片蔭、陽炎・1 - 3/3

「あっつーい」

 撒いたそばから水がじゅうっと音を立てて地面に吸い込まれる。蒸発して余計に蒸し暑くなるのは分かっていても、水に触れている間は涼しいのだからやめられない。境内を水浸しにしても、10分もすれば乾いてしまう。
 山の上にある神社といっても暑いものは暑い。少しくらい高いところにあっても気温が低くなったりすることもないし、余計に太陽に近くてじりじり焼けている感じがする。
 こんなとき、巫女姿でいるのが酷くつらい。お父さんが町内会の寄り合いに行っている今、私が神社に居なくちゃいけないのは分かってるんだけど。こう暑くても、巫女姿に帽子なんかかぶれないし。なんかぞっとしない。
 こんなに暑いんじゃあ、剣道の道場に行ってる悟くんなんか……
 うわあ、あの風通しの悪い道場で厚い道着を着て篭手や面や胴なんかをつけている姿を想像したら一瞬眩暈がした。急にげんなりした気分になる。もう社務所に篭っていよう。屋外より屋内のほうがやっぱりマシだよね。
 振り向くと、銀太郎とハルちゃんが涼しい顔をして寝転がっている。神使には体感温度がないらしい。いいよなあ、銀太郎やハルちゃんたちはこんなに暑くても感じないって言うんだから。羨ましいけど……あんなもふもふで夏の日差しの中に居られると、こっちが暑く感じてくる。

「ぎん、私、これから社務所にいるからね!」

 ごろごろしているとは言え、私の声は聞こえているらしい。銀太郎がしっぽを振るだけで返事をする。
 あれは「分かった」なのか「これから人が来そうだからやめとけ」なのか。

「もー!そのしっぽで返事するのいいかげんやめてよー!」
「お前もいいかげん分かるようになれよ」
「可愛くなーい」

 銀太郎のしっぽにじゃれつくと、銀太郎はだるそうに顔を反対側に向ける。その上になだれ込むと、そばで眠っていたハルちゃんが不機嫌そうに立ち上がった。

「あー!もー!ぎんたろもまこともうるさーい!ハルは悟がいないから寝て待ってるのにちょっとぐらい静かにもできないのー?」
「ご、ごめんね、ハルちゃん」

 すぐに謝った私の横で、銀太郎が体を起こすこともなく不満そうに鼻を鳴らす。

「お前が今一番うるせえよ、チビ」
「なんだとー!?」
「ぎんったらなんですぐにそういうこと言っちゃうの!?」

 銀太郎の背にまた覆いかぶさる。きっと顔を覗き込んだとたん、銀太郎は急に起き上がった。そしてゆっくりと立ち上がる。

「え、何?なに?何もそんなに怒らなくたっていいじゃん」
「ちげえよ……なんかめんどくせえのが来やがったな」

 そう言って構える銀太郎の表情はいつになく真剣で、私もその視線を追うように鳥居に目を向けた。ハルちゃんも横で不思議そうな声を上げる。

 じっと見つめる中、暑さでゆらゆらと歪む視界の先に、白いシャツが見えた。