カラ松受けのSS連載(未完・一カラ、チョロカラ) - 2/3

甘え下手

『俺は――――』

以前、今居る居酒屋で言われた言葉を思い出して俺は頭を振った。

兄弟で集まってると、まるで当番制かのように『イジられる』番が回ってくる。(大抵は、上3人のことばかりなのだが。)
最近は俺たちも良い歳なのか、就職やらバイトやら恋愛やら両親が離婚しようとするやら、色んなことが身の回りで起こるようになった。そのせいなのか俺たち下3人もイジられることが増えた。それでも俺や十四松のは少ない。
とはいえ。六つ子というのは不便なもので、基本見た目やなんかは同じだ。
だからイジるとなると、その六つ子らしい枠組みから飛び出たイジる対象の服装とか態度とか人格攻撃になりやすい。もちろん、嫌なら一緒にいるわけがない。兄弟をからかってやりたいというのがほとんどの動機で、俺もみんなも冗談と本音と心配の延長で声をかけてやるようなつもりで暴言を吐く。なんてことはないじゃれ合いだ。皆冗談だとかってことは分かってる。

「いやー、でも一松が手を挙げた時はビビッたなあ」

俺がイジられる時は大抵、社会不適合だなんだといった内容だった。あまり笑えたものじゃないから、俺へのイジりは少ないのだろう。そして、俺が許さないと思っているから。
トド松なんかはすぐに、おそ松兄さんたちにとっ捕まって腹黒だなんだと馬鹿にされるのに。トド松なら『許してくれる』。そういう信頼、もとい甘えがある。
十四松は……分からない。が、この弟に何かしようという気持ちにはならないという意識は多分兄弟共通らしい。

「あの母さんへの凄みはすごかったよな」
「うんうん」

……別に俺だって、たまにならイジられるのはかまわない。
今日は松野家解散の危機から逃れてみんなで喜び合った時に俺が号泣したからか、一家離散回避の祝賀会の酒のせいか、兄さんたちは俺に対する警戒がいつもより緩んでいるようだった。

「褒められたもんじゃないでしょアレ!僕は一抹の心配を抱いたよ!」
「まーあれは一松兄さんのキャラじゃないと出来ないよねえ」
「ソシオパス?ソシオパスなの?ソシオパシー!!」

ここまでは許容の範囲内だ。連呼されようが、怒るレベルじゃない。
しかし、そこでマジに返してくる奴がカラ松だ。こういう時に、分かってんのか分かってないのか、こちらの神経を逆撫でする言葉を吐く。
皮肉なのか。それとも、単に率直なだけで頭がカラなのか。

「俺は信じてるぜ?」

こういう人間が宗教に引っかかったら。借金の保障人を頼まれたら。
……そんないらないことを考えさせるからこいつは嫌いだ。
俺のこと何も分かってないくせに。何を信じる?どうせ逃げるくせに。信じてる!?こうやって殴りかかろうとしたらすぐに涙目になる様なお前が?

「お、ぁ」

カラ松が至近距離で泣きそうな顔をする――気がつくと、立ち上がってその胸倉を掴みかかっていた。
やばい。
ばっと手を離す。

「…………」

くそ。こいつはだから嫌なんだ。こいつのせいで、自分の中のいろいろな『めんどくさい』ことが見せ付けられる。衝動的に何かの安全装置が外れそうになる。
ずっと抑圧していくだけ。あるかどうかも分からないし、中途半端なしこりを残すくらいなら、淀んだままにしておくのはラクだ。俺はその表現方法を知らないし、別に外に露出させるつもりも毛頭ない。その内容が受け入れられるか、聞こうとしている相手の期待に沿えるほど吐露できるか、結局俺が他人にそんなものを吐き出せるほど信頼を寄せられるかも分からないから。
もやもやした気持ちや衝動を暴力的な言葉や行動に変換するのはラクだ。
だけど、殴ってしまったら、相手が受け入れられるかのハードルは馬鹿みたいに上がる。それに、よくいる自分より幼い小さいもの――野良ネコや虫なんかを苛めるのは馬鹿のやることだ。俺はそういったものが好きだし、ああいう馬鹿どもはそういう小さな命を殺してしまった自分が人も動物さえも寄り付かなくなってしまうことになるのが分からないのだろうか。もし、あの友達のネコが死んでしまったら、俺の側にいつも居る生き物のひとりがいなくなってしまう。

