。
しまった――――
ゆっくりとまっすぐ近づいてくる巨体から逃げようと横に走り出す。しかし、笑い声が聞こえるとともにすぐに腕を摑まれ、高く捩じ上げられた。強い力に肩の関節が悲鳴をあげる。そして、恐怖で押し黙っていた声の方も、そこまでが限界だった。
「あわわ、メーデー!メーデー!」
発生器からやっと絞り出た声は、仲間が目と鼻の先であるのにもかかわず小さく、誰にも届かない。
誰か、誰でもいい、気づいて――――
宙に浮いた体がポッドに押し付けられ、大きな掌に首を絞めらる。
「う、っ」
「……よクモ、俺らば閉じ込めとーと」
ああ、これからこいつに復讐されるんや。
抵抗すれば、ギュッと首を締める力が強まる。
フリーズしていくシステムの中、黄色く光る4つの目だけが、細く鋭くこちらを見下ろしているのが妙にセンサーに色濃く残った。
20150501
同日、加筆・誤字修正