「では、あの神社とやらでな」
「あっ、先……」
言うが早いかさっさと姿を消した先生に掛け損なった声が、喉元で行き場を失って止り、やり場のなさが気持ちが悪い。しかし、確かに先生がいては入りづらい商店や史跡を一人で気の済むまで回ることが出来ることに気づいたおれは気を取り直した。猫なんかは勝手だというし、ニャンコ先生も自分の好きなように歩きたいのだろう。集合の場所も決めてあるし、山の上の鳥居を目印にすれば迷うこともないだろう。おれは先生の消えた屋根を見つめることをやめ、歩き出した。
緑が多く、家々の影と木陰が交互に続いているせいで昼食時を過ぎた一番暑い時間帯だけれど思っていたより暑くない。
少し都会っぽくもあるけれど昔ながらの建物も見える。宿泊することになっている旅館というのも名取さんいわく老舗の宿らしく、新しいものと古いものとが混ざり合ったところなんだろう。子どもやお年寄りが道を歩いているのをよく見かける。活気のある町だ。
そこまで考えて、自分が町を好意的に見ているのに気が付き、おれはひとり自嘲した。
「……昔から、あまり変わってないはずなんだけどな」
ずっと昔、おれはこの地域にほんの少しの間だけ預けられたことがある。
変なものだ。幼い頃はこんな風に思いもしなかったし、思えることもなかったのに。
いろいろな事情で長くは居られなかったけれど、ここでお世話になった人はいい人だった。それなのに、どうしてその時は気づかなかったんだろう。気に入らなかったのだろう。
足元に目を落とすと、当時見ていた景色を思い出す。
……顔をまともに上げられなかったから、だろうか。目線を上げれば見たくないものを見てしまって、いつも怯えていたあの頃はこうやって顔を上げて街中を歩くなんて出来なかったもんな。
見上げた木立の梢が目にしみる。高くした目線を道の向こうに戻すと、強い日差しで炎のように揺らめく熱気が景色を歪めていた。その陽炎の中に白い人影がゆらゆらと見える。手を振っているようにも見えるその影は、人か妖か見定めているうちにさっと消えた。何か妖だったのだろう。人があんなにすぐに消えるはずがない。
なんにせよ特に害は無さそうだったし、ニャンコ先生が居ない今、下手に妖に関わり合いになると面倒だ。
名取さんと落ち合う約束もあるし、今日は到着したばかりだからあの鳥居のある神社にさっさと向かってしまおう。
そう思い、山裾に向かうなだらかな坂道を歩き出した時、目の端に黒い影が映った。