「本当のこと言ったのに……」

『フッ、俺のような孤高の存在は理解されない』そんな言葉が続くと思った。うざったいのを回避するために少しだけ椅子を遠ざけてトド松の側に寄る。
が、予想に反してカラ松がグラスを抱えたまま突っ伏した。傷ついたアピールも、このパターンは初めてだ。その隣にいるおそ松兄さんが肘で小突いてもびくりともしない。
……やっぱり、こんな弱い奴には頼れない。いつもはスカしているくせ、実際のところ打たれ弱い。その割に頭はカラだからすぐに忘れて流す。
薄暗いところをだせばすぐに飛びのくこいつが、俺の何を知って『信じてる』とほざくのか。

「だからお前にイジられた時の一松はやばいんだって」

学習しろよ、という言葉に対してカラ松が顔を上げないまま何か呻いた。

「でも、その割に一松っていつもカラ松の近くにいるよな」

スルーすればいいのにチョロ松兄さんが余計なフォローを入れる。
この人の良さがお前の兄貴たちを増長させているのに気づいていないのか。
その言葉が発せられるとすかさず、カラ松がぱっと顔を上げ、満面の笑みでこちらに手を広げてきた。

「そうか!一松、分かるぜ、お前の気持ち。お前はもっとお兄ちゃんに甘えていいんだぞ!」

俺には甘えろ。俺はお前を信じる。
俺がせっかく吐き出したものを上手く受け止めきれずに避けて流すくせ、何を言っているんだ。それに兄貴って言ったって、6つ子なんだから同い年だし。なんでこいつは俺にそんな言葉を吐けるんだ。
立ち上がってこちらに向かって今にも抱きしめようと胸を開けるその腕に潜り込んで腹パンを決める。くぐもった声が上から聞こえたが、何か口からぶちまける様子はない。

「僕はこういう甘え方しか出来ないけど。ごめんね、兄 さ ん」

見上げて、皮肉をたっぷり込めてやるが、カラ松はやっぱりカラだった。

「ま、まあ、お前は弟だからな」

額面通りに受け取りやがった。
弟の愛がトト子ちゃんのボディーブローより効くぜ……と、またくだらない言葉を吐きながら椅子に戻ったカラ松に、俺も舌打ちをしながら座りなおす。他の兄弟を見回すが、いつものことだと薄く笑っていた。
――弟、か。
俺の欲しかった言葉じゃない。こいつは何かにつけてすぐ兄貴ぶるし。他のやつらにも兄弟だからなんだかんだと平気で言う。
もの足りなさを感じながら、ある部分では満足して俺はグラスを煽った。
血は水よりも濃い。女は名前を捨てて家を出て行くが、男は婿入りしない限りは一生、家の名前に縛り付けられる。カラ松も俺もそういうことがない限りは、『松野』という名前で繋がり続けるのだろう。
『許してもらえる』対象に甘えるのなら、自分より大きく強いものか、自分と同じ方がいい。そして、俺の側から離れられないものの方が良い。
六つ子の一人で、家族で。こいつはどこまでだったら許してくれるのだろうか。
連帯保証人かなんかにして借金する?オカルトに沈める?病院送りにする?いや、それくらいじゃこいつは流してしまう?それとも(彼女が出来るとは言っていないが、)女を寝取る?むしろ、カラ松自身を――
このやりとりがウザくなったら、本当にこいつに見捨てて欲しい気分になったら、そういう手もあるかもしれない。

弟、か。

俺はこいつに何て言って許してもらいたかったのだろう。
回ってきた酒のせいか、その答えは見つからなかった。