恋の毒薬1(ホイラチェ) - 5/6

 出て行った司令官の背中を見送り、入り口に向けていた視線を戻すと、吾輩の言った通りだろうとホイルジャックがこちらに振り返り笑った。
 確かにコンボイ司令官らしい。そう思い、微笑み返す。しかし、内心は少し戸惑っていた。
 司令官に説明する時、うっかりホイルジャックが何かさっきのことを少しでも漏らさないかと思いはしたが、そんなことは全くなかった。が、今になって恥ずかしくなってきている私としては、どうしようもないフラストレーションが解消されずにもやもやし始めている。
 『口説き文句』のようなものをこのホイルジャックが冗談にしても私に言ったのだ。
 まあ、司令官に何かさっきの台詞を聞かれて意味を問われでもしたら困るのだが。困る? いや。たとえ聞かれてもただの友人同士の他愛無い冗談ではあるし、傍から聞いていたら大したことはないのだが……
『例えばの話にしろ、もっとうまい事言おうと思ったんだが。こういう文句は思いつかないもんだね』
 この言葉が、私には問題で、大したことがあるからこうもすっきりしない。
 その一方で、ホイルジャックは早速実験の準備を喜々として始めている。ラボの奥で何かごそごそと探す音がする。もやもやはするけれど、そろそろ私も手伝わなくては。

「ホイルジャック!」

 ちょうど立ち上がったところで、ホイストがラボ入って来た。

「お、いきなりどうしたんや?」
「いや、さっきホイルジャックが惚れ薬を作るんじゃないかって聞いたんでね」

 また話の始まりが伝聞調だ。コンボイ司令官にしろ、今日は何かの噂を聞きつけて研究室に飛び込んで来る者が多く、なんだかせわしない。
 そのせいかひどく心がざわついてしまう。

「ああ、それね。今ちょうどおじゃんになったところさね」
「どうして?」
「それがいろいろあって……長い話でねえ。とにかく、コンボイ司令官にノーと言われたんだ。しかし、代わりに実験をする許可は貰ったんやけど」

 いやあ、ちょうど良いタイミングに来てくれた。ホイルジャックがそうにんまりした。
 ああ、唖然とするホイストが可哀想だ。それでは答えになっていない。しかし計器を腕に、そう嬉しそうにされては二の句が継げない。
 とりあえずはホイルジャックを放っておいて、ホイストを近くに呼び寄せて説明する。
 ホイルジャックがその発明をなげてしまったこと。コンボイ司令官の意にも沿わなかったこと。しかし実験はしたいという希望はどうにか通ったこと。そこまで話して、やっとホイストも合点がいったようだった。
 多分、こうも噂として広まってしまうと発明品を見せても誰も驚かないのが嫌だとへそを曲げてもいる部分もあるのだろうとは思う。
 そうこうするうちにどこから引っ張ってきたのか古いタイプの診察用のベッドチェアが引っ張り出された。
 本当、こうなったらホイルジャックは全力で駆け抜けていく。

「まずは、ラチェット君からやってみようか」

 ぽんと脳波の測定器を頭に置かれ、椅子に座るように促される。ホイルジャックはまず単純な脳波測定から始める気らしい。そのまま引っ張られるままに腰をつけると、すかさず指先やらに計器をはめられる。
 この人は、何気なく触れるのだな。と私の手に自分の手に重ねて細かい操作を教えようとするホイルジャックを横から見て思う。
 付き合いは長い。自分のリペアを頼めるほどの仲だ。ホイルジャックは自分のことを私が『今まで一番修理しなくちゃいけなかったやつ』だとよくおちゃらけているが、実際この発明家の装甲の下のほとんどについての私は知っている。だが、あの時みたいに触ったことはあったか?
 彼の中身は知っている。しかし、中身のナカミまでは知らない。
 そこで妙な欲求が発生する。
 先ほどから抱いている違和感やもやもやの原因はなんなのか。あれはなんだったのか答えが知りたい。もっと中に触れればわかるだろうか。修理やら作業での接触ではなく、もっと――

「……ラチェット君、吾輩の話聞いてた?」

 説明を途中から何も聞いていなかった。ホイルジャックが心配そうにこちらを見ている。その横に居るホイストもこちらを覗き込んでいた。
 いけない。完全に自分の世界に入っていた。

「ああ、すまない。大丈夫だ」
「じゃあ、いっちょ最初の質問をするからね!」

 そう言って二人は出力画面の方に向かう。

「じゃあ、ホイスト君。この質問群を読み上げてちょうだい」
「オッケイ」

『だから君がもし、吾輩がラチェット君の持ってるエネルゴンに惚れ薬を盛ったって信じるなら、それは惚れ薬になるって思わんかね?』
 色々と演算を巡らせたが、結局、この質問の答えをまた考えてしまう。純粋な興味からだろうか。
 あの時点では漠然としたイメージしか抱いていなかった。もし、ホイルジャック惚れ薬を私に盛ったとしたら。
『飲む?』

「まず、好きなものを想像してください」

『でも、それを渡してきたのが好きな相手だったら?』
 いや、私は別に彼が好きなわけではないはずなのだが。友情以上に何を感じているのか。修理時の接触や普段の何気ないスキンシップ程度なら、このホイストとももちろん交わす。日々の補修のために単純な接触ならホイストとの方が多い。私は軍医としてほかのみんなとももちろん触れる機会が多い。
 何が自分にとって問題なのだろう。
『飲む?』
 ホイルジャックが万が一、私に惚れ薬を盛ったのを知っていて私は飲むのか?
 記憶回路のホイルジャックの問いに答えを出す前に、現実のホイルジャックは次の質問を尋ねるように促した。