恋の毒薬1(ホイラチェ) - 6/6

「まさかこのマシンもこんな形で日の目を見るとは」

 ヘッドギアを頭にはめて計器の安定と質問を待ちながら、ひとりごちる。
 サイコプローブやなんかほど野蛮じゃないけれど、その分威力の方はイマイチで、使いようが少なくて可哀想なことをした。
 やはり少し毒気があるほうが吾輩好みではあるし、色々なことに使い勝手が効く。マシンの強力さは使いこなせない時や制御できない時に害になる諸刃の剣ではあるが、強い方がなにかと便利だ。試作は例外として、強いものの方が力の幅が利く。それが分かっているから、完成してもなお無理に改造を重ねてしまうのだが。『毒にもなるが薬にもなる』なら、あえて毒も試しに飲まねばならない。
 でも、このマシンにしろ、何が必要になるか分からないから長く生きるとは面白い。単純な構造だから吾輩ではない誰かが作れるものではあるが、無いと困る者もいるのだ。愛着が湧けば、『これじゃなきゃダメだ』というものになる時だってある。簡単に代替や取り換えが出来るモノは意外と少ないのだ。

「自分で始めててなんだけど、心理実験っていうより心理テストみたいだよねえ」

 まあ、初めての試みだし、専門からは外れるのだからとっかかりとしてはこのレベルか。
 先ほど妙にぼんやりとしていたラチェット君の気持ちも分からなくもない。こう何も出来ない状態を強制させられると、ぐちゃぐちゃと色々なことを考えてしまう。
 そんな彼も今は先ほどの結果を打ち出したものを食い入るように読んでいる。ホイスト君も答える時はぼんやりとしていたように見えた。ラチェット君もホイスト君もいつも多忙だからなあ。いざ座ってゆっくりリラックしてとなると、ああもなるのだろう。
 何かとあのふたりには、みんなお世話になっている。デストロンと戦った時の修理はもちろんとして、日々の健康は細やかな補修サポートによって成り立つ。ホイスト君も惚れ薬に興味があるようだったが、まさか彼も誰か気になる人でもいるのだろうか。なんとなく思い浮かぶ相手としては――
 そこまで考えてやれやれと自分で思う。

「好きな、ねえ」

 吾輩もゴシップ精神にやられてしまったようだ。しかし吾輩とて、ひと様のプライバシーに首を突っ込むのが面白いと全く思わないと言ったら嘘になるのだ。
 それしても、ホイスト君の場合はすぐに相手がうかんだのに対し、ラチェット君の相手は先ほども思い浮かばなかった。彼こそ修理で一番他の機体に接触する相手が多いのに、だ。患者に皮肉や小言を言ったりはするが、腕は確かで、どんな傷でも治そうと最善を尽くしてくれる。本人は気づいてもいないが、あれでなかなか慕われている。
 ……なるほど、選択肢が多すぎるからだろうか?
 それに、吾輩が彼と出会った時点からあまり恋だの愛だのに熱をあげた姿を見たことがない。吾輩のことを『慣れていない』と言うくらいだから、吾輩の気がつかないところで何かあるのかもしれない。
 こっそりとホイスト君と並んだラチェット君を盗み見る。途端、ホイスト君が笑い声をあげた。

「何を想像したんだ? 今、すごい数値が伸びたぞ」

 冗談めかして笑うホイスト君に、ラチェット君も画面を覗き込む。
 しまった、もう実験は始まっていたらしい。まさか。今のが何の質問にせよ、まだ想像もしていない。驚いた吾輩を、ホイスト君はデータの正確性への疑問か何かと勘違いしたらしい。データをクローズアップさせてまじまじと見せてくる。

「ほら、見て見なよ。問題ない」

 確かに、大きく脳波のグラフが振れている。

「吾輩、まだ想像もしていないのだがね。というか、ボーっとしていたから質問さえも聞いてなかった」
「何だって?」

 今度はホイスト君が驚いたようだった。

「うーん、計器の故障かね。微調整が上手くいっていなかったか」

 ヘッドギアを外し、手元で見直す。回路部を見てみるが、何か目に見えておかしくなっているところはない。出力ケーブルは新品だから中で導線が切れているはずもない。画面に近寄り、もう一度頭部につけなおす。
 そこで先ほどから、自分の実験データを手に黙りこくっていたラチェット君もやっと声を上げた。

「実は私もさっきの実験でぼんやりしてしまって、こんなに一番最初の質問にはっきり脳波が出るはずがないんだが」
「どうなってるんだ?でも、俺のデータもラチェットのも、過去の心理実験のデータとは合致するけどなあ。」

 二人が話し合いに突入する傍ら、簡易的に自分の脳波がきちんと出力されるかをチェックする。

「……正常に動いてる。やはり異常はないみたいだ」

 過去データを知ってるって言うのが良くないのかもしれない。結果を知ってるから、無意識に近い結果を出そうとするとか。
 さっきはただ、ホイスト君たちのほうを見ただけだ。そう、ラチェット君の思い人について考えていて、ラチェット君を――
 その瞬間、針が大きく振れる。画面には、先ほどと同じ曲線を描いた脳波が出力されている。

「なんだ、ホイルジャック。やっぱり、こんな数値が出るくらい好きなものがあっただけじゃないか。妬けるね」

 ホイスト君があっけらかんと笑った。
 またベッドチェアに戻るように促され、ホイスト君は出力画面の前に座りなおす。

「じゃあ、もう一回最初から聞くよ?好きなものを想像してください」

 マスクをつけていてよかった。今、見せたこともないような表情をしているだろう。いつだって見通されているんだ。ラチェット君になら、ばれてしまう。
 恐る恐る盗み見ると、ラチェット君はまだ自分の結果が気に入らないらしく、さっきのようにその視線は手元のデバイスに表示されるデータに移っている。
 よかったと安心するも、自分の機熱が余計に上がるのが分かった。さっきの係数が何を意味するのかは、この測定器を作った吾輩が一番知っている。

「――よし、大丈夫だな」

 ホイスト君が『ちゃんと正常に動いている』と手を振って見せる。
 計器に異常はない。吾輩もオールグリーンだ。つまりそれが意味することは。

「……なんてこった」

 思わずこぼした言葉は、ふたりの聴覚センサーには届かず、自分にだけ響いた。