決定打(クリジェ)

会議が行われているメインルームの端の壁からクリフを探すと、ミニボットたちの間で何か今日の議題について話し合っている姿が見つかった。ボディが赤い機体は多いし、誰かと一緒にいることが多いから、いつも探すのが一苦労だ。
今日の議題は作戦会議ではなく見回りの当番決めなどなのだから、そんなに誰かとくっついて熱心に話すことではないだろうとかぼんやり思う。
まったく、いつも俺のことが分からないなんて言うくせに、そっちの考えの方が分からないよ。
クリフはよく俺のことを見ているし分かってる。だから、たまに自分でも気づかない自分に気づかされて驚くよ。でも、俺にはクリフのことがあまり分からない。多分、クリフは俺のことは悪く思っていない、むしろ好きだとは思うのだけれど、確信はない。
クリフは見ていたつもりでもすぐにどこかに行って見失ってしまうし、話していてもすぐに他の誰かと話し始めてしまう。こんな会議のような一箇所にとどまるようなときでないと、ゆっくりも観察できないのだ。
「クリフをあまり振り回してやるなよ」なんてラチェットには言われるけれど、被害者はこっちだ。
元々、馬が合うタイプにも思えなかったし、野蛮なやつだって思っていたから、興味だってなかったんだ。眼中にも入らなかったのに、戦いとなればスコープの向こうの前線で赤い機体が暴れまわる。見るなと言うのが無理だったんだ。
だからか、俺を特別視しない彼の気を引きたくて。そして、この俺があまりに振り回されすぎているような気がするのが癪で。クリフについ、ちょっかいを出してしまう。
エレクトロセルの一件から、クリフとはお互いにからかうことが出来るようになった。ちょっと無視してみたり、意地悪なことを言ってみたり、くっついてみたり。俺がそんなことをするのを、サイバトロンの他の機体は初めは珍しそうに見ていたが、クリフが俺に躊躇いなくわざとぶつかったり、くすぐってったりするのを見るとすぐに慣れてしまった。だから、俺が何をしても変な目で見られることはない。
みんなの目には俺たちがふざけ合っているふたりでしかなく、むしろエレクトロセルの一件を知っているからこそ、俺がクリフを許すかのように積極的にからかっているとさえ見ているようだ。ラチェットや司令官あたりは俺のこの微妙な気持ちに気がついているようだが。
クリフの反応は、面白いし可愛い。
ちょっと気のあるような態度を取ったり思わせぶりなことを言ったりすると、真っ赤になって怒る。
だから、やっぱり俺のことは好きなんじゃないかとは思う。
でもちょっとそういう雰囲気になっても、クリフはくるりと方向転換するのが早い。照れて逃げてるだけかとも思えるけれど、そうでもないかもしれない。
クリフには他に本気で好きな機体が居るのかもしれないとも思う。クリフは仲がいい機体も多いし、誰が特別なんか分からない。コンボイ司令官には敬愛、ミニボット達には仲間意識だとしたら、周りの親しい機体にはどうなのだろう。
クリフ、俺は?
もし、彼にとって俺が特別だったら。彼が俺を好きだったら。その時俺がどうするかは分からないけれど、もし好きだとするならば、踏み込むかどうか決める前に決定的な何かが欲しい。もし、自分のことを好きだと言うのなら。
もし踏み込むのだとしたら、自分からかけるべき言葉は分かっているけれど。今の関係は心地がいいし、俺から拗れたりなどしたくはない。
気を抜いていたら、少し変な顔になっていたらしい。
クリフがこちらに気づき、2本の指をセンサーに向けてからこちらを指差し、『見てるぞ』とサインを送ってきた。会議に集中していないのがわかったらしい。
クリフのことを考えていただけに決まりが悪い。
大げさに肩をすくめて見せると、クリフがにやっと笑った。
これだけ仲間がいるのにこの無言の会話は二人だけ。なんだか照れ臭くもあるが、嬉しい。お互い笑いそうになるのを我慢しているのが分かる。
それでも、口を押さえて我慢して位るうちに、いつもの馴れ合いの妙なしゃれっけが出てくる。
「あ い し て る よ」
声に出さずに口をぱくぱくと動かして、キスを投げてやる。
クリフには口パクは分からなかったようだが、流石に投げキッスは理解できたらしい。ボディの色と同じくらい真っ赤になって、怒ったのが、わかった。
「だ か ら、 そ う 言 う 事 や る な っ て !」
クリフも口パクをする。おそらく、そんな事を言っているんだろう。
ああ、ああ言う反応をするってことは、やっぱりクリフも俺が好きなんだろうな。嬉しいと感じないのは無理だ。
でも、また――
あまりに真っ赤になってあらぬ方向を向いていたせいか、他のミニボットがクリフの顔を振り向かせる。クリフの顔が今度は青くなって、その口元が遠くでなんでもねえよと動いているのが見えた。
つまらないと目を伏せる。
踏み込もうとしても、すぐに離れてしまう。
諦めて目を上げるとクリフがこちらを見ていた。
怒っていると言うのを示したいのだろう。スナイプを覗く真似をして、右手の鉄砲でこちらに向かって構える。スナイパーのように。
予想しなかったのは、込める弾丸にキスをしたところだ。さっきの意趣返しとはわかるが、ドキッとする。
そしてその鼓動に合わせるように、クリフは引き金を引いてみせた。
バ ー ン !
クリフが撃ち終えたその瞬間、副官が大きく笑う声が室内に響いた。
「いやあ、クリフ。若いっていいねえ」
司令官の横で副官がクリフを名指しで呼びかける。
まあ、あれだけ部屋の中心で動いていたら、前に立つ副官には(もしかしたら司令官にまで)よく見えていたことだろう。
咄嗟に俺は姿を消したが、クリフにはそんなことは出来ない。その顔は先ほど以上に真っ赤になっていた。何人かが噴き出すのが聞こえたからには、今の俺たちのやり取りは結構な人数に見られていたのだろう。
クリフは見えないはずのこちらに向かって、今度はかける言葉を失って口を無意味に動かしている。
「へ た く そ」
見えないとは分かっていても、俺はそうクリフに向かって唇を動かさずにはいられなかった。
でも、さっきのスナイパーの真似はすごくよかったよ。次はもっとちゃんと決定的な一撃を打ち込んでくれたらもっといいんだけど。
本物のスナイパーっていうのは臆病だ。勝機が見えるまでは動かない。相手が焦れて撃ってきたら、それを頼りに狙い撃ちにする。
もしクリフ、お前が俺を本気で撃ち落とす気なら、決定打をくれないと。
撃ってくるならば、こちらは準備が出来ている。
バグさんからのリクエスト。某曲「スナイパー」でクリジェ。
2017/11/21にTwitterで呟いてた、「貴方はクリジェで『照れ隠しの仕草』をお題にして140文字SSを書いてください。」の140字作文を使ってみました。:
「会議中、ふと目があったリジェは眠そうだった。こっそり指をセンサーに向けて『見てるぞ』とサインを送る。リジェは決まり悪そうに肩をすくめて見せた。これだけ仲間がいるのにこの無言の会話は二人だけ。なんだか照れ臭い。リジェもそう思ったらしく、お互い笑いそうなのを我慢する変な顔をしていた」