夏休みのけだるさにも夏の暑さにも嫌気がさしてきた頃、名取さんがちょっとした旅行に誘ってくれた。
旅行とは言っても、ドラマの撮影で少し遠くの町の宿のご相伴にあずかるだけなのだが。それでも、日中名取さんがスタジオにこもっている間、おれは先生と市内観光が出来る。夜は名取さんと落ち合って一緒にご飯を食べたり、どこかに連れてってもらえるらしい。今回は妖に全く関係がなくおれを誘ってくれているんだと分かりやすい計画だ。
前におれが怒ったことがあったから……気を使わせてしまったようで申し訳なさでいっぱいになる。
「あんな坂の上にも神社があるんだな、先生。暇だし、行ってみないか?」
横に沿って塀の上をあるくニャンコ先生に話しかける。
山の高いところに、緑に混じって赤いものが見える。この町には至る所に神社仏閣が点在している。有名な神社もあって、ここに居る間にそこで大きな夏祭りが開かれると名取さんが言っていた。
「神社といえば、夏目。例の祭りのときはイカ焼きを買ってくれ」
「イカって……猫は食べちゃいけないんじゃなかったか?腰が抜けるとか……というか、先生は神社の中に入っても大丈夫なのか?」
「私くらいの大妖になると、何か媒介がありさえすれば結界があろうと入れることは容易いのだ。何か少しでもほころびが出来れば良い」
ふふん、と得意そうにヒゲを揺らす横顔の首筋をかいてやる。
そうは言っても俺があの日に注連縄を切ってしまうまで、先生も結界の中に長いところ封印されていたじゃないか。
「神社に出る妖だっているからな」
「神社に?昔は何かある度に神社や寺に逃げ込んでたけど、中まで入ってくるやつなんていなかったぞ?」
「そこいらにいる弱い奴らが入り込めるわけがないだろう。しかし、妖怪にも領分というものがあるからな。神社や寺にだけ居る奴もいる。おどろし、という奴なんかは信心の足らぬ人間が通ると鳥居の上から覆いかぶさって取り憑くと聞くしな」
鳥居というと、神域と俗世の境界を敷くもののイメージが強かったけど、そうでもないらしい。よく考えれば、神社の境内にも宮司さんや巫女さんが住んでいることだってある。寺にだって、田沼や田沼のお父さんが住んでるもんな。曖昧なのか?
「お前のように信心が無いものが通ったら、おどろしに血を抜かれることだろう」
先生が不気味に笑う。
「血を抜く?うわあ、神社に住んでるからって容赦ないな」
「日本の神々は加護を与える和魂だけではない。祟りを起こす荒魂だっているのだ。寺や神社にいるからといって穏やかなやつとは限らん。見た目が無害だからといって、なめてかかると痛い目に遭うから用心しろよ、夏目。では、あの神社とやらでな」
そういうと先生は塀から軒の上に飛び移り、屋根の向こう側に姿を消した。