灰色の区画の中を跳び続ける中、
――見つけた
ぎゅっと睨みつけた先に見えたのは、探していた群青の機体だけではなかった。
「……マジかよ」
オプティックセンサーの故障だと思いたかったが――護衛対象が最悪の想定下にいる。
俺は減速せずにそのまま、押し合い争う二機に体当たりするように突っ込んだ。状況判断からでしかないが、覆い被さっていた方を壁に吹っ飛ばす。……喋ったことはあまりねえが、目には馴染みのある奴だ。だがこの場合、こいつは完全に黒だろ。勘違いされて攻撃されても文句は言わせねえ。なんとなく芽生えてくる後ろめたさを、そう考えることで振り払う。
メガトロン様は警護しろと仰られたが、どのレベルまでやりゃあいいんだ?護衛対象は戦闘能力も遂行能力も高い。俺がこいつをどこまで破壊する必要はあるのか?出来ることなら、同じ基地に居るやつ相手に波風立てたくはない。
身の振り方について一瞬考えを巡らせた時、ふいに背中に何かがあてがわれた。
「振り向くな。動くな」
ちくしょう仲間が居やがったのか。
少しでも気を抜いた自分自身が恨めしい。
「何故ここに来た」
いや、この声の響きには聞き覚えがある。
「あんた、もしかしてサウンドウェーブか?」
おずおずと尋ねると、俺の後ろに立つそいつが一瞬、息を呑むのが分かった。
「……質問に答えろ。要件はなんだ?」
咳払いの後、『そいつ』は質問を繰り返す。しかし、俺はその態度に確信する。あの独特なエフェクトがかってはいないが、間違いない。この抑揚の無い話し方をする機体はあいつしか知らない。ということは、背中に触れているのはブラスターガンか。武器を持っていたということは、もしかしてちょうど自分でどうにかしようとしていたのか?それとも、俺も暴漢と同じと見なされているのか。なんにせよ、早く誤解をとかなければこの至近距離でぶっ放されて確実に終日リペア台行きだ。
信用されるか自信は無いけどよ。
しかし、
「いや、俺はメガトロン様に」
「護衛につけられたのか」
と、言い出した言葉の続きを先に取られるが早いか、翼にぴったりとつけられていた経口の感覚が無くなる。代わりに壁際で伸びている不届き者の機体が着弾の衝撃ではねた。
ひでえ。ありゃあ完全に中枢がイカレたな。しばらくはリペアから帰って来れねえと一目で分かる。
慌ててサウンドウェーブに向き直ると、俺に顔を背けるようにしてリペアのために周りの設備を整え始めていた。よく見れば周囲にはリペアのための電気工具が散らばっている。修理中に急襲された、という線が妥当だろう。
それにしても、あの逃亡から既に4メガサイクルは経っている。今まで何をしていたのか。どれほどの欠損やエラーでも、ここにはパーツも設備もある。この基地まで単独飛行出来たのだから平衡感覚などのセンサーなどはまともだろうし、技術力から考えても、もう終わっていてもいいはずだ。
「なんですぐにリペアしなかったんです?」
頑なにこちらに顔を向けない相手にそんなことさえ尋ねて良いのかはわからなかったが、質問をすれば、意外にもきちんとした解答が返ってきた。
「諜報データのバックアップと、基地内データの確認だ」
意外と素直な奴なのかと思わず面食らう。というか、一兵卒に、またその情報とやらを悪用するかもしれない相手に、そんなに簡単に言ってもいいのか?頭のいいやつの考えることは分からねえ。護衛の任務とやらに守秘義務が無いとは限らないんだぜ?俺がそんなことをする度胸が皆無だとでも思われてんのか。それとも、嘘か。その両方か。
話をしていて、エフェクトがかからない声が俺を落ち着かなくさせる。マスクがボイスチェンジャーの役割も持っていたらしい。素性をそんなに隠したい理由なんて本人にしか分からねえことだが、俺に言わせりゃそんなもんを気にするべきことなのか疑問だ。サウンドウェーブは基地のデータを確かめていた、とは言ったが、こいつの過去やらを特定出きるような情報がないかの確認だったのではとさえ思える。
ただ、この情報参謀様がそれに恐怖を抱いてるのだけはよく分かった。
「……確認してたデータって、あんたの情報のことだろ?あんたがいつもやってることを逆にやられないようにすんのか。正しいとは思うぜ。最凶の武器は恐怖だからな。脅迫の怖さで他人を動かすのは利口だ」
ろくに話したことのないこいつに、何故自分があまりネガティブな感情を持っていなかった理由。それは恐怖、という武器に関してだけは、多分こいつと同意見だからだったかもしれない。だからといって、この普段何を考えてるのかわからない機体に、ポジティブな感情を持っているわけじゃないんだが。
サウンドウェーブからは特に反応が無い。しかし、
「ただ、今回からはあんたに対する報復方法が足されたわけなんだがよ」
と、言ったところで、サウンドウェーブがこちらを振り返った。
「な、何です?」
そこで初めて俺は自分の迂闊さを悔いた。別に鬼の首を取ったつもりでもなかったが、上官相手にうっかり敬語で話しそこねたし、どうやら相手の核心を突いてしまったらしい。
「…………」
動揺した俺の質問に答えは帰って来ず、沈黙が訪れる。
……なんというか、見慣れない顔でじっとこちらを見つめられるのは辛い。真正面に向き直られて萎縮するが、しばらくするとサウンドウェーブは何も言わずに自己リペアを始めた。
一体なんなんだ。気が抜ける。やっこさんが振り向いたときにはいろいろ腹くくっちまった。沈黙を保っているサウンドウェーブにこれ以上は声をかける勇気はない。何でこっち向いてリペアするんだ。もしかして、恐怖、って言葉に対しての抵抗なのか?というか今ので一瞬忘れていたが、こいつは俺にこんなにまじまじと素顔を晒していいのか?あの逃亡の時に慌てふためいた姿を晒したのは何だったんだ。
何も出来ずに遠巻きにリペアする姿を観察していると、いろいろと考えてしまう。サウンドウェーブはマスクやバイザーの下ではどんな表情してるのかと以前仲間内で話題になったことがあったが、襲われてもこんなふうに無表情じゃ勃つモノも勃たねえ。さっきの戦いではあんなに動揺した様子だったのに、犯されそうになった時は落ち着いているってどんな精神構造してやがるんだ?過去だなんだとかが大事だとかは分かるけどよ。手前の機体をどうのこうのされかけた直後でもすぐいつも通りに振る舞えるものんなのか?それとも俺が居るからか?しかし、もしひとりになりたかったらそう命令すればいいだけだろ?
俺は自分でも、サウンドウェーブという機体に対しての認識が余計に分からなくなってきていた。