『食べる?』
目の前に何かを差し出される。着物の女の子が微笑んで――
おれは――これは誰だ?
引っ張り上げられるように意識が気だるい体に戻ってきた。まぶたが酷く重い。
おれ、なにかしたっけ。
目を開けられぬまま、その目を閉じる直前のことを思い出そうとするが頭がガンガンと痛む。眉根に力を込めてやっとのことで視界をわずかに開くと急に光が射し、おれは眩しさに小さくうめいた。
途端、耳元で子どもの声が聞こえる。
「あっ!!こいつ気が付いたよ!」
白いもふもふ――
「先、生……?」
思わず手を伸ばすと、こちらを覗き込む白いものが引っ込み、女の子の顔と入れ替わった。
「あっ、良かったー!気がついたんだね。君、境内で倒れたんだよ」
女の子。脳がその存在を認識すると、急に頭がはっきりする。
「うわっ?ここは!?」
痛む頭に手を当てて、自分を落ち着かせる。石段。赤い鳥居。本殿とそこに佇む3つの人影――そこで記憶が飛んでいる。
上半身を起こすと、胸元に湿った布と氷嚢が落ちる。座布団が俺の体の下に並べられていた。寝かされ、看病されていたらしい。
それに気がついたおれはとっさに女の子に向かって頭を下げた。
「す、すいません。ご迷惑おかけしまし――」
視線を上げて女の子の顔をちゃんと目視した瞬間、おれは仰け反りそうになる。
夢の中の女の子?いや、しかし、あの女の子は着物姿で。この子は巫女装束で。
まだ完全に回復しきっていないらしいおれの頭は情報が処理しきれず、全ての時間が凍りつく。
「大丈夫?まだ無理しないほうが、」
心配そうにおれの顔を覗き込む女の子の影から白い生き物が二匹現れたのはその時だった。
「でも目が覚めてよかったよねー」
さっき耳元で聞こえた幼い声。おれの中の時間がそこでまた動き出す。
大きい狐、と小さい狐!?妖……なのか?ここは神社じゃないのか?いや、ニャンコ先生は神社を縄張りにする妖はいると言っていた。それがこいつらなのか?
動揺をうまく隠し、室内を見渡すのを装いながら視線の端で観察する。小さいほうは興味津々といった様子で女の子とこちらを見つめてくる。大きいほうはその後ろであくびをしながら大きく伸びをしていている。その様子があまりにも女の子の居る風景に溶け込んでいて。
悪いものではなさそうだ。
安心してもう一度女の子に向き合うと、大きいほうの狐が俺の方に寄ってくる。
「んー?」
「どうしたの?」
女の子が小さな声でおれに尋ねるが、おれはそれに反応できない。おれの真横に立ち、まじまじと覗き込んでくる大きい狐の瞳と視線を合わせないようにするのが精一杯だ。
「何でも――」
取り繕おうと口を開けた瞬間、その狐の大きな手が頭の上に置かれ、低い声が上から降ってきた。
「まこと、こいつ見えてるぞ」